近世インド神秘・宗教詩人の系譜
インドの神秘・宗教詩人の系譜を概観するのは、広大な未踏の大陸の地図をつくるのにも似て、あまりにも対象が広すぎて、素描することさえ非常な困難を伴う。第一にその数があまりに多すぎるからだし、第二に日本にはほとんど全く未紹介のジャンルだからだ。それでも近年、東洋文庫(平凡社)から何冊か、その一端を知るに足る訳書が刊行されている──『ミール狂恋詩集』『ギータ・ゴヴィンダ』『チョイトンノ伝』『ビージャク』等々。それでもまだ、氷山の一角と呼ぶにも少なすぎる量でしかないし、信頼に足る概説書も乏しい。せいぜいが中村元などの仏教学者によるインド思想史で小さく扱われている程度である。この広大なジャンルには少なくとも数百頁は費やさないと、その概要さえ紹介することはおぼつかないが、今回は与えられた短い頁数で、ごく簡単な素描と概要を描くように試みたい。
ただし、ある程度時代と内容を区切る必要があるので、『ギータ・ゴヴィンダ』のジャヤ・デヴァのような、サンスクリット語等の古典語作品は今回は除外することにした。取り上げるのは、現在インドで使われている、ヒンディー語をはじめとする民衆語で書かれた作品と詩人に対象をしぼった。時期としては、ヒンディー語の神秘詩人としては最も著名な、カビール(14世紀)の時代から、19世紀中頃までの、中近世を範囲とする。
また、インドで使用されている言語は、人口面ではヒンディー語が最大だが、それ以外に十数の公用語があり、それぞれの言語圏に独自の神秘家や詩人の伝統がある。そのすべてを総覧するのは到底不可能なので、この小論ではヒンディー語圏の他にベンガル語と、シーク教を中心としたグジャラート語圏、そしてカシミールから一人だけ、ラーラという特異な女性神秘家を取り上げることにした。男性に比べて数の少ない女性神秘家については、別に項目をたてた。
各詩人について詩を訳出していたら、たちまち枚数を超過してしまうので、今回は簡単な読書ガイドとして、邦訳があるものは邦訳書を、邦訳がないものでも英訳があるものは英訳書を示すことにした。読者の手引きとなれば幸いである。
(1)カビールとヒンドゥー詩人
(1)─aカビール
ヒンディー文学のWEBページには、20世紀初頭までのヒンディー文学で英語に訳されたものの完全網羅リストがある(http://www.lib.washington.edu/southasia/guides/hindilit.html)。それによれば、19世紀以前のヒンディー語の詩人や文学者で英訳された点数が多いのは(微々たる量でしかないが)、順にカビール、トゥルシダス、ミーラとなる。19世紀までのヒンディー語文学で、英訳の量の最も多いカビールは、ヒンディー語では膨大な研究書が刊行されていて、統計的観点からみても、ヒンディー詩人の最大物と言えるだろう(二位のトゥルシダス(1532─1623)
は、護教的な色彩があまりに強く神秘性には乏しいのでこの小稿では取り上げない。三位のミーラ・バイは、女性詩人の項で取り上げる)。ようやくその主著(『ビージャク』)が東洋文庫から刊行されたのは慶ばしい。カビールの詳細については、この訳書を参照していただきたい。
カビール(1398?〜1448?)は、バラモンの教師ラーマーナンド(12〜13世紀)が捨て子として拾い育てたといわれる。織工となり、文盲ながら数多くの宗教詩を残した。カビールの教えは、当時インドでも対立していた二大宗教(ヒンドゥー教、イスラム教)のいずれにも与するものではなかったが、カビールを崇拝する教団は現在ヒンドゥー教、シーク教、イスラム教の三宗教にまたがっている。
