理科教師入門
この文章は,主に小学校で理科を教える先生方が,こっそり読んでお役に立てて欲しいと思って書きました。主に若い先生方を対象にしてますが,別に,中堅,ベテランの先生方のアクセスを拒むものではありません。ご意見がありましたら,お寄せ頂けると嬉しいです。
1.予備実験は何のため
理科の授業は,「予備実験をやらないとうまくいかないからいやだ。」と思っている教師は結構多い。こんな面倒なことをやって,しかもうまくいかないと子どもから文句が出る。こんないやな教科はやりたくない。そうだ,教科書とドリルで進めちゃえ....。という思いに陥っている教師に,私はどう働きかけていけばよいだろう。ちょっと悩むところではある。
予備実験とは,予備の実験であり,あくまで教師の手で行う。これがいかに重要で,しかも楽しく,簡単にできるものなのかを示していく必要があるだろう。
以前に,私は他の先生の予備実験に付き合ったことがある。その先生は,自分でやってそれで終わりにしたのだ。私が必要な物の場所を教え,手順を教えたからそれで自分はできるようになった。でも,それで授業ができるのだろうか。
授業は,小学校の場合,45分しかない。その中で子どもたちに目標をクリアさせるのだ。その実験がどうしても児童実験する必要があるのなら,その時間を計算しておく必要があるのではないか。考えたり,ノートを取ったりする時間は,引き算で算出する。
そのようなことがあるので,私は予備実験をするときに時計を見ることを習慣化している。自分がやって何分かかるか。もちろん,計るのは最初に実験をしたときだ。子どもだって何度も練習してその実験をするのではない。条件は同じにする。もちろん,熟練度の違いがあるから,私は自分が最初にやってかかる時間×3を子どもが実験をしてかかる時間と見積もっている。
例えば,こんな感じである。
自分でやったこの実験は,準備に20秒,実験終了までに1分かかった。だから,子どもにやらせると1分×3で3分かかるだろう。片づけは水洗いも必要だったから,1分×3で3分。残り39分で授業を組むことになる。これなら,結構話し合いやノート作業に時間を取ることができるので,似たような意見でもどんどん出させよう....。
この実験には時間がかかるなあ。実験終了までに6分かかったぞ。6分×3で18分。片づけは1分×3だけど,三脚が熱くなっているから濡れた布巾で持たせた方がよいな。そうなると,話し合いやノート作業には24分しかとれない。ノート作業を短めに切って,授業の最後にだけしっかり書かせればよしとしよう。時間は早めに進行させよう。課題に対する自分の考えは充実してなくても目をつぶろう....。
こんなことを考えながら,予備実験をするのは楽しい。工夫すべき点も見えてくる。いろいろなアイディアがわいてくる。
もっとも,この3という数字は,自分で授業をしながら算出した数字である。おおよその目安にはなると思うが,私より手早くやれる人なら4,とまどいながらやる人だと2ぐらいに見ておいた方がよい。いずれにせよ,自分で授業をしながら,その数字を割り出していけばよい。1年かければだいたいの雰囲気でわかるようになる。
「先生,何で時計を見て予備実験しないの。」
私にそう質問された方は,その意味がわからなかったようだ。答える代わりに,「何で宮内は私のことをいびるのか。」と思ったことだろう。予備実験を何のためにするかという問いを,自分で発したことがなかったのだろう。
予備実験をしながら1時間の授業のドラマが見えてくる。誰がこんな意見を言って,それに対抗する意見がこのように出て,この実験で決着をつけるというようなドラマだ。それが見えてくると,楽しくなる。逆に,そういうドラマが見えてこないような予備実験なら,やっても授業がよくなるものかどうか怪しい。実験が子どもたちにとってどんな意味を持つのか,教師の中で明確になっていないからだ。
予備実験は,授業の構想を練る大事な楽しい時間なのである。けして義務的な苦行の時間ではないのである。最初は理科室の道具がどこにあるかわからないから時間がかかるけど,慣れれば短時間で済む。
2 子どもを育てるという発想を
「先生,明日授業参観で理科やるから,道具がどこにあるか教えて欲しいんだけど。」という問いを発する人には,「宮内に実験セットの準備までさせよう。」という意図が見え見えであるが付き合ってあげる。私は同僚に優しい理科教師でありたい。(^.^)
ただ,場所のありかは教えるが,班ごとに机の上に実験器具を用意してあげるようなことはしない。しようとしても断る。「そんなの,やめた方がいいよ。」とアドバイスをする。
私が自分で授業をする場合にも,予め実験道具を机に並べてあげるようなことは,まず,しない。小道具を作っておいて,理科室の棚にまとめて置いてやるということはするが。
自分たちの机の上に並べてやったら,自分で道具を用意し,自分で片づけるということを教えられない。だから,授業後に大混乱しながら片づけの指示を大声で出すか,自分で放課後に片づけることになる。(あるいは出しっぱなし。)
その後で,「ああ,やっぱり理科は面倒だ。」という思いを持ってますます理科から気持ちが離れていく。こうして,理科離れは自分で自分の首を絞めるように教師たちの間に進行していく。
