中2 2分野の総まとめとして
          
原爆のもたらした人工降雨
                                 宮内主斗
 

 この授業は、気象の授業のまとめの1時間として、有効である。

 気象の授業で学習したことを駆使して、原爆投下後に降った黒い雨のことが良く分かる。

 また、平和への新たな思いを生徒達にもたらすことができる。

 これは、永田邦生氏の修正追試である。

 永田氏は、次の発問・説明で授業したらしい。


@広島・長崎で原爆が投下されたのはいつか。
A広島・長崎では原爆投下後、黒い雨が降った。
B雨が降るためには、上昇気流によって雲ができる必要がある。
C上昇気流を起こす原因は、原爆の熱と火災である。
D原爆投下後の広島の空を見ていた男たちがいた。
E黒い雨の主成分は、炭素。
Fこの炭素はどこから来たのか。
 出典 『核兵器と人類は共存できない』 『理科教室』’95年11
     月増刊号
 

 この記述では、実際の授業を組み立てられない。また、温度が上がって雲ができる道筋を、生徒に考えさせたい。ここが面白いところなのだ。

 これを私なりに整理し、読み物資料を使って授業を展開した。

 3枚のプリントを、1枚ずつ配布して授業を組み立てていった。

 1枚目のプリントを配布し、読み聞かせをする。


          広島に原爆が投下された後
 

 1945年8月6日午前8時15分、広島の人達が通勤、通学で外に出ている時に、原子爆弾が投下されました。

 広島市の中心部の上空600mで爆発し、一瞬にして街を焼きつくしました。爆心地の温度は、鉄の沸点を超える数千度になったといいます。土でできたかわらさえ沸点を超えました。原爆ドーム近くで現在も出土するかわらには、気体が出ていった細かい穴があいています。

 ものすごい突風も吹きました。ガラスが割れて、そのガラスの破片がコンクリートの壁に突き刺さりました。鋼鉄の扉も、ゆがんでしまいました。

 放射能汚染も、ひどいものです。白血病その他の原爆症で苦しむ人達が、50年以上たった今でもいるのです。

 

 さて、その原子爆弾が投下されたとき、天気は薄曇りだったと言います。

(その日の天気図は、広島の天気だけが空白になっています。)

 夏の暑く、湿った天気でした。

 その直後、(関係者の証言では、1時間後とも数時間後とも言われていてあまりはっきりしないのですが)天気が変わりました。


この直後の天気の変化は、原爆が引き起こした天気の変化です。
いったい天気はどうなったのでしょうか。
 

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 ここで、ノートに自分の考えを書かせる。

 快晴もしくは晴れ、曇り、雨、雪の中から選択させればよい。

『はだしのゲン』、『ホタルの墓』で、黒い雨のことが有名なので、結論を知っている生徒は結構いた。

・晴れたと思う。鉄の沸点以上になったのだから、当然ものすごい温度になり、露点を越える。露点以上になるから、雲はなくなり晴れる。

・曇りだと思う。温度が上がるから、水が蒸発して上空で冷えて露点以下になり雲ができる。

・原爆投下後には、キノコ雲ができたという。これで曇ったと思う。

・雨だと思う。『はだしのゲン』や『ホタルの墓』で、黒い雨が降ったのを見たことがある。

・雨だと思う。温度が上がって上昇気流になるから、低気圧と同じ事になる。だから、雲ができて雨が降ると思う。

・雨だと思う。原爆で温度が上がると、飽和水蒸気量が大きくなる。その分、水が蒸発する。だけど次第に温度が下がって、それが雲になり、雨となって落ちてくる。

・前の実験のように、水蒸気を冷やせば雲になるのだから、原爆で一旦温度が上がって冷えてくれば雲ができると思う。それで雨を降らせるはず。

・ものすごい温度になったのだから、川や地面からどんどん水が蒸発しているので、それが冷えて雨になるはず。

・人間だって蒸発してしまうかも知れない。

・上空ではどんどん温度が下がるので、蒸発した水蒸気が氷になって雪が降るかも知れない。

・それに反対。原爆が落とされたのは夏だから、雪にはならないと思う。

 討論後は、どこのクラスも(5クラス)雨と予想する生徒がほとんどである。

 結論は本やビデオなどで知っている生徒に話させ、その理由付けを多くの生徒が上昇気流、露点というキーワードを使って説明させていけばよい。

 

