読書録/2004年3月

3月3日 バークリー『絹靴下殺人事件』富塚由美訳(晶文社)

  本書の刊行によって、シェリンガム長編9作がぬけなく、日本語で読め るようになった。この本は、戦前に邦訳があるのは名前だけ知っていた。内 容からして、「パンティストッキング殺人事件」とも訳せる。
 シェリンガムは、手紙で相談を受ける。娘が絹靴下で首を吊って自殺したことになってい るが、自殺とは信じられない。調べてみると、同じやりかたで若い娘が連続 して不審死をとげている。もしかするとこれは連続殺人ではないのか? ス コットランド・ヤードの知り合いのモーズビー警部に相談すると、彼もこれ が他殺だと疑っていた。警察の知らない情報を提供するのと引き換えに、 シェリンガムは、捜査に関与する特権をえる。
 ミッシング・リンクテーマの先駆的作品と言えるかもしれない。同じやりか たで女性たちを同一犯が殺しているのか? という謎を追っていくのだけれ ど、驚けるポイントが通常のミッシング・リンクテーマと違うところにあ る。
 佳作だと思うけれど、バークリー作品の中では特に傑出しているわけではな いという感じだと思う。


3月5日 歌野晶午『ジェシカが駆け抜けた七年間について』(原書房)

  昨年刊行された『葉桜の季節に君を想うということ』は、すぐれた本格も のだと思ったが、あの作品が本格ではないという意見が一部にあると聞い た。もしそういう判定基準をとるなら、今度の新作『ジェシ カ〜』も、ボーダーラインな作品になるのだろうと思った。
 「小説現代」などの書評では、この作品が自作の『大相撲殺人事件』とならんで〈スポーツミステリ〉の共通項で取り上げてもらった。 たしかにスポーツでは共通しているとは言え、某氏からは「体脂肪率が全然ちがいますね」と言われた。
 去年の『葉桜〜』のインパクトには及ばなかった気がするが、丁寧なつくりの良作。歌野はこのジャンルの今や中核作家ですね。


3月12日 谺健二『星の牢獄』(原書房)

 谺健二の本作は、主舞台がまたも神戸なので、つくづく谺健二は神戸にこだ わる作家と言える──それだけでなく、また背景として阪神大震災がからん でくるので、震災作家と揶揄的に評されるのもうなずける。
 出だしを読むと、惑星バ・スウからイレム・ロウという異星人が地球を訪れ る場面がある。これはSFミステリだろうと思わせる発端。イレムの視点で神 戸の町を探索していくうちに、殺人事件が発生し、その容疑をかけられる立 場になったイレムは事件と向き合わなければならなくなる。
 社会的な問題提起と幻想味あふれる謎の設定の両輪をもつ谺は、島田荘司ス クールの有力作家と言えるかも。文章は下手ではないと思うけれど、ゴツゴツ感が ある気がして、スムースには読み通せなかった。


3月16日 チェスタトン『求む、有能でない人』阿部薫訳(国書刊行会)

 新刊目録でチェスタトンの新刊を発見したので早速買いにいったが、これは ミステリでも小説でもなく、エッセー集ないし評論集だった。と言っても、 ミステリと無関係な本ではなく、おさめられている「近代人と論理」とか 「パラドクス二種」といったエッセーは、ミステリと係わりが深く、チェス タトン得意の逆説や超論理の構築を、舞台裏から眺められる趣きがある。 もう一つ、政治評論書としても面白く読める。チェスタトンは、現代日本の 論者で言えば、西部邁の立場に近い。
しかし、この訳者、「ほとんどビョーキ」といった訳語を多用するなど、く だけすぎの感がある。もう少し原典に忠実に訳してほしかった。


3月20日 京極夏彦『巷説百物語』(角川書店)

 京極夏彦の怪談集で、連作時代ミステリとも見られなくもない。時代ものが 京極夏彦のホームグラウンドのような気がしてきて、「姑獲鳥の夏」がデ ビュー作であるのが今から思うと不思議に思えるほど。日本の古典の素養が あって、作家としての足腰が強いなあと感心する。数行からなる妖怪の記述 があるだけで、そこからたちどころに物語を紡ぎだしてくれそう。「帷子 辻」は、死体絵の話が、あの『ドグラ・マグラ』に通じている。度重なる結 婚をしては家人の死に続けざまに見舞われる「柳女」は、去年の『陰摩羅 鬼』に通じる面がある。

トップにもどる)