ひとりごと

 M君、ペイさんの想い出

 先週8年ぶり、卒業後数回目?の多治見北高校の同窓会がありました。男性の多くはアンタだれ?状態で恩師と間違えるくらいの方もお見えでした。

 もう数年で定年を迎える年となってしまい本当に月日のたつのは早いものです。知人で2人の訃報をききました。一人は田舎町の同郷で東大に行って本当に天才としか思えなかったM君、通産省でご活躍と聞いておりそのうち有名人として世の中に出てくるような人と思っていましたが交通事故でなくなられたとか。小学校時代、”しつもーん!”といっていつも手を上げ教師もたじたじだった、小学校時代から新聞は隅々まで目を通し近寄りがたい秀才でハンサムで憧れだったM君がこんなに早く逝ってしまうとは。

 もうひとりはペイさんと呼ばれていた(なぜかは知らないまま)、あまり話すこともなかったシャイで夢見るような女の子でした。私自身、高校時代は暗く、チビデブスのコンプレックスの塊で人見知り強く、友達もあまりおらず、周囲からは勉強しか興味のない秀才と見られていたようですが(同窓会で、実力テストで高得点だったとか、英語辞書がぼろぼろになって丸暗記していたとか、実際は違いますが、自分でもそれって私のこと?だったみたいな伝説化した?話を聞き、それも驚き!でしたが)、ペイさんとは、たまたまコロボックルの童話、誰も知らない小さな国?でしたか、と当時四季が上演し、たまたまTVで見た子供向けミュージカル”森は生きている”(もちろん浅利慶太もしらず劇団四季も結成されていませんでした、いまも”私は女王よ!、燃えろよ燃えろ!のうたは覚えています)の話題で2人で盛り上がり、赤毛のアンの話などで、この人とは夢、空想の部分で通じると思ってました。卒業後は一度も会うこともなく、想い出の中のペイさんは、高校の制服で、口数少なく浅黒でショートカットで、でも童話の話になると目を耀かせ、、ペイさん、いつまでも忘れませんよ。

 

 すべて、いつまでも続くはずなどないのに、いつまでも続いている、続いてほしいと願っている自分、失ったとき初めて失ったものの大きさ、変化に気づくおろかな自分。

 この年になってもまだまだ、ちっとも人生がわかっていません。

 

 2009年11月3日

 

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