読書録/2004年1月

1月3日 左右田謙『県立S高校事件』(東都書房)

 1961年の刊行。 失職中の浜宮は、パチンコをして無為な日々を過ごしていた。バーで占い談 義をして知り合った男から、職がほしくないかと持ちかけられて、浜宮は誘 惑される。その勧誘内容とは、千葉県のS高校に、偽名とにせの履歴書をもっ て就職するというものだった。男にいわれるままに、偽造履歴書をもって教 員試験を受けて、浜宮はその高校に先生として乗り込む。先生の経験のない 浜宮にとって授業はかなり困難だ。やがてその職を斡旋した男から、脅迫文 が届く。詐称をバラされたくなかったら、自分のいうとおりに殺人をやれ、 と。

 浜宮という男、高校の先生の就職口がほしいだけで、ここまで言いなりになるのか?という疑問を感じた。重要な女性の登場人物の言動を描写するときに、名前を書かずにいつも「女は」と書かれていることに違和感を覚えた。 まるで女性を人間扱いしていないかのような書きぶりである。作中で登場人物が推理小説への見識があることをひけらかす場面があるが、ハードボイル ド小説とは「動きの早い、ドタバタ風のもの」(160頁)と説明されている。時 代性を感じさせるところがいろいろ。 同時期のデュレンマットの作品と、相通じるものを感じさせるところはある。しかし、ミステリとしては肝心な謎解きをはぐらかされた感じ。


1月3日 結城昌治『裏切りの明日』(角川文庫)

 これはジャンルとしては警察小説になるだろうか、あるいはハードボイルド 小説でもあるのだろう。結城昌治長編にしては珍しく本格謎解きものではな かった。
 沢井という刑事が主人公で、彼は収賄を常とし、小峰製粉の小峰社長とつるんでいた。小峰に恨みをもつ阿久津という男が、猛烈に小峰製粉の株を集め 始める。小峰から金をもらっている沢井は、阿久津を倒すように依頼を受け るが、沢井は沢井でもくろんでいることがあった……。 物語は面白く最後まで読み通せたが、主役の沢井に共感できないところが 難。後半、決定的な犯罪を起こすあたりでは、そっちの方に行かない方がよ かったのにと思ったくらい。悪徳警官が出てくるのは『夜の終る時』と共通 しているが、あちらは犯人さがしの興味があった。ユーモアものを書いてい るときとうってかわって、ハードボイルド作風の結城は暗い情念を活写する ようになる。


1月4日 結城昌治『罠の中』(集英社文庫)

 1961年刊、結城昌治の第三長編。それ以前の二作は郷原部長刑事を主人公とするユーモア本格推理だった。三作目にして別方向をめざそうとしたのか、 犯罪者の更生支援をする「新生会」の中が舞台。所長の矢吹は、就労している前科者たちの賃金をピンハネして私腹をこやしている。数ある更生施設の 中でも最低水準の賃金しか出さない「新生会」への不満が高まりつつあっ た。そんなとき、矢吹は、かつて従軍していたとき東南アジアの戦線で、部下を見捨てて逃げ出したという旧悪を知っている、何者かわからない人物か ら脅された。もしかして、この更生施設の中に、自分を恐喝してくる、あの部隊の生き残りがいるのか? その条件に該当する人物はいるのか?矢吹の必死 の推理が始まった。 金にがめつい悪役の矢吹が、推理する探偵役にまわる物語設定が面白い。途中までは犯罪スリラーかと思っていたが、中盤で殺人事件が起こり、フーダニットの興味も盛られていて、本格推理だといえる。


1月5日 結城昌治『夜は死の匂い』(集英社文庫)

 1964年刊。芸能界をめざして、北海道の家を飛び出した圭子は、テレビドラ マに出演するようになり、女優業が軌道に乗り出しているように思われた。 ところが、謎めいた服毒死をとげてしまう。その死は自殺として処理された が、妹の裕子は、姉の死が自殺だと納得できない。裕子は上京して、変名を つかって姉と同じ芸能プロにはいり、姉の死の真相をつきとめようとする。

