読書録/2003年11月

11月1日 黒岩重吾『背徳のメス』(角川文庫)

 昭和30年代に栄えた社会派ミステリの、一つの典型作と言えそうな作品。 主人公の医師・植は、権勢的で傲慢な病院の上司に不満をもっていて、彼が ヤクザの女性の中絶手術に失敗したことをもみ消そうとしているのを、告発 しようと構えている。一方、多数の女性と交際していた彼は、周囲の多くの 者から恨まれる動機をもっていた。寝ている間に植のいた部屋のガス栓が開 かれていて、彼は自分が何者かに殺されかけたことをさとる。容疑者はいっ ぱいいるが、はたして犯人は?
 被害者の立場から推理するという設定は昭和34年当時のミステリとしては、 結構目新しい趣向だったのかもしれない。主人公が善とも悪とも言えない性 格設定になっているところは面白かった。ミステリとしては、犯人追求とか 犯人限定において、ロジックがあまり駆使されないので物足りない。ジャン ル分類としては、本格ものではないが、推理小説の範疇には入るだろう。

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11月2日 島田荘司『ネジ式ザゼツキー』(講談社ノベルス)

 島田荘司は『眩暈』以降、脳科学に興味をもっているようで、作中の奇怪な 幻想的な光景が、脳科学を媒介にして解かれるというパターンの作品が多 い。この作品は、記憶に欠損があるらしい患者と医師らしい人物の対話から 始まる。『タンジール蜜柑共和国への帰還』という、患者の書いた奇妙な小 説が挿入される。
 本書の題名を見たときには、つげ義春かと思ってしまった。右とじの本で横 書きになっているのは、いささか読みにくい。
 こういう、謎と解決の均衡がとりにくい話を、ちゃんとミステリとして成立 させる著者の豪腕ぶりには感心させられる。

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11月3日 西条八十『人食いバラ』(ゆまに書房)

 昭和27年の、西条八十による少女小説。主人公の貧しい娘が、突然死にかけ の金持ちから莫大な財産を与えられる。その金持ちのめいで財産をもらえな かった春美が、甘言を弄して主人公に近づき、その命を狙い始める……。
 解説で唐沢は、ジャンル自体をミスリードにつかうのは、あまり例がないと 述べているが、そんなことはない。たとえば乱歩が、安吾の『不連続殺人事 件』を評した評論の中で、坂口安吾の従来の作風が、真相の目くらましに なっているという意味のことを述べていて、同作品が、従来の安吾読者であ る方がミスリードにひっかかりやすいことを指摘している。最近では島田荘 司の『透明人間の納屋』も、あのジュブナイルものでこれか、という驚きが あった。
 にしても、よくこんな作品を発掘したものだと唐沢に敬意を表したい。 抱腹絶倒の怪作! 唐沢のツッコミ的注釈が面白さを増幅してます。探偵もの というより、ピカレスクロマンか? 西条八十は、自分のよく知っていた童話 世界に、少しだけ読んで知った、江戸川乱歩の探偵小説を接ぎ木しようとし ていたのかも。それでこんな怪作ができあがったというわけか。

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11月13日 "THREE PILLARS OF ZEN" by ROSHI PHILIP KAPLEAU,RIDER

 欧米、特にアメリカで禅を広めるのに大いに貢献した一冊。著者はアメリカ 人で禅の老師の資格を得(著者名にROSHIとはいっている)アメリカで禅の寺か 道場を運営している。最近は引退して後進に道を譲っているそうだが。
 アメリカのキリスト教の説教や儀式は、stale and lifeless(古びて生気がな い)(p.233)と断言している記述があり、キリスト教への失望から東洋の宗教 に向かったのだろう。真実を体得できるのは禅しかないと、特に日本の禅を 称賛し、原田祖岳、中川宋淵、安谷白雲 といった老師のもとで禅を学んでいる。
 懐かしいなと思ったのは、文中に私が接心をして禅を学んだ三島の龍澤寺 の話が頻出し、著者もそこで接心をしていることである。私が東大に入学し て陵禅会に入ったときに、その二カ月前の二月くらいに中川老師はお亡くな りになっていて、私より一代上の陵禅会員は、その中川老師の指導を受けて いたのである。というわけで私は惜しくも直接中川老師にまみえることはで きなかったが、この本での著者と禅師との1950年代の会話では、「日本で も、悟っている禅師は十人いるかいないか」だと語っている。たぶん中川老 師はその中に数えられる人だったんだろうと思うとなにやら感慨深い。
 禅をconcentration(精神集中)だと訳しているあたりは、ちょっと首を傾げる面もあ る。
 禅のこまかな紹介は、欧米人向け。第三部の問答は、欧米人とヤスタニ老師の、独参で の問答集。こういう問答は、日本の禅書でも書かれていないので貴重。第四部のBASSUI 禅師の語録というのは、鎌倉時代の禅師らしいが、私も知らない人だった。抜水と書く ようだが。
 第五部の見性と悟り体験は著者を含む八人の記録。これは、アメリカ人が、悟りを開い たといって歓喜している記述が、豪快で笑える。  第六部は岩崎八重子と原田祖岳老師の書簡集。たしか『禅の法門』に収録されていたや りとりを英訳したもの。二十代の若さで岩崎八重子は病没するが、その直前に禅の指導 を原田老師から受け、大悟したという。そのあたりの記録。
付録として、禅の古典『十牛図』(全訳)と『正法眼蔵』の抄録がある。
 カプローの記述が透徹していて、読み通してとてもよかったと思える名著だった。

