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談山神社と久米寺の紫陽花
2005.6.25(土) |
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梅雨時、紫陽花の季節である。しかし6月11日、平年より5日遅く近畿地方が梅雨入りして以来、当日と他に2日ほど弱い雨があっただけで、22日には「少雨に関する情報」がでる始末。天気図を見ると前線は北にあり、まるで梅雨明けの状況である。
ここしばらく大和には出かけていなかった。この暑さで花の咲き振りが気になったが、奥様を誘い談山神社(たんざんじんじゃ)と久米寺(くめでら)の紫陽花を見物するために出かけていった。 上本町08:53発近鉄大阪線青山町行きの急行に乗り込み、09:37桜井着。桜井駅南口から奈良交通バス09:45発で談山神社バス停に10:10到着。 |
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談山神社は、奈良県桜井市の多武峰(とうのみね)にある。藤原鎌足の死後、長男で僧の定恵が唐からの帰国後、父の墓を摂津の地からこの地に移し、十三重塔を造立したのが発祥である。当初は「妙楽寺」と称し、後、「談山護国寺妙楽寺」と称した。
仏教伽藍は現代も談山神社境内に見ることができるが、明治の廃仏毀釈以後に神社となった。 また、談山の名の由来は、藤原鎌足と中大兄皇子が大化の改新(乙巳の変)の談合をこの多武峰で行い、後に「談い山(かたらいやま)」「談所ヶ森」と呼んだことによるとされる バスを降り緩やかな坂道を上って談山神社へ向かう。5分ほど歩くと急な下りの石段があり石段の両側には紫陽花が美しく咲いている、二人は少し安心して人影もまばらな社域に入った。 拝観料(500円)を払う社務所には神官が一人座っており、「ここは涼しいでしょう。下界ではもう気温が30度を越えているとニュースで言ってましたよ。」と言う。 ここは500メートルくらいの標高があり、2〜3度は気温が低いはずである。確かに吹いてくる風が心地よい。 社域の紫陽花の数は多くはないが、あちらこちらに咲いている。 小さな池の中にある「祓戸社」の傍らに蛙の置物が置いてあり、頭の上に賽銭が乗っている。私達もそれに習い賽銭を乗せ、すこし厚かましいと思いながらも「お金が貯まりますように。」とお願いをした。 そこから少し石段を上がると「けまりの庭」を挟んで「総社拝殿」と「神廟拝殿」があった。神廟拝殿には御祭神である「藤原鎌足公」(談山大明神・談山権現)の像が鎮座している。 また、秘仏、「談峯(だんぽう)如意輪観音像(木彫・鎌倉時代)」を拝観することが出来た。この像は紫陽花の花の時期のみ公開されるのである。 廟内の四隅の壁は十六羅漢や天女像などの壁画に彩られている。 少し薄暗い廟内の四角い入り口から正面に見える明るい朱色の総社拝殿は、まるで一つの絵のように美しい。奥様は「綺麗に見える効果を考えて造ったかもしれないね。」と感想を述べた。 廟回廊の板敷きに腰をかけ、しばらく心地よい風を楽しんだ。何処からか鶯の鳴き声もしている。 さらに一段高い場所にある「権殿」と「十三重の塔」を拝観。入り口の社務所で奥様が「十三重の塔って、珍しいのでしょうか。」と神官に質問していたが、神官によると「石造りの塔では珍しくありませんが、木造としては日本一になりますよ。」とのことであった。 塔を仰ぎ見ると、十三層に重なった苔生した檜皮葺の屋根が力を持って迫ってくる。 そこから低い石段を上がると「本殿」と「拝殿」がある。 拝殿周りの欄干がある回廊には、銅製の灯籠がいくつも下がっており、多武峰の緑に映えている。 拝殿から見える本殿の効果も先ほどの神廟拝殿と同じように美しい風情である。また、本殿裏山の大きな木々の配置が素晴らしい景色となっている。 本殿口で奥様は曲玉の飾りを買った。おみくじを引いてみると「末吉」であったが、「ほら見ろ、たいした運勢は出ないと思ったよ。まあ、末吉でも吉は吉でいいとしょうか。」と私が言い、二人で笑ったりした。 「三天稲荷神社」の森を少し歩いてみた。雨がない日々が続いているが、このあたりは朝晩の霧があるせいか充分に湿っており、道には一面の美しい苔が生え、可憐な雪の下の白い花が咲いている。 道を戻り「東殿」の前の赤いベンチに腰をかけ、昼食を取ったが、おむすびは大きく、四個の内一個を残した。若い男女が私たちの横を歩いて過ぎていったが、後で見ると東殿は縁結びの神様が祭ってあり、そこに至る小道は「恋の道」と呼ばれ、この道を通った男女は必ず結ばれるとのことであった。 神社正面の急な石段を下り、社域から出て、入ってきた道と反対側をバス停に向かう。途中、奥様は土産物店で漬け物を買った。 私たちは、少し急な階段を登り、木陰でソフトクリームを食べながら20分程待ち、桜井行きのバスに乗り込んだ。 次の目的地は久米寺である。 |
祓戸社 |
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談山神社前12:12奈良交通バスで12:37桜井着。桜井から近鉄電車に乗り、大和八木で乗り換え、橿原神宮前駅12:55着。
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とにかく暑い。後でニュースを見ると、この夏一番の暑さで最高気温37度を越えていた所もあったようである。
橿原神宮前駅から徒歩5分ほどの所に久米寺はあった。 紫陽花と久米仙人の寺として有名なこの寺は、畝傍山の東南麓に位置し、金堂、観音堂、多宝塔等が配置されている。本尊は薬師瑠璃光如来である。 「久米寺略記」によれば、推古天皇の勅願のもと来目皇子(くめのみこ)が建立したとされており。807年、弘法大師が弟子たちと多宝塔内で初めて真言密教を宣布したことから、久米寺は真言宗発祥の地といわれ、真言宗御室派の別格本山となっている。 また、久米仙人の伝説でも有名な寺で、仙人がこの寺に百余年も住んでいたという言い伝えがある。このため久米仙人が創建したとの説も伝えられているのである。 吉野山の「竜門寺」に籠もって神通力を会得した仙人は、飛行中に吉野川で洗濯をしている若い女性の脛(はぎ)を見て神通力を失い落下した、と「今昔物語」に書かれているのである。 境内では、早速紫陽花園に入った。入園料は400円だが紫陽花の絵柄が付いたタオル地のハンカチがいただける。受付の女性によると「今年は雨が降らないので、花の管理が大変です。」とのことであった。 園の紫陽花はよく見ると、日に焼けて少し変色しているものもあったが、様々な種類の紫陽花が、色とりどり園内いっぱいに咲いている。 この暑さで、果たして綺麗な紫陽花を見ることが出来るだろうかと、少し心配していた私たちであったが、「雨が降っている時の紫陽花の情景も見たかったね。」と言いながらも、睡蓮の咲いている池を巡り、3500株の紫陽花を充分に楽しむことが出来た。 ふと奥様を見ると、園内の梅の木になっている黄色く熟れた梅の実を勝手にもいで美味しそうに食べている。「いつもながら、この人は本当に面白い人だ。」と私を笑わせてくれた。 園内を巡る内に暑さを想い出した私たちは、久米寺の散策を早々に切り上げ、橿原神宮前駅に向かった。 近鉄南大阪線の準急が目の前で出発してしまい。私たちはホームでおむすびと、ゆで卵を食べた。冷たいお茶を今日は何本飲んだことだろう。 二人でなんだかんだと話している内に14:01のあべの橋行き急行が到着。帰宅したのは15時過ぎであった。 |
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