 初期の郷原部長刑事ものでは明るくユーモラスな作風だったのに、だんだん結城昌治の作風は暗さを増している。芸能界を舞台にした連続殺人もので、 フーダニットの興味はある。


1月5日 結城昌治『幻の殺意』(角川文庫)

 初刊は1964年で、そのときの題は『幻影の絆』。どちらかというと、原題の方がいい気がするが、その題を変更した理由がわからなくもない。
  一人称の「わたし」は、愛する妻と高校生になる息子をもち、円満な家庭で 平穏な生活を送っていた。その生活が壊されたのは、一人息子の稔が、殺人 容疑で逮捕されたときからだ。殺されたのは、暴力団員の藤崎という男だ。 「わたし」は息子がそんな罪を犯したとは信じないが、稔は自分がやったと 語るだけで口を噤んでいる。「わたし」は独自に息子と被害者のまわりを調 べ始める。
 父親が息子のために捜査するという作品としては、近年では岡嶋二人の 『チョコレートゲーム』が想起される。この主人公の父親、息子のためとは 言え、単身で暴力団に乗り込んで組長に尋問するなど、やることが相当度胸 がある。ハードボイルドしている父親と言うか。 限定的な人間関係なので、真相の見当がつけやすい。一応犯人さがしの興味はあるのだけれど、本格ではなく捜査小説にあたるかな。


1月6日 松本清張『落差』 (講談社)

 日本社会の大人たちのいやらしい生態を活写した小説。
 主人公の島地という 学者は、戦時中は大政翼賛会に所属し、戦後は左翼進歩史観で業績をつく り、文部省の検定が強まる右旋回にあわせて、文部省にもすりよる歴史観を 講じる変節学者だった。その島地が、左翼学者の先達・細貝の妻景子と、役人勤めの学友・佐野の妻・明子に、同時進行的にいいよって、不倫関係を結 ぼうとする。その情事の筋と並行して、佐野がダム建設の立ち退き交渉での 支払い金の話と、島地が監修者となる教科書の販売の話があり、場所は違う がどちらもリベートにまみれている暗部が描かれている。
 家庭と勤務会社社 会でいくつもの出来事が並行しているのは、現実に即してはいるが、延々と だらだらと続き、ちゃんと決着のつかない状況をそのまま描かれても小説としては辛いものがある。いくつもの筋の中では、細貝が急死したことによって途方にくれ、島貝の助けを得て自立しようと苦闘する景子視点の物語に一 番興味をひかれた。同じ不倫でも、島貝は明子にはひどいことをしているのに対し、景子にはよくしてやっていると思うのだけれど、なんでこういう結末になるんだろう。


1月7日 結城昌治『あるフィルムの背景』(角川文庫)

 結城昌治の60年代の短篇を集めたもの。八編が収録されている。
  「蝮の家」は、互いに憎み合っている夫婦の話だが、妻からみた夫の描写が凄い。「夫の爪はいつもまっくろに汚れている。何日も風呂に入ろうとしな いし、下着を一と月以上替えなくても平気でいる。歯をみがいたことはな い。馬のように大食いで、口をあけたまま犬のようにクチャクチャと音をた てて食べる。そして食べながら貧乏ゆすりをする。ご飯に味噌汁をかけるの が好きで、お新香のほかにおかずをいらないという。」(48頁) しかし、この夫、医者で一流の研究者でもあるのである。
 ユーモア味は結城昌治の身上だが、ここまでくると、戯画的すぎて唖然とさ せられる。この夫は、実は動物ではないかと疑いたくなったくらい。 傑作選としてのセレクトらしいが、ミステリ味が薄いのがならんでいる気が した。一作選ぶなら、「私に触らないで」。グラジオラスの花言葉を題名に して、その花が印象的な役割をはたしている。


