いらぬほどに蚊の知識が増える弐萬撃記念大感謝まつりストーリー!
 
弐萬撃記念外伝(劇場版)
『秋の蚊取りスペシャル』

n月n日。
蝉の声も静かになりトンボの飛ぶ姿が見られるようになったとある残暑の日。

午後3時11分。

壁新聞部の部室。

大型倉庫である部室の中にはリララ教授とおギンの姿が見える。

この日の午後は「暑いと何もしていなくても体力を消耗する〜」といつもボヤいているリララ教授が涼しいそよ風に吹かれ午睡のまどろみにひたっていた。
「ああ…、ようやく涼しくなったねぇ〜… (_ ̄▽ ̄)_〜☆ うとうと」
「リララちゃん眠ったらあかーん!
死んでまうでぇ!!」

 (>ロ\) (/ロ<)ぅぁぁぁぁぁ…
(  ♯)ノ彡☆びしばしびしばしびしっ!!
 
「し、しんじゃう… パタッ (_  )_ 〜☆」
「弱音を吐いたらあかん!
気をしっかり持つんやー!!」

 (>ロ\) (/ロ<)ぅぁぁぁぁぁ…
(  ♯)ノ彡☆びしばしびしばしびしっ!!
 
「ナニをしている。」
 
シュッ…!( -_-)=○
    ≡  ≡ ≡ヽ(  )ノ どんがらがっしゃぁんっ!!
 
「あいたー!

ナニすんね兄者ー!?
目に入れても痛ないほどのかわいい妹に突然『秘伝流奥義・迦留陀天翔(ガルダてんしょう)』をくらわすとは!?」
「お前こそなんだって教授をいたぶっているんだ。」
「いたぶるとは人聞きの悪い!

なにやら気持ちよくなってきた〜とか言うとる者(もん)がエヘラエヘラしながら意識を失のうてもうたら死んでまうから起こしてたんやないか!」
「そりゃ雪山の話だ。

だいいち教授も恒温生物なんだからこれくらいの気温で死にはしない。」
「なによソレ〜?
人のことを教授って名前の新種の生物みたいに言ってぇ〜。
おらぁ、ソコの壁に手ぇつけやぁ〜。
オレのマギーが火を吹くぜぇ〜。」
「あかん!
リララちゃんが気温低下に伴い身体機能が低下してナニ言うてるのかわからなくなってきとる!!

オラオラオラオラオラァ!!

 (>ロ\) (/ロ<)ぅぁぁぁぁぁ…
(  ♯)ノ彡☆びしばしびしばしびしっ!!
 
「だからヤメろって。」
 
シュッ…!( -_-)=○
    ≡  ≡ ≡ヽ(  )ノ どんがらがっしゃぁんっ!!
 


 
午後4時27分。

壁新聞部の部室。

「眠気さましてくる」と言ってリララ教授は屋内の簡易シャワー室に入って行った。

出入口のシャッターレールに寄りかかったトーキチローは手の平サイズの情報端末で今日のNEWSソースのチェックをしている。

おギンはシャワー室から聞こえてくるシャワーの音を聞くとなしに聞きながら椅子にかけたままアクビをしていた。
さっきから大きな蝿とガガンボがあたりをフラフラと飛んでいるが、こんな開けっ放しの倉庫でそんなことを気にしてもしょうがないので無視を決め込む。
 
「あ〜…、かいかい。」
「ん、ちょっと待ておギン。
ソレは…。」
ポリポリと肌を掻く音に視線を上げたトーキチローがおギンを指差した。

おギンの首筋には、虫の刺し跡とおぼしいモノがプックリと腫れあがっている。
「ぎょっ!?
コ、コレわっ!?」

その時、リララがサッパリして出て来た。
彼女はなにやら深刻な顔をしているイタミ兄妹を見て首をかしげた。
「あれー?
2人ともどうしたのー?」
「お嬢チャン!
この星ってもしかして『蚊』ぁおるんか!?」
「え?
あ、うん、いるヨ?

いつもは生息数があんま多くないんだけど、今年は例年にない大発生だってニュースになってたジャン?」
「な、にゅ〜〜〜っ!?」


 
「それで私の所に来た、というのはどうも展開がよくわかりませんが。」

午後5時03分。

警備本部新本館ビル3階、総合情報司令室。

実用的な紺色の多機能ジャケットとAS(アカデミー・セキュリティーサービス)のロゴの入ったキャップを着用している隊員達がいそがしげに行き交う中に、黒いチャイナドレスに真っ赤なゴーグルをかけたフーメイがいる様子は実際かなり浮いている。

色々とフル稼働している大型の情報処理装置の前の椅子にかけたまま、フーメイは部屋の入口に立っているリララ教授を振り返り見た。
「あのね、フーちゃんなら蚊の除け方とか退治法とかに詳しいんじゃないかと思って。」
「…なるほど。

で、…なんなのですか、その…。」
フーメイはリララ教授の隣に立っている黒い大きなゴミ袋を指差した。
そのゴミ袋の背丈と、今のリララの話からして、中身がおギンだということはわかるのだが…。
「袋の中はおギンちゃんだよ。
蚊に刺されないように袋かぶせたの。
ビニール袋だったら布と違って上から刺されないでしょ?」
「……。
私の記憶が正しければ、蚊の眼は白黒の判別が付き、黒くて動くモノを獲物だと判断するのではなかったかと思います。

