「U機甲師団(仮)」の戦車
2009.5.23.更新。
当軍団は機甲師団である。戦車がある。
| 区分 | 型式 | |||||
| 軽戦車 | 零式 | 甲〜丙、戦時 | ||||
| 一式 | 試作 | 1型〜3型 | ||||
| 二式 | 量産 | 巫女型、豹型 | ||||
| 三式 | 量産 | |||||
| 七式 | 生産 | |||||
| 中戦車 | 九九式 | 甲〜丁 | ||||
| 一式 | 試作 | |||||
| 七式 | 生産 | |||||
| 重戦車 | 零式 | 甲 | ||||
| 一式 | 試作 | |||||
| 二式 | 量産 | |||||
| 四式 | 甲、乙 | |||||
| 六式 | 試作 | |||||
| 超重戦車 | 二式 | 量産 | ||||
| 特殊機動戦車 | 一式一型甲 | 試作 | YSMUT-01A | |||
| 試作 | YSMUT-01B | |||||
| 量産 | SMUT-01B | |||||
| エヴァ | SMUT-01C | |||||
| ○゙クウォリア | SMUT-01II | |||||
| 三式 | 試作 | YSMUT-02 | ||||
| 伍式 | 量産 | SMUT-03 |
以下はその開発の歴史である。
| 九九式 |
'93年軍団設立以来、「悲願」となったままで月日は過ぎ、'98年に開発計画着手の記録
(当時の軍団ニュースへ。)があるもののその後も開発に長期を要し、実戦投入は'99年も
終わろうとする10月のことであった・・・。
・九九式中戦車甲型
1999年10月9日正式採用。
「軽量で取扱い易いサイズで不具合らしいものは特にない。
30分で組立可能でコストはほとんど不要なのがありがたい。」(当日の「戦記」より)
「戦闘風景」へ
・九九式中戦車乙型
1999年11月6日実戦投入。
主要構造材:ダンボール大箱2箱、小箱1箱、ポリカーボネート板3枚、攻撃目標缶2個
戦車砲: G3-SG/1(H所持)1門
甲型の耐弾性能向上型(ポリカーボネート板をキューポラ側面にも採用。)。ゴーグル不要!
| ・九九式中戦車丙型 | |
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1999年11月6日実戦投入。 主要構造材:ダンボール大箱2箱、 ポリカーボネート廃材1個、攻撃目標缶2個 戦車砲: AK47(T所持)1門 更に視界向上型。360度視界で死角なし! |
・九九式中戦車丁型
2000年10月28日実戦投入。
5周年記念行事の一環として復刻された有終の美を飾る最終型。
復刻に当たり不具合を軽減する改良と、化粧迷彩、枝葉偽装が施され、迷彩効果の
高さを確認した。これを以って九九式中戦車は生産終了となった。お疲れ様。
極秘設計図へ
戦闘風景へ
・九九式軽戦車試作型
主要構造材:ダンボール中箱2箱、小箱2箱、コンビニ弁当蓋2枚
戦車砲: G3-SG/1(M所持)1門
通称モビルスーツ。目を見張る機動性。走れる!
