読書録/2003年3月

3月1日 ジョン・バカン『緑のマント』(創元推理文庫)

 その昔、中学生のころに読んだジョン・バカンの『三十九階段』は、あまり 内容を覚えていないが、はらはらする、面白いスパイものだったのは覚えて いる。テレビでみたヒッチコックの『三十九夜』も、そのバカン小説を原作 にして、また面白い映画だった。
 これはその続編にあたり、やはり同じハネーが主人公。舞台は第一次世界大 戦真っ只中で、書かれた年代も1916年と、まだ第一次世界大戦が終わってい ない時。イギリスとの交戦国ドイツは、トルコと結び、イスラム圏で民衆を 結びつける預言者を出現させ、中東でのイギリス支配の優位を覆そうとして いた。その秘密工作をさぐるためにイギリスが送り込んだスパイたちは、謎 の言葉だけを残して死んだか行方不明になった。
 ハネーは、トルコのイスタンブールに侵入し、その秘密工作をさぐるようイ ギリスの密使の密命を帯びた。
 スパイものあるいは冒険小説として古色蒼然たる味わい。同時代のクリス ティ作品などに比べて、古びてしまった感が強いが、妙に今日の国際情勢と 連動しているところは面白い。クルド人の独立運動なども少し絡んでいる。 また、グルジェフとウスペンスキーの弟子となるベネットは、まさにこの時 期のイスタンブールに、イギリスの密使として滞在していて、亡命してきた 彼らと出会うことになる。ハネーとベネットを重なり合わせることができる のがまた面白かった。

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3月3日 東浩紀編『網状原論F改』(青土社)

 ポストモダン・オタク・セクシュアリティを副題とする、シンポジウムの記  録とディスカッション集。私は、東の世代的分類では、「おたく第二世代」 に入る年齢なので、たしかに上の世代の特撮や漫画ファンとは年代があわな いし、いまの90年代以降のゲーム文化にそまってきた人たちともちょっと違 う。私自身の文化的体験からすると、やはり富野監督作品の影響を絶大に受 けたトミノ世代だというのが一番しっくりくる。アニメ話をして話が通じる かどうかは、ガンダムがやはり分水嶺だなあと思うのであった。

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3月3日 鳥飼否宇『桃源郷の惨劇』(祥伝社文庫)

 400円文庫の書き下ろしシリーズ、今年の二月に刊行された新作。原書房の 「相当の悪夢」で「小森さんの感想を聞きたい」との指名(?)があったので、 探して買ってきた。たしかに去年書いた『ムガール宮の密室』(原書房)と同 様、イスラム教が主題になり、舞台もグルジア方面という、グルジェフの出 身地に近いので、今度の新作『Gの残影』(文藝春秋)と舞台も重なってい て、自作と共通性が大きいので、指名の理由は納得……。
 珍鳥を撮影するために中央アジアの秘境に入り込んできたテレビスタッフの 四名が主役。村の長老は、村に十分は普及していないイスラム教徒で、「神 の領域に入ってはならない」と警告する。やがてそのスタッフの一人が恐ろ しい死をとげるが……。
 けっこう変なミステリを書く人だなと思って、その点でも親近感が湧いた。 ただ、必然性の観点からみても、意外性の観点からみても、これだとちょっ と弱いかなというところにおちた感じがした。

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3月4日 東野圭吾『探偵ガリレオ』(文春文庫)

 物理学者が探偵役をつとめる、五編から成る連作ミステリー。突然燃えだし た人、海辺で突然爆死した女性、池で見つかった不可解な金属のデスマスク といった謎を、科学を武器に解きあかす。こういう作品集は、理系ミステ リーの形容がふさわしい。

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3月13日 東野圭吾『予知夢』(文藝春秋)

 『探偵ガリレオ』につづいて、科学を武器に不思議現象を解きあかす湯川と 草薙コンビものの連作ミステリ集。こないだ朝日テレビの深夜枠でやってい た『トリック』の再放送をみたらけっこう面白かった。あの番組とコンセプ トは共通性がある。五編のうち、そんなに不思議現象の科学的解明によりか かっていない普通ミステリが二、三あったような気がしたが、ちゃんと定番 的面白さを味わえる好作品集。