あと二酸化炭素を感知して寄って来るはずでして、そのようなモノをかぶっていると内部温度が上がり呼吸が多くなり、放出される二酸化炭素量が増え袋の中にたまって…」
「あ゛〜〜っ!
あっつ〜〜〜い!!」
なにやらモゾモゾとしていた黒いゴミ袋が内側から引き裂かれ、中から汗だくになっているおギンが現れた。
(※夏に黒いゴミ袋をかぶって行動すると本当にアツいので良い子はマネしないようにしましょう。)

すると、今まで袋の表にとまっていたのか、数匹の蚊がおギンの周囲を飛び回り始めた。

ソレに気付いたおギンがその蚊を叩き潰そうと、普通の左手と巨大な装甲に覆われた右手とでバチィーン!ベチィーン!と物凄い衝撃音を立てるが、不要なまでにパワフルで大振りな動きをするためか全然ヒットしてないようだ。

ソレを見かねたフーメイは立ち上がり、おギンを制止する。
「そのやりかたではダメです。
私が合理的な退治法をお見せしますので参考にしてください。」
「お、蚊をはたくにもなんやコツがあるんか!?」
「フーちゃんのすることなら期待できるわネ!」

不意にフーメイのおだんご髪から垂れている6本の髪の房が音もなくスルスルと伸びた。

と、思うや、房の先端に付いている金色の刃物のようなモノがそれぞれ意思を持つかのように鎌首をもたげると、まるで3DCG映画で見かける未知の触手生物のように素早く宙を裂いた。

数瞬後、おギンの周囲の床にポトポトと蚊の死体が落ちていた。
「蚊の体表に生え並ぶ毛は風圧センサーになっていて、叩き潰そうとするとその腕の動きを感知して逃げてしまうそうです。

ですから今のように風圧を生じにくい髪の先端などで素早く切り裂くのが退治法としてベストです。」
「や…、なんちゅーか、参考にしたいけどウチの髪はそない動かんなぁ…。」
「私も。」
「そうですか。
残念です。」
特に残念がる様子もなく返事をしたフーメイの髪が空中でウネウネとうねっている。
まるで獲物を探している蛇のようだ。

おギンとリララ教授はひそかに「どうしよう」と思いながらそれ以上言うことも思い付かず、妙な沈黙が流れた。
 
「そ、それにしてもこの建物の中は涼しいネ!」
「せやな、壁新聞部の部室とは大違いや。

それにこういうデッカい建物の中なら蚊もあんまいなそうやからココに置いてもらえたらエエんやけどなぁ。」
「それは御遠慮願います。

教授とおギンさんが私に面会を求めているということでしたのでこの部屋までお通しいたしましたが、基本的にはココは関係者以外立ち入り禁止ですので。」
「え?
ウチ関係者やないの?
ほら、ウチ、たしか『特殊げ』…」
言いかけたおギンの口をフーメイがすかさずふさいだ。
しかもスゴい勢いで踊りかかったのでそのままおギンごと床に倒れ、ゴロゴロとデスクの下に転がり込んだ。
 
「『特殊迎撃要員』は秘密のメンバーです。
口外したらヒドい目にあいますよ。
というか、あわせますよ。」
「うえっ!?
フーメイはんにそないなコト言われるとちょっとコワ過ぎ!!
もう言いひんから勘弁な。」
デスクの下で声をひそめて話しながら、おギンは上にのしかかっているフーメイを片手で拝んだ。
しかしフーメイはすでにその応答は聞いていないようで、おギンの首筋を見詰めているらしき赤いゴーグルの奥が機械的に明滅している。
「しかし、腫れがヒドいですね。」
「そうなんよ。
こんな腫れたんはじめてや。」
「なにか悪性のモノなのかもしれません。
サンプルを採っておきましょう。」
「え?
あ、ちょっ…。」
フーメイはおギンの後頭部に手を回して抱き寄せると、無防備になった首筋に顔をうずめた。
 
「あとでアレルゲン防疫班に回しておきます。

……。
どうしました?」
フーメイが顔を上げるとおギンがなんとも言えぬ表情をしているので、フーメイとしては至極まっとうな疑問を口にした。
「ぅえ!?
そんな、どうしたて…。」
首筋をおさえたおギンの頬が少し赤く染まっている。

この時になってふと視線を感じて横を見ると、リララ教授と、たまたまこの近くにいて何事かと駆け寄った隊員達数名が呆然とした表情でデスクの下を覗き込んでいた。


ちなみにフーメイとおギンの2人、重さの理由はまったく異なるものの、体重の単位は両者ともkg(キログラム)ではなくt(トン)である。
その2人が勢い良く倒れてゴロゴロしたのだからそれに伴う衝撃と音は凄まじく、何事かと思われるのは当然のことであった。

ちなみにちなみに、この建物の内装は中を戦車が走ってもビクともしないというビッグG理事長による新特許の軽量剛性ポリマーで出来ているので、この2人があんなことをしてもヘコミひとつ出来ていない。
理事長の自慢げな顔が浮かぶようである。


ソレはさておき、フーメイは周囲の状況に気付くと素早くおギンごとゴロゴロとデスクの下より転がり出て、ドレスの裾をはたきながら立ち上がった。
「で、先程のおギンさんの発言のことですが、おギンさんは『特殊げ』、つまり形容詞で『特殊っぽい』ということです。
実際、彼女は当局の管理下にあるわけでして、組織に関係はあります。
しかしソレは関係者という意味ではありません。」
「う〜ん、残念やなぁ。
ちゅかそれフォローになってないくさいで。」
なんともわざとらしく周囲に聞こえるようにフォローするフーメイに、おギンの相槌とツッコミが入る。

