読書録/2003年9月
9月1日 恩田陸『木曜組曲』(徳間文庫)
謎の死を遂げた耽美小説作家・重松時子。彼女と縁の深い四人の女性が集結
して彼女の死を偲ぶ。四人はいずれも作家や編集者など、出版にかかわる仕
事をしている。時子の死が他殺ではないかとの疑いが提起され、何回かの食
事会をひらきながら議論がなされる。
「トマトと茄子のスパゲティが得意料理だという男はあぶない」という警句
が面白かった。光景としては女性たちが集まって食事しながら延々と会話す
るというのが続く。アクション場面をおさえ、議論に終始する一作。
9月2日 恩田陸『球形の季節』(新潮文庫)
題名が興味をそそられる。「球形の季節」って一体何だろう?と思わせる。
恩田陸は学園ものが多く、デビュー長編と第二作の本作がそうだし、他にも
『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『ネバーランド』がそうだ。
生徒たちの間にあやしげな噂が浸透していく場面から始まる。さわやかでも
あり残酷でもあり、少しミステリアスな雰囲気をかもしだしている学校の世
界は、ノスタルジーのようなものを感じる。終盤近く登場人物が「跳べる」
ことを説くシーン、超人思想へのつながりを感じて、もっとも興味深かっ
た。
9月3日 恩田陸『光の帝国──常野物語』(集英社文庫)
超常能力がそなわる常野からきた者たちをめぐる連作短編集。着想の源の一
つは、柳田邦男の「遠野物語」かもしれない。長編の構想を予感させる短編
だったり、イメージの断片をきりとってみせたような作品が並んでいる。短
編のスケッチから書かれなかった長大な物語を想像してみるのも楽しい。
9月7日 島田荘司『透明人間の納屋』(講談社)
ミステリー・ランド第一回配本の一冊。作品としては、『ロシア幽霊軍艦事
件』と似た味わいで、不可能状況のトリックと社会告発的なテーマがうまく
結びついていて、良作だと思う。しかし、これってジュヴナイル??
汚れた 大人の社会を活写する社会派ミステリーで、およそ子ども向けとは思えない
内容。
9月8日 殊能将之『子どもの王さま』(講談社)
ミステリー・ランド第一回配本の一冊。島田作品は、子ども視点から大人の
物語に移行していったのに比べて、ちゃんと全編子ども視点では通してあ
る。筆運びや物語つくりは、抑制がきいていて、ジュヴナイルへの配慮はう
かがえる。鍵っ子、テレビ漬けの生活といった生活感覚が何かよく伝わってくるものがある。物語の展開、謎と解明の処理の仕方、随所にうまいと思わせる。
9月14日 舞城王太郎『阿修羅ガール』(新潮社)
舞城の文学的試みは注目に値する。案外古風な、実存主義文学の路線を狙
い、その中での文学的革新をやろうとしているようにも見える。
現代に生きる女子高生の活写ぶりが見事。臨死体験からみのエピソードが眼
目の一つと言えるか。20年ほど前に、初めて新井素子の小説を読んだとき
に、その文体にびっくりした憶えがある。舞城の文体も、部分的には新井素
子初期作品と通じる会話口語体と言えるかも。
9月15日 ロレンス・ダレル『黒の迷路』 沢村灌訳
ハヤカワ文庫
瀬戸川猛資が『夢想の研究』の中で、迷路小説の名作として称賛している作
品。1947年の作。著者はかなりフロイト思想に傾倒したことがあるらしく、
その手の述語が頻出し、近現代への神秘思想への言及も多い。戦争後の時代
を背景に、迷路をさまようことと、人生観を重ね合わせる哲学的な重みのあ
る小説になっている。
9月23日 ラッセル『私の哲学の発展』野田又夫訳・みすず書房
元はラッセル著作集の一巻として訳されたもの。自分の思想の変遷をたどり
つつ、個人史にもなっている興味深い一書。大著『プリンキピア・マテマ
ティカ』は、著者の知る限り六人しか読み通したひとがいないというくだり
は笑ったが、そのうちの三人がポーランド人でヒトラーによって殺されたと
いうのは理解できるとして、残りの三人がテキサス人で、こちらは「首尾よく同化された」(110頁)というのは、何を言っているのか理解できない。訳文
の不明なのだろうか。
科学的知識と常識的な世界観は、どちらに立脚しても哲学的につきつめれば
互いに相いれない矛盾したものとなりがち。その両方を折衷しようとした
ラッセルの苦労がしのばれる。ウィトゲンシュタインの思想については、明確に『論理哲学論考』以外の著作業績を認めていない。今の思想界で、ラッ
セルの実在論やアトミズムを奉じる人は極小に思えるが、このあたりをすっ
とばすとおかしな議論に陥りがち。探偵小説批評でもよく取り沙汰される、
クレタ人のパラドックスや、無限性の禁止など、再考すべき課題がいろいろ
とあるように思う。
9月30日 PIR VILAYAT
INAYAT KHAN
"THE AWAKENING" TARCHER PATNAM 1999
インドで今世紀前半、スーフィー教師・音楽家として活躍したことで有名な
イナヤット・ハーンの著書は日本でも二冊訳出されている。『ネイチャー・
メディテーション』(たま出版)と『音の神秘』(平河出版社)。
本書は、その息子ピール・ヴィラヤット・ハーンが著したスーフィー講義録。イギリスでスーフィズムの活動をしている著者は、1916年生まれで、現
在も活躍中。晩年に集大成の本を著しておきたいという気迫が、本書からう
かがえる。七つの章にわたり、実生活とともに宗教の実践を説き、スーフィ
ズムの奥義をつたえようとしている。ブッダの言葉など、他宗教の教えを取
りこんでいるオープンさは、イスラムの主流派とは一線を画するものがあ
る。
著者の妹のヌールは、フランスで、ナチスの弾圧によって殺されたという過去がある。ジャンヌ・ダルクの挿話に続いて、終章近くで、ヌールの生きざ
まが語られている。怒りを抑制することを教えるときに、著者は、肉親を殺
されたナチスの非道に対する怒りを覚えると率直に述べ、それでもその感情
をのりこえる道をさとしている。
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