アニメ小隊Tルマ製作所(T.M.学徒(当時)代表)で開発され、1999年11月6日実戦投入なるも
生産性の悪さから不採用。
当日の「戦記」へ
「戦闘風景」へ
| 零式 |
2000年開発の零式では生産性を重視する傾向が強まった。
初頭に開放型の戦闘室を持った重戦車が開発された。このとき支援用に同時開発された
軽戦車がキューポラ製作の手間が省略できることによる生産性の高さを見込まれて主力
戦車(M.B.T.)となったのである。
・零式重戦車甲型
2000年3月25日実戦投入。なんと2連装砲塔を持つ複座型である。
主要構造材:ダンボール大箱2箱、小箱2箱、ポリカーボネート板2枚、攻撃目標風船2個
戦車砲は戦車兵の任意。
塹壕が越えられないため、機動性は低下したが、連装砲塔は歩兵側にとって脅威である。
・零式軽戦車甲型
2000年3月25日実戦投入。重戦車甲の支援を目的として同時開発される。
主要構造材:ダンボール大箱1箱、小箱1箱、ポリカーボネート板1枚、攻撃目標風船2個
開放型戦闘室採用により、前後にポリカーボネート製防弾ガラスを持つのみとなった。
当日の「戦記」へ
・零式軽戦車甲型改
2000年4月22日、生産性の高さから若干の設計変更を経て正式採用となり量産が決定。
2輌が実戦投入。九九式に代わり本年の我が軍主力となる。
当日の「戦記」へ
・零式軽戦車乙型
2000年6月24日実戦投入。軽戦車甲改の夜戦型。探照灯装備。スモークデイスチャージャ型の
発射筒を持ち、花火を装着して威嚇する予定であったが、実戦投入時雨天で残念ながら
使用されなかった。
当日の戦記へ
「戦闘風景」へ
| ・零式軽戦車丙型 | |
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2000年7月29日実戦投入。最終進化型。 戦車建造待ち時間軽減のために派遣された 先遣戦車建造部隊への指示として設計図が 製作された。 極秘設計図へ しかし実戦投入後戦略的問題点が露見し、 現地で前後風船防弾板を戦車兵防護板に 変更するなど、大幅な改修を行っている。 当日の戦記へ 「戦闘風景」へ |
・零式軽戦車戦時急造型
零式軽は軍団長のお気に入り戦車となりその後も長きに渡って生産が続けられたが、2006年
7月に、鋼材「ランチC」が入手困難となり、代用鋼材を貼り合わせて生産された記録がある。
基本構造は同じである。
戦闘風景へ。
| 一式 |
| ・一式中戦車試作型(十二試中戦改め) | |
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2000年10月28日実戦評価結果、翌年の正式 採用が決定!! 零式軽戦車の生産性の高さに甘んじていたが、 やはり囲まれ感のある中戦車が望まれていた ことを再認識した。現行九九式をはるかに凌駕 する走行機動力を持つ。 軽量で昇降容易。重心が掴み安いため操縦性も 高い。あらかじめキューポラを組み上げておけば、 現地での生産性は零式に匹敵した。 開発報告、「戦闘風景」へ |
| ・一式特殊機動戦車 | |
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2000年11月25日、試作機としてYSMUT-01A、YSMUT -01Bの2タイプがそれぞれ冬期、夏期の使用を考慮して 開発された。SMUTとは、Special Mobile Utility Tankの 略で、「特殊機動戦車」の意である。新型兵器「スマット」の 誕生である。 頭部防御にバイクヘルメットを使用したA型はシールドの 曇り問題を解決できなかったが、たれ付野球帽+お面の B型は冬期の運用も問題無いことが確認できたため、 試作検討の結果、B型がSMUT-01Bとして正式採用と なった。 開発報告へ 当日の軍団ニュースへ 2000年12月9日、SMUT-01B実戦投入。愛称ワンビー。 「1B」と書いて「わんびー」と読むのが通(^_-)。 無敵の強さを発揮したが、試験場となった三木カントリー 戦場の広さの限界もあり、歩兵側は背面に装着された 風船の撃破が難しく、戦車兵はとにかく走って逃げ続ける ことが最良の生存方法となり単調な展開になってしまい、 懸念されていた高機動化による弊害が露見した。 「戦闘風景(オノッサ作戦)」へ 「戦闘風景(ミ・キカント・リー攻略戦)」へ |
2001年2月24日、上記弊害を解決すべく、新兵器「一式対戦車砲」が投入された(「その他特殊
装備」の項を参照ください。)。
「戦闘風景(北神戸小隊の反乱)」へ
2001年11月17日、SMUT-01C実戦投入。正式名称:
一式特殊機動戦車三型。
愛称ワンシー、通称エヴァ。「戦闘風景」シナリオ実現のため、アニメ中隊によって艤装された
特別仕様。しかし凝り性のアニメ中隊のこと、「アニ中ナイフ」「アニ中ライフル」「ATフィールド」
などの怪しげな技術を投入(撮影のときだけね。)されている。
戦闘風景へ。
2005年1月29日、長年の沈黙を破って、シールドにヒートホークを装着し、○゚クマシンガンで
武装する最新の○゚クウォリア型、SMUT-01IIがお披露目された。小川のある戦場と相入れない
ため当日は戦車戦が行われず、実戦参加は次回に見送られた。
戦闘風景へ。
・一式超重戦車試作型
2001年3月24日会戦は3輌の零式軽戦車丙型を投入する一大戦車戦となった。このとき、軍団長の
脳裏に湧き上がる、2000年にこっそり極秘設計図を描いて以来の悲願があった・・・そう、「超」重戦車だ!