そのおギンの言葉に反論をしようと口を開いたところでフーメイは情報オペレーターに呼ばれた。
「コマンダー・フーメイ!
『BPI』の件で情報が来ました!」
「…わかりました、今行きます。

しかし『BPI』にしては対応が早いですね。
事故の状況に関しての情報はありますか。」
「いえ、先方からはまだ報告はありません。
現場に向かわせたウチの災害処理用ガーディアンユニットからの多次元情報です。」
「なるほど、上出来です。」
フーメイは女性オペレーターの脇に歩み寄ると彼女が操作している情報装置に表示されていくデータを覗き込みつつ、周囲の隊員や通信機に向けて指示を出している。

取り残されたリララとおギンは顔を見合わせた。
「なんか忙しいみたいだね。
これ以上ジャマしちゃうと悪いから帰ろ?」
「せやな。」

リララとおギンがフーメイに一声かけ出口に向かうと、フーメイがおギンを呼び止め、近くにあったデスクの引出しを開けた。
「コレを。」
フーメイはそう言っておギンに噴霧キャップのついたビンを投げてよこした。
「お?
殺虫剤?」
「いいえ。
ウォッカにゼラニウムのアロマオイルを混合したモノです。
肌に塗れば蚊除けの効果がありますよ。」
「そっか。
聞いとかな蚊にかけてまうとこやったで。(^^ゞ

コレってフーメイはんの?」
「いいえ、私は蚊に刺されたりはしません。
屋外の隊員のために作り貯めしておいたモノです。

無公害で清涼感のある爽やかな虫除けで、夏に最適です。」
おギンはフーメイの説明にフンフンとうなづきながら早速腕に噴きかけている。
「お、ええ匂い。
スーッとしてええ感じや。」
「ゼラニウムは蚊蓮草(カレンソウ)とも呼ばれるハーブです。
葉の独特な匂いは鉢植えの状態でも蚊除けに効果があるそうですよ。

そして今お渡しした虫除けはアルコール分50%のウォッカをベースとしていますので、その揮発性が発汗・体臭を抑え、蚊の寄り付く条件を阻害します。

それと蚊は基本的に柑橘系の匂いには寄り付かないそうです。
ミカンの皮などでも効果があるそうですから、いざとなったら試してみてください。」
「たいそうおおきに。

…ん?」
「どうしました?
何か不都合な点がありましたか。」
「いや。

…なぁ、コレ、蚊にかけたら、ソイツは蚊によけられる蚊になるんやろか?」
「……。」
「……。」
「蚊に蚊除け…。
その命題は盲点でした。
今度実験してみます。」


「え
   \
     。」


 
n月n+1日。

午前10時53分。

学園部エリア、メモリアルパーク。
その中心にあるシンボルセンター。
積層を不規則な曲線で斜めに切り開いたような構造を持つ巨大開放型建築である。

アカデミーの人々に憩いの場として親しまれているこの建物の最上階の縁に沿って2人は歩いていた。
エアロバイク『守護天龍号』をヒョイと肩に担いで歩くおギンの横で、リララ教授は眠たそうに目をこすっている。

おギンは昨夜は蚊のいなそうな場所を求め、リララと共に学園部エリアの高層ビルにある24時間営業のレストランで今朝6時までねばっていたのだ。
その後、人がほとんどいない学園部7号館3階のロビーのソファで10時まで寝て、今に至る。
 
「ん〜?
あれ〜、おギンちゃんの首筋、キスマークになってるよ?(^n^)」
「や、あん時、結構キツく吸われたからなぁ。
しっかしあんなとこでいきなりとは、フーメイはんなかなか激しいわ。」
「ん〜、でも大丈夫なのかなぁ?」
「ウチの体質のことは前に説明してあっからアレでわかったハズや。
なんかあったら対処しといてくれるやろ。」
「そだね。

じゃ、私はそろそろ講義に行って来るから、またあとで部室で。
ばいばーい。n(^-^ )」
「おう、ほななー。」
おギンは肩に担いでいた『守護天龍号』をリララ教授に渡した。

そしてリララがその飛行機械にまたがりイグニッションをかけるとマシンは重力球の起動音を立てて宙に浮き上がり、直後、ジェット噴射のバックファイアを散らせて飛び去って行った。
 
「さぁて、誰か知り合いに虫除けに詳しい人とかおらんかなぁ。

マヤはんはここ数日見かけへんしなぁ…。」
歩きながら視線を巡らせたおギンの視界に黒っぽく赤い人影が入った。

建物の淵に立ち、深い森の方角を向いた視線は遠く地平線を眺めているのだろうか。

目線から下の部分をすっぽりと覆い隠す特異なデザインの襟の立ったドス黒く赤いコートを着込み、白い手袋を着けた手はたいてい右側をポケットにつっこんでいる。
そして唯一肌らしき部分が露出している頭部は透明さのある緑色で、部分ごとに筋が入り分かれているのが目を引く。

おギンがこのアカデミー本星に来た時に最初に会った4人の内の1人だ。

『せや、あの人達はココの天才揃いの学生達の中で一番偉いんやから、きっととりわけ物知りなはずや。』

おギンはそう結論すると早速接触を試みた。
「こんちゃー!」
「む、おギンか。」
彼はなにやらギチギチという小さい音を立てながら振り返った。

その声は、恐らくおギン達とは生物学的段階から発声方法が異なっているのであろう。
発する声の一音ずつ全てが細かな微振動を伴っており野太い。
 
「や、おひさしぶり。
S四天王の…、えっとぉ…?」
「GSアカデミー学園部・生徒会四天王、副会長のモルスだ。」
「そうそう、モルスはんや!」
「ワシに用か?」
「うん、教えてほしいことがあるんや。」
「ワシにか。
わかることならば良いが。」
「あ〜、やっぱ生徒会って生徒が困ってたら助けてくれるんやなぁ。

