プライド
何故こんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。人間であった時、己(おれ)は努めて人との交を避けた。人々は己を倨傲(きょごう)だ、尊大だといった。実は、それが殆ど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。勿論、曾ての郷党の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交って切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。己の珠に非(あら)ざることを惧(おそ)(おそ)れるが故に、敢て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々として瓦に伍することも出来なかった。己は次第に世と離れ、人と遠ざかり、憤悶と慙恚(ざんい)とによって益々己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間は誰でも猛獣使であり、その猛獣に当るのが、各人の性情だという。己の場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。虎だったのだ。
「山月記」中島敦
「山月記」は、高校の教科書に載っていたので、たぶん、読んだことある人が多いんじゃないでしょうか。「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」・・・・人の心の在り様を見事に表した言葉です。
そういえば、「一つ屋根の下」でこういうシーンがありました。受験に失敗した青年がそのことを親に言えず、そして、柏木家にも言えず、自分は東大生だと言って、日々を過ごす。密かに受験勉強をしながら。でも、親はそのことを知っていて・・・・・。これも、臆病な自尊心と尊大なる羞恥心が描かれてました。
プライドを守るためのウソって世の中には結構多いんじゃないでしょうか。プライドってのはやっかいなものですね。