読書録/2003年6月
6月3日 ジュリアン・シモンズ『ブラッディ・マーダー』宇野利泰訳(新潮社)
ミステリ評論書として名前は有名で海外の評者にはよく言及・参照される
重要書でありながら、日本では名のみ知られていた感のあるシモンズの主著
がやっと邦訳された。本書は1970年代に新潮社が近刊として刊行予告したも
のであり、訳者の宇野さんも物故してから何年もたつ。
部分的な引用と紹介で知られてきた予見と実際に通読した印象とを比べて
みると、シモンズはミステリ全般、本格ジャンルにもかなりの素養と理解を
もっているという手応え。ヴァン・ダインに対して高い評価を与えているの
が特に印象的で、同じ教養派探偵でも、セイヤーズのウィムジー卿よりヴァ
ンスの方がずっと本物であるとしている(167頁)。ヴァン・ダインの追随者と
してクイーンへの評価は低く、セイヤーズよりはクリスティを高く買ってい
る。このあたり、年代的に早い方を評価する傾向があるのか、あるいはミス
テリ評論全般の流れに抗する反骨者だったのか。
犯罪小説と探偵小説の対比をしている十四章が眼目の一つで、シモンズの
「探偵小説は犯罪小説に変容する」という推移予想は、ことアメリカでは実
態的にあたっているが、わが日本では必ずしもあたっていない。
6月12日 福井晴敏『∀ガンダム』(上下)(角川春樹事務所)
もともと富野アニメの熱心なファンではあったのだけど、ガンダムの続編が
あまり面白く感じられなかったあたりからなんとなく熱が冷めていた。しか
し遅ればせながら最近全話見通した「∀ガンダム」は、全盛期富野作品にま
さるとも劣らない出来ばえで、見逃していたことを慙じた。
テレビ版の感想はさておき、この小説版「∀ガンダム」も、従来のガンダム
小説(多くはノベライゼーション)とは一線を画する出来のよさ、さすがは福
井晴敏と思わせる。テレビ版ではよくわからなかった背景説明がなされてい
るところがあるし、泣き虫ポォとテテスが同じ役回りだったことがわかるあ
たり、前半の物語上の緊密度はテレビ版を凌ぐ。下巻の途中まではほぼテレ
ビシリーズと大差ない展開ながら、その後のギャップは凄まじく、凄絶な展
開が待ち受ける。あまり人が死なずにほのぼのとした結末を迎えたテレビ版
の方が好みとしては好きなのだが、この福井版の展開も捨てがたい。両者を
味わい比べれば、ほんの些細な差が惨劇を招くか否かを分けるという教訓も
得られそう。その差を招いたのは、キエル・ハイムの心情の違いにあり、福
井版では嫉妬に駆られたキエルの行動が、戦争の激化の引き金となる。テレ
ビ版の善人なキエルよりも、ダークな感情に身を委ねたキエルの方が私とし
ては好きだし、福井版の方がより富野アニメらしい展開と言える。
6月15日 乙一『ZOO』(集英社)
昨年の『GOTH』で第三回本格ミステリ大賞を最年少で受賞した著者の最
新作品集。ハードカバーの本としては、二冊目の刊行となる。
十の短編から成り、『GOTH』のような連作ものではなく、作品によって
はミステリ味はあるものの、全体としてはノンジャンルものの作品集。
「SEVEN ROOMS」は、乙一版「七死刑囚物語」の感がある。
集中一番感心したのは「SO−far」。筒井康隆の「母子像」に比べられ
る、冥界交流の家族愛ものの名作だと思った。
6月24日 有栖川有栖『スイス時計の謎』(講談社ノベルス)
国名シリーズの新作にして、火村英生シリーズの連作短編集。出色なのは表
題作の中編「スイス時計の謎」で、残された時計の手がかりから、犯人探し
ものの王道を味わえる。古典的なトリックをベースにしながら、新しい趣向
や意匠を創りだしている腕前に感心させられる。
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