ほな、なんかええ蚊の除け方とか退治法を知っとったら教えてほしいんやけど。」
「蚊の…、か。

すまんが、除け方や退治法はよく知らん。
協力してはやりたいが他の四天に聞いても知るまいな。

S四天王にブルーアーク星で言う恒温性の脊椎系内骨格型陸上生物に該当する者はいないんだ。」
「は?」
「……。
ちゃんと説明しようか。

蚊が血を吸うのは子孫を残すため。
体内で卵を作るために卵巣を発達させる必要があるからだ。
そのために人間や犬などの血液成分を利用する。

蚊が吸血するのはひとえにその必要からであり、対外的にそのように進化した種だ。
だからブルーアーク星で言う哺乳類に該当する者の血液以外は利用できない。

つまりそれ以外の者は蚊に吸血されることはないのだ。」
「へぇ、そうなんか。

あ、じゃあ血ぃ吸うのはメスなんやな。
ほなオスは何食っとるん?」
「花や果実の蜜や、草木の汁だ。
メスも主食は同様だ。」
「ほぉ〜、勉強になるわ。

なるほど、なるほど。
あ、それじゃ四天王って蚊にくわれないんだ?」
「そうだ、S四天王は誰も蚊に刺されない。
ほっといても蚊に刺されないのだから、ワシ以外の者も蚊除けの方法は知らんだろう。」

わりと当てにできるかと思った線がダメだったのでおギンはうなって考え込んでしまった。

その真剣な顔を見てモルスは聞き返した。
「しかし、なんでまたそう蚊を気にするんだ?
もしや蚊に刺されるとかなり重度の体調不全を起こすという蚊アレルギーというヤツなのか?

ならばそういう処方を扱う良い薬局を知っているから教えるぞ。」
「や、どっちかっちゅーと逆やな。
ウチやのうて蚊がおかしゅうなるんや。」
「……?

どういうことだ?」
考えてみたがわからない、という意味の間を空けてモルスが聞き返した。

モルスの外見から受ける不気味な印象とその素直な応答のギャップがおかしくて、おギンは思わずニンマリと笑っていた。
「…知りたい?」
「ああ、知りたいとも。」
「あんな…、ウチがまだ母上のお腹ん中にいた頃、ウチらの里は“D兵器”での攻撃を受けたんやて。」
「“D兵器”…?

ああ、たしか生物の形質に関する遺伝子情報を撹乱する広範囲無差別攻撃兵器の総称だな。
現在一切の開発と使用が禁止されていると記憶している。」
「せや、ソレ。
その威力でな、ウチはまだちっちゃい胎児の時に遺伝子変異を起こしてもうてん。

ちっちゃいってのはつまり体細胞が少なくて成長過程にあるってことや。
そん時に遺伝子変異を起こすってのは大人よりも変異症状が激しいんやけど、ガンガン成長しとる最中は生命力も強いから変異に適応出来る確率もそれなりに高くて生存率もけっこうあるんや。

逆に大人がくらうと変異症状は軽いんやけど、身体の器官が出来上がっとるからちょっとした変異が命取りなんやて。

ま、そんなワケで、ウチは遺伝子変異を起こしとるんやけどこうして元気に生きとるんよ。」
「そんなことがあったのか…。」
「意外やろ?
しかも『BAS(ビーエーエス)』の強烈になったヤツも起こすで。」
「『BAS』…。
『ビーストオールターシンプタム』、つまり遺伝子変異による『獣化症状』か…。」
「まぁ、ウチはソレ以上のモノゴッツい能力を発揮する『超獣』になってもうてんけどな。
コレが遺伝子変異と適応治療の効果で自然発生のあらゆる動物を凌駕する生命力と運動能力を得た身体でな。

でも欠点もあるんやで。
ちょっとした拍子で変身してまうから普段は薬で抑えこまなならんし、すこしでも気ぃ抜くと『超獣』の戦闘本能と破壊衝動に乗っ取られてまう。」
「……。」
おギンは「よいこらしょ」と言いながら縁に座り込んだ。
そして外に足を出してプラプラと振っているのを、モルスが不思議そうに見ている。
「おギン、なぜ親しくもないワシにそのような話を…。」
「だって知りたい言うたやん?」
「ああ、確かに言ったが…。」
「それに、あんさん、エエ人やろ?」
「なに?」
「薬局のこと。
役職柄相手してくれとるにしても、ちゃんと考えてくれとらなそないなこと言わへんやろ?」
「…お前も、とんでもなくイイ奴だろ。

だいたいヘモグロビンの赤い血液を持つお前は、外骨格で白い血リンパのワシのことがコワくはないのか?」
「あ、モルスはんて外骨格やったんか。
ん〜、どおりでそないな見た目なわけや。

ウチの推理通りならガールフレンドとかおらへんやろ?」
「ははは!
たしかに、彼女いない暦と年齢が一緒だとも!」
モルスは笑いながら、おギンのしているように縁に座り込んだ。
「それで、蚊がおかしくなるという話は?」
「おっと、肝心の話をしとらんかったな!
細かい話は苦手なんで省くけどな…。

えっとな、『超獣』として遺伝子の情報変異に適応したウチの血に含まれとる遺伝子情報は、他の生物の血と混ざると相手の遺伝子を侵食して『超獣』化させてまう効果があるんや。」
「な、なに!?
そんなコトがあり得るのか!?」
「いやぁ、あり得るもなにもそうなんで…」
「あり得るのかどうかというレベルで言うのなら、理論上その確率は限りなくゼロに近いでしょう。

