読書録/2003年12月

12月1日 結城昌治『暗い落日』(角川文庫)

 結城昌治の本を古本屋で探すときに、もっていた本が何だったか記憶が混乱 してダブり買いを何度かしてしまった。「死者」とか「終り」とか「夜」と か似た言葉がついた題名が多いのが一因である。
 私立探偵・真木三部作の第一作目。警官や検事意外のシリーズ探偵ものが極 小だったこの時期に私立探偵ものを書いているのは、反時代的なのだろう。 女性の失踪の捜査を依頼される一人称の私立探偵とは、ハードボイルドの常 道に則っていて、その後の展開も王道をいく。結末にひねりがありそうなの は予想がついたが、案外古風な本格探偵小説と至近距離にいる作風である。

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12月2日 結城昌治『夜の終る時』(角川文庫)

 1964年の推理作家協会賞受賞作。捜査に出た警官が失踪して戻ってこない。 同僚たちが行方を追うが、やがて彼はホテルで扼殺死体として発見される。 最近、警察が追っている暴力団に情報が漏洩する不審事が続いていた。殺さ れた刑事が、もしかして漏洩者だったのか? 安田刑事は独自の嗅覚を働か せ、独自に調査を始める。
 犯人が発覚してから、犯人を視点として動機形成の物語となる第二部がある のは、ガボリオやドイルのひそみにならった、懐かしい二部構成。スマート な警察小説で、犯人さがしの要素もあって、本格ものと分類しても大過なさ そう。この時期の結城昌治は、いろいろなジャンルに挑戦しているようだ。

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12月2日 佐野洋『華麗なる醜聞』(双葉文庫)

 1965年の推理作家協会賞受賞作。語り手の「私」が、フランスの新聞を読ん でいると、日本に赴任していたP国の大使が、日本の〈ハイ・ホステス〉と の情事のせいで離婚の危機にあるという。〈ハイ・ホステス〉とは聞き慣れ ない言葉だが、英語にない言葉なので和製英語のようだ。主人公の記者は、 その言葉が使われているキャバレーに乗り込んでみる。そこで知ったのは、 Oクリニックという医療機関でその言葉が使われていることだ。その内部を さぐろうとして、看護婦などにさぐりをいれると、その看護婦が何者かに殺 されそうになる。おりしも連続爆弾魔「是政小僧」が次々と爆弾を有名人の ところに送りつけていた……。
 佐野洋の作品世界は、主に、色と欲に駆られた大人たちの世界である。探りをいれてい くプロセスは、それなりに楽しめるが、推理ものとしては物足りない……。

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12月3日 水上勉『海の牙』(双葉文庫)

 1961年度の推理作家協会賞受賞作。水俣病を告発する小説としては、石牟礼 道子の『天の魚』を読んで感銘を受けたことがあるが、これも水俣病を告発 する小説。東京から来た学者らしい人物は独自に水俣病を調査しようとして いる様子だった。その彼が謎の失踪をとげ、やがて死体として発見される。 その足どりを追うと、謎の女性、暗躍する密輸団、偽名を使っている二人組 などが浮かび上がってくるが……。
 ノンフィクションではないので、まさか水俣病を隠蔽しようとしている、当 事者の会社関係者を犯人にするわけにはいかないだろうし、かといって、作 中の殺人事件が、水俣病と無関係ではストーリー上まずい。そのどちらも避 けた物語作りはともかく感心したのだけど、ミステリとしては物足りない。

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12月3日 山田風太郎『夜より他に聴くものもなし』 (廣済堂文庫)

『妖異金塀梅』や『誰にもできる殺人』をはじめ、山田風太郎の連作短篇も のは本当にうまいと思う。これも連作短編集で、毎回探偵役の刑事が「それ でもおまえに手錠をかけなければ〜」の決めゼリフを言う。比較的短い枚数 の短篇が並び、思い切った趣向、異様な動機が連打される。およそありえな い種類の動機で人を殺しているのだけれど、その常軌の逸しかたに鬼気せま るものがある。発想の豊かさ、構想力のたくましさに感嘆する。

