「The 吉原」近藤等則

 僕はアメリカ黒人音楽のJAZZにほだされてミュージシャンになったのですが、若い頃から日本の伝統音楽にも興味をもってきました。
 日本音楽のルーツも知らないでインターナショナルな音楽を作れるはずがないという意識と共に、何かDNAレベルで魅かれるものがあったのです。
 実際、日本人はきわめて音楽的な民族だと思います。身分社会の中で、各階層がそれぞれの音楽を生み出し、維持してきました。
 神道は神楽、仏教は声明をもち、農漁民たちは民謡を唄いつづけてきました。
 天皇・貴族たちは平安時代までに雅楽を、武士たちは室町時代に謡曲(能)をつくりあげたのです。
 江戸時代になると、江戸・大坂の町民たちが経済的にも栄え、長唄から端唄・小唄という庶民の唄を生み出しました。いわゆるポップスの登場です。
 ジャズがニューオリンズの紅燈街から生まれたように、端唄・小唄も“吉原”というシーンがあったからこそ生まれ、発展していったのでしょう。
 僕は、日本人の自然観・無常観にもとづいた端唄・小唄のラブソングを、「カッコイイなあ。端唄・小唄の粋、艶っぽさにくらべりゃマドンナなんかガキだなあ」と勝手に思いつづけてきました。映画「ブレードランナー」の冒頭で、“ワカモト”の広告塔と共に端唄が流れた時、「これこそ近未来音楽だ。イェーイ!」と心の中で叫んだのを憶えています。
 2001年の暮れ、銀座資生堂パーラーで資生堂主催のクリスマス・パーティをプロデュースすることになり、「21世紀の始まりの銀座なんだから、小唄を入れたいな」と思い、ある縁で紹介されたのが栄芝師匠だったのです。
 紹介者に連れられて、三越劇場での栄芝師匠の演奏会を観に行き、感激したのです。
 背筋をのばしたまま微動だにせず、顔も無表情のまま唄うフレージングの見事さ、粋さ、艶っぽさ。「ビリー・ホリディに聴いてもらいたかったなあ」と思うほどでした。
 僕は今まで他のミュージシャンのCDをプロデュースしたことはなかったのですが、「栄芝さんのCDのプロデュースを是非やりたい」とビクター伝統文化振興財団にお願いしたところ、快くOKをいただき、レコーディングに入ったのが2002年9月からでした。
 僕は、1993年暮れにオランダのアムステルダムに音楽拠点をもち、東京とアムステルダムを往き来する生活を続けています。ですから今回のレコーディングも、登戸の僕のプライベート・スタジオでレコーディング、それをアムステルダムでチェックという作業を何回か繰り返す中で進行していきました。
 全曲、僕自身でプログラミングをやりました。参加ミュージシャンたちも、僕が現在一緒に演っている日本人のミュージシャンたち(FREE ELECTRO)のみとなりました。
 僕のことを知っている人たちにとって、「何でビル・ラズウェルが入ってないの?」等、海外のミュージシャンたちが入ってないのを不思議がるかもしれません。
 現在の世界状況、そして21世紀の始まりという視点から、何故かコツコツと手作業の繰り返しの中から音楽を生み出したいと思ったからです。世界中を飛び廻ってきたにもかかわらず、職人気質のシンドイ方を取ってしまう自分の片意地にアキレます。
 レコーディングを通じて、栄芝師匠のミュージシャン魂、人間性にふれ、感動しました。
 「コンチャン、あの唄やっぱり気に入らないからもう一度唄わせて。いつやる?」と、どんどん自分の方から話をくれるのです。そして、浅草生まれ浅草育ちのキップの良さ、人情味の厚さ、日本人離れした天真爛漫さ……。
 このレコーディングが始まる前、関係者には、「栄芝さんを日本の若い女性たちのスーパーアイドルにしたい」と言ったのですが、栄芝さんの芸の深さと人間性の素晴らしさを知れば知るほど、「このCDを通じて栄芝さんを知れば、日本の女の子たちはもっと身も心もきれいに元気になる」という思いを深くしてきました。
 三味線の芝園師匠も本当に柔軟でカワイイ人です。今までに聴いたこともないようなビートに、ヘッドフォンをして三味線をあわせてひいて、「ああ楽しかったわ。もっと演りたい」と言ってくれるのですから。

過去 × 現在 = 未来

という等式が、このレコーディングの骨子かもしれません。
 伝統と精進がつちかった栄芝師匠の唄に、現在世界で進行中のテクノロジー・ミュージックをかけあわせたら、未来の音楽が、21世紀の音楽の可能性が現われる、と思ってプロデュースしました。
 人間はわざわざ苦しむために地球に生を受けたとは思いません。自然と調和し、人を愛し、技(術)を磨くことで幸福な生き方を追求するのが本来の生き方ではないでしょうか。
 「Nature, Human, Technology」の三位一体化以外、21世紀を生きのびていく智恵はないようにも思えます。
 このアルバムに、現在生きていることの幸せ、未来への希望を感じてもらえれば、こんなにウレシイことはありません。
 そして、自信を失っている(と言われている)日本人に対して、「日本人はカッコイイ生き方をしてきたんだよ。これからもそれを発展させて、世界と調和して生きていこうよ」と伝えたいのです。

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