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3月15日 西澤保彦『リドルロマンス──迷宮浪漫』(集英社)

 謎の美形心理探偵「ハーレクイン」が、精神分析めいた心の欺瞞やあやをあ ばいていく、連作ミステリ集。篠田真由美さんの大胆な解説には思わずのけ ぞった。この解説、本編の続きにもなっているところがすごい。
 ファンタジーとの境界で成立させられるミステリとしてこういうもっていき かたがあるのかと教えてくれる。自己欺瞞、隠蔽、自己正当化といった心の営みをあばくことが西澤作品では繰り返されるテーマとなっていて、この ハーレクイン探偵は、その心理分析をあやつるデウス・エクス・マキーナであろう。

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3月19日 乙一『さみしさの周波数』 (角川スニーカー文庫)

 四つの短編からなる、乙一の最新短編集。あとがきからして、乙一に期待さ れているのは「せつない話」と「こわい話」らしい。巻頭の「未来予報」 は、せつない路線を狙ったものだけど、「しあわせは子猫のかたち」の見事 なせつなさの描出を焼き直した感があるので、いま一つ。集中ベストだと思 うのは「手を握る泥棒の物語」。隣室のものを盗もうとして女性の腕を握っ てしまい、放すにはなせなくなるという状況設定が秀逸。

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3月22日 『新本格猛虎会の冒険』 (東京創元社)

 私の新作短編「一九八五年の言霊」が載っているのでよろしく。阪神タイ ガースをテーマにした異色のミステリ競作集。私のと黒崎さんのと有栖川有 栖さんの作品がいずれもラスト一行をダジャレで終わらせているのは、関西 人か阪神ファンのサガなのだろうか。自作は、事件がおきない、オカルト解 釈のミステリというのはちょっと面白い趣向だと思ってます。

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3月23日  鯨統一郎『ミステリアス学園』(光文社カッパノベルス)

 「ジャーロ」に連載されていた連作短編集。ミステリのサークルが舞台で登 場人物もミステリサークル員ばかり。ある種の、メタミステリの極限めいた 趣向をやっていて、山口雅也「不在のお茶会」とか積木鏡介『歪んだ創世 記』などの作品の系譜に連なるだろう。
 ミステリマニアの心をくすぐる、遊び心に満ちた連作短編集。

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3月28日 森川嘉一郎『趣都の誕生』(幻冬舎)

 電機商品販売の中心街だった秋葉原は、97年頃から急速に、アニメ・ゲー ム・漫画のおたく向けの町に変貌したという。私は97年に大阪にうつったの で、秋葉原に行ったのはその後年に二、三回程度だが、たしかにその変化は 実感される。渋谷が欧米志向の町なのに対して、秋葉原は、国産品中心で、 見方によっては、国粋主義的な傾向ともいえる。官制の主導しない都市の相 貌の変化として注目に値する。なるほどなるほど、渋谷は私にとってはなじ めない町だったのが、この論を読むと腑に落ちる気がした。

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3月29日 監修・鮎川哲也/二階堂黎人編『新・本格推理03』(光文社文庫)

 今回三編も収録された小貫風樹氏は、たしかSRの会では別名義でいろいろと寄稿していた人。その小貫氏のデビュー作を まず期待して読み始めた。期待以上に出来がよく、これから本格文壇で活躍 してくれそうな才能であると感じた。一番感心したのが「とむらい鉄道」。 探偵の事件への係わり方がユニークというか異常。しかしロジックで犯人を 囲い込むこの展開は脱帽もの。「夢の国の悪夢」、題名はいま一つだが、ト リックが秀逸。小貫作品以外で感心したのは、「作者よ欺かるるなかれ」。 テキストを読ませる作中作趣向ものだが、これは作中作を使う必然性があ る。盛り込まれたアイディアがなかなかよく、長編で使ってもよいのにと 思った。

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