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11月14日 東野圭吾『ゲームの名は誘拐』(光文社)

 誘拐ものミステリは、80年代にはよく書かれ、90年代は減少し、2000年以降 また増えているらしい。家出してきた娘と出会った男が、狂言誘拐をやって 大金をせしめようともくろむ。その裏になにかありそうなのは案外予想通り だったが、副次的なアイディアとしてのラストの仕掛けは舌を巻いた。

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11月17日 山田風太郎『誰にもできる殺人』(廣済堂文庫)

 一つのアパートを舞台に、連続して事件が起きる連作短編もので、ラストに 全体をつなぐ謎が解明される形式。こういうスタイルの作品というと、私の 読んだ中でも、戸川昌子『大いなる幻影』とか折原一の幸福荘ものが思いつ くが、これが先駆的な作品ということになるだろうか。
 短い枚数で、アパートに住む、一癖も二癖もある住人たちを描写し、連続し て事件を起こして手際よくまとめている手腕が大したものである。

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11月17日 佐野洋『透明受胎』(角川文庫)

 元は早川書房からSFのシリーズとして刊行されたもの。主人公のライター が、冒頭不可思議な事故にあい、そのときの記憶を失う。一夜にして二十年 近くも老け込んでしまったのに、病院から戻って一晩寝ると、もとに戻って いた。その事故を介して知り合った女性と、まじわりを結ぶと記憶がなくな り、今度は髪の毛が赤くなってしまった。
 一応ラスト近くに謎解きのようなものはあるが、この髪の毛の不思議な変色 などは満足のいく説明がないため、そのところがSF的に扱われていると言 えるのだろうか。
 SFとしてもミステリとしても中途半端な作品という気がする。昭和40年 という時代をうつしている、佐野洋の実験的な作品。

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11月21日 南條範夫『三百年のベール』(批評社)

 著者は、明治三十五年に発行された村岡素一郎の「史疑」を神田の古書街で 入手した。その内容は、徳川家康の出生の秘密にまつわる斬新な新説を披露 した歴史上の稀本だった。
 徳川家康が長男・元康を、織田信長の命で自害させたというのは、歴史的な 事件として世に伝わるが、謎と不可解さがつきまとっている。元康が家康の 実子でなかったとしたら、あの事件はわかりやすくなる。家康が松平家を出 自とせず、別の生まれで、松平家を乗っ取る形になったという説はなかなか 説得力がある。その説を調べ始めた主人公の周りに、さまざまな事件や妨害 が起こるようになる……。
 著者のオリジナルな説だとしたら、歴史ミステリとして大いに評価すべき一 書だが、もとの「史疑」の説に完全依存しているとしたら、その分は差し引 いておかなければならないだろう。

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11月26日 林語堂『中国=文化と思想』鋤柄治郎訳・講談社学術文庫

 1999年刊。今世紀の中国が生んだ、最高の文人の一人・林語堂による中国文 化の紹介書。主として欧米人向けに書いたものだが、邦訳書はちゃんと漢文 を併記してあるのがうれしい。中国ものの質の低い翻訳書には、もとの古典漢文 を調べないで英訳から訳しただけのものが横行しているからである。
 中国ものの英語訳書も、アラン・ワッツの禅書みたいに、漢字が併記してあるとわかりやすく読みやすいのになあと思うことがあるが、林語堂の英語本 は残念ながら漢字はあまり載っていない。
 原著は1935年に刊行されたもので、満州事変以後のきなくさい世情のもとで 書かれただけあって、日本と日本人に対しては反発と嫌悪を著者がいだいて いるのが窺える。中国人気質を理解するキーワードとして「老獪」「中庸」 「忍耐」「面子」などがあげられている。当時の中国で最大規模を誇った 「申報」という新聞の稀本方針は、目下の国内の問題を決して扱わず、国外 のことかはるか昔のことか抽象的なテーマを扱うことだったそうだ(92頁)。 「面子」は英語でhonor(名誉)と訳されたりもするが、似て非なる概念である と著者は説く。そのサンプルとして、火薬を運んでいるので火気厳禁だと注 意されたにもかかわらず、俺の面子をふみにじるのかと愛煙家の将軍が怒 り、煙草を吸ったために船ごと爆発して吹っ飛んだ例があげられている。こ のとき将軍は命と引き換えに自分の「面子」を守ったが、それは決してhonor ではないと。中国人には公共精神が欠け、韓非子の説いた法治主義が受け入 れられず、孔子の説く仁政に従うことで政治は腐敗していると著者は嘆いて いる。

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11月26日 歌野晶午『家守』(光文社カッパノベルス)