零式軽戦車を3輌接続した化け物。鉄の(ダンボールの)巨体を軋ませ、3連装砲塔で並み居る戦車
猟兵を蹴散らす、鋼鉄の(ダンボールの)悪魔だ!軍団長は密かに設計図にあるキール棒を準備して
会戦に臨んだ。
しかし当日、零式軽戦車3輌による戦車戦は激烈を極めた。標的風船や溶接棒(ガムテープ)などの
資材は瞬く間に底をつき、軍団司令部は涙をのんで試作機の製作のみに留める事を決定した。
こうして幻の試作機は実戦投入されることなく終戦を迎えた・・・。まるでどこかの国の歴史を観るよう
な話である。
戦闘風景へ。
・一式軽戦車
2001年に入ると戦車開発は行き詰まりを見せる。しかし軍団はそれをヨシとはしなかった・・・。
詳細は「一式戦車開発物語」へ。
このプロジェクトにより、一式軽戦車が誕生する。新たな時代の幕開けとなるか?
2001年9月22日、一式軽戦車2型、3型、実戦評価。: 戦闘風景へ。
2001年11月17日、一式軽戦車1型、実戦評価。: 戦闘風景へ。
| 二式 |
・二式重戦車
2002年4月14日、激化する戦乱のさなか、軍団技術敞はついに2連装砲塔を備えた重戦車の
試作を完了した。
「二式重戦車試作型」へ。
同年4月20日、実戦投入。2連装主砲が火を吹くも、時代は既に大艦(?)巨砲主義を過去の遺物と
していた・・・。当日は総勢19名の参加。雲霞の如く襲いかかる猟兵舞う中、二式重戦車は機甲
師団の威信をかけ、ただ一騎の随伴歩兵も無く、片道分だけの燃料(?)で出撃して行ったの
だった・・・。
戦闘風景へ。
・二式超重戦車
2002年8月31日実戦投入。ついに戦場に姿を顕わす超重戦車。怪しげな超電磁?パワーを得て、
(HP上では)無敵だ!!