カビールに関しては、主著の邦訳が刊行されているので、かなり数の多い英訳書の紹介は割愛することにする。『ビージャク』以前にわが国の刊行書で、カビールを主題的に取り上げたものは、文学史等の概説書を除けば、ムハンマド・ヘーダエートゥッラ著『中世インドの神秘思想』(原題が"KABIR:THE
APOSTLE OF HINDU─MUSLIM UNITY")と、鈴木大拙『禪の立場から』中の「カビールの禪」(
『鈴木大拙全集・第十六巻』) くらいしかなかった。後者は、タゴールが集めて訳した"SONGS
OF KABIR"を元にしたものだ。この詩集は、詩聖タゴールの母国語・ベンガル語に伝わるカビールの歌を集めたもので、英語表現の美しさは他の訳詩の追随を許さないが、原典のヒンディー詩からみれば、文献学的に正統性に疑義があるものが多い。その詩を鈴木大拙が邦訳すると、何やら仏教経典めいてくる。
カビールの詩の特徴の要綱を筆者なりにまとめると次のようになる。
1.宗教間の垣根を取り払う これは時には、肯定的な万教帰一思想の形で述べられることもある(「ヒンドゥーもムスリムも同じ神を崇めている」)が、たいていは否定的な形で述べられる(「ヒンドゥーもムスリムも神を知らず。真理を知らず」)。
2.儀式・形式・カースト制度の否定 寺院での礼拝や、外面的な宗教儀式は、神や真理への道ではないとカビールは繰り返し説いている。イエスがパリサイ人を厳しく論難したのと同じように、カビールはバラモンを厳しく指弾している(「バラモンの巧言令色ぶり」)。カビールの説くカーストの否定論は、ナナクとシーク教にその精神が受け継がれていく。
3.内面性の強調 「内側にカビールは宝石を見いだした」
4.神性の遍き浸透 「海の中の魚に渇きはない」
(1)─bダドゥ・ダヤル
カビールの登場とインパクトは大きいものがあり、多くの追従者・模倣者を生んだ。後述するシーク教の開祖ナナクも、カビールの強い影響下で登場してきた神秘詩人である。カビールの没後、十六世紀から十七世紀は、政治的にインドはイスラム教を国教とするムガール帝国の時代である。その時期に大量に出現したカビールの影響の濃い神秘詩人の中でも、ヒンディー語圏で最も著名なのは、おそらくダドゥ・ダヤル(1544〜1603)である。ダドゥは、カビールの弟分と言ってもよいほど、類似性が高く、伝承では、ダドゥ自身が師事したのが、カビールの直弟子のカマルとされている。ダドゥという名は「兄弟」という意味の親称で、カースト制度の元では低い階層だった点でもカビールと類似している。詩の特徴としても、先にカビールの詩に関して指摘した特徴がほぼダドゥの詩にもあてはまる。ただ、カビールよりはイスラム教への言及の度合いはずっと低い。
ダドゥの詩は、まとまった形で日本に紹介されたことはない。英訳書としては、次の二つのものが総覧的で便利である。
"A Sixteenth-Century Indian Mystic:Dadu and His Followers"
by W.G.Orr,Lutterworth Press,London,1947,240p.
"Dadu, the compassionate mystic." by K.N.
Upadhyaya,Radha Soami Satsang, 1979,232p.
また、左記の書物は、ダドゥの他にスンダラダサ(1596?─1689?)
とジャンゴパル(17 世紀) の詩の訳出と、論考が載っている。言語学的考察は貴重だが、訳出された詩の量はあまり多くない。
Thiel-Horstmann, Monika
Crossing the ocean of existence: Braj Bhasa religious poetry from
Rajasthan, a reader. Wiesbaden: O. Harrassowitz, 1983,208 p.