しかし『超獣』の血を持つ者が現に貴方の目の前にいます。
その前提で可能性を考察してみてください。」
「お、兄者。
おかえり。」
2人の背後にいつの間にかトーキチローが立っていた。
手には『電脳中心街』と書かれたポリ製の買い物袋を下げている。

彼はおギンの笑顔にうなづくと、驚いた様子もなく見上げているモルスへの話を続けた。
「もし、他の生物が『超獣』としての遺伝子侵食を受けた場合、運悪く適応できなければ様々な器官の機能不全を起こし死にます。

しかし問題なのは、そうならなかった場合です。」
「運が良ければ適応を果たし、『超獣』と化す、というわけか。」
「ええ。
…でも、ソレはあるいは最も運の悪い結果なのかもしれません。

『超獣』と化した生命は、元の生命が遺伝子に蓄積してきたあらゆる本能から解き放たれた別種の生命となります。

私とおギンで集めたサンプルでは、野生種から変異した『超獣』はそのほとんどが生態系を破壊するに充分な強烈な生存本能と戦闘能力を併せ持つミュータントと化します。

その強烈な生存本能、あるいは自己防衛本能は、表裏一体である破壊と殺戮への衝動となり表出します。
もしそうなれば…。」
「なるほど、ほおっておく訳にはいかんな。

しかし、遺伝子侵食とはにわかには信じられん話だ。」
「私達が『里』にいた頃、一度だけ侵食の様子を電子顕微鏡で見たことがあります。

他の遺伝子に取り付き情報を書き換え淘汰を進めつつ勢力を伸ばしていく姿は、あたかもDNAの攻撃性ウィルスです。」
「……。
わからんな…。」
「やはり実物を目にしなくては信じられませんか?」
「いや、『超獣』のことは承知した。
ワシにそこまで手の込んだ嘘をつく理由はあるまいて。

わからんのは、お前達兄妹がなぜ、今まで親しくもなかったワシに突然そのようなこみいった話をするのかってことだ。」
「味方は多いに越したことはありません。
どうやらおギンは貴方を気に入ったようですから。
それに、私も人を見る目はあるつもりです。」
トーキチローは森の方を見ている2人の後に腰を下ろした。
「まいったな。
ワシはそういう風に言われると弱い。

まぁ協力してやってもいいが、結局お前達はナニをどうしたいんだ?」
「出来ることならば、適応出来ずに死んだ蚊の死体を回収するか、あるいはミュータントと化した蚊を発見し捕獲したいところなのですが、これだけ広大なアカデミーでソレは難しいでしょう。

ひとまずは、これ以上蚊に刺される心配のないようにしたいのです。」
「わかった。

…しかしなぁ、その、なんと言うか、妹のそういうことを兄のお前が喋っちまうってのはどうかと思うのだが…。」
「妹が、ではありません。
妹も、です。」
変わらず静かなトーキチローのその一言を聞いて、モルスはハタと膝をうった。
「そ、そうか…、そういうことか!

ああ、うむ、よし、わかった!
そこまで聞いてしまっては退かれんな。
不肖ながらこのワシも全力で協力しよう!」


 
午後2時09分。

壁新聞部の部室。

トーキチローが持ち歩いていたビニール袋を開けるのをおギンが覗き込んでいる。
「『電脳中心街』に、コレを買いに行ってたんだ。」
トーキチローはそう言いながら袋の中からブリスターパックになっているバドミントンのラケットを細長くしたようなモノを取り出した。
いわゆるハエタタキというモノのようだ。
「お、こりゃトコロテンをつく道具やな!」
「…違うだろ。」
「えー?
こないだテレビでこんな感じのん使てんの見たで?
こう、ジャージ姿の芸人が飛んでくるトコロテンの元をこんなんで叩いて細切りにしてんねん。」
「変なお笑い番組の見過ぎだ…。( -_-;)」
トーキチローはブリスターを剥がしてハエタタキの本体を取り出した。
そして取っ手から生えている薄いビニール製の絶縁シートを引き抜き親指のところのボタンを押すと先端のLEDが赤く光る。

トーキチローは周囲を見回した。
そして大きな蝿が飛んでいるのを見付けると、普通ならやっつけられない程度の軽いスイングでハエタタキを振った。
しかし、軽く触れただけで蝿はコロリと落ちた。
「ヒットすると網の部分に微弱電流が流れる『電撃ハエタタキ』だ。
もちろん蚊にも使える。
ヒットさえすればスイングの速度に関係なく必殺だから扱いやすいはずだ。」
おギンはトーキチローから受け取ったハエタタキを珍しげに眺め回している。
「へぇ〜。
ところで『電脳中心街』てパソコン関係のサプライとかパーツとかのショップがぎょうさんあるトコやろ?
なしてこないなモン売っとるん?」
「さあな。
よくは知らんが昔から電気街では名物なんだそうだ。
実際コレもパソコンのパーツショップで売っていた。
パソコンの周りで殺虫剤を撒きたくない人なんかが使うのかもな。

ん?」

遠くからなにやら轟音が聞こえてきた。
その音がだんだん大きくなって来る。


 
午後2時15分。

聞き慣れない爆音を轟かせ、砂埃を舞い上げながらソレがやって来た。
「待たせたな。」
トーキチローとおギンが部室の外に出ると、モルスが大きなアズキ色のモーターバイクにまたがり到着したところだった。
長さで3m近くはありそうな大きな自動二輪車だ。
取り回しが悪そうなことこのうえない。

