読書録/2004年9月
9月3日 クリスマス・ハンフレーズ『仏教』原島進訳・青山書院
原著はペリカンブックスの一冊として刊行され、英語圏では、仏教の入門書
として広く読まれている本。著者のハンフレーズは、本職はイギリスで検事
をつとめたこともある法律家で、極東裁判でイギリスの代表検事として来日
している。鈴木大拙に師事して禅を学んだ著者の本としては、前に"ZEN
BUDDHISM"を読んだことがある。著者はイギリスでの仏教協会の幹事職をつと
めていたようだ。
著者が、神智学協会の会員であることがはしばしにうかがえるのが興味深
い。仏典からの引用と対等な扱いで、ブラバツキー夫人の言葉がよく引用さ
れている。日本に十二派ある仏教の各派は、それまで教えに関して一致点を
見いだせなかったが、初めて、神智学協会の会長だったオルコットの仲裁に
よって十ほどの一致点を見いだせたと、本書中には書かれていて、その内容
が詳述されている。しかし、この内容、大半の日本人は知らないと思うのだ
けれど。
セイロン、ビルマ、チベットの仏教に関してもかなり枚数を費やしていて、
著者の調べた範囲の広さがうかがえる。日本人にとっても、日本の仏教を再
発見できる意味で好著と言える。
9月7日 今野緒雪『マリア様がみてる』(集英社コバルト文庫)
アニメ化されて人気のシリーズの原作小説。本屋でふだんあまり行かないヤ
ングアダルト方面に行ってみると、コバルト文庫が、このシリーズしか置い
てなかった。私が十代の頃は、朝日ソノラマとコバルト文庫が二大レーベル
だったものだが、すっかり様変わりしたようだ。
著者自身が女子校に通っていた経験者らしいが、キリスト教系のお嬢さまの
学校を舞台にした青春(?)の物語。リリアン女学園では、先輩が後輩を善導す
るために姉妹[スール]という風習が確立していた。まだ姉をもっていなかっ
たヒロインの祐巳は、憧れの祥子から突然姉妹の宣言をされるが、事情が不
可解で、周囲の者たちが不審がる。祥子の挙動には不審なところがあり、ウ
ラがあるかもしれない。祐巳は、シンデレラの役をやるかどうかを迫られる
ことになって──。
女子校の会話や生活の描きかたは、さすがに堂に入ったもの。うっすらとミ
ステリ風味もあるので、この後のシリーズもおもしろいかもしれないと思っ
た。
9月9日 加賀美雅之『監獄島』(上下巻)光文社カッパノベルス
分厚い上下巻で原稿用紙2000枚を超える大作。デビュー長編『双月城の惨
劇』刊行からかなり時間がたっていたが、これだけの大作に取り組んでいた
のなら、時間的な間隔もうなずける。
犯罪者を隔離する孤島の監獄に、アルセーヌ・ルパンの再来と呼ばれる
ボールドウィンという稀代の犯罪者が収監されている。不穏な犯罪予告文が
出されたその監獄島に、ベルトラン判事は、友人のパットをしたがえて乗り
込む。監獄島では彼らを待ち受けたかのように、連続殺人の惨劇が幕を開け
る。
恋愛からみの会話など、大時代ががった古めかしい言動が描かれているが、
半世紀以上も過去の外国が舞台なのでさほど違和感がない。現代日本を舞台
にした小説にこのまま持ち込んだら、変だろうが──。
たぶん今年の代表的な力作であろうと読む前から感じていて、読後よくもわ
るくも期待と予想の範囲内でそれにこたえてくれた力作だと感じた。怪しそ
うな人物はいかにも怪しいし──。
9月18日 角田房子『閔妃暗殺』 (新潮文庫)
「朝鮮王朝末期の国母」といわれる閔妃暗殺事件を追った歴史ドキュメンタ
リー。甲申事変から東学党の乱、伊藤博文暗殺から朝鮮を保護国化し日韓併
合にいたる歴史については、踏み込んだ内容はほとんど知らなかったので勉
強になった。
この主人公となる閔妃は、国を守ろうとした英雄ではなく、保身のために大
国をうまく利用しようとした、旧体制の権化みたいな人物である。当時の朝
鮮王家は、保守的な大院君、その息子で国王で開化政策に共感する高祖、そ
の妻で保身的な閔妃と、三者それぞれに別の思惑をもっていた。革命家の金
玉均は、高祖をかつぎ日本の後ろ楯をえて改革を推進しようとするが、その
クーデター計画は失敗し失脚する。朝鮮国内の混乱に乗じて、日清両国が兵
を送り、ロシアも朝鮮進出をうかがっていた時期に、閔妃は清国にとりいろ
うとするが、日清戦争で清は大敗してしまう。それならとつぎに閔妃がとり
いろうとしたのが、ロシアだった。
贅沢・濫費で民衆から嫌われた女王としては、閔妃はマリー・アントワネッ
トと似ているところはあるし、国亡の危機に際して、大国の権力者にとりい
ろうとしているあたりは、クレオパトラとも相通じるものがあるが、そんな
に器が大きな人物ではない印象。
併合前の朝鮮の政治事情がよくわかる好著で、閔妃が暗殺された後にもさら
につづく政治ドラマについても、こういう形でまとめられているなら読んで
みたい気がした。
9月30日 喜国雅彦『本棚探偵の回想』 (双葉社)
いただいたこの本、一部は雑誌連載時に読んでいたけれど、夕食食べながら
読み始めたら食べるのを忘れるほど読み耽ってしまいました。
角田喜久雄の「底無沼」の手書き原稿をめぐる推理とか、「角田喜久雄」の
並びを直そうとする話にちゃんとオチがつく構成とか、ミステリの味わいを
ちゃんと持っているエッセーが結構ある。
続物では、アンソロジーを企画する「編まなきゃ死ねない」と、一定のルー
ルで神田古書街で買い物をする「すべては俺の店」が特に面白かった。
あとがき448頁に「正典の三冊目」とあるので、ホームズものでは「冒険」が
三冊目?とか一瞬かんがえたが、どうやらホームズもの短編集の三冊目「ホー
ムズの帰還」のことらしいとわかった。
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