金光教とは?

 

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 金光教は、神と人、人と人、人と社会がともに助かり、立ち行く世界の実現をめざす宗教です。

 1859年、教祖様は天地金之神(てんちかねのかみ)様からのお頼みのままに農業をやめ、人々の願いを神様に、神様の願いを人々に取り次ぐようになりました。教祖様は、一人ひとりの苦悩や願いを神様に祈り、その人、その人の実情に合わせて助かりの道を示しながら、終生人の助かり、世界の助かりを祈り続けられました。その営みは、代を重ねて受け継がれ、今日では全国および海外の教会で行われています。

 金光教は、神様のおおいなる恵みのなかでつながり合う私たち一人ひとりが、幸せで実りある人生を築いていくことを願っています。

金光教について詳しく知りたい方は、金光教のホームページへ (ここをクリック)



 

<金光教とは>                                       


金光教教典抄解説 ≪第7回≫

 金光教教祖の御教え教典抄の「天地は語る」について、
「根津の会」の先生方に解説をして頂き連載することになりました。
 

 
「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」7項
 
      目には見えないが、神の中を分けて通っているようなものである。

  畑で仕事をしていようが、道を歩いていようが、天地金乃神の広前は

  世界中である。

【解説】

日本では古来、聖なる場所と俗なる場所とは、分けて考えられていました。神仏を祀っているところは聖で、その他は俗という見方です。それを「天地金乃神の広前は世界中」と言われました。広前とは、神様がいらっしゃる場所という意味です。ですから教会だけでなく、会社も学校も電車のなかにも神様はいて下さり、私たちを見守って下さっています。

 これは、金光教の信心の大きな特色のひとつです。私たちはいつ、どこにいても、そこに神様がいらっしゃると実感していくことが大切ですし、その稽古をすることが信心を深め、人生を豊かにしていく道だと思います。 
                                             

                                     金光教高崎教会 教師 佐藤 毅正



<第7回>
 
                                              


 

金光教教典抄解説 ≪第6回≫

 
「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」6項
 
       わが子のかわいさを知って、~が人間をお守りくださることを

   
(さと)れよ。
 

【解説】

 小学三年生になるYちゃんは「お母さん、産んでくれてありがとう」という手紙を送った。

 お母さんは「Yちゃん、生まれてきてくれてありがとう」という返事を書いた。この一文にすべてがある。

親に対する子の思い、子に対する親の思い。教祖様は「天が父、地が母である」と仰せられた。

 親神様は「人が助からねば、神が助からん」と仰せ下さった。親の心情は計り知れないほど大きいものである。その「親心」と同様に、いや、それ以上に親神様は人間のことを思って下さってある。

もし、自分が親であるならば、わが子への思いを今一度、思い起こしてみればわかるはず。子のない人はたくさんいるが、親のない人はこの世に一人もいない。親は親にならせてもらえるということの有り難さを忘れてはならない。子は親がいてくださって、今の自分があるということの尊さを忘れてはならない。

そして、われわれ、すべての人間の親である天地金乃神様の思し召しを忘れてはならない。

 「人が助からねば神が助からん」という思し召しを忘れてはならない。
                                             

                                   金光教早稲田教会 教師 菊川 幸四郎

<第6回>                

金光教教典抄解説 ≪第5回≫ 
 


「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」5項

    天地金乃神は人間の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀
 
  に遭わせなさるであろうか。わが子をもって納得するがよい。


【解説】

 天地金乃神様は、いつもどんな時にも私たち人間をお守り下さっておられ、困った時には助けて下さる神様です。ところが、私たち人間が勝手な考えで物事を進めたり、決めたりしており、神様の心にかなわない生き方(信心)をしてはいないでしょうか?

 私は、三人のこどもに恵まれ、今日(こんにち)、三人ともに成人させて頂きました。誠に有り難いことでありますが、今日(きょう)までのことを振り返りますと、色々な出来事(難儀)がありました。その出来事を思い出してみますと、神様がすべておかげにして下さったと思えてなりません。いじめにあったり、怪我をしたり、事故にあったり、病気になったりと、その都度その都度、神様がお働き下さり、助かって参りました。

 神様は、私たち人間を難儀に遭わせたいのではなく、神様の心にかなう生き方を教えて下さっているのであって、私たちが、それに気づくようにして下さっているのです。そのことを、こどもを通して気づかせて頂きたいものです。

                                                 金光教平塚教会 教師 奥川 美智雄

<第5回>                
金光教教典抄解説 ≪第4回≫


「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」4項

       ~は人間の本体の親である。

  
  信心するのは親に孝行するのと同じようなものである。


【解説】

 天地は、全ての命を生かしています。その中でも、私たち人間を可愛い神の子として、衣食住から水や空気に至るまで、私たちが生きる上で必要なものを全てお恵みくださり、かけがえのない命を与えてくださっています。しかし、私たちは、そのことに気付かず、自らの力で何事も出来ているように思い込んでいるのです。その天地の大いなる働きこそが神なのです。天地の道理に沿わないあり方が家庭や職場での問題を引き起こし、強いては、戦争や貧困、環境破壊など世界規模の問題を生みだしています。