しかしトーキチローは目を輝かせそのマシンに見入っている。
「コレは、スゴい…。

星間A級ライセンスをお持ちなのですか。」
「お、わかるのか!
そうとも、ワシのこの『ハリケーン号』は1100ポンドのチタニウム製モノコックボディに排気量9500ccの4ストローク12気筒エンジンを搭載したモンスタースーパーバイクと呼ばれる分類のマシンだ。

並のライセンスでは転がすこともままならん暴れ馬だが、ワシならば2000マイルも13時間で走破してみせるぞ。」
「1マイルて1.60934kmやろ…。

うわ〜、モルスはんてなかなかのカウボーイなんやな。
意外やわ。」
「ワシはS四天王ではワイルド担当だからな。
それより、お邪魔するぞ。」
モルスはバイクの後方に積んであった大きな布袋を掴むと大シャッターをくぐり部室の中に入った。

彼は早速袋を開け、持参して来た青い塩化ビニールで出来た網を広げはじめた。
ソレはテントのように縫い合わされている。
「お!
蚊帳(かや)かぁ!
今時めずらしいもん持っとるなぁ。」
「網戸の防虫網を買って縫製してもらって来たんだ。
こういう場所だと聞いたのでな。」
「手伝いましょう。」

モルスとトーキチローは開け放し状態の倉庫の内部に4方からロープを吊り、網に囲まれた立法型の空間を作り出した。
 
「この網は約1.5mmの網目で構成されていて蚊はくぐり抜けることが出来ない。
またこの網には殺虫剤が吹き付けてある。

この中におる限り蚊は近付いて来んぞ。

だが、中に入る時に網をくぐる際、一緒に蚊が入ってしまっては元も子もない。
そこでこのように入るのだ!
とおっ!!」
モルスは軽く網の裾を持ち上げると、素早く中に転がり込んだ。
「うわ〜、コント見てるみたいや!

ちゅかウチも早速転がり込みたくてウズウズしとるんやけど、やってええ?!」
「おう、ドンと来い!」
おギンとトーキチローは得意の体術で蚊帳に入り、座って中から蚊帳を見回した。
「たしかにコレなら安心やなぁ。」
「歴史資料としては、B.C(紀元前)31年ローマの詩人ホラティウスの残した詩の中に戦場に張られた蚊よけテントが出て来ると言う。

蚊帳はその延長線上にある蚊対策と言えるだろう。
最も始原の虫対策の技術だ。」
モルスの解説を聞きおギンはエラく感心している。
「勝利の道は敵を知ることから始まると言う。
まずは蚊の基礎知識からおさらいしよう。

代表的な蚊、アカイエカは体長約5.5mm、体重2〜3mgとなかなか小さい。

そして蚊という虫は気温が26〜31度くらいの時にもっとも活発に活動する。
だから夏まっさかりの暑い最中よりも、残暑から初秋にかけてがもっとも刺されやすい。

つまり今がその時期だ。」
「ああ、せやなぁ。
なんか夏の虫って印象があるけど、むしろ秋になってから出て来ていつまでもいたりすんもんね。」
「石器時代には人類の半分が蚊によって死に至っていたと言う。
マラリア、脳炎、ペストなど、蚊が媒介する疫病のためだ。
他にも黄熱、フィラリア症、デング熱など枚挙にいとまがない。

さて、この媒介という現象だが、蚊が吸血する際に、刺す相手に注入する蚊の唾液による。
この唾液、刺した相手に痛みを感じさせないための麻酔物質や、消化液、血液凝固抑制剤などが含まれている。
まぁ麻酔などと言えば聞こえはいいが、要は神経を麻痺させる毒だな。
で、蚊が病原ウィルスを持っているとこの唾液に混じってウィルスも注入されてしまうんだ。

病原ウィルスを持っている蚊に刺されるとこうして感染する。
そして感染した人間の血を蚊が吸うとそのウィルスが蚊の体内に入り増殖し、その蚊が刺した相手を次々と感染させていく。
蚊が沢山いるところだとこのサイクルが爆発的に広がる。

コレが蚊による流行病発生のメカニズムだ。」
「なるほど。

しかし、今回のことで御懸念があるのでしたらば御安心ください。
『超獣』化は直接血液中の遺伝子に触れなければ起こり得ません。
また個体の大きさに合わせてある程度以上の量がなければならないので、伝染病のように『超獣』化が広がることはないでしょう。
むしろ肝炎のようなモノと思っていただければ。」
「そうか、ならば良いが。」
「しっかしモルスはん、色々よう知っとるなぁ。」
「ワシは虫の生態と歴史に関しては詳しいぞ。

なにせワシはブルーアーク星に由来する昆虫系の人間。
バッタから進化したアフターマンだからな。」
「…って、そんで台風の名前の付いたバイクって、あんた仮面ライダーかいな!!」
「おお!わかるのか!!
嬉しいねぇ!
その例え話をしても今時わかってくれるヤツはいなくてなぁ。」
「モルスはんてなかなかのマニアなんやな。
意外やわ。」