 五編からなる歌野晶午の短編集。「人形師の家で」は、女性を愛せず人形を 偏愛する男が冒頭に登場する。ピグマリオン・テーマの秀作。「家守」。冒 頭のシーンの置きかたは、信濃ものの短篇「有罪としての不在」と共通性が あるし、ラストのカットバック構成は、この中の「転居先不明」やら「正月 十一日、鏡殺し」でも使われていて、歌野作品での得意技かもしれない。
 今や本格シーンの中核を担っていると言える歌野晶午のうまみを堪能でき る。この中の五編を好きな順に並べると、たまたまかもしれないが、冒頭か ら置かれた順番とおりになる。

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11月27日 多岐川恭『異郷の帆』(講談社文庫)

 江戸時代、オランダとの唯一の貿易の窓口だった長崎の出島が舞台の歴史推 理小説。主人公の浦は、そこにつとめるオランダ語の通詞(通訳)。西山久兵 衛は、元ポルトガル人で、キリスト教を捨てて日本に住むようになった通 詞。出島では、密貿易をして利益をあげているものがいるらしい。怪しまれ ていたオランダ人のヘトルが死体で発見される。唯一のわたる橋は監視がい て、武器の持ち込みは禁じられていて、事件当時は閉鎖状況だった。誰が殺 したのか?
 ミステリ作家として出発した多岐川恭の代表作の一つ。この作品は十分ミステリなのだけれど、こういうものを書いている作者は、 ミステリから時代ものに移行しそうな気がぷんぷんする──とリアルタイムで読んでいたら思ったことだろう。

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11月27日 樹下太郎『鎮魂の森』(出版芸術社)

 終戦直前に書いた遺書が、何者かによって恐喝のタネにされた。一体誰がそ れを奪ったのか?
 樹下太郎の小説を読むのは『銀と青銅の差』に続いて二冊目。この『鎮魂の 森』の方が、比較すればはるかに面白かった。どちらの作品も、作者の実体 験を素材に、作者のよく知った舞台を選んでいるのだけれど、『銀と青銅』 の方はサラリーマン生活、『鎮魂』は戦争と従軍体験である。劇的な分だ け、後者の方が面白みにおいてまさっているせいだと思う。実際に従軍して 中国にいた著者ならではの戦争体験の描写がなんといっても迫力がある。推 理ものとしては、『銀と青銅の差』よりは濃いものの、薄味。
 同時収録された短篇「お墓に青い花を」は、平凡につきあっていて結婚まで しそうだったのに、つきあっている女性を何気なくそそのかしてのど自慢大 会に出したら優勝して、そのせいで彼女は本気で歌手を目指し始め、彼女と の交際が破綻につながるというプロセスが面白かった。

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11月28日 陳舜臣『方壺園』(中公文庫)

 解説者は七編から成ると書いているが、この収録作は六つなので、もしかし て元本から一編削られているのだろうか?
 主として中国史に題材をとった、歴史上の舞台での殺人の謎を解く連作短編 集。過半数の作品が密室もので、ほとんどが不可能犯罪ものである。こうい う作品集があるとなると、陳もまた立派な不可能スクール作家に入れられ る。歴史的興味として重厚な描写がされ、トリックを構築する道具立てが歴 史とマッチして工夫が凝らされていて、歴史・推理両面ですぐれている。表 題作の「方壺園」は、後の連城の「戻り川心中」を連想させるところがある 名編。
 巻末の「獣心図」だけは中国ものでなく、ムガール帝国時代のインドが舞 台。これは、『ムガール宮の密室』を書く前に読んでおけばよかった。 シャー・ジャハンが若い時代の、フスロウ(ホスロー)王子殺しが主題である。

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11月28日 陳舜臣『三色の家』(講談社文庫)

 『枯草の根』で乱歩賞を受賞した陳舜臣の第二作。主人公は、前作と同じ陶 展文。ただし、その若い頃の物語で、昭和8年の物語である。
 やはり神戸が舞台で、中国人の商家が主舞台となる。コックの杜自忠が何者 かに殺害されたが、事件当時二カ所の出入り口はいずれも証人がいて、犯人 が脱出できなかったはず。犯人はどうやって消えたのか?
 『方壺園』ではかなり派手にトリッキィなことをしていた作者も、長編では トリッキィさは控えめになるのかもしれない。堅実にミステリを構築してい る印象。神戸の中国人社会の様子が活写されている。

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11月29日 陳舜臣『弓の部屋』(講談社文庫)

 陳舜臣の第三長編で、デビュー作と二作目で探偵役をつとめた陶展文は登場 せず、若い女性が一人称。神戸を舞台にした連続殺人事件の謎を追う。メイ ンの謎となるのは、弓の部屋と呼ばれる部屋で、わずかな停電のすきをつい て、毒を盛ったのは誰か?という謎。
 はじめて女性を主人公にし、現代風俗をとりいれた意欲作。珍しく中国史絡みの趣向ではない。 派手なトリックものではないが、てがたくミステリを構築している。終盤の次々と自首し始 める関係者という趣向は、ブランドがたしか先鞭をつけていたんだっけ。

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