1月8日 結城昌治『葬式紳士』(角川文庫)

 結城昌治の60年代の短篇を集めたもの。短篇十作とショートショートが三編 収録されている。同じ時期の短編集である『あるフィルムの背景』より、こちらの収録作の方がミステリ度が高い。 少し前に、ミステリ作家がやるある趣向が、重なったことがあったが、収 録作の「視線」がそれの先駆的な趣向であることに気づいた。あと、報道カ メラマンが写真の賞をとるために、わざと事故や自殺を起こさせて待つという「最後の瞬間」は、松本清張の『十万分の一の偶然』と共通するものがある。もっともこの短篇のカメラマンの行動は結構不自然である。「葬式紳士」は、星新一のショートショートと似ているものがあるが、どちらが先だったか。「替玉計画」や「うまい話」ばなかなかオチが効いている。


1月9日 結城昌治『犯行以後』(角川文庫)

 結城昌治の、1961・1962年の短篇を集めたもの。六編が収録されている。一 番長いのは巻末の中編「死んでから笑え」で、これは誘拐もの。令嬢を誘拐 した三人組の男たちは、互いに疑心暗鬼をいだいていた。この集にかぎらず、愛人をもつ夫と妻という構図のもとに生じる犯罪を扱ったものが多い。


1月9日 多岐川恭『人でなしの遍歴』(創元推理文庫)

 篠原喬一郎は、三回も続けて何者かに狙われて殺されそうになった。彼は、 心臓肥大症で、既に余命が長くないと感じていて、自分が殺されてもかまわ ないと思うが、誰に殺されようとしているのかだけはつきとめようと思っ て、自分に恨みをいだいている人物を順にあたり始める。これまでの人生で かなりの悪行を重ねてきただけに、彼を恨んでいる人物は多い……。 殺されかけた人物が探偵役をつとめるという趣向は、この当時としては割合目新しい趣向だったのだろう。各章ごとの容疑者捜査が独立しすぎていて、筋が有機的な融合していないところが惜しまれる。連関性を強めてひと工夫あれば本格ものになったのに、と思うが、この作品は本格ものにはあたらないと思う。


1月10日 多岐川恭『消せない女』(光文社文庫)

 売れない作曲家・鴨池信夫の妻・徳子は、凄腕の実業家で、信夫は彼女に頭があがらない。その支配から逃れるために妻の殺害計画をたてる。夫婦につ かえる女中のケイが主人公で、彼女は信夫のだらしなさに呆れながらも、徳子より信夫の肩をもつ。 殺人喜劇をえがくドタバタもの。殺人の秘密をホイホイと洩らしてしまう楽 天的な人物たちばかりなので、全然リアルではない話。あまり隠しどころが ないのでミステリとは言いづらいし、ユーモアものとしてもそんなに笑えな い中途半端な小説と感じた。


1月11日 笹沢左保『泡の女』(講談社文庫)

 役所勤めの夏子は、達也という頼りない男性と職場結婚した。学校の校長を つとめる父・重四郎と三人で暮らしている。ところが父の重四郎が大洗海岸で首吊り死体で発見され他殺の疑いがあるという。夏子の夫・達也が容疑者 として拘束される。弁護士も半ばは達也の有罪を信じている様子だ。夏子は 夫の無罪を信じて、独自に調査を始める。
 推理ものとして一通りの満足はあたえてくれるが、結末の苦々しさは好みで ない。トリックのあるアリバイ崩しものにはあたらず、情報がだんだんと埋められている捜査小説の方にあたる。


1月14日 松本清張『草の陰刻』(講談社・松本清張全集)