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12月4日 山田風太郎『太陽黒点』(廣済堂文庫)

 帯に書かれた文句が、真相に触れていると聞いたので、ブックカバーをつけ たまま帯を読まずに中味を読んだ。本文読了後に帯を見て、こんなこと書い たらいかんやろと思った。
 貧乏な大学生・道夫は、少し『罪と罰』のラスコーリニコフに似ていて、観 念的でルサンチマンをためこむタイプ。ふとしたことから、金持ちのパー ティーに参加して、生活環境の違いを思い知らされ、暗い復讐心とともに上 昇志向の野心をいだく。そんな彼のガールフレンドの容子は、心配しながら 彼を見守る。
 アプレゲールの犯罪を描いた作品としては、三島由紀夫の『青の時代』や高 木彬光『白昼の死角』と相通じるものがある。終戦後間もない時代が舞台な ので、背景に戦争のことが出てくるのも自然である。なかなか犯罪が起きな いが、次の展開がまったく読めず、ハラハラドキドキのサスペンスフルな展 開。昭和30年代のミステリの中でも、たぶん屈指の傑作に数えられる作品だ ろう。

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12月5日 結城昌治『仲のいい死体』(光文社カッパノベルス)

 デビュー長編『ひげのある男たち』の郷原部長刑事が登場する第三作目。こ の作までの結城昌治の作風は、ユーモア本格ものの書き手というところだろ う。郷原ものは紛れもなく本格もので、少し間のぬけた探偵役という設定は バークリーのシェリンガムに近い。
 温泉が出た田舎街で、女性の服毒死体が発見される。ことなかれ主義の上司 の警官は、自殺として処理しようとするが、連続して死亡者が出現し、状況 から見ても自殺とは思えないのが続くに及んで、しぶしぶながらも他殺とし て事件に取り組むことになる。
 『ひげのある男たち』ではトリの解決をやらせてもらえなかった郷原が、こ の作品では探偵役として面目を施す。ラスト近くで発見された物から犯人が 導き出せる小道具を用いたロジックの使い方はうまい。ただ、それが出るま では読者も郷原も真相が皆目見当がつかない。
 結城昌治が、このラインで書き続けていれば本格ものの作家としての認知度 はもっと高かったのにと思わせるが、郷原ものはあまり受けなかったのか、 それとも作者がこの作風に行き詰まりを感じたのか、やがて結城はちがう作 風へと向かうことになる。

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12月5日 結城昌治『隠花植物』(角川文庫)

 郷原部長刑事ものでユーモア本格路線を試みた著者の転換期にあたる一作。 主人公の小森安吉は、山手線で稼いでいる腕利きのスリだった。彼が財布を すったところ、すぐさま別の女性にその財布をすられてしまう。その女性を 追った安吉は、殺人現場に遭遇し、逃げ出すが、指紋を現場に残してしまっ た。前科のある安吉は、警察の照合で身元が判明し、殺人の容疑者として追 われる。安吉は警察の追及を逃れながら、自らの手で真犯人を突き止めよう とする。
 ジャンルでみると、本格派とハードボイルド派の橋渡しをしようとしている ような作風。ヒッチコックの映画によくあるような、追われる身になりなが ら真相を追及するというサスペンスもの。郷原ものでかなりカッチリした謎 解きものを書いていたし、この作品も、犯人追及がかなり論理的になされ、 情報を埋めていく捜査小説だけにはなっていない。

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12月6日 結城昌治『長い長い眠り』(中公文庫)

 初刊は1960年刊。郷原部長刑事ものの第二作で、結城昌治の第二作でもあ る。発見された男の死体は、ズボンが脱がされ、下半身はパンツだけだっ た。さらに死体が発見されてから、警察が搬送しようとする間に、何者かが 靴までも奪い取っていった。犯人が近くにいたのだろうか。犯人のしわざだ としたら、何のために? 被害者は、四回目の結婚をしていて、別の愛人がい て、今の妻とも疎遠になっていた。容疑者が数名浮かび上がるが……。 ユーモラスな本格ミステリになっていて、ひげがキャッチフレーズの郷原部 長刑事の役回りは、やはりシェリンガムに似て、あまりカッコよくない。昭 和30年代の日本のミステリは、多くが日本的な泥臭さを感じさせる。その中 にあって、結城昌治の非日本的なまでのスマートさが際立っている。

