倉敷美観地区と吉備路の大古墳
2008年10月4日(土)

HOME気まぐれ紀行文近代文学にみる大和古代日記フォト・アルバム
 前日、我が家の奥様と仲良しの隣の奥様が、これで2度目になる倉敷市の美観地区を二人で訪れ「とても楽しかった」とのことであった。私の興味の範疇には「美観地区」などは入っていないのだが、今朝は最近には珍しく体調がよく、また、さわやかな天気の予想である。
 いつもの古墳めぐりなどと違う意味で気分転換になるだろうと考え、最近購入した電動アシストつき自転車で出かけることにしたのだが、この時はまだ、そのほかの所に廻ることなどは考えていなかった。
 08:15出発。倉敷は家からほぼ真西にある。あらかじめ調べた距離は21kmほどであり、これなら80分くらいで到着の予定である。

倉敷「美観地区」

 山陽本線沿いの交通量の多い道を、ほぼ休みなく自転車を漕ぎ、JR倉敷駅前に09:35に到着。まったく予定通りである。美観地区から少し外れている「大橋家住宅(重文)」をまず見学。江戸時代の豪商が建てた古い建物だが、私は以前、同様な建物が多く残っている奈良県橿原市の「今井町」を奈良県在住のO氏の案内で訪れたことがあり、また、大和路には今でも数多く存在するような建物であり、特段の感想はない。
 そこから少し南に進み、中央大通りを東に渡ると、美観地区入り口である。

 いきなり、反則気味だが倉敷市(特に美観地区)について倉敷市HPを参照する。
 「倉敷市は、瀬戸内のおだやかな風土と、高梁川がもたらした豊かな大地に恵まれ、文化、産業をはじめ各分野でたゆみない発展を続けています。なかでも、山陽自動車道、岡山自動車道、瀬戸中央自動車道が東西、南北に交わる高速道路網の結節点となり、流通の重要拠点として、ますますの躍進が期待されます。
 市の中心部、倉敷川畔には、江戸時代からの伝統を引き継ぎ、まさに日本文化の集約とも言える美しい町並みが残り、文化庁から伝統的建造物群保存地区に選定され、その保存に努めています。文化の町倉敷のシンボルとも言える大原美術館をはじめ、倉敷考古館、倉敷民藝館などが建ち並び、一帯が文化の香り高い地区として人々に愛されています。また、JR倉敷駅の北に隣接する倉敷チボリ公園はデンマークのチボリ公園の魅力や精神を受け継いだ都市型公園施設です。園内では四季折々の樹々や花々が生い茂るなか、ミュージカルやパレード、ステージショー等数々のエンターテイメントが催されています。
 市の南部は、瀬戸内海国立公園の中心的観光名所鷲羽山をはじめ、王子が岳、由加山などの景勝地が続きます。世界最長の道路鉄道併用橋「瀬戸大橋」が瀬戸内の多島美にアクセントを添えています。また、円通寺、由加神社、蓮台寺、熊野神社など由緒ある寺社や、古代吉備ゆかりの遺跡も多くこの一帯の歴史を感じさせてくれます。温暖な気候、そして豊かな山海の幸も含めて、この倉敷を心ゆくまでお楽しみください。」とのことである。

 美観地区に入ると、まず眼に入るのは「大原美術館」と、道を挟んで反対側の重要文化財「大原邸」である。美観地区は、ここから「へ」の字型に小川が流れ、河畔の柳が趣を添えている。(帰って我が家の奥様に写真を見せたら、「最近柳の剪定がされたのでなにやら情緒が失われていた」と、のたまうのであった)
 まだ朝早い時刻のせいか、観光客で混雑と言うほどでもなく、自転車に乗ってゆっくりと地区の隅々まで見て廻ることができた。
中橋の東河畔にある「倉敷考古館」から続く白壁の町並みが美しい。川には観光の小船が浮かび、道には人力車が走っている。
 「アイビースクエア」、「倉紡記念館」や酒造会社のレンガ造りの建物、「民芸館」「郷土玩具館」「いがらしゆみこ美術館」などを見て回り、久しぶりの観光気分に浸ることが出来たが、やはり古墳などと違って一人で来るところではない。
 こういうところは、我が家の奥様と二人でゆったりと、お茶でも飲みながら散策するのが理想なのだろう。
 それでも町並みのすがすがしさを十分に感じることが出来た。さて、まだ11時で、体力も残っている。

