読書録──1998年1月
1月11日 黒岩涙香『白髪鬼』(光文社)
涙香調の名文は朗読にふさわしい。
復讐が実現するだけ、という骨子は単純な話。たしか、原作はマリー・コレリという女性のはず。どう見ても、男性作者が男性の視点で書いたとしか思えないのだが、原著に忠実な翻訳なのだろうか? 序文のボアゴベの『大復讐』は、二番目のボアゴベの長編”LES GRENDIS”の英訳題が”HIS GREAT REVENGE”となっているところから判るが、この作品は翻案もないようだ。
(1月29日追記、本日東大本郷図書館の書庫検索。なんとマリー・コレリの全集が二種類もある。冒頭から少し読み比べて確かめてみたところ、圧縮はされているが、涙香翻案の本書は原書通りの訳になっているようだ。作中人物の魏堂はGUIDO
FERRARI,那稲はNINAが元の名前だから、結構忠実な音訳をしている。しかし、東大図書館の書庫には、涙香がいくつか翻案をしている、ミス・ブラッドンや、バーサ・エム・クレイの本までも所蔵がある! シーサイドライブラリの人気作家だったこういった人たちの本も、百年たった今では誰にも振り返られることもなく、ただ、こうやって東大の書庫にはひっそりと眠っていることを思うと、なにやら感慨深い。)
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1月13日 西澤保彦『幻惑密室』(講談社ノベルス)
実は犯人は推理どおりだった。真相は、半分は見抜けた、というところ。『人格転移の殺人』以来の、ロジックが決まっている作品。佳作。史恵のモデルは、同名の某鮎川賞作家だろうか? 『鏡の国のアリス』を踏襲して、家から出られないなら、逆向きにやってみるという趣向がほしかった。
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1月16日 デュ・ボアゴベ『海底の黄金』(妹尾あき夫訳、博文館、原題は『マタパン事件』)
今日、芳林文庫で申し込んだボアゴベの本が二冊とも当たったらしく、ドサッと送られてきた。しめて一万円なり。どちらも昭和四年の本。一方は『海底の黄金』。これはたしか乱歩のトリック集成に出ていた自転車の移動トリックものと思ったが,出てこなかった(追記・・それは、同じボアゴベ原作『潜水夫』の涙香による翻案『海底之重罪』の方であった。「海底」で始まる題なので混同していたが、同じボアゴベでも別の作品である。ただし、両作が、『潜水夫の娘』も含めてシリーズものである見込みは大きい)。ボアゴベのリストにある『潜水夫の娘』は、この作中の主人公の一人、ジャックの娘が出てくるのかもしれない。ボアゴベにシリーズものがないというヘイクラフトの記述は嘘である。殺人は出てこないが、マタパンの宝石盗難事件は、割に意外な真相があかされる。(この作品の南陽外史による訳題が『夢中の玉』となったのは、よくわかるが、ネタバレのおそれあり)。それなりの伏線もある。これでボアゴベの長編で読んだのは四冊(『死美人』『鉄仮面』『片手美人』本書)。どれも筋に起伏があって面白い。
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1月16日 デュ・ボアゴベ『鐘楼の天女』(ボアゴベ集所収・春陽堂・田中早苗訳)
『マタパンの宝石』と二長編の合本。どちらも昭和4年に、別題で『マタパン事件』の翻訳が、別の訳者によって、別の出版社から出たことになる。奇妙な暗合だ。もっとも、こちらは、二長編の合本版で、一作品は枚数にして、二百数十枚というところだから、相当圧縮した抄訳である。で、『鐘楼の天女』、いきなり冒頭で墜落死事件。状況は、密室か!?と思わせたが、そういうわけでもなかったらしい。ヒロインの〈鐘楼の天女〉ことローズは可憐でけなげである。その殺人の謎を追うつもりが、事件担当判事の不倫問題の方に話の焦点が移行するのは笑える。犯人像は、『片手美人』と似ている。当時の世情を反映している?