戦闘風景へ。
| ・二式軽戦車 | |
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軍団初の、装甲付き旋回砲塔を搭載した戦車。 車体は零式軽戦車とほぼ共通である。 アニメ中隊モデラー小隊長である、S.K.報道班長 率いるKガイア技研、会心のデキ。 |
2002年11月17日試作、2002年11月23日実戦投入。
戦闘風景へ。
| 三式 |
・三式特殊機動戦車
つづら。腰痛のS.K.報道班長殿を気遣い、Y.S.通信班長殿が移動しなくてもゲームに参加できる
独房(^_^;)を考案したもので、量産は考慮されていない。2003年3月8日試作、余興戦へ投入。
特異なその形態から偵察潜伏用に偽装しているとか、イヤこれは高射砲なのだとか言われ、
余興としてはほぼ固定の高射砲(バルカンファランクス)としてフルオートで制限時間内粘れる
か、というルールで使ってみた。フルオート銃の弾切れさえ無ければ風船2個が20分では
割れずほぼ無敵である。
当日の戦記へ。
戦闘風景へ。
| ・三式軽戦車 | |
| 九九式軽戦車試作時に不採用となり 辛酸をなめたTルマ製作所、 起死回生の量産機。 詳細は「三式戦車開発物語」へ。 |
| 四式 |
・四式重戦車甲
2003年10月設計完了、2004年6月19日実戦投入。
これまで零式軽戦車を繋ぎ合わせる構造が重戦車の主流であったが、車体構造が根本的に
見直され前後の操縦室が繋がり後席の足元が広く、見易くなった。これにより転倒の危険性が
軽減され、相対的に機動力が向上している。
戦闘風景へ。
・四式重戦車乙
2006年7月8日、拾った棒でない市販材によるN式棒を引っさげて、突如乙型として実戦投入。
戦時急造型のため車体前後をつなぐ位置に補強板が入っているのが特徴である。
戦闘風景へ。
| 五式 |
・伍式特殊機動戦車
2005年4月23日試作、即2輌実戦投入。ヤマクベ社設計。
詳細は戦闘風景へ(前編/後編)。
| 六式 |
・六式重戦車
2006年10月15日、友好チーム、デザートフォックスさんとの共同開催戦にて実戦投入。
この日は60名を超える猟兵との戦闘が予想されていたため、四式重戦車乙×1輌と共に重戦車2輌の
体制で臨み、更に零式軽戦車丙×1輌、壱式特殊機動戦車B×1輌を随伴させた、機甲師団渾身の
一大機械化軍団として、エリアFの広大な戦場を舞台に50名の猟兵相手に激戦を展開した。
四式重戦車の鋼材「ランチC」の入手不安に先手を打ち、「シンフレ大」を使用。四式乙同様に
機動中の車体の歪みを抑えるため補強を行っているが、生産性が悪く不採用となった。
戦闘風景へ。
| 七式 |
・七式軽戦車
2007年4月14日実戦投入。
零式軽戦車を新鋼材「ランチGP」にて再生産したもので、鋼材の大型化により零式よりひとまわり
大きく、居住性が向上している。報道班長提供の塩ビパイプ製N式棒を採用。
・七式中戦車
上記軽戦車と同時に実戦投入。「シンフレ大」×2個使いによる、懐かしの九九式戦車のひし形構造を
持ち、戦車の風格たっぷりで好評であった。
戦闘風景へ。このブログ発表により即日、制式採用となっていたことが判明した。
| 戦車兵の適性 |
幾多の実戦を経て、戦車兵には適性があるらしいことがわかった。
普段歩兵としては抜群の活躍を見せる古参兵であっても、戦車に乗ると身がすくみ全く
動けなくなってしまう者が続出したのだ。今後の研究が待たれる事実である。
| その他特殊装備 |
・九七式発光標的乙(略称:九七乙標的)
大型は甲、中型は乙、小型は丙である。1997年2月26日、正式兵器に採用された。
何故か釣具屋で売っている。一般販売商標「ケミホタル」「サイリューム」。
夜戦時に目標(旗)として使用する。夜戦型戦車では風船に装備する。
・九八式防護板
1998年8月1日正式採用。
平坦で進攻ルートが限定されがちな戦場に変化を持たせるために開発され、絶大な効果を
生んだ。
詳細は当日の軍団ニュースへ。
・九九式防護板
九八式防護板は当初ベニヤ板や廃品ステンレス流し台板などで強固なものが開発されたが、
