考察・高橋由一『花魁図』 |
これまでの『花魁図』の研究とはちょっと違う
私的な目線による考察です。 |
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| 『花魁図』を調べる |
近代洋画の先駆者・高橋由一の初期の作品『花魁図』(『美人 花魁』)をモデルであると伝わる四代小稲側から調べていきます。 技法や素材、X線写真による分析などは、すでに専門の研究者の方々によりかなり進んでいますので、私はその辺りに手を出すつもりは一切ありません。 やりたくても出来ないでしょうし。 画像や文章の無断使用及び論文などへの盗用を禁じます。 それでは、まず髪形から行きましょう。 |
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| “ これがアチキの下げ兵庫 ” --- 其ノ壱 |
私が最初に『花魁図』のモデルの下げ兵庫髷に関して言及している解説を読んだのは、 「 昭和51年7月発行 中央公論社 日本の名画2 高橋由一 」 です(『廓雀小稲の出来秋』に関してもこちらで知りました。本当にありがたいです)。 その中での研究者の方の文を引用させていただきます。 「兵庫下髪という髪型は、私の調べでは文献や絵画、版画が由一のこの《花魁図》以外ほとんどないらしい中で、同じ髪形の写真一点のみを『浅草細見』(昭和48年、浅草観光連盟発行)の中に見ることができる。」 と大正三年の復活した花魁道中の中の、稲本楼の小紫の写真を指摘されています。 (この「小紫」を私はかなり綺麗な人だと思いました。余談) しかし、この「ほとんどないらしい」兵庫下げ髪(下げ兵庫髷)を、幕末の花魁を描いた浮世絵を片っ端から見ることによって、なんとか5点見つけることができました。 うち3つが稲本楼の花魁を描いた物です。 確かに江戸風俗を研究した書物の中の、女性の髷の項などにも「立兵庫」は必ずあっても「下兵庫」はまず載っていません。なぜでしょう。 ***追記 作品を御貸しいただいているさる収集家の方が御調べくださった御情報により、合わせて10点以上の「下げ兵庫」らしき髷の花魁を描いた作品があることが解りました。その中の2点は、高橋由一の描いた『花魁図』の中の小稲の髪型とほとんど同じバランスで「下げ髪」が垂れています。 本当にありがとうございました。 *** パッと見が「洗い髪」と似ていますから、よぉく観察しないと駄目です。 耳の上で確かに後ろに向かって結い上げてます。下げ兵庫は。 御所蔵の浮世絵をお貸しいただくなど、御支援くださった方の御力なしでは、全く不可能でした。 本当にありがとうございます。 最初の1枚は、公共機関が所蔵しているものです。 元治元年(1864年)に三代右近小稲を描いたと考えられる作品。 同シリーズが計8枚残されていますが、下げ兵庫と思われる髷の花魁は、小稲只1人です。 他は普通に島田か立て兵庫、あとは横兵庫らしき髷も見られます。 **下の画像 「柳街梨園全盛花一対」より「稲本楼小いな」三代歌川豊国 筆 歌川国久 画 元治元年 の部分(全体図は「小稲の系譜」の「三代右近小稲」の項を参照ください) 東京都立中央図書館東京誌料文庫 所蔵(画像の転載、無断使用等を固く禁止いたします) |
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| “ これがアチキの下げ兵庫 ” --- 其ノ弐 |
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小稲も描かれている、歌川芳虎の「稲本楼花魁」3枚組より、よびだし花魁「花鳥」です。 小稲(ここでは「小いな」表記)の向かって左のすぐ横で座っています。 この3枚組では、6人の花魁と2人の禿が描かれていますが、下げ兵庫髷と思われるのは、「花鳥」1人です。 当時の花魁を描いたものとしては、かなり目がパッチリした感じです。 **上の画像 歌川芳虎「吉原花魁図 稲本楼」より部分 明治元年--4年頃 個人蔵 |
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