読書録/1999年11月
11月4日 乾くるみ『匣の中』(講談社ノベルス)
乾作品が、私としてはメフィスト賞の中の最高傑作と評価していた割に、二作めを読むのがやたらとなぜか遅れた。『匣の中の失楽』が『虚無への供物』へのオマージュであることは周知だが、その両作 の親縁度よりさらに本作と『匣の中の失楽』の親縁度は高い。評価は賛否両論に分かれ たようだけれど、なるほど結末の趣向は大胆不敵で、こんなことまでやってもよいのか、 ミステリの範疇にはいるのだろうかと疑問に思わなくもない。『匣の中の失楽』が偶数章と奇数章が、互いに相手を自分の 作中作であると主張し合う合わせ鏡の迷宮という作品であったが、やはり本書も鏡と反 映というモチーフと係わりが深い。作者はかなり読書家のようだし、ミステリのひねりどころを体得している書きっぷりには好感がもてる。鏡の向こうの世界へと迷い出ていく果てに見えるものは!? でも、『Jの神話』の方が私としては好み。
11月14日 井上夢人『メドゥサ、鏡をごらん』(双葉社)
井上夢人作品で唯一まだ読んでいなかった長篇。ギリシャ神話のメドゥサの物語を 現代に移植しようとする試みである。冒頭から読者を魅きつける謎が提示されて、 物語世界へぐいぐいと引き込まれる。が、理に落ちる展開にはなっていないので、 ジャンル的にはどう分類していいか困るタイプの作品である。予想されるラストへ とまっしぐらに突き進んでいくあたりの後半は『プラスティック』とも似ている。
11月20日 竹本健治『パーミリオンの猫』1〜4(徳間書店・トクマノベルズ)
竹本健治小説を集めだしたときに、入手するのに特に苦労したのが、これと『クー』。長らく絶版だったこのシリーズが角川春樹事務所・ハルキ文庫で順次復刊されることが 決まったのは誠に悦ばしい。一冊め『殺戮のための超・絶・技・巧』、いたいけな少女 が話のカギをにぎるのに、この扱いは残酷だあと思ってしまった。二冊目『タンブーラ の人形使い』。敵役の美貌女性は、SFアニメとかではよく出てくるし、イラストもその 路線。ネコの戦闘史の中では、彼女が最大の強敵だったような気がする。さらに黒幕が いるのが暗示されるが、それはどうなっているのだろう? 三冊目、『兇殺のミッシング ・リンク』。この設定で、『九尾の猫』をやろうとしているのは、猫が共通するからか ? つながりが見えない連続殺人事件を追っていくネコ。真相が、ある部分『九尾の猫』 と重なっている。四冊目、『“魔の四面体”の悪霊』。短編集で、登場第一作が巻頭に ある。美しい若い女性や少女が、なにやら血祭りにされる話がけっこう多い。最後の 短篇は、危機からの脱出など、予想される普通の結末がなく、これではネコが生還で きたかどうかも定かでない。でも、ある意味、このシリーズの最後の作品にはふさわし い味わいである。
11月21日 茶木則雄『帰りたくない』(本の雑誌社)
レパートリーは狭いけれども、この人にはある種の文才はある。漫画家の西原理恵子 にも似て、露悪的に自分をさらけ出す芸風なのだけれど、いつもいつもこれだけでは長 続きしないと思われる。フリーになってから、風俗ライターの仕事までしているそうだ けれども、読む本の量は店長時代よりかなり減っているのではないかという気がした。
11月24日 ピーター・ワシントン『神秘主義への扉』(中央公論新社)
原題は『マダム・ブラバツキーのヒヒ』。ブラバツキー夫人に始まる、19世紀後半 から20世紀までの、霊性復興運動を概観する書物。中心人物は、前半はブラバツキー とオルコット。つづいて、アニー・ベサントとリードベーター。それから、グルジェ フ、ウスペンスキー、シュタイナー、クリシュナムルティと、20世紀の四巨頭にスポ ットがあたる。日本語で読める文献では、ここまで詳細なのは初めてなので、貴重。 著者の態度も、割合視点が客観的で公平なのは好感がもてる。しかし、思想的な踏み 込みがないのが物足りない。この著者による人物評価は、あまりあてにならないとい う印象である。 訳文は、英語を訳した日本語としてはしっかりしているが、固有名詞に間違いが多 い。グルジェフの『ベルゼバブ』を『孫息子に伝えるベルゼブル物語』とか誤訳して いるし、ロシアの小説家として「ドストエフスキーとゴゴール」(220頁)などと書いて あるが、これはゴーゴリが英語でGOGOLと表記されることを知らない訳者の無知であろ う。ウスペンスキー、グルジェフの本の訳題も不正確なものが多い。 巻末の参考文献リストも、邦訳書があるものくらいは表記しろよ、と言いたい。ウ スペンスキーの著書リストのところに、本書の題名が一行、誤って紛れ込んでいるし、 オルダス・ハクスレーの著書が、アルファベットで一つ前の著者のところに、誤って並 べられているし、訳者あとがきでは、著者の生年を1848年と書いてあるし、誤植と誤 記がとにかく多過ぎる。
11月25日 竹本健治『クー』(講談社ノベルス)
割にみじかめの、SF伝奇小説。バイオレンスの度合いも結構高い。『腐蝕の惑星』 や『パーミリオンのネコ』と趣味がやはり似ていて、美しいヒロインが暴行されたり 凌辱される場面がたくさん出てくる。いま一つ主人公のクーに共感して読めなかった。 性格が受動的で、目的がはっきりしないせいか。周りの男がヒロインに次々と襲ってく るという感じの話でした。当時の折り込み広告には近刊として『クー』1〜3巻があげ られているが、続編ははたして出るのでしょうか?
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