取材日記vol.01

NHK教育「サイエンス・アイ」 6月10日放送

取材日:4月30日

場所:札幌大学文化学部

 

知られざるマンモスハンターの文化に迫る

 今回お邪魔したのは札幌大学文化学部の木村英明教授。 木村先生は20年以上にわたって、シベリアで人類がたどってきた文化や歴史を研究していらっしゃいます。お髭の素敵なとてもダンディーな先生でしたよ。


(1) マンモスハンターってどんな人?

 当時大陸と陸続きだった北海道にはマンモスが棲息していました。 マンモスハンターとは、マンモスがシベリアの大地を歩いていた氷河期に、マンモスをはじめ毛サイやトナカイ、バイソンなどの動物たちを狩猟して生活していた人たちのこと。彼らはマンモスやトナカイを追って居住範囲をシベリアへと拡大していったと考えられています。

研究室

私が手に持っているのはマンモスの牙です。感触を確かめるべく思わず抱きしめてしまいました。
ぱっと見は古びた木みたいですが貴重なものです。

(2) 人々はどのような生活を送っていたの??

 ココから先は木村先生の説です。
 …マンモスハンターにとってのマンモスは、食料ではなくて特別な存在だった。文化的、精神的に非常に重要なもので、いわばシンボルのようなものだったとのこと。 というのも、   

1. シベリアの中部にあるマリタ遺跡から発掘された骨のうち、マンモスの骨は16頭だったのに対し、トナカイは600頭。 マンモスも食べていただろうが、当時の人々の狩猟の中心はトナカイと考えるのが妥当である。

2. 同じ遺跡からマンモスの牙を削った彫刻が出土。首からかけるように穴があいているものもある。お守りのように扱われたと考えられる。

 また、この彫刻がすばらしい。特に女性の出産を表したヴィーナス像(注:写真の後ろに何体か写ってます)は、体の丸み、表情、姿、とにかく美しいです。 同じ時代のヨーロッパのヴィーナス像に比べてみると、まとっている衣服は防寒服。作りは平坦で、独特の装飾が施されていることから独自の文化があったことがうかがえます。

(3) どうやって巨大なマンモスを捕まえていたの?

 マンモスは、高さ3メートル半、重さ6トンくらいの巨大な動物。この大きなマンモスを小さな石器でどのように立ち向かっていたのか…?
 それはどうやら火を使っていたようです。 火を使って、マンモスを崖などに落としていた考えられています。 ちなみに、石器は、形、大きさ、厚み、刃のギザギザ加減など結構種類があって、ときには金槌のように、ときにはカミソリのように、様々な用途に応じて色々な種類の石器が使われていたようです。

マンモスの犬歯。かなり年老いたマンモスのものらしい。

マンモスの歯だ!


(4) マンモスはどうして絶滅したの?

 「人間による狩りのため」という説と、 「環境の変化に対応できなかったため」という2説があります。
 木村先生は、発掘された骨の数から考えて、
 「マンモスを大切にしていた人間が滅ぼしたとは考えにくい。むしろ、共存を考えていたであろう」
とおっしゃってました。

(5) マンモスハンターはどうしてわざわざ寒いところへ行ったの?

 もともと寒いところにマンモスが生息していたということもありますが、天然冷凍庫を求めていたようです。
 あの大きなマンモスをいっぺんに食べるのは大変。2〜3日に分けて食べるのに寒い所だと保存が利きますよね。
 マンモスハンターって賢いっ!


 研究のため、発掘したものはスケッチをとるのですが、木村先生のスケッチは細かいところまで丁寧に描かれていてとても綺麗でした。先生の論文の中の絵は、イラストレーターさんでも画家の方の作品でもなく、先生ご本人のものです。
 これはほんとうに絵だけで見てもすばらしいものでした。

 というわけで、この北海道(寒かった!)で、かつて私たちの先祖がマンモスと共存していた時代へと、しばし思いをはせてみたのでした。

 

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