 信心をするということは、天地と共に生きる、天地の道理に沿って生きるということです。天地は、全ての命を生かす働きをしてくれています。その天地の中で人間は生かされているのです。私の命のもとは両親です。木のもとへ肥料をやれば枝振りが繁るように、命のもとを大切にしていけば、幸せになれるのです。それを親孝行というのです。

                  金光教前橋教会 教師 土居 陽佑

<第4回>                                               

金光教教典抄解説 ≪第3回≫
 

「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」3項

 
     天地金乃神は昔からある~である。途中からできた~ではない。

   天地ははやることがない。はやることがなければ終わりもない。

   天地日月の心になることが大切である。信心はしなくてもおかげは
  
   授けてある。
 


【解説】「天地金乃神」という御神名は、金光教教祖によって定められたものですが、途中からできた~ではないと教えられているように、天地のお働きは、幾千万年、絶えることなくつづいています。この天地の大いなるお働きを「天地金乃神」との御神名をもって称えられたのです。

天地自然の運行は、春夏秋冬、潮の満ち引きなど、私たち人間の力では及ばないところで着実に営まれています。この天地を離れては生きることはできません。しかしながら、より快適な生活を求めるあまり、環境破壊を生み出し、問題は深刻さを増してきています。私たちが暮らす地球には、無駄というものは何一つなく、多くの生命・物ごとが深く関わり合って、絶妙なバランスの中に成り立っているのだと思います。天地あってこそのすべての命です。生かされているというおかげを頂いている私たち人間は、天地に学ぶという心がけが必要なのです。天地自然の中に生かされていることを深く感謝し、より良い生き方を進めることによって、他を生かす働きが生まれるという真実に目覚めなければなりません。「天地日月の心」とはすべてを生かそうとする天地のお徳、そのものだと思います。人生の中で起きて来る様々の事柄を、天地のお働きの中身として、和らぎ、喜ぶ心で受け切る姿勢が求められているのです。

                                                   金光教結城教会 教師
  大木光雄

<第3回>                                                  
金光教教典抄解説 ≪第2回≫

「天地は語る」― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」2項

    天地は生き通しである。天地が生きているから、人間もみな生き

  ていられるのである。


【解説】この言葉は、天地(~)と人間の関係を明らかにするとともに、「生き通しの天地金乃神を信奉することによって、人間も~の子として同様に生き通しのおかげを受けることができる」と、人々への理解を促し、説諭したものであります。

 まず、「天地は生き通し」とは、天地の営みに休暇休日がないということです。お天道様もお土地の働きも、寸分の休みなく続いております。しかも天と地の働き合いは、広大無辺です。科学万能を信じ、天地自然を恐れぬ人間がどのような機械器具を作っても、その性能の及ぶところではありません。また、「天地が生きている」とは、その生命の営みによって、一切のものが生み出される、天地の恵みとして万物が創造され続くのであります。その恩恵の中に、人間はおかげを受け通しに受け、生かされて生き得るのです。

 金光大神が、この言葉を通して伝えようとする「~の願い」は、~と人間の関係において、正に共生共立の道が開け、人間が人間らしく本当に助かる、ということであります。実は、この言葉には、大切な後半があります。「天地の親神様のおかげを受けたら、人間も生き通しである。そのおかげを受けようと思えば、天地金乃神と一つ心になれ」と。人間が~に帰一する素晴らしい信仰です。

                            金光教熊谷教会  教師  大久保 隆昌

<第2回>                                                  

金光教教典抄解説 ≪第1回≫ 
 


 「天地は語る」
― 金光教教典抄 ―
  第一章 神と人間
    第一節 「~」1項

  天と地の間に人間がいる。天は父、地は母である。人間、また草木な

  ど、みな天の恵みを受けて、地上に生きているのである。

【解説】古来、天の神様を尊崇(そんすう)する宗教はありましたが、地の神様に対しての尊崇を言う宗教は少ないかと思います。その両方が働き合って、天と地にある全ての動物、植物、鳥畜類がその生命を保つことが出来、その天と地の間で活動し、時が来るとその生命は又天地にまわっていくのです。
 天だけでは育ちません、地だけでも育ちません。天と地が働き合って生きとし行けるもの皆がその生を全うする事が出来ます。
(あたか)人間が父、母があって初めて 、この世に生を受けると同様に、他の動物、植物を始め、この天と地にあるもの皆は、その両方を合わせ頂いて生活を進めています。
 一方だけでは成り立たないのです。天だけ、地だけ、男だけ、女だけ、雄だけ、雌だけということではなく、その両方が掛け替えなく働き合い、助け合い、絡み合っての生活なのです。だから良い関係をその間柄において作っていくことがいるのです。あなたがあっての会社であり、会社あってのあなたなのです。あらゆる関係がその良き所を認め、伸ばしていけるような社会になり、お互いでありたいと思います。
 
                                                              金光教本郷教会  教師  西村夏夫
<第1回>                                                  



 
 

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