戦場間の運搬に支障を来たし、毎回ダンボールを確保して都度焼却すれば充分との見解が
出された。Y.Y.幹事によって開発されたポリ水道管利用の組立式骨組みを使ったものを九九式
防護板と呼称する。置き場、資材ダンボールを選ばないことが特長であった。
・九九式トーチカ
試行錯誤の結果、生産性の高さからダンボールそのままを石で押さえたものを「九九式トーチカ」
として量産体制を敷き現在に至る。
・零式天幕
2000年10月28日正式採用。雨天時に橋頭堡(荷物置き場、死体置き場)を確保する。
ブルーシートをガムテープで木の間に固定するだけ(^_^;)であり設置は容易。作戦運営上、
絶大な効果が確認された。
・零式戦場整備植木鋏
2000年に大々的に行われた一連の新戦場確保作戦での活躍を認められ、2000年11月、
正式に採用が決定された。2000年11月25日の三木カントリー、鉄塔戦場整備作戦において
は、参加の軍団各員に購入所持の大号令がかけられ、一気に所持率が向上した。
マンネリ打破に力となる戦場確保問題解決に向け、装備拡充も着々と進行中である。
当時の軍団ニュースへ。
・零式戦場整備鋸
上記植木鋏と同時に採用された。密集した潅木も一撃、人跡未踏の密林に戦場を拓く、
頼もしいヤツだ。
・一式対戦車砲
新型兵器SMUTの機動力に対抗するべく2001年2月24日試験投入、同26日正式採用。
甲型と乙型の2型式が同時に試験投入され、まさに甲乙つけがたく、採用も同時であった。
空圧により大口径対戦車弾頭を射出し、一撃で戦車を擱挫させることが可能(というルールに
した(^_^;)。)な軍団最強の火砲。一発勝負であり、フルオート戦車砲で武装し驀進する戦車の
前に身をさらす恐怖に耐えながら正確かつ電撃的に射撃を行わなければならない。
戦果を得るのは非常に難しいが、当たりそうで当たらないその魅力にとりつかれる兵多数。
当たるとものすごく嬉しい(笑)。
戦闘風景へ
・一式機動装甲板
装備した歩兵を一式機動戦士と呼ぶ。姫路夢前戦場という広大な戦場での戦車戦となった
2001年3月24日会戦では戦車3輌を投入したが、なんと総参加人数は23人を数えていた。
つまり、3輌対20人!!の戦力差だ。ここで軍団長の機転が冴える。戦車製作で余る、風船防護用
鋼板を切り取った後の残りを、有効に利用できないか?・・・こうして、1枚の大型装甲盾を持った
歩兵が誕生した。
戦車と違い撃破は風船ルールではない。従って盾に隠し切れない本体を撃たれたら終わりだ。
とりあえず戦車を支援する軽装甲車のイメージということで撃破は即擱挫とし、復活ルールを適用
しないでみた。こんなんで戦えるのか?・・・19人から浴びせられる銃撃の嵐!走れ!逃げろ!鈍重な
戦車を守れ!・・・結論。結構、ヒーロー気分に浸れるのであった(笑)。
でもすごく疲れる。体力勝負だ。
戦闘風景へ
・弐式天幕
日光を遮るものの無い三木平原戦場の死体置き場に日陰を確保する目的で、当時の幹事庁
S通信班長殿が導入し巡洋艦でみおに常装備される。なかなか使う機会が無かったが2003年
4月19日の雨天時に初の実戦投入となった。三木平原では入手性の良い、長い木を差し込める
筒が付いた大型ペグと、大型ブルーシートをセットで運用する。
大型ペグは後に、Hアニカラ番長殿の発案により「悪の首領の武器」として戦闘風景にて大活躍した。
・八式トーチカ
報道班長殿発案による、天幕を木の間に吊り下げて防御壁とするもの。九九式(ダンボール)に
比べれば輸送性、材料入手製ともに大きく向上する。木が少ない開けた戦場では使えないが、
2008年の導入以来、203高地戦の堡塁構築などで大活躍。軍団長も絶賛である。
・岡山秘密基地
軍団長父上胆入りの豪華装備を誇る。
詳細は軍団ニュースへ。
・魚住秘密基地
K報道班長殿のお住まい。2002年から戦果報告2次会、ショットショー買出し作戦後の戦果
報告会の定番開催地となった。アニメ中隊内部組織、モデラー小隊もワールドホビーフェスティ
バル神戸、ホビーコンプレックス神戸、大阪などのイベント参加時に戦果報告会を開催している。