(1)─cカビールに影響を受けたイスラム系ヒンディー詩人
カビールは、キリスト教の宗教改革を興したマルティン・ルターにたとえられることがある。カビールの後に勃興したバクティ運動〔ムーブメント〕の先駆者になった点で、たしかにカビールの果たした役割は、ルターと共通するものがある。
イスラム教の中でも神秘主義とされるスーフィズムは、ヒンドゥー教の神秘派とかなり近く、カビール自身スーフィーの影響を受けたと言われている。カビール後に出現したヒンディー語の神秘詩人の中で、イスラム教徒でカビールの影響下にある主なものとしてヤーリ・サヒブ(1668─1723)
とその弟子のケシャブ・ダス(18 世紀) とブラー・サヒブ(1694─1769)
、さらにブラーの弟子のグタール・サヒブがいる。グタールと同時代にさらに、ビハール州のダリヤ・サヒブ(1675─1780)
とマルワルのダリヤ・サヒブ(1732─1844) は、同名の、イスラム教の神秘詩人として名を残している。
(1)─dカビールに影響を受けたヒンドゥー教系諸師
カビールの影響を受けた、同系統の詩人・神秘家は、名前を羅列するだけでも相当長くなる。特に重要と思われる人物を、簡潔に概観してみることにしよう。
まずはライダース(1398?─1448?) 。彼はカビールの同時代人でライバルと目された。カビルの育ての親ラーマーナンドに師事したと言われるから、ある意味でカビールとは兄弟弟子の関係にある。靴職人の神秘家としては、中世ドイツのヤコブ・ベーメと対比される存在である。
このライダースの弟子のウダイダスの弟子のビルバンがミルザプルで1543年に設立したのが、今日まで存続しているサドゥ派である。ビルバンの詩は今日に少量は伝わる。ビルバンの弟子のジョギダースには『アディ・ウパデシャ』という主著がある。ジョギダースは、兵士としてダラー・シコーの元で戦った、サルマッドと同時代人である(
拙著『ムガール宮の密室』原書房刊・参照) 。ジョギダースの教えは、カビールからはかなり離れ、一神教の色彩が強い。彼の教えには、ゴアに拠点を置いて布教していたカトリックの影響があるとされている。
チャランダス(1703─1782) はデリーに宗派を興した教師で、その教説詩はカビールと親縁性が高い。彼は後述するサハジョ・バイとダヤ・バイという二人の女性神秘詩人の弟子がいたことでむしろ有名である。
ガリブダス(1717─1782) は、パンジャビのロータクに住んだとされる聖者である。彼は二万四千句から成る長大な詩の作者である。その詩の多くにカビールが登場し、作者ガリズがカビールを師と崇めているが、時代的にガリブダスが直接カビールと会うのは不可能である。彼の詩集は「グランタ」と呼ばれ(
シーク教の経典と同じ呼び名だが、別物であることに注意)
、左記の書物で部分的に英訳されている。ヒンディー語版でもいまだ完全版は刊行されたことはなく、ガリブダスの詩を読みたい者は、書物を保管した礼拝所に行き、他に見せないという約束をした上で筆写することが許される。
"Sri Garib Das, Haryana's saint of humanity." by Gupta,
K.C.,New Delhi India, 1976, 216 p.
パルトゥ・サヒブ(18 〜19世紀) はアザムガラに生まれ、後のパルトゥ派を興した。クンダリヤー調の詩文は、カビールやダドゥの詩よりも格調高く教養的であるとされる。しかし詩の形式と内容は、著しいカビールとの類似が窺える。
ジャクジーバンは、18世紀前半にルクノ地方で活躍した神秘家である。多くのヒンディー神秘詩を残した。彼の弟子のガジー・ダスが1820年頃サットナーミ派を興した。
ラーダスワミ派を興したのはトゥルシ・ラーマ(1818─1878)
。タージ・マハールのたつアグラで、ラーダスワミ寺院は、タージ・マハールを凌ぐ建物をつくろうとして、既に百五十年もの間ずっと建築を続けている。現在のラーダスワミ派の礼拝では、カビールを初めとするバクティ(
献身) 派の詩人の詩文が朗詠され、カビールの位置づけは、トゥルシ・ラーマに次ぐものとされている。『ラーマーヤナ』を改変した試作のあるトゥルシ・ダースは、名前が同じだが別人である。
以上名前を挙げたのは、今日まで宗派として残り、詩文を残している主な教師たちである。それ以外に、カビールの系譜を継ぐ重要な神秘詩人として、以下のような名前が挙げられる。ラール・ダース(?─1648)、マルクダース(1631─1739)
、ダリンダス(1657─?)、ラーマ・チャラン(1718─?)、シヴァ・ナラヤニ(17
世紀) 、プランナート(18 世紀前半) 。このあたりの神秘家は、日本語はもとより、どの欧米語にも未だ翻訳されたことがない。しかし最近デーヴッド・N・ロレンツェン(DAVID
N.LORENZEN)教授の精力的な研究により、ようやくその一端が、英語に訳され、世界に知られつつある。ここでは、教授の重要な研究書を列挙しておこう。
"KABIR LEGENDS AND ANANTA-DAS'S KABIR PARACHAI",State
University of New York Press,1991,282p.