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12月7日 結城昌治『死者におくる花束はない』(講談社文庫)

 この時期結城作品は多彩な作風をてがけているが、この作品、本格ものと ハードボイルドものなら後者で、シリアスものとユーモアものの分類なら ユーモアものにあたる。しかしユーモア・ハードボイルドは、あまり相性が よくないような気がする。
 シリーズ探偵だった郷原が登場するが、彼は脇役で、一人称の私立探偵・佐 久が主人公。この後『死体置場は花ざかり』と『死の報酬』でも佐久が主役 をつとめ、第二のシリーズキャラとなるそうだ。
 佐久は、時計店を営む男の尾行をうけおわされる。その男の妻が絞殺死体で 発見される。
 作中で、佐久が殴られて気絶する場面が三回もある。どうも、そういうシー ンを盛り込みがちなのは、ハードボイルド小説の悪弊という気がする。郷原 が小心者で汲々としているさまが楽しい。フーダニットの要素もかなりある のだけれど、本格ものとまでは言えないか。本格ものの郷原ものと、シリア ス・ハードボイルドの真木もの連作の間をつなぐ、過渡的な作品。

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12月7日 結城昌治『白昼堂々』(角川文庫)

 『隠花植物』ではスリが主人公だったが、この作品は、スリから転業して万 引きをやるようになった者を描く。九州にあるさびれた炭鉱の街で、スリの 集落ができていた。デパートの万引きが実入りがいいので、連携プレーでの 万引きに稼業を切り換えることにした。捜査三課の取り締まり官とのたたか いが始まる……。
 楽しく読める犯罪サスペンスもの。

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12月8日 三好徹『風は故郷に向う』(中公文庫)

 昭和30年代の、スパイ小説の黎明期を告げる作品。結城昌治の特に『ゴメス の名はゴメス』に私淑している節がある。
 手塚治虫の遺作となった未完の『グリンゴ』は、この三好作品が着想のもと になったのではなかろうか。そう思う理由のひとつは、この作中で「グリン ゴ」という言葉がキーワードとして出てくるからだし、もう一つは、日本の 商社から、政情の不安定な中南米の国に派遣された会社員が、革命騒ぎに巻 き込まれるという骨子が類似しているからである。
 この作品の主舞台は、革命を起こした後のキューバで、カストロも登場す る。一人称の私は、キューバ支店に派遣された会社員にすぎないが、組織に つかまったらしい妹の安全と引き換えに、心ならずもスパイ行為にたずさわ る羽目となる……。
 著者のことばによれば、そんなにスパイものに強い意欲を抱いていたわけで はないらしいが、この作品以降の三好徹は主にスパイものを書きついでいく ことになる。

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12月10日 新章文子『女の顔』(講談社文庫)

 美しい女優・薔子は、莫大な資産をもって羨ましがられる存在なのに、悩ん でいた。結婚する相手と目される男優・倉敷ともうまくいかず、京都で医者 の卵の努に声をかけ、恋人関係になる。努に恋し、結婚したいと考えている 節子は、やきもきし、彼と薔子の間を引き裂こうとする。
 節子の性格描写として、彼女は「尾行癖があるのを努は知らなかった」とい うのがなぜか印象に残った。デビュー作『危険な関係』でも、わきにひかえ てじっと思いを寄せる女性が登場するが、作者が一番思いいれている人物な のだろうと推測される。
 結末のもっていきかたは、あまり好みでないところにいってしまった感じ。 もう壊れているのが明白になるのより、壊れるか壊れないかハラハラさせて くれた方がよかったのにと思った。

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12月10日 南部樹未子『乳色の墓標』(徳間文庫)