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1月16日 黒岩涙香『活地獄』(翻案、原作はボアゴベ『大金の爭い』)
芦辺拓さんより借覧したもの。伊藤秀雄氏の研究では、英訳本が”A FIGHT FOR A FORTUNE”であることはわかっていたが、原著は不明だった。しかし、これを読んだおかげでほぼ原作がLE BACに特定できた。というのも、この作品の英訳には(別訳で)、”WHO IS THE RIGHT HEIR?”という内容に合う題のがあり、また副題に”ROGER’S INHERITENCE”というのがあり、主人公の柳條というのは、フランス語ではどういうかは知らないが、英訳ではROGERとなっていただろうからである。ボアゴベの本の中で、一番英訳の種類が多かったので、人気作と推定されたが、たしかに遺産をめぐる三つ巴の争いは、息をつかせぬ面白さである。しかもひねりが効いている(涙香ものでも『鉄仮面』や『白髪鬼』は、ひねりに乏しい)。かのジョゼフ・フーシェが、ちらりと登場する。舞台はナポレオン失脚後のフランスなのだ。次に読んでいる『玉手箱』もそうだが、ボアゴベの小説のでだしは、必ず、男性二人が路上で会話しているところから始まる。ここの五作みなそうだし、『死美人』もそうだ。国会図書館で冒頭だけマイクロフィルムで見た(1/30)『 海底之重罪』もやはり、海岸で二人の男が話す場面から始まる。『死美人』だけは警官二人の会話から始まったが、あとは必ず主役男性たちの会話になっている。ある意味ワンパターン? もう一つ、ボアゴベは復讐譚が多い(この作品は違うが)。処女作の『執念(囚人大佐)』、第二作『大復讐(悪漢)』とも、復讐ものだし(未読だが……読みたくても読めない!)、代表作の一つと目される、『海底之重罪』もそうだ。復讐の悪念に凝り固まる悪人像は、乱歩・正史の諸作に受け継がれている。もう一つ、多いパターンとしては、冒頭で銀行が出てきて、そこで事件とか問題が発生するというパターン(『片手美人』『大金塊』等……ガボリオの『書類百十三』『他人の銭』もそうだし、作者未詳の涙香翻案『探偵』もそう))。しかし、ボアゴベの長編は、どれも工夫があってけっしてワンパターンではない。
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1月19日 黒岩涙香『玉手箱』(ボアゴベ原作『閉じられた扉』)
これも芦辺拓さんから借覧したもの。やはり男性二人の路上での会話から始まる。人死にのない話かと思っていたら、最後近くに結構残虐な場面が用意されていた。この盲目の娘といい、『活地獄』の白狐と間違われた女性、『鐘楼の天女』の少年といい、大抵一人は悲惨な死を迎える人が出てくる。主人公の遠森青年は「青年」が下の名前らしい。一番重要な悪役との対決は、彼の伯父の田舎に住む資産家の鳥森伯爵がやってしまうのには驚いた。遠森は、結局最後まで頼りなく、ツルゲーネフの『ルージン』みたいなやつだ。銀行、カード賭博、投機相場、競馬等々当時のパリの風俗が活写されているのが、風俗資料としても貴重。『死美人』のときも、「死んだ」と書かれている人物が実は生きていた、という記述がアンフェアだと思ったが、この話も最後に「死んだ」と書かれた夫人が息をふきかえしてしまう。こういう書き方ってありなの? 原題が『閉ざされた扉』なのは、作中で不倫している松川夫人を、遠森青年が手違いで鍵を閉めて閉じ込めてしまうところに由来するのか?(追記・・芦辺さんの説では、冒頭で、やって来た男を遠森青年が締め出したときに扉を閉めたことを指すのだろうとのこと)
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1月22日 黒岩涙香『武士道』(ボアゴベ原作『マリーローズの隠れ家』)
この作品も芦辺さんから借覧したもの。時は1793年、フランス。勤王軍と革命軍の戦争と敵味方の男女の恋愛を描く波瀾万丈の一大絵巻。しかし、王党派の戦士が衣嚢の中にいれてあるのはにぎり飯なんだよなぁ〜〜〜(172頁)。主人公の小桜露人と弥生が、革命政府によって処刑されようというときに、裸にされて縄でしばられて抱き合わされて水にいれられる場面があって、ヴィジュアル的になかなかよい場面である(もっとも涙香が、遠慮したのか、服を脱がしきらずに水へいれた、というとってつけたような書き加えがある)。しかし結局物語は後半、『活地獄(大金の争い)』と同様の、莫大な遺産探しへと収斂する。時代小説の黄金パターンの原型の一つがここにあるようである。吉川英治の『燃える富士』は、これの翻案で、時代を幕末にうつしたもの。が、結末は異なっていて、『武士道』は遺産が見つかってめでたしめでたしだが、『燃える富士』は主人公三人組全滅である。しかし戦争と遺産探しの筋を有機的にからめているあたりは、吉川英治の方がうまい。
