読書録/2003年2月

2月1日 黒岩涙香『有罪無罪』(大正9年 集榮館)

   古本屋で五千円で入手した。原作はガボリオの『首の綱』。涙香の翻案では初 期に属する作品。各章ごとに新登場人物の紹介がついているのが、ちょっと目 新しい。
 フランスの名家、黒戸伯爵の家が何者かに放火され、伯爵も銃弾を撃たれて重 傷を負った。捜査陣が詮議すると、愚人といわれる太々郎らの証言で、近くの 貴人星川武保侯爵が銃をもち、黒戸家への森中の道をわたっていたと証言が得 られる。星川侯爵がそんな罪を犯すはずがないと最初はなかなか信じられない が、目撃証言がいくつも出てきて、彼を逮捕せざるをえなくなる。星川は尋問 されても、自分が無罪だという以外は黙秘する。星川の許嫁・錦嬢は彼の無実 を信じ、代言人・大川や真倉にたのんで彼の無実を証そうとする。 発端はテンポよく事件と謎が語られて、快調だが、中盤、星川の濡れ衣をめ ぐって、周囲のものたちが愁嘆場を演じるあたり、人情話の比率が高すぎて、 読んでいてややだれる。涙香のガボリオ翻案では、『大盗賊』より面白いが、 『人耶鬼耶』には及ばないというところか。しかし、犯人が終章まで見当がつかず、真 相の暴露がこれだけ最後近くまでひっぱられるのは、涙香作品の中では異例。

(2003年著者索引にもどる)


2月1日 梶尾真治『まろうどエマノン』(徳間デュアル文庫)

   エマノンシリーズの最新長編。時間を越える比丘尼が出てくるあたり、ちょっ と手塚治虫の「火の鳥」を連想させる一作。語り手の「ぼく」が夏休みに九州 の田舎の曾祖母のところにやって来る。そこには「ましら」と「比丘尼」の伝 説が伝わっている。「ぼく」は不思議な長い髪の少女に出会い、その伝承の秘 密を覗くことになる──。
 短めの長編というより、枚数からすると中編の長さ。少年の日の淡い思いを巧 みに切り取る印象的な一編。

(2003年著者索引にもどる)


2月3日 モーリス・ルヴェル『夜鳥』田中早苗訳・創元推理文庫

 戦前の「新青年」時代に人気を誇った短篇作家でありながら、戦後かえりみら れていない作家としては、ビーストンとルヴェルが双璧だろう。そのルヴェル の短編集を、戦前の田中早苗の訳業そのままを復刊した、オールドファン待望 の一冊。原稿用紙20枚程度の短篇が約30編収録されている。
読み通してみて、全体が、ひねりのきいたショートショートで、オー・ヘン リー、ビアース、サキ、ジョン・コリアらと並べられるべきすぐれた短篇作家 だと思った。その割に、文学史において、等閑にふされているのは不当な気が した。
 残酷味の強いという前評判は聞いていて、たしかに読んでみて、結末で人が死 ぬ話が多いものの、小酒井不木の諸短篇ほど残虐性は強調されていない。「情状酌量」は、マクシム・ゴーリキーの『母』と比べられる、母の愛情が 泣かせる物語で印象的だった。

(2003年著者索引にもどる)


2月6日 生垣真太郎『フレームアウト』(講談社ノベルス)

 第27回メフィスト賞受賞作。語り手は映画に携わる人物で、紛れ込んでいた フィルムの中に、行方不明になっている女優アンジェリカが実際に殺される シーンをうつしたのではないかと思われるフィルムを発見する。そのフィルム を撮ったものと、アンジェリカの行方を追っていく過程で、事件の深層が掘り 起こされていく──。
 奇しくも時期を近接してデビューした柄澤齊『ロンド』と、共通する物語構造 をもっている。アメリカでの暮らしの描きぶりは迫真的な気がした。中盤で結末の仕掛けはよめてしまった。

(2003年著者索引にもどる)


2月9日 松本清張『北一輝論』(講談社文庫)

