読書録/99年9月
9月2日 P.D.OUSPENSKY "LETTERS FROM RUSSIA
1919"
PENGUIN BOOKS,1991
第一次大戦が終結し、ボルシェビキが権力を握るも、激しい内戦が起こっているロシア、ロストフ州にいたウスペンスキーがイギリスの友人にあてた書簡集の英訳版。ロシアの知識人としてウスペンスキーは、ボルシェビキ政権には、一かけらの賛意も抱いていない。「いまロシアが支えられているのは、イギリスが反ボルシェビキ軍を支援しているからです」「シベリアに出兵した日本が鍵を握ります。さらに軍を進めて、ボルシェビキを駆逐しないものでしょうか」といった、外国頼りのボルシェビキ打倒悲願の文章もある。「人間は自由意志はない」「人間は機械である」といった悲観的なもの言いは、ロシア革命の惨状を目の当たりにしたウスペンスキーの、特にこの時期の体験に培われたものだろう。
書簡集の中にはグルジェフへの言及はなかった。
9月13日 芦辺拓『不思議の国のアリバイ』(青樹社)
芦辺さんの出たばかりの新作長篇。
前に聞いた予告では、新登場の森江春策の助手は、新島ともかなる、性別不詳の人物なのかと受け取れましたが、この中で読むと、れっきとした女性のようです。
アリスが大好きな私としては、いい題名を思いついたものだと羨ましいです。作中のアリス・モチーフは、そんなに濃度高くなかったですね。「鏡の国のアリス」だったら、「知らない間に別の枠にうつってた」とか「家に入ろうとすると出てしまい、出ようとすると入った。中は外、外は内」といったやりとりなんか、本書にひっぱってこられそうな台詞や場面がいくつか思いつきます。業界に寄生する、いわゆるゴロツキを激しく嫌悪する作者の姿勢が、本書中に、ありありとうかがわれます。何はともあれ、ミステリとしては、骨格がしっかりして、アイディアも豊富にもられています。アリバイトリックは、死体移動とか、電話トリックとかは、パターンとしては何度も使われているものですが、やはりアリバイトリックは基本が大事。本書のアリバイは、そういう型としては、基本型のを用いながら、新しい創意が盛られています。基本枠が従来どおりでも、そこから、新しい創意をどのように創出するかが作者の腕の見せ所になるのだなと思った次第でした。
9月14日 ハリー・ベンジャミン著『グルジェフとクリシュナムルティ』大野純一訳・
発行/コスモス・ライブラリー 発売/星雲社
今世紀の二巨人、グルジェフとクリシュナムルティの比較検討は非常に興味をそそられるところなので、題名につられて買って読んだのであるが、期待したほど、きりこんだ考察や洞察はなされていない。著者は心理学者で、グルジェフの弟子のウスペンスキーの弟子のモーリス・ニコール(元はユングの弟子)の弟子にあたる人らしい。原題からすれば、グルジェフのシステム研究が主眼で、副次的にクリシュナムルティも参照している、ということはわかるのであるが、訳者の大野純一氏はクリシュナムルティの翻訳・研究をしている人なので、題名にクリシュナムルティといれたかったのであろう。
キャサリン・スピースの『グルジェフ・ワーク』を読んだときに似て、解説者のフィルターを通すと、グルジェフやウスペンスキー思想も分かりやすくなるのだが、やはり大幅な矮小化がなされているとみるべきで、この程度の紹介では、ほんの表面をなぞっただけに終わっている印象。
9月16日 デヴィッド・リンゼイ『憑かれた女』中村保男訳・サンリオSF文庫
芳林文庫で申し込んで入手した本。
リンゼイはもっぱらコリン・ウィルソンが称揚したことで再(初?)評価の機会を得た。本書の後半にも、百頁ほどのウィルソンによるリンゼイ論「不思議な天才」が収録されている。その評価によれば、簡単には、リンゼイは偉大な洞察(思想)をもっていたが、伝え方--表現の技術--が拙劣で、作家技術は二流だったということらしい。代表作の「アルクトゥールスへの旅」(サンリオSF文庫)を大学時代に買って読み始めたのを覚えているが、変な名前の登場人物が次々と出てきて、何やら曖昧模糊とした世界で妙なイメージが延々と記述されているだけ、という印象で、半分くらい読んで投げ出してしまった。
リンゼイの第二作が本書。十数年ぶりに読むリンゼイは、前のときよりは読みこなせた。イギリスの謎めいた屋敷が主舞台で、そこの階上にある、秘密の部屋〈イーストルーム〉は何やら不思議な伝承がつたわっている。ヒロインのイヴリンがそこに興味をもち、階上のその部屋に行ってみるが、戻ってくるといつも記憶が失われている……。
「アルクトゥールス」と違って、現実世界が舞台なのだが、象徴的な世界で、ファンタジーに近い味わい。上の部屋は、通常の人間には隠されている(眠っている、潜在可能性としての〈本当の自我〉とか〈超意識〉を象徴しているようだ。
9月16日 ジョルジュ・バタイユ他『無頭人(アセファル)』兼子正勝・中沢信一・鈴木創士訳
現代思潮社
バタイユが中心となって、1936年から一年ほど刊行した雑誌(同人の?)の全訳。
執筆メンバー、寄稿者には、ロジェ・カイヨワとかクロソフスキーといった、名を成した人が結構いる。テーマは主にニーチェである。準備号は6頁と薄く、実質的な創刊号(第二号)は、「ニーチェの名誉回復」と題され、ファシズムがニーチェを都合よく歪曲して思想的根拠にしているのを指弾している。第三・第四号は「ディオニュソス」で、これまたニーチェ特集。季刊なのに、四号で発刊はとまり、その後一度だけ、全部バタイユのみが書いた第五号が出て終わっている。「私は死を前にした歓喜である」というニーチェ風の唱歌を書いて終わっている。同人誌なのりの本で、要するにバタイユが仲間たちに「おい、本出そうぜ」「何の本?」「ニーチェ本だ。ニーチェ本。ヒトラーやムソリーニのニーチェ歪曲を正すのだ。オレが編集長。おまえら原稿書け」てなノリなんでしょう。