ガボリオ、ボアゴベの題名のつけかたを見ていて、人名がタイトルに来ている場合、その人物が物語の主人公である場合は少ない。『ルルージュ事件』のルルージュ夫人は、冒頭で死体として発見される被害者だし、『マタパン事件』のマタパンは、盗難された宝石の所有者である。『鉄仮面』の原題『サンマール氏の二羽の鶇』のサンマールは、鉄仮面の囚人を収監している牢の看守で、物語では脇役である。そういう意味では、この物語、莫大な遺産のありかを隠して冒頭で死ぬ薔薇夫人こそが、タイトルになるにふさわしい人物である。この物語の原題が『マリーローズの隠れ家』だと推理されるのは、一つにはそういう根拠である。
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1月26日 ジェームズ・レッドフィールド『第十の予言』(角川文庫ソフィア)
一昨年だか(三年以上前?)に借覧して、『聖なる予言』は一読した。かつて精神世界系列の本をよく読んでいたものだが、なんでこんな甘っちょろい本がこんなに受けるのか不可解な気がした。山前譲さんによると、最近の本の売れ線が、こういうジャンルにきているとのこと。こういう口当たりのよい、ニューエイジ系列の精神世界本。そういえば「バシャール」もそれに近いものがあった。
前作は、冒険小説/エンタテインメント小説の体裁をとっているが、それにしては、お粗末な筆力だし、不要な衣という気がする。精神世界本としてみると、純度が低い。要するに虻蜂とらずの中途半端な小説なのだが、大衆受けしやすい口当たりのよさは持っている。どうでもいいのだが、298頁にある「霊的なお布施の経済」って一体何? この本全体を貫くおめでたいまでの楽観と思考停止ぶり。リチャード・バックのようなすぐれた著作家でさえ、近作『翼に乗ったソウルメイト』や『ONE』で同じような弊に陥っている。ある意味、アメリカのスピリチャルムーヴメント全体の共通傾向なのかもしれない。
第十の予言・・「直観に従うこと、生まれる前の意志を思いだすこと、世界ビジョンを保持し、信頼すること、これらはすべて祈りの本質を理解することだと言っている……」(314頁)
「第十の知恵とは、楽観的でありながら、常に目覚めているということなのだ」(318頁)
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1月29日 黒岩涙香『大盗賊』(ガボリオ原作『書類百十三』、涙香全集第二巻所収)
これは、抄訳にしても特に大幅に削られているようだ。特に後半の小倉夫人の身の上話のあたりは、たぶん、原作は長々と綴られているはずなのが、ほとんど要約である。『玉手箱』とかなり似た話なところがあるのは、やはりボアゴベは、ガボリオの影響大というところか。銀行頭取が出てくると、奥さんは、結婚前に別の男との間に不義をかわしている、とか子どもができていて、それを夫に隠しているがために恐喝されるというパターンが実によく出てくる。探偵のルコックは、『死美人』では零骨だったが、本書では「礼克(のりかつ)」、しかも彼の息子カルタス=「礼達(のりたつ)」というのが出てくるが、原作でもルコックに息子がいたのか? もっとも礼達は、本筋には全く係わらないが。そう言えばボアゴベの「晩年のルコック」にもルコックの息子が出ていて、たしか、美女殺害事件の容疑をかけられるというような役回りだったような気がする。
本作では殺人は起こらず、盗難事件が謎の焦点となるのは、『月長石』や『マタパン事件』と同様。結末近くの決闘騒ぎのあたりは、型通りだが、それなりに盛り上がる。涙香の初期の訳出作品だけに、後の円熟した名調子に比べると、堅苦しく、闊達が足りない。今まで読んだガボリオの中では、一番つまらない。(ガボリオの既読は、『ルコック探偵』『ルルージュ事件(人耶鬼耶)』『河畔の悲劇』「バチニョルの小男」「紳士のゆくえ」+ 本書)。(ただ、今まで読んだ涙香ものの中で一番つまらないのは、これではなく『暗黒星』)。冒頭に登場人物表を掲げているのは、本書が日本初では?
