読書録/2002年8月

8月1日 佐藤友哉『フリッカー式』(講談社ノベルス)

 昨年刊行された第二十一回メフィスト賞受賞作。
 壊れた若者の生態を描いている点では、河出書房あたりからJ文学として刊行 されてもよかったような気もするが、それより講談社ノベルスで出た方がやは り注目度は大きいか。作者のことばは、「ああっ、お兄ちゃーーん」という方 に最適です、とあり、最初のシーンでは、「お兄ちゃん」と慕ってくるいたい けな妹・佐奈と僕の微笑ましい日常光景が描かれる。しかし次のシーンで、い きなり佐奈の死が告げられ、彼女を自殺に追い込んだのは三人のレイプ魔だと 僕は知らされる。ところが主人公は、その三人の男に復讐をくわだてるのでは なく、その三人の男たちの娘を順次誘拐し、監禁しようとするのだった。彼に は監禁した上で何をしたいという明確な見通しがあるわけではなかった。
 現代の壊れた人間を描く作風で、殊能将之ほどに構築的でなはいが、清涼院流 水ほど脱構築的でもなく、構築度では両者の中間に位置するというところ。作 中、「中途半端な自覚というのは、本当に困る」(136頁)とある。本当に壊れ た人間は、壊れたことも自覚しないと思うが、この作品の登場人物たちは壊れ たことに気づきながら、壊れていく。
 さくら本だのマルチだのと同人誌を描くお姉さんも登場して、随所にアニメお たく的蘊蓄やくすぐりもちりばめられている。ミステリとしての満足度はいま一つだが、面白さは充分以上。「本の話」9月号(文藝春秋社)に寄稿した自分の評論でも佐藤・舞城に触れているので、興味ある方は参照してください。

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8月2日 舞城王太郎『煙か土か食い物』(講談社ノベルス)

 第19回メフィスト賞受賞作。バイオレンス+本格ものの趣向も若干+壊れた家 族の生態を描くという作風は、佐藤友哉の受賞作と共通している。文体は、佐 藤とまた違って、独自の個性がある。しかし、『フリッカー式』の救いのなさ と比べて、こちらは(少しだけ)救いがある。作品世界への入りやすさは、『フ リッカー式』の方が上だったが、しばらく読み進めていくと舞城の文体にも慣 れてきた。
 奈津川丸雄は、与党の大物政治家。その四人の子どものうち、四男の四郎が一 人称の語り手をつとめる。家庭で横暴な丸尾は、特に、不良になった二郎に辛 くあたっていた。蔵に閉じ込められた二郎は、密室状況の蔵から失踪してしま う。一郎は東京に出て出世し、三郎はミステリ作家に、四郎は医者になるが、 失踪した二郎の行方は杳として知れない。やがて連続殺人(未遂?)事件が起こ り、もしかしたら二郎の犯行かとも思えるのだが。
 密室の解法は、いくらなんでもこれはあんまり、という気がしなくもない。無 理やり密室ものの要素も挿入した感じである。無理に密室ものにせんでもええ のに。
 家族ドラマとしては、ラストでほろりとさせられた。

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8月2日 氷川透『追いし者 追われし者』(原書房)

 今年の7月に刊行された、ミステリ・リーグの一冊。女性をストーキングする 「おれ」と、ストーキングされているらしい女性の章とが交互にはさまり、順 に進んでいく構成。この種の設定で、さまざまなトリック のパターンが、既存のミステリでは、既に色々と試されている。新しいのを開拓するのが困難な分野に、氷川透があえて挑んだ成果はいかに……?
 内容に触れずに感想は書けない構成になっているので、立ち入った感想が書け ない。単体ではさほど意外でもない結末のつけかたが、組み合わせ次第で、かくも斬新になるのかと感心した。狙いと効果も成功を収めていると思った。

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8月6日 柄刀一『殺意は幽霊館から』(祥伝社文庫)

 祥伝社の400円文庫の書き下ろし中編シリーズ。温泉地を舞台にした、天才・ 龍之介シリーズ。幽霊出現や死体消失の謎が扱われて、かなり凝ったトリック が使われている。これはむしろ、もっと長い長編でやればよかった題材にも思 えるが、これだけの題材をつぎ込んでいる分贅沢な作品とも言える。犯人の立 場にたつと、咄嗟にこんな複雑なことを思いついて実行できるかなあ?という ところがちょっと気になった。

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8月7日 西澤保彦『人形幻戯』(講談社ノベルス)

