2000年
12月5日
御手洗という男、一体何者なのだろう。感情を検知する機械を
発明したというが、実物を持ってきたわけではないし、もしかし
たら墳場と一緒になってからかっているのかもしれない。冗談好
きの墳場のことだから十分有りうることだ。比利も感心したよう
に墳場たちの話にあいずちを打っていたが、この三人が俺をだま
すつもりでこんな話をしたということも考えられる。だが作り話
としてもなかなか面白いではないか。
2001年
2月5日
『少し昼寝するつもりで横になって、目がさめたらとうに日が落
ちた後だった。時間を判断できるものが何もないなかで、すべて
のものが私から遠く隔たっているように感じられた。腕を伸ばし
てもこの手に触れるものは何もないかのような感覚が、私を深い
孤独の中へ入れた。私は起き上がり電気のスイッチを押して明か
りをつけた。やっと自分が空間と時間の中に存在していることを
確認した。が、孤独感は消えずに先ほどまでいた暗い部屋が、今
は自分の胸の中にあるかのようだった』
4月22日
『道徳化した人間の内面は外面に取り込まれて、自分本来の内面
を意識することはない』
『そういう君の外面には君の憎悪が取り込まれてしまっている。
君の内面は外面を突き放し、君の頭の中では、架空の肉体を備え
た内面が独自の人格として一人歩きしている。もはや君の外面は
他人との関係を結ぶ機能を失っている』
5月22日
人を殺したあと平然としていられる自信はある。だが、それは
虚勢に過ぎないことを知っている。人を殺したあとは森へ行かね
ばならない。そのまま社会の中に居座ることは出来ない。『人を
殺してはいけない』と説く道徳は間違ってはいない。だが道徳は
芸術ではないので、道徳を自己の中に取り込んでしまった人間は
社会という盤面における駒でしかなくなる。
8月8日
『もし君のそばに猫が擦り寄ってきたなら、迷わずその猫を君の
部屋へ連れ込んでしまいたまえ。猫というのは擦り寄ってくるの
は一回きりだ。誰かの飼い猫だって構いはしない。今仕事中だか
らといってうっとうしく思って追い払ったりしないことだ。追い
払ったが最後、その猫は一生君の前に現れることはない』
2002年
1月2日
『孤独を恐れてはいけない』とは所長が比利によく言っている言
葉だ。しかしすでに私は自分の孤独を自覚する感覚すらなくして
いる。どうやら孤独を怖れながらもあえてその状況にとどまりな
がら、自己の内面にその葛藤を抱えているのがちょうど良い地点
なのだろう。それを通り越してしまったら、今までとはまったく
別の次元に行ってしまうような気がする。私はもう引き返すに引
き返せないところに来てしまっているのだろうか。
1月31日
『普通の人間にはとうてい真似出来ないほど永年月の孤独にさら
されてきた人間にとってそれは状況なのではなく、孤独が物質化
してそれが自分の前に鎮座しているように考え始める』
4月11日
現代にもタブーは厳然と存在している。私はそのタブーを徹底
的にさらけだしてやる。だが私の言葉を理解する者はほとんどい
ないであろう。ばか者はなんのことかさっぱり分からず、理解で
きる者も理解できない顔をするであろう。
9月20日
何十年もじっと発芽する機会を待っている種子があるそうだ。
二十年間、はたから見れば、枯れきって単に乾燥しているから腐
らずにいるように見えるその種が、あるとき不意に若々しい芽を
出すのである。その新芽には、殻に包まれていた二十年という歳
月の影はどこにも見られない。
またこんなことも聞く。たいていの対人恐怖症者は50歳を過
ぎると症状から解放され、晴ればれとした気分を取り戻すのだそ
うだ。晴ればれとした気分になるのはいいが、そのときはもう5
0歳なのである。そのとき私は一体どうしたものかと今から憂慮
している次第である。
2003年
8月10日
「最近の心境についてはどうかね」
「自分は人間が嫌いだというのを改めて認識しましたね」
「ふむ。それでその認識によって君自身はどうしようと思うのか
ね」
「何も変わらないですね。ああそうなんだという感じです」
「小説の中で暮らしたいと思います」
「小説の中の登場人物になりたいということかね」
「ええ。でも名前も役もなくてもいいのです。主人公が通り過ぎ
るカフェの片隅にいる人物でいいのです」
2006年
5月17日
「私は亜流としてしか存在し得ない。気を抜いたら生のレールか
ら外れてしまう存在なのだ。だれも私を必要としていないし、私
が他者に何かを求めることはできない」
「それはとても過酷なことですね」
「そう。普通の人はそれに耐えられない。ある者は目の前の事象
をゆがめて認識することによって、またある者は自らが狂うこと
によって死から逃れる。だが残念ながら私はごまかすことも狂う
こともできない。私は耐えられる」
「耐えることで何か生まれますか」
「何も」