"THE KAPALIKAS & KALAMUKHAS:TWO LOVE SAITIVE SECTS",Motilal
Banarsidass,New Delhi ,1991,228p.
"BHAKTI RELIGION IN NORTH INDIA",State University of
New York Press,1995,331p.
"PRAISE TO A FORMLESS GOD:NIRGUNI TEXTS FROM NORTH INDIA",State
University of New York Press,1996,303p.
また、Web ページで、ヒンドゥー語の神秘家・詩人を総覧するには、次のページが便利である。
http://www.cs.colostate.edu/~malaiya/hindipoets.html
(2)シーク教とグジャラート語神秘詩人
シーク教の開祖となったナナク(1469─1538) は、カビール派の記録には、カビールの弟子だったという記述があるという。これは歴史的な史実とは認められてはいないが、カビールの同時代人だったナナクが、カビールのことを尊敬し、その影響を受けたことは確実とされる。後のシーク教の経典となった『アディ・グランタ』に、カビールの詩が多く収められているのは、元はナナク自身が収集したものだと伝わる。
ナナク自身の詩は、多くの点でカビールに似ている。唯一神を崇め、ヒンドゥー教もイスラム教も同じ神を崇めているという万教帰一思想に則っている。ただし、カビールに強く見られた、既存の体制への批判や否定の色彩はナナクには薄い。
シーク教はその後十代まで教主を輩出するが、十代目の後に教主は、ナナクら教主の教説と詩を記した聖典を導師〔グル〕とせよと命じた。その後、その書物は『グル・グランタ・サヒブ(グルの聖典)』と呼ばれるようになる。総頁数は一四三〇頁で、シーク教の寺院には必ず備えられている。この長大な聖典『アディ・グランタ(グル・グランタ・サヒブ)』は、ナナクから十代続いたシークの教主の歌を集めたのみならず、他宗教の詩人の歌も多く集めているのが一つの大きな特徴だ。その中ではカビールのものが一番多く、それ以外に、トリロチャン、ベーニ、ラヴィダース、ナムデヴ、ダンナ、ジャイデヴァ、ビカン、サイン、ピパといったヒンドゥーの神秘家たちと、スーフィーの行者ファリドの宗教詩が収められている。他宗教の聖者の言葉を聖典に含める点で、シーク教のオープンさはユニークである。
その冒頭に置かれている、シーク教の朝の祈祷に使われる、ナナクのジャプジーは、宇宙の創生神話めいた宣言から始まり、荘重な調べを奏でている。ナナクの詩は、部分的にはコール&サンビー著『シク教』(筑摩書房)などで紹介されてはいるが、まとまった形での邦訳はない。シーク教の二代目の教主以降は、教義的な色彩が強くなるが、開祖ナナクの歌は、純粋に神秘文学として読んでも味わい深い作品になっていて、きちんとした邦訳が望まれるところである。
『アディ・グランタ』の英訳は、これまでに四種類刊行されている。筆者が所持しているのは、次の版。
"SRI GURU─GRANTH SAHIB" tr.by Dr.Gopal Singh(4 vols.)
Albion Press,India,1964
また、シーク教のホームページには、信者の共同訳による英語への完訳が掲載されていて、従来のどの英訳よりも完成度の高いものになっている。http://www.sikhs.org/english/frame.html
この中の、ナナクのものだけを読みたい場合には、以下の英訳書が便利である。
"HYMNS OF GURU NANAK" tr.by Khushwant Singh,Sangam
Books,India,1969,192p.