 二.二六事件の思想的首謀者として死刑になった北一輝。その思想の概要と人 生の軌跡をたどる。北一輝は、社会主義、法華経、天皇制といったものを護持 する思想家として興味を抱かせる。手塚治虫が『一輝まんだら』でその劇的な 生涯を描こうとしていたのに、諸般の事情で中絶してしまったのは実に残念で ある。中国の辛亥革命に参加し、中国の革命家とも親しく交わった北は、なに はともあれ一代の傑物ではあったろう。ダーウィンの進化論に影響を受けたと いうその「国体」論は、「天皇進化論」ともいうべき奇妙な思想として結実し ている。

(2003年著者索引にもどる)


2月10日 乙一『きみにしか聞こえない ―CALLING YOU―』 (角川スニーカー文庫)

 脇役に生き生きした、印象に残るキャラクターがいる作品はたいてい名作であ る。去年感銘を受けた『GOTH』では、死体を発見するのが妙に得意な主人 公の妹が、脇役なのに非常にいい味を出していた。
 三短篇が収録された乙一の作品集。見えない携帯電話で話ができるようになる という表題作は、ちょっと梶尾真治っぽくもあるリリカルな作品。「傷」は、 人の怪我を転移させる能力をもった少年のハートウォーミングな物語。 一番長い「華歌」、これはなにか仕掛けがありそうな作品。しかし読み終わっ てよくわからないところがあり、e-NOVELSで鷹城宏が書いた週刊書評第93回を 読む。あっ、そうか、と膝を叩いて初めて納得。よくできているなあと感心。 しかしこの仕掛け、たぶん読者のは多くはわかってくれてないという気がす る。

(2003年著者索引にもどる)


2月10日 乙一『失踪ホリデイ』 (角川スニーカー文庫)
 YAのパッケージで刊行されると、一般のミステリファンは見逃しがちになるこ とが多い。乙一の『失踪ホリデイ』は、ミステリ史の数ある名作誘拐ミステリ(ひねり 球だが)に伍してひけをとらない。 もう一つの収録作「しあわせは子猫のかたち」と『きみにしか聞こえない』収 録の三作は、トリッキーなものが含まれてはいるが、ジャンルとしてはファン タジーに入る。しかしこの「失踪ホリデイ」はジャンルとしてはミステリで、 傑作だと思う。 「夏と花火と私の死体」「しあわせは子猫の形」「失踪ホリデイ」と乙一の作 品三つを通底するテーマとして、「透明な見る主体」がいることがあげられ る。これを梃子に評論が書けそうな気もした。

(2003年著者索引にもどる)


2月12日 乙一『石の目』(集英社)
 四つの中編をおさめた、帯の文句によれば「ホラー短編集」。しかし、収録作 は必ずしもホラーではなく、私見ではホラーなのは表題作の「石の目」だけで はないかと思う。四作品に共通しているのは、石の目というメドゥサめいた妖 怪、友人同士で架空につくられた女の子(「はじめ」)、心をもったぬいぐるみ (「BLUE」)、動ける刺青犬(「平面犬。」)といった、異形の存在との 交流や絆を心温まる筆致で描く作品集。キャラクター、アイディアとも印象的 で心に残った。

(2003年著者索引にもどる)


2月13日 乙一『死にぞこないの青』(幻冬舎文庫)
 些細な沈黙から嘘をついたことにされ、先生に嫌われてしまった「僕」。それ から先生とクラスメートが悪いことをみな「僕」のせいにする、間接的ないじ めが始まった。
 学校を舞台にしたホラー風味の青春小説。前半は結構こわいが、読後感はむし ろ爽やか。先生がいじめをするもっと強い理由づけがあってもいいのに、と 思ったが、ミステリに寄せた感想にすぎるかも。まとまりよく上手い作品。

(2003年著者索引にもどる)


2月16日 竹本健治『クレッシェンド』(角川書店)