 美佐子と弘一の夫婦関係は、ふとしたことからひびが入った。弘一の戦死し た兄の恋人・恵子と初対面してから、弘一は恵子にひかれる。弘一と恵子の 関係はプラトニックにとどまるが、美佐子は別の男と情事を重ねる関係にな る。一方、恵子には力をふるう土屋という男がいた──。
 男女関係の情事と情愛を描くロマンチックサスペンス。殺人と謎解き、意外 な裏の物語があるので、本格ものではなくても推理小説ではある。

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12月13日 佐野洋『I・N・S探偵事務所』(角川文庫)

 佐野洋というと、半世紀近い作家活動において、時代ものなど他ジャンルに いかなかった一貫性がある。鮎川哲也や土屋隆夫などの、本格邁進派には一 貫している作家は珍しくないが、中間的な作風の佐野がそこにとどまり続け たのはある意味凄いことだと思う。
 しかし、これまで私が読んできた佐野洋作品には、いまだ本格だと言える作 品がなかったのだけれど、とうとう佐野洋の本格と言える作品に遭遇 した。それがこの連作短編集。伊東・那須・沢の三人が頭文字をとって命名 された探偵事務所がこの「I・N・S探偵事務所」。浮気をしている疑いが あるとか、素行調査してくれといった、ありがちな依頼で物語は始まるが、 意外な真相や裏の隠された陰謀があばかれたりする。三話の「操行調査」で は、私立探偵の守秘義務から言って、ここで内容をもらすのはまずいような 気がしないでもない。本格ものは書かない人かと思っていただけに、こうい う作品の存在は佐野洋観をくつがえすものがある。

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12月13日 多岐川恭『墓場への持参金』(光文社文庫)

 初刊は1965年。食品会社の社長・小串夏次郎は、事業の失敗などで苦 境に陥っていた。心機一転をはかるため、偽装の葬式をやることにして、棺 桶にいれられ、火葬のための焼却炉の中に、小串の入った棺を入れるところまでをやることにし た。親族一同も、偽装と承知の上で、その葬儀に参列するが、焼かないつも りでとりだした棺桶は、別の焼却されるべき死体が入っていた。間違えて小 串社長の棺が焼かれてしまったのだ。警察が調べてみると、焼却炉から取り 出された棺の中の死体は、頭蓋骨が叩き割られていて、他殺死体であったこ とが判明した。封をされた棺の中の小串をいかにして殺害したのか?
 不可能興味があふれる発端である。この時期、多岐川恭は、本格スピリッ トに満ちた実験的・前衛的作品を連打していることがわかる。

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12月14日 陳舜臣『怒りの菩薩』(集英社文庫)

 第二次世界大戦が終結し、日本の植民地支配から脱した台湾が舞台。大体 1945年から1946年頃のことで、蒋介石が率いる国民党が押し寄せたため混乱 した政治状況にあった。日本の大学で学んだ主人公は、日本で台湾の娘と知 り合い結婚していた。終戦後の引き揚げ船に乗って四年ぶりに台湾にもど る。
 故郷では陸家と林家が、仇敵のごとく憎み合っていた。両方の息子は中国本 土にわたっていて、片方が日本軍に協力して、もう一人を死に追いやったと 風評がつたわっていた。ところが引き揚げ船で、死んだはずの息子の林がも どってきた。そこへ連続殺人事件が発生し、日本軍の元兵士や台湾人が不可 解な状況で殺される。
 この時期の陳舜臣は、歴史を題材にとりつつも、本格探偵ものを書いてい る。初期作品の中では、軽めで、やや歴史の方に重点があるけれども。

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12月16日 松本清張『蒼ざめた礼服』(新潮文庫)

   600頁ほどある分厚い長編で、これまで読んだ清張作品の中では最も面白かっ たと思う。主人公の片山幸一は、洋傘製造の会社につとめる独身の中年。何 の面白みもない生活にうんざりしていた彼は、ふと見つけた雑誌記事を契機 に、みずからスリルと危険の伴う冒険に身を投じる。
 いろいろとデータが出ているのに、一向にそれを結びつけて推理できない主 人公の低能さにひっかかるものがあるが、物語をひっぱるサスペンスがなか なか。しかも死亡推定時刻にまつわるトリックもあり、松本清張作品の中ではかな り本格に近い。