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1月29日 伊藤秀雄『黒岩涙香』(三一書房)
今日は、ブリティッシュカウンシルに、ボアゴベの原書を頼んできたので、やはり資料本がほしくなり、一部コピーしていた『黒岩涙香』を購入して一読した。ボアゴベの翻案について、涙香以外のものについて書かれているのは、おそらく本書が唯一と思われる。東大のコピーとあわせて、ボアゴベのリストの資料の追加補正箇所がたくさん見つかった。72頁、ヒュー・コンウェイの「法廷の美人(原題、ダークデーズ)」が、ウィルキー・コリンズの「TWO DESTINIES」の筋をパクッていると、涙香が憤っているのは面白い。日本で「読者への挑戦」を最初にやったのも、涙香翻案『真っ暗』(グリーン『リーヴェンワース事件』)らしい。犯人当てに応じた読者の応募約200通という(82頁)。涙香の創作で短編の「無惨」と「女探偵」は読んだことがあり、後者は日本初のショートショートでは? 他に創作の「三筋の髪の毛」は「無惨」の改稿らしいが、なんと創作長編『六人の死骸』というのがあるらしい(148頁)。題名どおり六名もが惨殺されるらしい。これはどこかで読めないものか。
87・88頁、ポー、コンウェイ、ウォルター・ベザントは、「平坦な一派」、それより、ガボリオ、ボアゴベのような「センセーショナルノベル」を優先的に紹介したい。「探偵談と疑獄譚と感動小説の三分類」(88・89頁)。ルキュウやドイル等、無味乾燥なものに、涙香は堪えられない(138頁)。「余の見る所にては目下の批評家ほど無学にして且つ馬鹿な男は少なし」(132頁)。
涙香翻案作のうち、犯人当てができるようになっているもの・・『梅花郎』『劇場の犯罪』『片手美人』『決闘の果』『美人の獄』(以上ボアゴベ作)『真っ暗』(79頁)。実はボアゴベは、フーダニットの比率が、この時代の作家の中では、特に大きい方である。『美人の獄』は、伊藤秀雄のリストでは、別人作になっているが、これはボアゴベの”PRETTY JAILOR”に間違いない。
ボアゴベ作品の人気作のうち、涙香が手をつけてないものとしては、『マタパン事件』『探偵の眼(探偵ピードゥーシュ)』『レッドバンド』などがあるが、いずれも丸亭素人や南陽外史によって翻案されているようだ。
しかし、今翻訳で読める涙香が翻案した作品というと、『モンテクリスト伯(巌窟王)』と『レ・ミゼラブル(噫無情)』という二大有名作を除けば、H・G・ウェルズの二作くらい。後は読めないのばかり。後に改訳が出たのも『鉄仮面』『白髪鬼』『リーヴェンワース事件』等極少数。ボアゴベ作『執念』の予告には「其趣向の奇抜なるは涙香が今まで訳したる小説中にも多く其例を見ず出版早々より西洋の見巧者連をして手の舞ひ足の蹈むを知らぬ迄に感動せしめたる原書なれば……」(涙香全集12巻、宝出版、444頁、伊藤秀雄解説より)と、嚇々たる名声を誇っているのにねえ。同じ文中、「此度の仏国郵船にて兼て巴里の書肆へ注文し置きたる有名の小説数冊を送り来れば」とあるのは、フランスへ原書を注文購入しているかのようであるが、実際に涙香が読んでいたのは英訳本であるから、この記述はハッタリであろう(注文先はロンドンのはず)。黒岩涙香がフランス語が堪能であったという誤解は、案外こういう涙香自身の記述にその根っこがあるのかもしれない。そうすると、西洋の小説読破すること数千巻という涙香の豪語も、実際は誇張が混じっているやもしれぬ。まあ細かいことではあるが。
国会図書館にて、本書で言及されている井上笠園訳、ボアスゴベイ作『記留物(かたみ)』を参照したが、ボアゴベイのどの作品か、限定できるだけの材料がなかった。推測では、『無数の忘れられたもの』あたりか?