私はこうすることをおすすめする。
先生が授業中に「ここから持ってきます。」と実際に置いてある棚から器具を持ってきて,教卓で組んでみせればよい。子どもたちはどこに何があるかわかるようになる。いちいち机の上に置いてやらなくても自分たちでできるようになる。
持ってきた人が片づけるという約束をしておけば,授業終了後には,自動的に理科室は片づいている。
手の空いている人は,机をきれいに拭くという約束をしておき,布巾を近くに用意しておけば,机だってぴかぴかになる。
それを何度か繰り返せば,ちゃんと子どもたちは自分たちで用意して,自分たちで実験し,片づけができるようになる。育つのだ。授業参観だろうが,訪問指導だろうが,慌てなくて済む。
1時間を乗り切ろうという発想でなく,子どもたちを育てていこうという発想に立って行動するとよいのである。
では,「宮内は毎回予備実験をしているのか。」という疑問が生じるだろう。答えは否である。しないこともある。私は理科室の管理人をしているので,理科室に何がどこにあるかは頭の中にある。しかも,清掃担当の校務分掌を握っているので,理科室は自分のクラスが担当するようにしている。清掃の時間には,自分は理科室で整理整頓に努めている。
だから,予備実験の必要のないものもある。ただし,時間が読めない場合,器具のメインテナンスをよくしておかないとうまくいかない場合,必ず予備実験はしている。
私のような立場でない方は,授業の前日5分でできる予備実験を心がけたい。そう,5分ですべて(片づけまで)終わらすのだ。
もちろん,授業の構想を練り,展開を予想するのもその中でやる。そのくらいの気合いでやらないと,忙しい毎日の中では長続きはしない。最初は5分では終わらないが,だんだん短い時間でできるようになる。だけど,5分でやるという気合いだけは忘れない方がよい。
プリントを印刷する時間で,予備実験はできるのである。その事実を体で知るだけでも意味がある。
ただし,5分と思っても面白くなってついつい時間延長することがあっても,全く差し支えない。学年の先生と一緒にそういうことができれば,自分のクラスだけでなく学年の子どもたちが理科好きになる。私は管理人なので,ついでに片づけを始めたり,掲示物の張り替えをしたりしてしまうことが多い。
なお,担当校務分掌を希望できるなら,清掃関係の分掌を希望しよう。そして,理科室掃除を自分のクラスに割り当てよう。掃除の時間に布巾その他を使える状態にしておかなければいけない。使いやすいように理科室のメインテナンスを施しておくために,掃除当番にも働いてもらう。使い方がめちゃくちゃなクラスは必ずあるものだ。だから,それを修復するためにも,理科室掃除の分担は是非自分のクラスで取りたい。
3 ワークシートの善し悪し
授業のプリントは,極力使わないのが私の方針である。ワークシートに書き込ませるようなことはしない。
もちろん,ワークシートを使った授業を否定するものではない。普段の授業でよく練られたワークシートを使っていれば,それはよいことだろう。ワークシートを作ることで,教材研究ができる。ワークシートの良さは,教師の教材研究を促すことだ。ワークシートを作らなければ授業にならないので,必然的に教材研究をすることになる。
いけないのは,参観日だけ,訪問の日だけ,そんな特別な日だけにワークシートを使うことだ。それは,ノート指導の手抜きをごまかす以外の何ものでもない。
1時間ぐらいノートを参観者の目に触れないところに置いても,子どもの力はつかない。自分の指導力のなさを多少ごまかすことができるけど,自分のためにも子どものためにもならない。
1学期には,「7月にはこんなノートがとれるようにしよう」と思い時間をかけて育てる。やり方は簡単。自分がよいなと思うノートをコピーして印刷したり,掲示したりするのである。同じ子のが何度出されてもよい。見本を示すと,子どもたちも努力の方向がわかってやりやすい。
同じように,2学期にはどれくらいのノートにしたいか。3学期,まとめの時期にはもうほとんど修正する必要のないくらいのノートになっているはずだ。手を入れてやるのは,2,3人で済むはずだ。
1時間を乗り切ろうという発想では,子どもたちは育たない。時間をかけて育てようという発想を持って取り組むことが大事である。
もし3学期になって,「先生に,1年ぐらいみんなの理科のノートを預からせてくれないかな。」と言ったとき,指導がどうだったのかわかるのではないだろうか。
すんなりと貸してくれる子がたくさんいたら,ノート指導はあまりうまくいってなかったのではないだろうか。子どもが自分の手元に置きたくなるノート。それぐらい一生懸命書いたノート。読むとそこら辺の本よりずっと分かりやすいノート。そんなノートを簡単に貸すようなことはしたくないはずだ。
私は,学年最後の授業の後には,ノートにこれからもがんばろうという意味のことを一人一人に書き,預からずに返す。(ただし,コピーは取る。)
それががんばって勉強した子どもたちへの礼儀だと思う。
(いつかはわからないけど),つづく。
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