解説に、私が大学で社会学を学んだ見田宗介先生が書いている。ここに ある死刑囚のエピソードは、まさに見田ゼミで聞いたのと同じ話だ。
 原著は1965年刊で、900枚は超えているだろう長めの長編。 推理小説としての評価はともかく、小説としてはなかなか読みごたえがある。なにより、検察庁の内部の様子と政治とのかかわりが活写されているのが美点。
 主人公の瀬川検事は正義感の強い独身の青年。その管轄下にある、捜査書類 を保管する建物が焼け落ち、宿直が一人焼死した。漏電による失火として処 理されるが、放火の疑いが濃い。瀬川がたどっていくと、昭和25年のある範囲の事件簿が、保管人のもとからも紛失していることがわかり、この間に起 きた事件を抹消しようとした疑いが濃いことがわかる。瀬川は、独自に捜査 を始めた。
 瀬川の見合い話のことなども、動向を細かく描写していて、そのあたりは もっと省略して話をさっさと進めてほしい気がする。三割くらい短くしてよ い話だと思った。推理ものとしては、隠蔽された真相の推理などは期待しな い方がいい。しかし清張の長編にしては珍しく、ラスト近くでのひっぱりと 驚きがあり、検察庁の動向の内部描写も迫力があり、読むに値する力作であ る。


1月16日 生島治郎『死者だけが血を流す』(講談社文庫)

 北陸の古都を舞台に、金にまみれる政治家とやくざの友情を描いたハードボ イルド小説。主人公の牧は、長田組に属するやくざだったが、伯父への反発 から長田組を飛び出し、長田組がバックアップしている政治家・遠井と対立 している進藤という政治家のもとに身を寄せた。進藤の誘いで秘書をつとめ ることになった牧は、政治家の進藤と友情をこえる熱い絆で結ばれていく。 やがて衆議院選挙の日が近づいてくる。与党の公認を僅差でもらいそこねた 進藤は苦しいたたかいを強いられていた。長田組がバックアップする遠井の 方が有利に選挙戦を進めているが、牧は、進藤のために東奔西走する──。

 あらすじを書くと、なんじゃこれは!?という気がしてくる小説。金と腐敗に まみれている政治家の進藤だが、牧と深くわかりあえるところが人間くさく 描かれている。


1月22日 梶山季之『影の凶器』(講談社・現代推理小説体系14)

 産業スパイものというべき社会派の小説。『黒の試走車』と同じナゴヤ自動車が出てくるので、梶山小説の作品世界もつながっているのだろうと思っ た。
 大日本電機は、業界四位で、太平洋電器としのぎを削っているメーカー である。その大日本電機が社運を賭けて開発したカラーテレビの新製品の設 計図が、高杉部長が大阪に運ぶ途中、なにものかに盗まれすりかえられてし まった。肌身離さず大事なかばんを持っていたはずの高杉は呆然とする。彼 は、車中で行動をともにした愛人のマダム・中山恭子以外に盗める人物はい ないと確信し、彼女を追及する。 戦前の探偵小説が泥臭いと形容されたのと対比して、この時期(昭和30年代) の社会派小説は、汗くさくオジサン臭がぷんぷんする。 結局この結末は、線路は続くよ、どこまでも、ということか。


1月24日 "JAINA SUTRAS part1" tr.by HERMANN JACOBI (THE SACRED BOOKS OF THE EAST 22)