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1月30日 江戸川乱歩・横溝正史『覆面の佳人』(春陽文庫)
A・K・グリーンの作品を、乱歩と正史が翻案したことになっているが、実際に筆を執ったのは正史一人らしい。グリーンのどの作品か不明だが、読んだ感じ、翻訳らしくないので、大部分が正史の創作らしく思われる。毎回毎回筋を繋ぐことが優先されて、全体の構成がちゃんとあったようにはあまり思えない。しかし、このアンナ・カサリン・グリーンという作家も、ボアゴベと同じく、作品群の全体像は多く不明な作家である(『リーヴェンワース』がつまらなかったので、ドイル以前の探偵作家としては、ボアゴベやガボリオ、ヒュームほどには思い入れを抱けないのだが・・ただしグリーンの短編「医師と妻とその時計」は一読忘れがたい傑作である)。パリを舞台に日本人名の人物が活躍するのは、涙香調だが、アメリカ作家のグリーンがこんな小説を書くだろうか(ポーのデュパンの例があるとは言え)。
読みやすい文章は今日読んでも違和感がないが、不安で胸が「わくわく」するという表現(373頁)は、戦前にはよく見かける。戦前の語感というのは、案外簡単な表現でわかっていないものが多々ある。たとえば、関東大震災を伝える新聞報道には「素晴らしい被害」という表現があったそうだ。
本書は、新聞小説らしく、一日一日の山場で繋げていく、戦前大衆小説らしいつくりの小説である。かなり涙香ものの味わいに近いが、涙香ものよりも・かにたくさん人がバッタバッタと殺されるあたりは、正史節である。よく考えれば、後の金田一耕介ものの長編と共通する筋立てになっている(動機、犯人像、血縁の呪い等)ところもあり、粘着する愛情描写は、乱歩でなく正史のものだ。まあ今まで単行本になっていなかったのも、わかる気がする・・というような作品である。
この作品、『女妖』という別題で刊行されたこともあるそうだが、春陽文庫で出ている乱歩らによるリレー長編にも『女妖』というのがあった。同題の別作品ということだろうか。だとしたら、まぎらわしい話である。
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1月30日 黒岩涙香『探偵』(原作不詳、宝出版、涙香全集第12巻所収)
作中の悪役の桃子、第二回(新聞連載時の回数)で、探偵の水島に声をかけられたところで、「手早く衣嚢を掻探り懐中時計に仕込たる掌中ピストルを取るより早く水嶋の胸に差附てドンと一発放つと共に無惨や水嶋はアッと叫んで倒れたり息もなし脈もなし」(344頁)。なんと大胆なやつ。しかし続く第三回を読むと、探偵・水嶋は生きていることが判明。死んだはずの人物が次々と生き返るという意味では涙香の作品世界は、「少年ジャンプ」と似ているかも。黒川真一・真二という双子が登場するのは面白い(しかも善玉と悪玉。まるで篠原千絵の『海の闇 月の影』のようだ)。たしか、長編ミステリ第一作といわれるガボリオの『ルルージュ事件(涙香翻案・「人耶鬼耶」)』にも双子の身代わり・入れ代わりの趣向が出ていたから、最近の法月綸太郎や二階堂黎人の某作に至るまで、双子テーマは、連綿と探偵小説の伝統に受け継がれている。しかし、探偵役はいるのに、悪役側の人物もはっきりして、それとの闘争になるという趣向が、「鐘楼の天女」もそうだったが、探偵小説として読むとやや興ざめである。ヒロイン松子が気違病院に閉じ込められて、探偵役が救出に向かうあたりは、赤川次郎『マリオネットの罠』の展開を連想させる。盗難事件の真相は『マタパン』と同工異曲。からくり部屋といい、銀行もののところといい、いかにもボアゴベ作品らしく思えるのだが、違うかなあ?
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