(3)ベンガル語圏の神秘詩人
(3)─aチョイトンノ
チョイトンノ(チャイタニヤ)(1485─1533) は、ゴーランガ(尊者)の尊称をもち、バクティ運動のベンガル地方で最大の大物神秘家である。最近弟子のコヴィラージュが記した『チョイトンノ伝』(上下巻)が、原著の抄訳ながらも東洋文庫から刊行され、ようやくチョイトンノの言行録が日本語でも読めるようになった。クリシュナ神を讃えながら、陶酔して舞踏する教団を築いた。チョイトンノが特異なのは、元々は論理学派に属して、論理学の業績をあげていたのに、一転して陶酔的な放浪詩人へと変わったところだろう。コヴィラージュ以外にも、チョイトンノの言行を記した記録は数多く、今日でも多くのチョイトンノ研究書が刊行され、ベンガルでは最も崇められている聖者の一人になっている。コヴィラージュの著作以外に、筆者が所持しているチョイトンノ研究書として、次のものがある。
"TEACHINGS OF LORD CHAITANYA" by A.C.Bhaktivedanta
Swami Prabhupada,Bhaktivedanata Book Trust,Bombay India,1974
なと、時代が二十世紀に近づくので、今回は取り上げなかったが、近代の聖人として有名なラーマクリシュナは、ベンガル出身で、「チョイトンノの再来」と称せられた。ラーマクリシュナ自身、数多くの宗教讃歌を残している。弟子のマヘンドラナートがまとめた『ラーマクリシュナの福音』(日本ヴェーダンタ協会)の伝記には、ラーマクリシュナがつくった讃歌も数多く収められている。また、未完だが、東方出版からは、英訳からの邦訳ではなく、原典のベンガル語からの直接訳が現在まで第二巻まで刊行されている。ベンガル文学の観点からも、貴重な一書であるので見逃せない。
(3)─bバウル
バウルは人名ではなく、ベンガル語で「気違い詩人」を意味する。チョイトンノの時代から勃興してきた、各地を放浪する陶酔的な詩人たちを総称する言葉である。バウルの詩に特徴的なのは、カーストなど既存の制度の否定、儀式・形骸化した宗教の否定だ。その点ではカビールとかなり共通性をもつが、カビール派と違うバウルの特徴としてあげられるのは、現世肯定の、かなり享楽主義(エピキュリアン)的な色彩があることだ。その一方で、人が進化してそのまま神へとつながる人神思想も、多くのバウルに見られる。
バウルの伝統は、今日に受け継がれ、今でもバウルの歌を奏でる詩人たちがいて、日本に公演に来ることもある。バウルの歌を集めた歌集として、英訳書では、次の一冊がとどめをさす。
"Songs of the Bards of Bengal" tr.by Deben
Bhattacharya,Grove Press,New York,1969
最近、同じ本が以下の新題で刊行され直され、一時間のバウルの歌を録音した音楽CDが付録としてついているので、読むだけでなく、聴いて楽しむことができる。
"THE MIRROR OF THE SKY" tr. by Deben Bhattacharya,Hohm
Press,1999,250p.
アジアで初のノーベル文学賞を受賞したラビンドラナート・タゴール(1861─1941)
は、自らをバウルの系譜を継ぐものと位置づけ、ベンガル語では、多くのバウルの詩の翻訳や編集・収集も手がけている。現在まで日本には紹介されていない、タゴールのこのあたりの著作も、邦訳されることが期待される。
(3)─cチャンディダス
バウルたちは、その多くが無名詩人なのだが、一人際立って有名なバウルがいる。それがチャンディダス(14
〜15世紀) 。「人間より高い真実はない(Sabar upar
manus satya,tahar upar nahin) 」という宣言が有名である。神や死後の世界を否定し、人間の意識に最高の価値を置くチャンディダスは、インド思想史の中でも、特異な光を放つ存在である。しかし、その詩のかなりは、恋人との交わりの喜びと神を結びつけた、独特な宗教詩である。バウルの英訳詩を刊行したバタチャラによるチャンディダス英訳書がある。
"LOVE SONGS OF CHANDIDAS" tr.by Deben
Bhattacharya,George Allen & Unwin ltd.,London,1967
(4)女性の神秘詩人
(4)─aミーラ・バイ
ミーラ・バイ(1498─1547) は、元はラージプートの王女だったが、家を捨て、路上でクリシュナを讃える歌を歌いながら踊るようになった。たぶんインドの歴史では最も著名な女性神秘家である。その歌は、愛に浸されたクリシュナ神の讃歌とされるが、性的なイメージが濃くまとわりついている。(
「クリシュナよ、あなたのために私は床を整える」「あなたが来るのを待って夜を過ごす」「あなたへの愛で私は狂う」)
精神分析学の創始者フロイトは、宗教や文学などの芸術活動が、性的な欲求の代償であると分析したが、ミーラはその理論に最もよくあてはまる詩人と言える。
英訳書は、数種類刊行されているが、筆者が所持している次の二種が最もまとまりがよいと思う。
"SONGS OF MEERA" tr.by Baldoon Dhingra,Orient
Paperbacks,New Delhi,1977,136p.