 神麻嗣子シリーズの新作の短編集。保科さんがあまり登場しない──ばかり か、神麻嗣子自身が出てこない短篇もある。その分神余響子が活躍している。 この短編集の中で一編えらぶなら、巻頭の「不測の死体」。登場人物が極めて 少なく(ほぼ三人)、その中に能力者がいることもほぼ確実。不可解な連続変死 事件の真相は、ロジカルでなおかつ意表をつくものでした。それに次いで表題 作の「人形幻戯」。このシリーズは、ホワイダニットでひねりをきかせてある のが特徴的で、人間のダークな嫉妬心やいやらしい心情がよく露わにされる。 あまりにひねりすぎていると思う動機も中にはあるけれども。

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8月8日 竹本健治『フォア・フォーズの素数』(角川書店)

 『閉じ箱』以来九年ぶりに刊行された、著者の第二短編集。『閉じ箱』が刊行 されたときに、近所の書店で見つからなかったために、東京・神田の書店まで 買いに言ったことを思い出すが、あれからそんなに時間がたっていたとは。 『閉じ箱』同様、中井英夫のとらんぷ譚にのっとって、トランプの四つのマー クからなる四部構成。四番目のスペードマークのは竹本のシリーズキャラク ターが活躍する三編(牧場智久、トリック芸者、ネコ)で、いずれも既読。ダイ ヤマークの三編は、『閉じ箱』にも載っていた佐伯千尋シリーズ。しかし千尋 というキャラクター、殺されたり人妻だったり散々な扱いを受けていて、名前 以外共通性が見えない……。一番印象的だった短篇は表題作の「フォア・ フォーズの素数」。中井英夫のとらんぷ譚が、幻想の城がもろくも崩れていく さまを執拗に繰り返し描いていたのと同構成。しかし、数学パズルからのもっ ていきかたは、竹本健治ならでは。ついでカレー作りの道が、神の体験へとつ ながる異色作「白の果ての扉」。時間リセットものの秀作「非時の香の木の 実」。印象深い幻想とまどいの風景が美しく切り取られている。

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8月16日 浅田次郎『プリズンホテル 春』(徳間文庫)

 前作を読んでからだいぶ間があいてしまったが、これで「プリズンホテル」四 部作を読み通した。「プリズンホテル冬」のラストで、けなげな清子さんの姿 につい涙腺が緩んでしまった。今回もまた、色々と泣かせる話が盛られてい て、一歩ひけば「くさい話」と思いつつも、感動を覚えてしまうのであった。 服部シェフの行方が気にかかっていたが、今回は特に服部と板長のやりとりが泣かせた。

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8月16日 乙一『GOTH リストカット事件』(角川書店)

 まだ23歳の著者・乙一の才気には恐れ入る。最近読んだ佐藤友哉や舞城王太郎 も乙一と同じような若年の作家で、壊れた若者を描いているのは本作と共通し ている。が、完成度の高さで、この作品集は頭抜けている。六つの短篇 のうち、イントロの役割を果たす「暗黒系」は、キャラクターが面白いと思わ せたものの、まださほど感心せず。しかし二話目「リストカット事件」、うまい短篇だなあと、感嘆。三話「犬」、これは最初の二頁を読んで想像した仕掛けが的中したので、集 中では一番私としては面白くなかった。四話「記憶」、五話「土」、六話「声」いずれも傑作だと思う。六話中、四話まで傑作なので脱帽。たぶん今年のベスト短編集では。

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8月19日 東浩紀『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)

 「オタクから見た日本社会」と副題にあり、ギャルゲーやアニメにも通じてい る、現代思想の旗手の一人が、オタクのありかたと消費社会を分析した、注目に値する一冊。
 その昔、大学院に在籍しながらコミケのサークル活動をやっていたときには、 両方の世界が、まったく共通の言語流通がないことに困惑を覚えたものであ る。私はというと、論文でコミケの研究めいたことをしたり、同人誌として ニーチェ本を持って行ったりしたりして「ニーチェ萌え」をコミケで主張して も、全く相手にされんかったりと、努力はしても壁に突き当たったものであっ た。東浩紀が、その両方の世界をつなぐ仕事をやろうとしているのはまず買い たいと思う。
 冒頭、リミテッドアニメの規定が出てくるが、これは定義としては不正確(21 頁)。リミテッド・アニメには二コマ撮り(一秒12枚)や四コマ撮り(一秒6枚)ま でバリエーションは色々。初代の『鉄腕アトム』が低予算でつくるために苦肉 の策として採用したのはそのとおりでも、動画の質として、フルアニメがリミ テッドアニメに必ずまさるとは言えない。喋るだけで動きまくるディズニーの アニメより、口パクでうまく処理した日本のアニメの方が、よりリアルなこと もままあるし、その他日本のリミテッドアニメの表現技法が、外国のアニメの それを凌いでいることは多い。
 大きな物語が失われ、さまざまな「萌え」要素を組み合わせて楽しむオタクの 世界──それはデータベース・モデルがしっくりくると東は主張している。オ タクの気分と世界は、かなりわかっているつもりだったが、私は(この東の分 類によれば)ヤマトやガンダムを十代でリアルタイムで経験した第一次オタク 世代。今の第三世代のオタクの感性は、必ずしも捉えきれない。
 この本を読んだ、あるギャルゲーの制作者が、「自分たちはキャラクターに生 命を吹き込むことに心血を注いでいる。萌え要素の組み合わせでキャラクター がつくれるほど甘くない」と反論しているのを見たことがある。この反論は、 実制作者と、それを観測する側の立場の違いからくるズレとも言えて、東の議論を根底から覆すものではない。

