読書録/2003年8月
8月10日 京極夏彦『陰摩羅鬼の瑕』(講談社ノベルス)
京極堂シリーズひさびさの長編。儒教の死生観+ハイデガー思想をミステリ
と有機的に結びつけている、そのあたりの着想がすばらしい。作中で取り上
げられる林羅山(名前のみ知る人でもちろんその著作など私は読んだことがな
い)の思想の読解にはぐいぐいと引き込まれ、読んでいて実にスリリングだっ
た。ミステリとしては、これまでの長編作の中でもっともシンプルな構造。
読者の予期や推理を上回る驚きを期待する分には、やや物足りない感もあっ
たかと。
8月12日 小野不由美『くらのかみ』(講談社)
ミステリー・ランド第一回配本の一冊。
その昔、初めて図書館で借りて読んだ本が佐藤さとるのコロボックルシリー
ズで、その挿絵を描いていたのが、本書でも挿絵を描いている村上勉。佐藤
さとるの全集も村上が絵を描いていたと記憶している。その後より佐藤さと
るのコロボックルシリーズの古い版をみたときに、別の挿絵がついていて、
それに比べて、やはり村上の絵が一番あっているなあと思ったものだった。
図画の時間に、村上の絵を真似て、もこもこした山を描いたりしたことも
あった。
そういうノスタルジーを感じる造本で、こんな本を刊行できるとは羨まし
い。
内容は、結構本格度が高く、その点で子ども向けに難度を下げるという態度
をとっていない。それでいてちゃんと子ども向けの物語になっていて、両面
の要求に高度にこたえてみせている。
8月25日 大下英治『手塚治虫──ロマン大宇宙』(講談社文庫)
手塚治虫の軌跡をたどるのに役立つ一冊。担当編集者など関係者への丹念な
取材を積み重ねた成果がうかがえる。細部では若干ひっかかるところもあっ
た。たとえば528頁、アニメを再開してから「ブラック・ジャック」のパワー
が落ちているとチャンピオンの壁村編集長が訴えたとあり、結局連載が終了
したとある。ここには少し首を傾げた。「ブラックジャック」、後期になっ
てもパワー落ちてないと思うし、「週刊少年チャンピオン」ではその後も
名作・力作作品群の連載がつづいているからで
ある。
8月27日 恩田陸『不安な童話』(祥伝社文庫)
前世のヴィジョンが見えるような気がするヒロイン。絵画展覧会で自分が前
世で記憶しているとしか思えない、絵画を見つける。描いた女性画家は、彼
女が死ぬ二年前にハサミで非業の死を遂げている。記憶を完全に思い出せ
ば、母を殺した犯人がわかるかもしれないと、その画家の息子から頼まれ
る。母の画家の知り合いの中に容疑者がいるのでは……。
生まれ変わりをテーマに据えた恩田陸のミステリ。恩田陸には純ミステリは
少なく、ミステリとしては境界線作品が多いけれども、これはミステリの範
疇にはいる作品。
8月29日 恩田陸『麦の海に沈む果実』(講談社)
『三月は深き紅の淵を』の続編的な作品。「的な」と書いたのは、直接その
事件の世界がつながるわけではなく、『三月〜』という本が作中で重要な鍵
をにぎる本として登場する。メタというか枠囲いによる続編形式で、最近そ
の手の続編形式は他の作家作品でも散見される気もする。
「三月以外にやってくる転入生は、学園を破滅に導くだろう」という帯に引
用されたモチーフとなる一節はデビュー作『六番目の小夜子』の煽り文と相
関性があるような気が。
全寮制の学園が舞台の女子校ものは、近年何人かのミステリ作家がてがけて
いるが、本作は全寮制でも共学制。冒頭ヒロインがトランクを喪失し「これ
はトランクを取り戻すまでの物語である」と予告がなされる。とすると、作
中随所でトランク絡みの重低音が響くのを期待するが、終章までそのトラン
クが出てこないのがちょっと物足りない気もした。
印象的なのは絵画的、ミステリアスなシーンが随所に夢の宝石のようにちり
ばめられていること。殺人事件の謎を追うミステリ的なプロットもあるのだ
が、ミステリとしてはやや散漫な印象。
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