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12月16日 松本清張『霧の旗』(新潮文庫)

 殺人容疑でとらえられた兄の濡れ衣を晴らすために、桐子は上京して高名な 大塚弁護士を頼ろうとする。しかし多忙な大塚はその依頼を断り、桐子の兄 は一審で死刑判決を受け、控訴中に病死してしまう。桐子の大塚への復讐が 始まる……。
 話はスムースに読み進められるのだけれど、推理ものとしては首を傾げると ころが多々。それと桐子の性格づけが、いまで言うサイコに近くなってき て、共感できない。左利きというだけで、一足飛びに犯人だと決められる短 絡性が気になる……。

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12月20日 高原弘吉『まぼろしの腕』(新潮社)

 イーグルスのスカウト津川は、腕利きで、中学時代から名投手になる逸材と 目をつけた浦上に、学費援助までして、将来の入団を手中におさめたとかん がえていた。そこへジャガースのスカウトの千々和があらわれ、浦上をジャ ガースに譲れと要求した。当然津川は断るが、千々和は、イーグルスなら喉 から手が出るほどほしい選手をかわりに譲るという。その選手の名はいまは あかせないが、事情があってジャガースには入れない選手なのだという。興 味をひかれた津川は一応その選手を知りたいと思い、千々和の指定した場所 に行くことに同意した。千々和が指定したのは、プロ野球のゲームが行われ ている球場で、ある特徴を指定した女性を見つけて、その指示に従うこと だった。津川は球場で指定された女性を探すが見つからない。その間に千々 和が何者かに殺害される。ゲーム中にファウルボールの直撃を受け負傷して から姿を消した女性が鍵をにぎっているらしい。

 1963年に刊行された、野球ミステリ。昭和30年代は、有馬頼義の『四万人の 目撃者』や佐野洋のプロ野球シリーズなど野球ミステリが多数書かれてい る。この著者高原弘吉も、野球ミステリを数多くてがけた。ラストで真相を 全部説明しきらずに、読者に投げ出すように終わっている形式は、当時とし ては新鮮だったと思われる。

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12月22日 陳舜臣『天の上の天』(徳間文庫)

 『枯草の根』以降の陶展文シリーズは、社会派ではない本格派の作風だった のだが、この『天の上の天』は、陳舜臣にしては珍しく作風が社会派に近 い。作中の脇役で日本に在住する中国人が登場する以外は、中国絡みはなく 中国の歴史ものでもない。
小心者の会社員が主人公で、会社から首を切られないかといつもびくびくし ている。彼が違法な取引の代金を渡しに行ったときに相手が他殺死体と化し ているのに出くわす。動転して指紋や証拠を残しながら現場から逃げ出す。 係わりになるのをおそれて現場から逃げ出し、会社も無断欠勤して、彼は独 力で真犯人を突き止めようとする。
警察から逃げながら真犯人を追うというのは、サスペンスものによくあるパ ターンの一つ。主人公の妻が、身を隠して逃れている夫を助けようと全面協 力するところが珍しい展開。この作品には夫婦愛が描かれているなあと思っ た。

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12月23日 陳舜臣『割れる』(角川文庫)

 『枯草の根』で探偵役としてデビューした陶展文の登場する第三長編。香港 から日本に仕事を求めてやってきた美しい娘・宝珠は、生き別れの兄がい た。アメリカから送金してきていたが、最近は消息不明で、日本にいるらし いとの噂を聞いた。陶展文は、同国人のよしみで彼女の面倒をみるが、中国 人がホテルで殺される事件が発生し、その容疑者として指名手配されている 人物の名が、宝珠の兄だった。陶展文は独自に捜査を始め、他に犯人がいる のではないかと推理する……。
『枯草の根』と、人物の出し入れで似ているところがある。推理ものとして はてがたくまとめている印象。

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12月23日 陳舜臣『黒いヒマラヤ』(中公文庫)