 「カドカワミステリ」に連載されていた竹本健治の新作長編。ゲーム三部作で 活躍した精神科医の天野と、『緑衣の牙』のヒロイン(?)真壁岬が共演する。 ニーチェ思想に対して深い理解を示した岬さんが再登場してくれたのは嬉しい。日本の起源を、日本人の伝来ルート や、日本語のルーツや、日本神話から、多角的に考察するというテーマが一つ 盛り込まれていて、これとホラーを結びつけるというのは、従来にない斬新性 を感じた。肌にさわられるようなまとわりつく文体が読んでいて小気味良い。 全体としてのストーリーとかまとまりとか、よくわからないことも多く、『闇 に用いる力学』とか、他の作品とも連動しているらしい。

(2003年著者索引にもどる)


2月18日 春日直樹『ミステリイは誘う』(講談社現代新書)

 自殺の権利をめぐるファイロ・ヴァンスの議論が、ミシェル・フーコーに半世 紀先立っているという指摘がある(63頁)けれど、ヴァン・ダインもフーコーも 自分がニーチェ主義者であると名乗っていたのは共通性がある。その自殺に関 する議論は、ニーチェの『偶像の黄昏』の中の議論が出典なので、両者が共通 しているのは不思議はない。
 フィジーの村では、同時に別の場所に存在することがあるのが前提となってい るという、文化人類学からの指摘が面白い。そういう世界観でもまた違った論 理のミステリは成立しうるだろうと思うのだけれど。

(2003年著者索引にもどる)


2月21日 東野圭吾『レイクサイド』(実業之日本社)

 中学受験に向けた子どもを勉強させるために、湖畔の別荘に集まった四組の夫 婦。そこに、会社の同僚である愛人に訪ねられた並木は、ひそかな密会を約束 するが、予期せぬ殺人事件が発生して……。
 発覚してしまった殺人を隠蔽しようとする計画の進行が物語をひっぱる。なる ほど、こう畳みかけるのか、とラストでは納得させられる。

(2003年著者索引にもどる)


2月23日 乙一『暗いところで待ち合わせ』(幻冬舎文庫)
 目が見えない女性のところに、殺人の容疑者として追われる男が逃げ込んだ。 男は音をたてずにひっそりと隠れていようとするが、女性は家の中の様子がか わったことに気づく。しかし、気づかないふりをしてやりすごそうとするが… …。
 オードリー・ヘプバーンが主演した『暗くなるまで待って』を連想させる設定 だけれども、あの話とはまた違った方に展開していき、全体として感動的なド ラマになっている。

(2003年著者索引にもどる)


2月25日 ヘイクラフト編『ミステリの美学』(成甲書房)

 その昔『推理小説の美学』『推理小説の詩学』として部分訳されたヘイクラフ トの"THE ART FOR THE MYSTERY STORY"。そのとき未訳だった数編を含む新訳 版。しかし、昔の研究社版と比べて改悪になっていると思われるところが 多々。評論単体を全訳せずに、断りなく抄録したりカットしたりしている。研 究社版のは、訳文に多少問題があっても、評論そのものはちゃんと全文訳して いた。たとえばノックスの十戒は、前口上が省かれたためにとてもわかりにく くなっている。いろいろと編集方針に疑問をかんじさせるつくりになってい る。
 研究社版にないので面白かったのは、ヴァン・ダインのヴァンスシリーズをお ちょくった『ピンク家殺人事件』。パロディにされるのはそれだけ偉大な存在 であるとも言えるわけで、この時代のヴァンスは、日本アニメでいえば、真面 目でヒットしていた反面よくおちょくられた「巨人の星」のような存在かも、 と思った。

(2003年著者索引にもどる)


2月26日 大塚英志『キャラクター小説の作り方』(講談社現代新書)

 編集者、まんが原作者、小説家、評論家として多彩な活躍をしている大塚英志 の創作論。大塚は、物語を、写実主義とキャラクターものに大きく二分する。 その上で、ヒットするために、小説、まんが、アニメ、ゲームにまたがるキャ ラクター論を展開していて、非常に啓発的な書物になっている。テーブルトー クが小説創作に有効であると力説しているのは、なるほどと思わせる。

(2003年著者索引にもどる)

トップにもどる