  大橋家住宅








  アイビースクエア



















「吉備路へ」

「さて」である。
 倉敷から北へ11kmほど行けば「吉備路」のど真ん中である。吉備路の古墳めぐりはこの春に一度実行したのだが、やはり岡山県で私がメインと考えているのは総社市、倉敷市北部、岡山市西部一体のこの地域である。近くまで(11kmあるが)来て、そのまま帰るのは非常に惜しい話である。
実際、なぜか自転車は自然にJR倉敷駅の線路を北に超え、「倉敷チボリ公園」横を抜け、そのまま北に進んでゆく。そういえばこの公園も財政難から今年いっぱいの閉園が決まり、知事の責任論や跡地利用のあり方などが連日のように新聞・テレビなどで報じられているところだ。

 しばらく行くと緩い上りの山道に入る。「水分」という峠を越えると、そこは吉備路であった。
遠くに「備中国分寺」の五重塔が野焼きの煙に霞んで見えた。
 ここからは、以前訪れたところばかりであり、簡単にレポートすることとする。
 「角力取山(すもうとりやま)古墳」「ギリギリ山古墳石室」を見学し「作山(つくりやま;さくざん)古墳」横をとおり「備中国分寺」へ。五重塔周りはコスモスが花盛りであった。
 「こうもり塚古墳」石室前で記念写真を撮り、「備中国文尼寺跡」を見学。
 昼食は前回と同じく、お気に入りの「ラーメン店」で済ました。味はいいが今の私には少し腹にこたえてしまった。

 「吉備路サイクルロード」を「造山(つくりやま;ぞうざん古墳)」を目指して東に進む。行く手に古墳が見えてくるころ、お尻が痛くなり、体力もかなり消耗、「ヘロヘロ」状態になってしまった。
 今回は古墳の墳丘へは上がらず、ある意味で主墳よりも有名な「千足(せんぞく)装飾古墳」など6基の陪冢(ばいちょう;主墳に従属する小古墳)を中心に見て回った。
 それにしても造山古墳は大きい。仁徳天皇陵、応神天皇陵、履中天皇陵(いずれも大阪府)に次ぐ、全国4位の大古墳なのである。

「吉備津神社」「吉備津彦神社」
 造山古墳から、9月はじめに訪れた「鯉食(こいくい)神社」近くをとおり、足守川を渡ってJR吉備線沿いの道を進む。「吉備津神社」の本堂正面の美しい屋根が右手に見える。
 そういえば、今日は国宝本殿の修復が終わったことを記念する修理竣巧(工)の日である。
 JR吉備津駅から南に延びる参道を通って神社前まで行ってみた。午前中は多くの人たちが集っていたことだろうが、今はそれほどの混雑はない。
 明日にはお祝いの餅まき神事が行われるそうである。

 吉備中山周りの、いつもの道を通って「吉備津彦神社」に参拝。この1月に岡山に転任してから、この神社を訪れたのも4度目である。境内では、いつものようにボランティア・ガイドのおじさんたちが参拝客相手に説明をしているが、今日は吉備津神社に人が集まった分だけ閑散としている。

  角力取山古墳








  こうもり塚古墳前で










  造山古墳









   吉備津神社本殿修理竣巧

「帰途に」

 吉備津彦神社前の池の辺でしばらく休憩して帰途に着いた。前回、備前地区の古墳めぐりで60kmほど走り、疲れてしまったのだが、今回もあれこれと欲張り心を出して、体力を消耗してしまった。
HOME気まぐれ紀行文近代文学にみる大和古代日記フォト・アルバム