「幸せ」
きみは、空の私を見上げて聞く。幸せって、この壁の向こう側に落ちて
いるのかと。空の私は答える。壁の向こう側は、きみのそちら側とまっ
たく同じだと。きみは、空の私を見上げて尋ねる。それじゃ幸せって、あ
の山の向こう側から鳥が背中に乗せて運んでくるのかと。空の私は答
える。山の向こう側は、きみのいるそちら側とそんなに変わらないのだ
と。きみは、また空の私を見上げて聞く。幸せって、その雲の裏側にか
くれているのかと。空の私は答える。雲のこちら側は、ただ雲が白く広
がっているだけだ、ほかに何もないと。きみは私に尋ねる。幸せって、
トンネルの向こう側からトランクに入れて人が運んでくるのかと。空の
私は答える。トンネルの向こう側の人もきみと同じような事を言ってい
るのだと。きみは、海に映った空の私に尋ねる。ならば、悲しみって、
西の水平線の向こう側に夕日といっしょに沈んでしまうのかと。私は答
える。水平線の向こう側には、きみの見ている水平線とまったく同じ水
平線があるだけだと。きみはまた空の私を見上げて聞く。幸せってなん
ですか?と。私は答える。幸せ?私には全く分からないけれど、きみの
笑顔を見ると、私はとても幸せになるんだと。きみは空の私を静かに見
上げて小さくうなずく。そしてきみは「これが幸せというものなのですね」
とほほえむ。空の私は青く高く輝き、きみと一緒に幸せになる。(本文p96より)