小稲と男たち
小稲と関わりのあった人物の紹介です。

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 小稲の夫・吉田駒次郎について

この章、全体的にまだ制作中です。すいません。


四代目左近小稲が吉原を出た後で一緒になった、吉田駒次郎という元幕臣についてです。


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画像は 明治元年九月十九日 の記録です。

「徳川亀之助」は慶喜の後の徳川宗家です。 この場合、「徳川亀之助家来」は「旧幕臣」であり、脱走せずにそのまま主家に使えている人間を表していると考えてよいと思います。

吉田は元・奉行所の与力(同心)で関口隆吉の妹りう(この前年、慶応三年に亡くなる)の婿です。 同姓同名の同じような役職の別人だったとすると、この説明は白紙になるのですが、とりあえず同一人物としておきます。

記録の文章は、旧幕臣ながらそのまま東京府へ勤めることを伝えた人事報告書のようなものだと思います。
ただ3人の中で吉田だけは、なんだか「御差支ノ節有之難被及」とありますから、何か問題があるみたいですね。

ちょっと今手元に無いのですが『廓雀小稲の出来秋』では、吉田は維新の後しばらくして許されて商家の食客になりうんぬん、とあってそれを小稲が知って稲本楼主・庄三郎に暇をもらって、吉田を訪ね、根岸で一緒に暮らした、とそんな感じで書かれていました。
更に後、小稲と2人で静岡に移って暮らすので、とうぜん東京府の仕事は辞しているでしょうね。

許可を取って掲載しているので、無断使用、転載、複製等はやめてください。


 中野梧一(斎藤辰吉)について

箱館まで転戦した旧幕臣で脱走軍の1人で後の初代山口県令でもある中野梧一(旧名 斎藤辰吉)についてです。


 伊庭八郎について

「隻腕の美剣士」として知られた伊庭八郎について。


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画像は「伊庭八郎 明細短冊」

許可を取って掲載しているので、無断使用、転載、複製等はやめてください。


 小稲と彰義隊士・毛利秀吉と武川式部

○毛利秀吉

上原仙之助と並ぶ美男子(慶応四年当時19歳)と伝わる。
(解説はこれから)
昭和18年発行 山崎有信著『幕末秘録』の寺澤正明の談話を元にしていきます。
『幕末秘録』以前にもすでに大正の頃に新聞等でこの寺澤の毛利秀吉の話は紹介されていました。

○武川式部

『西郷隆盛一代記』明治31年の本の中で、

「第二百八十二 武川式部の密謀稲本の遊女小稲の事」
という項があって、

会津の重臣・内藤介右衛門の弟で内藤一馬(22歳)が 武川式部と改名して、小稲と深い仲になり、やがて彰義隊に加わり、捕縛され処刑。という話が載っています。

どうやらこの武川式部なる人物は、内藤介右衛門の弟で彰義隊に加わって処刑、という部分であてはめると、武川信臣のようですね。
会津のことは詳しくないので、これから調べて行きます。


 小稲と関わった男リンク

 脱走軍には美男がいっぱい
伊庭八郎、斎藤辰吉についての簡単な説明があります。


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