読書録/2003年1月
1月1日 篠田真由美『幻想建築術』(祥伝社)
「季刊・幻想文学」で連載された幻想小説。内容にマッチした美しい装丁が印象的。本編をつらぬくテーマとモチーフは、神をめぐる思考とでも言うべきか。連作の中では、さまざまな容貌の〈神〉が姿を現す。インド的な、〈リーラ〉としての神の像がなかったけれど、一神教圏の話にはそぐわないかも。幻想的な情景が、古代中世の神秘的な衣裳にくるまれて浮かび上がってくる。謎とモチーフが最後の短篇でつながり、神秘の意図と神意がその意向をまっとうする。
1月6日 トロツキー『ロシア革命史』(全五巻)藤井一行訳・岩波文庫
1917年の革命時にはレーニンとならんで最も指導的な役割を果たしたトロツキー。ところがスターリン時代に刊行された公式の革命史では、ほぼその名前は抹消されていたという。五巻に追加された訳注で、ボリシェヴィキの指導層にあたる人物たちのその後の経歴を見れば、反革命罪で銃殺されたり獄死した人物がやたらに多いことにも慄然とさせられる。文豪ゴーリキーの死についても、従来は風邪をこじらせたとか説明がなされていたが、実際は殺害に近い状況だったらしい。
ほぼ1917年だけにしぼったロシア国内の動向が詳細に記され、読んだ手応えとして、歴史書として信頼できるものと感じられる。ロシア革命は、当事者として革命に立ち会い、歴史家としても文章家としてもすぐれていたトロツキーを記述者にもてたことでは幸せだったと言える。
昔の角川文庫版『ロシア革命史』は、英語版からの訳出だったのに対し、この新版はロシア語からの訳出で、訳注も充実してより読みやすい。歴史の動きにやたらと法則性を求めるのは、マルクス主義者の特徴と言えるかも。歴史物語的な面白さはあまり多くなく、多くの統計を駆使して資料的に丁寧に追っている。後半の十月革命蜂起の記述、ケレンスキー脱出から冬宮の占拠にいたるやりとりは、迫力がある。
1月12日 C.デイリー・キング『空のオベリスト』富塚由美訳・国書刊行会
97年に刊行された、国書刊行会の世界探偵小説全集の一冊。
飛行機ミステリの秀作として、クリスティの『大空の死』が思い浮かぶが、あの名作以上にミステリとして趣向を凝らした良作でした。巻末に「手がかり索引」を置くという趣向は、カーやクロフツの邦訳で見たことがあったが、キングのこの作品が、年代的には一番早いらしい。早いだけでなく、最後まで読んで続いて「手がかり索引」を読むことで、新しく読み替えを促すという趣向があって、感心した。
1月13日 『ゴーゴリ全集第三巻
中編小説』横田瑞穂訳・河出書房新社
ペテルブルグを舞台にした六本の連作中編と「ローマ」の七作を収めた巻。大学時代に岩波文庫で「外套」と「鼻」の二本を収めたものを読んだことがあったが、その二作も含めてあらためて通読。いわゆる超自然的な現象が起こるのはその「外套」と「鼻」の二作のみ。外套は、貧しい小役人が唯一の外套を奪われて凍え死に、その幽霊が現れるというストーリー。「鼻」は、突然鼻がなくなるというナンセンスな、後のカフカを思わせる滑稽譚。「ネフスキイ大通り」「肖像画」「幌馬車」「狂人日記」と、四つは、いずれもリアリスティックに、ペテルブルグの小心者の貴族や市民を活写している。「狂人日記」では、スペイン王家が空位になったという新聞記事を読んだ主人公が、じぶんこそがその王位を継ぐべき者だと確信したことから引き起こされるドタバタ。ドストエフスキーの描写と比べて、ゴーゴリのは、ずっとカメラが近くをとらえている感がある。
1月14日 氷川透『人魚とミノタウロス』(講談社ノベルス)
作家と同名の人物を作中に出すときに、ワトスン役、記述者役なら自然だし無理がないと思う。それに対して、探偵役を作家名と同じ名にするのは、書くためにちょっとしんどい形式だと思う。エラリイ・クイーンのクイーン探偵もの全てを読んでからもそう思えるし、法月綸太郎もこの設定はかなり辛いのではないかと思う面がある。氷川透がその形式を追随しているのは、クイーンや法月の厳しい道を自らも歩もうとする心意気があるのだろう。
本作は病院を舞台にしたミステリ。王道のロジカルな犯人探しをやろうとしている、まっすぐな作風が爽快。
1月18日 金美齢『隣の国からみた日本』(國民會館、平成11年)
親日家で知られる、台湾出身の著者が、日本についてどう考えるか述べた一書。率直に信条が吐露されていて、うなずけるところが多々。戦後、台湾を占領した国民軍の占領と統治は、著者によれば、日本の統治よりはるかにひどかったらしい。その比較によって、いかに日本時代がよかったかと思い知らされた台湾人が多いという。自国を知るには、他者の視点が必要であると感じさせる一書。台湾の歴史と対日観のことなど、色々勉強になった。
1月26日 柄澤齊『ロンド』(東京創元社)
版画家・美術家である著者の小説デビュー作。千数百枚にもおよぶ長大な書き下ろし長編。市立美術館につとめる津牧を視点人物に、事故死した天才画家・三ツ桐威が三日だけ公開した後消息不明になっている幻の名画「ロンド」を追っていく。「ロンド」は見る者の心を奪い、死の秘密を完膚なきまでに描き出したものだという。その「ロンド」追跡の途上で連続殺人事件が発生する──。
流麗な美文を駆使した達者な筆力。美術界の内情も迫真姓のある記述がなされているが、真相が推理によって暴かれないところが物足りない(ほぼ告白によってのみ説明される)。ミステリ仕立てではあっても、ミステリとしては少々物足りない感じがした。
1月27日 霞流一『呪い亀』(原書房)
原書房のミステリ・リーグの新刊。中央線沿線の双鷹町では、新しい映画館がオープン間近で、映画撮影隊が宿に逗留していた。平和な町に亀づくしの連続殺人が発生する──。26章から成る章題がすべて著名な映画の題名から成り、作中にも映画に関する蘊蓄がたっぷり盛り込まれている。物語の後半には密室殺人が発生するが、おおまだこんな密室トリックがあったかと感心。ギャグと笑いに彩られたトリッキーでグロテスクな一作。
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