なにやら閑話休題、の雰囲気になっていると、部室の奥からリララがパタパタとやって来た。
 
「おっ待たせ〜☆

って、うわ〜、なにコレ〜?」
リララは知らぬ間に張られていた青い網のテントのようなモノを物珍しそうに眺めている。
「蚊帳や。」
「『かやや』?」
「あ、いや、『かやや』やのうて『かや』。」
「…『か』?」
「や、『か』やのうて『かや』や、『かや』。」
「…え??」
「『かやや』や『か』やのうて、『かや』やってば。」
「何言ってるのかわからないぞ、ソレ。」
「おわっ、失礼な!
全国6千万人の関西人に謝れ!!」
「関西人ってそんなにいるのか!?」
「“J”の人口1億2千万人の半分を関東として…、残り半分や!!
「おいおい…。」
「で?
『か』なの?
『かや』なの?
『かやや』なの?」
「せやから『かや』や!
『か』や『かやや』やのうて『かや』やで『かや』!!」
「『かや』、です。」
「おお!」
「楽しそうだな…。」
「ところで教授、今までどちらにいらしてたんです。」
トーキチローが少し上げた網の下をくぐってリララも中に転がり込んだ。
「そうそう。
お昼食べてからずっと奥の試作室でがんばってたんだけど、も、すっご〜いのが出来たよー☆G(>▽<)」
「お、そういや殺虫剤作ってくれる言うてたな。
どんなん出来たん?」
おギンの問いにリララは満面の笑みで、アダムスキー型UFOのようなモノを取り出した。

上部に透明なキャノピーのようなモノがあり、下の本体らしき部分は大きなソロバン玉のような形をしている。
表面は全面が黒い振動盤で電極の切欠きが2つあり、よく見ればソレが反転したラウドスピーカーであることが理解できたであろう。
 
「…ちゅか、なにコレ?」
「ふっふっふっ…。(=w=)

名付けて!
『連鎖共鳴式固有振動崩壊誘導型遺伝子音波砲』!!

略して『レンキョーコシンホウユウイデオン』よ!!」
「その略し方はどうかと思いますが…。」
「細かいコトは言わないの!
だいたい普通の略称ってローマ字にして頭文字取って並べるから似たようなのばっかになってワケわかんないジャン?
その因習にこのリララが一石を投じようってワケよ☆」
「なるほど、略称の革命ですか。」
「で、なんなのソレ?」
「まぁ聞いて。
例えばそのへんの蚊を一匹捕まえてこの装置のチューニングステージにセットするのよ。」
リララはそう言いながらキャノピーらしき部分を開けて見せた。
「すると装置が蚊の遺伝子構造をサーチして加振波形と応答波形を算出し周波数応答関数を求めるの。
そしてソコから固有振動数と、とある波長をハジキだすって寸法よ!

ところでみんな、共鳴って知ってる?」
リララはしゃべりながらエプロンのポケットからU字型をした金属棒を2個取り出した。
「ソレは音叉(おんさ)ですな。」
「へ〜。
よう知ってんな、そんなん。」
「ワシはエレキギターをたしなんでおるからな。
アレを使って調律、つまり弦の音の調整をするんだ。」
「そう!
コレは固有振動の音によって振動するモノだからネ。
でもまぁ今回はソレはどうでもよくて共鳴の話なのよ。

今ココに用意したのはまったく同じ振動数を持つ音叉よ。

おギンちゃんコレ持って。
そんで私からその音叉を隠すようにアッチ向いて。」
リララはおギンに1本の音叉を握らせる。
「そんで、どう?」
リララは手に持ったもう1本の音叉をドライバーの木柄で叩いた。
ポーンという澄んだ音が響く。
そしてそれをグッと掴んで音を止めた。
「お。」
すると、鳴らしていないおギンの持っている方の音叉が鳴っていた。
 
「コレが共鳴現象よ。

物体の振動はある一定の波形しか持たない。
ソレが固有振動数。
例えばド♪の音を持つピアノやギターの弦からは、オクターブを上げても下げてもド♪の音しか出ないのはそのためよ。

そして厳密に同じ形、同じ構造をしている物体は同じ波形の固有振動数を有しているの。
だからコッチの音叉から発し空間を伝わった振動は、遠く離れたソッチの音叉にも安定的に伝わりその振動が空気を震わせ同じ音を鳴らしたってわけ。
この時、音叉が何本あっても効果は一緒よ。

で、おギンちゃん。
今度は危ないかもしんないからちょっとはなして持ってて。」

リララは今度はエプロンのポケットから銃のようなモノを取り出した。
『超音波破砕銃』という付箋(ふせん)の付いたソレは、銃身らしき部分が何枚もの透明な円盤を貫いているレトロなSFで見るような形状をしている。
「そして、これが…」
リララはその銃のようなモノを音叉に向けた。
すると音叉がブブブ…と唸り、やがて張り詰めた糸が切れるようにピィンッという高音を発し、粉々に砕けた。

同時におギンが驚きの声を発した。
彼女の持った音叉もまた同様に砕けたのだ。
 
「これが…共鳴崩壊!!

同じ固有振動を持つ物体はそれぞれが同じ波長に共鳴しあう。
ソレはその物体が構造の臨界を超え崩壊する瞬間に発する崩壊振動でも同様の現象が起こりうるのよ!

振動により破壊された物体が最後に発する崩壊振動数!
その波長を受け共鳴を起こした物体はその振動により自ら崩壊するわ!!

ゆえにこの現象を名状し、共鳴崩壊!!」

とうとうと語るリララ教授のいやに持って回った説明を聞いていたトーキチローが不意に声を上げた。
「まさか…!

遺伝子というのは生物の種類によってそれぞれが異なる構造を持っています。
その装置は、まさか、その遺伝子構造を…!?」
「ピンポーン!

この『レンキョーコシンユウホウイデオン』はチューニングステージの中で振動崩壊を起こす固有振動数を算出し、その周波をそのままに自乗倍振動にまで増幅し発振!
半径約50km圏内に存在する同じ構造を持つ遺伝子を共鳴させ、そのあまねくすべてを振動崩壊へと導く!!