 初刊は1884年に刊行されたもので、マックス・ミュラーが主宰する東洋経典 翻訳集の第一期全50巻のうち、22巻と45巻目が「ジャイナ教典」の1と2で、 ヘルマン・ヤコービがプラクリット語で書かれた経典を翻訳している。 これは22巻目にあたる、「ジャイナ教典」の上巻で、AKARANGA SUTRAと KALPA SUTRAの二つの経典でおさめられている。
 後者のカルパ経典は、教祖マハヴィーラの生涯を描く。といっても、誕生の 壮麗さを書いた後では、すぐ死亡したときの記録になる。無所有の教えを説 いている割に、王子として生まれたマハヴィーラの宮殿や乗り物の豪華さ を、宝石の数や装飾品の数々を列挙して描いている。マハヴィーラの母親が 見た白い像の夢のことも詳述され、占星術師の予言の話もあり、生まれた日 が占星術で意義深い日であったと強調されていて、主要弟子の誕生日に関し ても占星術的観点で記載されている。マハヴィーラ以前にいた23人のティー タンカラについても、軽く触れられているが、前のティータンカラとの年代 が1184980年も離れているとあり、初代のリシャンバまでは一体何万年さかの ぼることになるのか。足して計算しようかと思ったが、数字が多すぎるので やめた。
 前者のアカランガ経典では、厳しい禁欲の戒律が説かれている。 肉や酒を避けるのは言わずもがなで、野菜でも地中に埋まっているのはダメ とか、特定の条件を除いて調理したものはダメとか、とにかく禁止事項がや たらに多い。今の社会でこの戒律を守ったら、食べられるものは皆無とな り、野草をそのままとるくらいしかなくなりそう。その上、食物を口にふくんだときに、右側から左側、ないし左側から右側に動かしたりするのもいけ ないと書いてある。これは、食べる行為から快楽を得るのを禁じるために設 けられた規則なのだろうか。着るものや住まいについても、同様に厳しい戒律が課せられる。ジャイナ教は、裸行派と白衣派にわかれるが、裸行派は衣服ももたず、食物をいれる鉢をもつのみという。


1月27日 中薗英助『密書』(講談社)

 『密航定期便』は朝鮮情勢をめぐるスパイものだったが、この『密書』は1958年頃の、革命騒ぎに揺れるインドネシアを舞台にしている。
 首相の密書 を携えていった殿井という会社員が、不審な転落死をとげるところから物語 が開幕する。殿井の死は事故死として処理されるが、密書が奪われていて、 何者かに殺された公算が大きい。インドネシアに入った植木は、事情をさぐろうとして、華僑の大物商人や権力者たちに接近する。
 『密航定期便』もそうだったが、時の国際情勢に依存しているスパイもの は、時代が変わるとどうしても古びた印象になってしまう。グレアム・グ リーンの『密使』とかモームの『アシェンデン』のような超時代的なスパイ 小説なら別だけれども。インドネシアには、北一輝の革命思想に共感した一派がいたあたりには「へえ」。
 去年スーフィーの教師のヴィラヤット・カーンの本を読んだときに、スパイ として殺された妹のヌールの話が出てきていたと紹介したが、この中薗の本にも出てきていたのでびっくり。私が読んだ講談社のスパイ・ロマンの第一 巻では86頁以下に、女スパイの、ヌール・ビラヤト・カーンの話が出ている。おお、こんなところでスーフィ関係の読んだ本とリンクするとは。


1月30日 邦光史郎『欲望の媒体』(講談社・現代推理小説体系14巻)

 1962年刊の、著者のデビュー長編。『社外極秘』と同じく主舞台は大阪。題名になっている〈欲望の媒体〉は、テレビのこと。黎明期のテ レビ放送をめぐって、スポンサー会社と、広告業界が、猛烈な競争をしている世界を描いている。
 主人公の小堀は、広告代理店・新栄社の社員。より大 きな広告代理店の日広と独占的に契約を結んでいる極東製薬となんとか広告 の契約をとれないかと算段していた。たまたま極東製薬の三村課長が交通事 故にあう現場にいあわせた小堀は、病院まで三村を追う。見舞い人に誤解さ れて三村の排泄の世話まで小堀はする羽目になる。弱みをつかまれた感のあ る三村を足掛かりに、小堀は、極東製薬への成約へと野心的に乗り出す。

 テレビの黎明期の時代がよくわかり、初期のコマーシャルには生放送も あったんだなあとか、大阪がこの頃は東京に対抗できるだけの経済都市だっ たのだなあと知ることができる。しかし、推理小説の歴史に、この作品とか 『社外極秘』をいれるのは不当であろう。全編、企業小説であって推理もの では全くない。

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