 チベットと国境を接するネパールの街カムドンが舞台。そこで日本人カメラ マンの長谷川が不審な転落死をとげた。長谷川の友人の毛利は、その死に不 審をいだき、独自に調査を始める。長谷川の残した手帳には「リー・ポー」 という女性名が記されていた。その名前をもつ女性が、カムドンに来ていた が、彼女は長谷川は知らないという。やがて毛利もまた、何者かに崖から突 き落とされ、殺されかける。背後に何が起こっているのか?
 中国ものを数多く手がける陳舜臣が、チベットとネパールの境界あたりを舞 台に描く推理小説。派手な仕掛けはないけれど、何人もの容疑者のアリバイ 崩しの考察がこまかな伏線によって裏打ちされている。

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12月24日 結城昌治『死体置場は空の下』(講談社文庫)

 『死者におくる花束はない』で登場した私立探偵の佐久と久里十八のコンビ の連作短編集。作者がモデルにしたのは、ひとつはフェァ(ガードナー)のラ ムとバーサ・クールものらしい。郷原部長刑事もバイプレーヤーとして登場 する。
 短い枚数で、割合急転直下の解決へといたるが、伏線や手がかりがかなりき ちんと出されていて、本格ものと言えるだろう。ユーモア・本格・ハードボ イルドいずれのジャンルにも該当する、読んでいて楽しい短編集。

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12月25日 笹沢左保『炎の虚像』(講談社文庫)

 テレビ界の人気演出家・加古川が、演出する大作の撮影の現場に来られな かった。やむなく女性の演出助手が撮影を代行する。加古川は、来る途中に 交通事故にあっていたことを、俳優の男女二人が証言する。ところがその証 言をした俳優が不審な死をとげて……。
 遠隔殺人がいかに可能かということが問題となる作品で、やはりアリバイ崩 しものの一種。アリバイ崩しものによくあるのは、中盤で犯人がわかってし まって、あとはアリバイがどう崩れるかだけが興味の対象となるパターン で、その方式ではラストで意外性や驚きが得られにくい。笹沢左保のミステ リでも、そういうパターンの作品がかなりあるけれども、この作品はアリバ イ崩しものながら、そうなっていないところが秀逸。ただ、アリバイの構成 の仕方だけを取り出すと、ややものたりない気がする。

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12月25日 笹沢左保『突然の明日』(講談社文庫)

 有栖川有栖さんの『密室殺人大百科』の笹沢左保の項目では、この作品も 「一種の密室もの」であると紹介されている。読んでみて、たしかに「一種 の密室もの」である……。厳密には、不可能にみえる人間消失の謎があると いうことなのだけれど、その解明に期待しすぎると失望するかも。
 平和な六人家族の家庭が冒頭に描かれ、長女と長男は勤め人で、長女はもう すぐ結婚する予定だ。しかし、長男が変死をとげ、しかも殺人事件の容疑者 とされた日から、一家の平和は壊された。兄が殺人犯と信じられない妹の涼 子は、自分の力で真犯人をつきとめようと決意する……。
 怪しまれた人物がアリバイをきかれた際に、いきなり数日間にわたる詳細な メモと乗車記録までを提出しているのが、笑えるといえば笑える。そんなこ とをすると、いかにも偽造アリバイをつくっていそうな気がしてくるではな いか。

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12月26日 黒岩重吾『腐った太陽』(中央公論社・黒岩重吾全集第二巻)

 黒岩重吾の初期長編。戦争でおちぶれた家の出身である加津子は、コール ガールをしていた。妻子あるダンディな宮内という中年の社長と知り合い、 彼の愛人となって、コールガール業から脱し、宮内の会社の秘書になる。し かしコールガールを束ねていた北野という男から、男性客をとれとの要求が 来て悩まされる。やがて宮内が水死体で発見され、自殺として処理される が、加津子はこれが殺人だと確信する。社内に敵が多かった宮内に対して動 機をもつものは多い。再びコールガールにもどった加津子は、容疑者や情報 をもっていそうな男たちと肉体関係をまじえながら、事件の真相をさぐろう とする……。
 当時の社会派の作風を豪快に満喫できる一作。偽装自殺工作などに作為が あって、本格ではないが推理小説ではある。

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