 次のプリントを配布し、読み聞かせをする。


          広島に原爆が投下された後 その2
 

 気温が高くなれば、空気は膨張(ぼうちょう)します。

 膨張すれば、密度が小さくなって浮き上がります。

 これは、熱気球と同じです。

 原爆の強烈な熱で温度が上がり、膨張した空気は、急上昇しました。

 上空では、気圧が下がりますし、100mで0.6℃ずつ気温が下がります。

 その結果、湿った空気が露点以下になり、積雲状の雲ができました。キノコ雲です。

 その雲が、雨を降らせたのです。

 はげしく短時間に降る雨で、広島市の西半分ぐらいのところに限って降りました。

 ただし、その雨は普通の雨ではありませんでした。

 黒い雨だったのです。

 どうして雨が黒いのでしょうか。

 雨を調べてみると、炭素(C)が混じっていることが分かりました。

 炭素、つまり炭ですね。炭なら黒くて当たり前と言うことになります。

 地上が大火事になり、炭素の粉も空気と一緒に上昇しました。

 雲を作るとき、煙のように水滴の「しん」になるものがあると、そこに水分子がべたべたくっついて雲ができやすくなります。

 その「しん」の役割を、炭素の粉がしていたのです。


では、その炭素の粉は、地上の何から出てきたのでしょうか。
 

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 これは、ノートに書かせず、手短に発表させる。

・木、家、人間、猫、スイカ....

 動物の体の学習で有機物をしっかり押さえてあると、意見は次々に出る。

 次のプリントを配布し、読み聞かせる。


          広島に原爆が投下された後 その3
 

 炭素は、有機物に含まれています。

 有機物は、温度を上げると砂糖のように黒こげになります。熱分解ですね。

 地上にある有機物を考えていきましょう。

 生物か、生物の体はたいがい有機物です。

 木、木から作る家、木製の家具、紙など、有機物はいろいろあります。

 原爆投下後、街の建物は片っ端から焼けてしまいましたから、たくさんの有機物が熱分解して出てきたと考えられます。

 でも、広島市にあった有機物は、それだけではありません。

 一瞬にして焼け死んだ十数万の人達の体も、炭水化物(C,H,O)、脂肪(C,H,O)、タンパク質(C,H,O,N)でできていたのです。

 原爆投下直後に降った黒い雨。

 その黒い雨の一部は、なくなった多くの方の体を作っていた炭素原子(C)だったのです。

 黒い雨ははげしく降り、地面や生き残ってさまよい歩いている人達の体にくっつきました。焼け残った家に吹き込み、畳や家具が真っ黒になりました。

    注意 量的に言えば,家などの炭素原子の方が多いのです。

        あくまでも,人間から出た炭素原子は一部です。

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今日学習したことを、ノートにまとめなさい。
 

 生徒達は、次のように書いた。

・今日の授業は、2年で勉強したことをしっかり分かっていればできた。

 上昇気流で雲ができ、雨が降ったのだ。低気圧と同じ事が、原爆で起きた。

 その黒い雨の正体は、炭素であった。有機物が熱分解してできた炭素である。

 人間の体が分解した炭素が、人間にくっつくなんてゾッとする。

・原爆は放射能が恐いと思っていたけど、それ以外にも悲惨なことがあった。

 死んだ人間の炭素原子が雨となって降ってくるなんて。

 こんな不気味なことはあったなんて、初めて知った。

原子不滅の原理が、よくわかった。人間が死んでも、炭素原子は残る。それが雨になって降ってきて、黒い雨になった。広島の人達は、かわいそうだ。

・原爆の後の黒い雨のことは知っていた。でも、どうして雨が降るのか、どうして黒いのかは分からなかった。でも、この授業で、露点のことを考えたり、有機物のことを考えたりしたら分かった。

 

 雨の降るメカニズム、有機物、それらの復習として、黒い雨ほど衝撃的な応用問題はない。

 ぜひ、1時間の授業として取り上げたい。

 

 スクロールありがとうございました。理科の目次に戻る