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8月19日 霞流一『首断ち六地蔵』(カッパノベルス)

 「ジャーロ」に連載されていた、七作から成る連作短編集。
 集中の五作は、密室ないし足跡のない殺人という不可能犯罪もの。仮説が次々 と提示され、密室ものの短編集としてはなかなか華やか。解決案の中にはバカ バカしくて笑えるものも含まれているのだけれど、作者のトリックメーカーぶ りは大したもの。巻末の作品で、これまでの連作をまとめるという趣向は、東 京創元社で刊行された連作短編集と同趣向。しかし、巻末の短篇でのやりかた たるや、生半可なものではない。かなり驚いた。

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8月22日 島田荘司『御手洗潔のメロディ』(講談社ノベルス)

読み残していた、御手洗潔ものの短編集。巻頭の「Ige」は、初期作品の雰囲 気に近い、けれんみたっぷりな御手洗の華ある探偵ぶりが堪能できる。「ボス トン幽霊絵画事件」は、うーん。怪奇現象が、確率の低い偶然に依存している気がするけれども……。 あとの二編はミステリでなく、名探偵の生活録。

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8月25日 島田荘司『ハリウッド・サーティフィケイト』(角川書店)

 レオナを主人公として、ハリウッドを舞台とした長編ミステリ。御手洗潔も、 電話での会話で登場するから、御手洗シリーズの番外篇とも言える。
 生理的に嫌悪感を催させる、変態的ビデオの内容や残虐シーンが出てきて、ま るで地獄巡りをしているような気にさせられる。一応のところの解決はあるの だけれど、堆積していったさまざまな物語が、最後で収斂しているとは言い難 い面もあると思う。物語の構造は、印象として、地面に深くうねうねと張りめぐらされた、分 岐の多い地下茎のような感じである。島田荘司はこれからどんな物語を紡ごうとしているのだろう。

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8月26日 鯨統一郎『ふたりのシンデレラ』(原書房)

 ミステリー・リーグの新刊。ジャプリゾの『シンデレラの罠』に挑戦した意欲 作。冒頭で語り手は、この事件の証人で、犯人で、犠牲者で、探偵役で、ワト スン役で、記録者で、濡れ衣を着せられる容疑者で、共犯者であると宣言す る。この一人八役がいかにして可能なのか?その離れ業をやってのけるところ が、瞠目に値する。
 作中、劇団が演じるはずの脚本が挿入されるのだけれど、このストーリー内容 にはちょっと首を傾げさせられる面もあった。
 技巧に関しては、かなり尖鋭的。『金閣寺に密室』にまさるとも劣らない秀作だと思う。

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8月27日 島田荘司『ロシア幽霊軍艦事件』(原書房)

 芦ノ湖に突如現れたロシアの軍艦の幽霊伝説。御手洗潔が、その幽霊軍艦と、 ロシア史の裏面にひそむ謎解きに挑む──。
 島田荘司の構想力のたくましさに感嘆させられる。作家デビューして二十年目 にしてなお正面から謎解き小説に取り組む島田の精神力のタフさにも感心。エ ピローグは初出時にはなかったらしいが、これがつくことによって歴史物語の 味わいがより増している。

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8月30日 山田正紀『僧正の積木歌』(文藝春秋社)

 あの「僧正殺人事件」は解決していなかった。排日運動が吹き荒れる1930年代 のアメリカを舞台に、名探偵ファイロ・ヴァンスと金田一耕介が夢の共演をな す本格ミステリ。細かい点だけど、作中に出てくる梵字は、私は読めるのだけ れど、なんかおかしいな。33頁、英字の記事で、爆発する(explode)がexprode とミススペリングされてる。その他にも、ミステリの歴史では有名な人物が出 てくる。結びつけのうまさが、まず秀逸。横溝正史が本書を読んだら、若い頃 のこの金田一耕介の冒険譚を喜んだだろうと思った。ヴァンスが私は結構好きなので、ヴァンスの名探偵ぶりをもっと見せてほしかった気がするのだけれど、それはともかく、骨太な本格ミステリを堪能できた。

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