"FOR LOVE OF THE DARK ONE:SONGS OF MIRABAI" tr.by
Andrew Schelling,Shambhala Publishers,Boston,1993,98p.
(4)─bサハジョ・バイとダヤ・バイ
先の論で取り上げたチャランダスには、二人の女性弟子がいた。出身は、奇しくもミーラと同郷のラージプート。そのうちの一人サハジョ・バイ(1725
〜1785?)は、ヒンディー語での歌集すら入手困難な知名度の低さだったが、2001年になって初の英訳とヒンディー語原本の対訳の歌集が刊行された。
"SAHAJ PRAKASH:THE BRIGHTNESS OF SIMPLICITY"edited and
translated by HARRY AVELING & SUDHA JOSHI,MONITIAL
BANARSIDASS,INDIA 2001,282p.
この詩集は、サハジョが、チャランダスの元に弟子入りして間もない、まだ十八歳の頃にその大部分がよまれたという。詩集の構成としては、六章に分かれていて、最後の六章は、チャランダスの宗派がまとめた讃歌集の中から、サハジョのものと思われるものを抜き出したもの。一番長い一章は「導師(
グル) 」と題され、サハジョは、師チャランダスを、ラーマ神より上に置くと歌っている。この箇所は、ミーラにとってのクリシュナ神と違って、現世の存在である師が、サハジョの宗教的崇拝の対象となっている。二章から五章までは、「離欲」「真実」「サッチダナンダ(
実在・意識・至福) 」「知と献身」といったことが主題となっている。
もう一人の姉妹弟子ダヤ・バイについても、翻訳書の刊行が期待されるところであるが、現在までのところ、ヒンディー語のダヤ・バイの歌集の翻訳は皆無である。ただ、以下の宗教講話録では、ダヤ・バイの詩が題材として取り上げられているので、部分的に英訳されたダヤ・バイの詩を読むことは可能だ。
"STREAMS OF NECTAR" by Darshan Singh,Wiley Eastern ltd.,New
Delhi,1993,430p.
"THE LAST MORNING STAR:TALKS ON THE ENLIGHTENED WOMAN
MYSTIC,DAYA" by Osho,Rebel Book,2000,454p.
(4)─cラーラ
最後に、カシミール地方で活躍した女性神秘家を一人紹介しておこう。ラーラ(ラール・デッド)(14世紀)。カシミールでは、今でもことわざとして、「貴重な言葉は二つしかない。アッラー(神)とラーラ」と言われるくらい、カシミールでは永く崇拝されている女性聖者である。現在でもカシミールには、ラーラの歌を歌う吟遊詩人の伝統が続いている。
ラーラが特異なのは、無一物の教えを実践して、生涯裸で過ごしたとつたわる点だ。衣服を着なかった聖者として、古代ギリシャにはディオゲネス、古代インドではジャイナ教の教祖ヴァルダマーナ(マハヴィーラ)をあげることができるが、女性の聖者では歴史上ラーラ以外に類を見ない。現在カシミールは、イスラム教徒が多数派を占めるので、彼らの崇めるラーラも、イスラム教徒にされているが、本当のところははっきりしない。一説ではスーフィーの流れを汲むといわれるが、ラーラの詩には、スーフィー的なもののみならず、ヒンドゥーの神々の讃歌めいたものもあるので、宗派として分類するのは困難である。
ラーラの文献学的研究で特筆されなければならないのは、グリアソン教授の業績だ。それまで書物にまとめられていなかったラーラの詩を丹念に収集し、古カシミール語と英訳の対訳で刊行した書物は、他に類を見ない労作である。ただし、グリアソン教授の英訳は、英語としては若干堅苦しいきらいがある。英訳としては、最近刊行されたコールマン・バークスのもの("NAKED
SONGS") が流麗で読みやすく、入手の簡便さからも、最も推奨できる。
"LALLA-VAKYANI,OR THE WISE SAYINGS OF LAL DED" by SIR
GEORGE GRIERSON, ROYAL ASIATIC SOCIETY,1920
"NAKED SONGS"tr.by Coleman Barks,MAYPOP 1992
(「幻想文学」65号掲載、2002年11月)*校正前の原稿なので、掲載版と異同があります。