そしてその崩壊の直前に生じた自乗倍振動の共鳴はさらにその地点を中心とした半径約50km圏にまで効果を及ぼすわ!!」

教授の説明を聞き、地図上に広がっていくであろう共鳴の効果圏を頭の中でシミュレートした3人の学生達の顔色がだんだん青くなっていく。
「ウマーくコンボがキマればこの惑星上の蚊という生物は一匹残らず死に絶えるわヨ☆

ちなみにこの装置、なんの遺伝子ででも発動できるから、間違ってヒトの遺伝子なんかを入れちゃったりしちゃったらソレはもうタイヘンなことに…!!」
「なして殺虫剤を作ろうとしてそないな凶悪兵器が完成してまうんやーっ!?」
「お…、恐ろしい…!
コレが超天才というものか…!!」
「なにかの時には我々の手で阻止するのですよ。( -_-:)」
めまいをこらえながら拳を握り締めたモルスの肩をトーキチローがグッと掴んだ。

モルスはちょっと後悔し始めていた。


 
午後4時02分。

壁新聞部の部室から薄い煙がたなびき出ていた。

モルスが持って来た直径10cm程の渦巻き型に火を灯け、ソレが入っていた缶のニワトリの描いてある蓋をひっくり返して金属製のクリップに立ててある。
「へ〜、なにこの緑色のコイル状のモノは?
なんかオリエンタルな香りが漂ってるけどインセンス?」
「いえ、蚊取り線香です。
本部エリアの産業記念会館にあるスーベニアで売っていたのを思い出しましてな。

蚊帳を張ったうえにコレまで焚けばこの倉庫…、いや、失礼、この部室の中にいても蚊は寄って来ますまい。」
「しっかし、なっつかしいなぁ。
アカデミーでこの匂いがかげるとは思わんかったわ。」
「あの匂いの特徴的な部分は、除虫菊っていう白い花の咲く植物によっているんだぞ。
もっとも、今の蚊取り線香には除虫菊は香り付けとして入れられているだけで、除虫菊の殺虫成分は入っていないそうだが。」
「む、そうだったのか。
あの缶の絵に描いてある、ニワトリの周りの白い花がソレだよな?」
「ええ。
最初期のモノには殺虫成分として除虫菊に含まれる天然殺虫成分ピレトリンが含まれていましたが、今は簡便に量産できるピレトリン類似化合物ピレスロイドのひとつであるアレスリンが使われています。

蚊取り線香の火のついているところを良く見ると、燃えてるところの手前1cmくらいにかけての部分が油っぽく湿ったようになって白い煙がたちのぼってますよね。
アレがソレの揮発し拡散している様子です。

燃焼部分は約800度なんですが、アレスリンの揮発温度は約250度なので。」
「あう、目が…。(;@▽@)〜☆」
「教授、蚊取り線香を持ってグルグルと回すのはやめたほうがいいです。

ちなみにそのグルグル、伸ばすと全長75cmです。
燃え尽きるまでに約7時間かかり、その間中殺虫効果が持続します。」
「てかホントになんでそんなコトまで知ってるのよ?」
「まぁ、紳士のたしなみですかね。

あ、そう言えば。
教授、こないだ『ブタさんの置物』買って来てましたよね?」
「うん。
古道具屋さんで売ってたカワイイの。」
リララはそう言って、雑貨置場からブタの焼き物を持って来た。

白い地に背が緑色に塗られたモノで、チョウチンを横にしたような筒状の体に短い手足とピンとした耳が付き、背には針金を籐(とう)で巻いた取っ手が付いている。
「ソレは正確に言いますと、ユニオンJの愛知エリアの名産品である常滑焼(とこなめやき)です。

名称は『蚊遣豚(かやりぶた)』と言いまして、元々はこのようにして使うモノなんですよ。」
トーキチローは言いながらそのブタの焼き物の中に指を入れ、内部で上面にくっついていた針金を下に下げた。
そしてそこに蚊取り線香をぶら下げる。
すると前後からケムリがたなびきだした。
「あはは!
ぶ、ブタさんの鼻とお尻からケムリが…!

あはははは、あははははは…!
ははは…、ははっ……、はっ…、…〜っ!!」
リララは笑いすぎて窒息しそうになりながらもなお笑い続けている。
よほどツボにはまったようだ。
 
「しっかし、なんでブタなんかなぁ、コレ?」
「豚は火伏せ(ひぶせ)の神様なんだ。
内部で火を使うモノだから、コレで火事にならないようにという祈願が込められている。」
「ほぉ、それは初耳だ。」
「あ、なぁ、こういうこと聞いちゃ失礼かもしれへんけど、モルスはんて殺虫成分かいでも平気なんか?」
「大丈夫だ。
ワシらの種族はピレスロイドには耐性がある。
アフターマンにまで進化した種はすでに昆虫ではないからな。

人間が猿ではないというのと同じ次元でな。」
「お、辛口やなぁ〜。」

ちなみにこの時、リララは笑いすぎて脳酸欠を起こし痙攣(けいれん)していたが、皆はリララ教授はまだ笑っているのだと思っていた。


 
n月n+2日。

午前11時03分。

壁新聞部の部室前。

爆音のごときエンジン音を立てているモンスタースーパーバイクにまたがったままのモルスは、イタミ兄妹の言葉に驚いていた。
「なに!?

お前達も行く!?」
「せや!

元はと言えばウチの不注意や。
落とし前はつけたらなあかん!!」
「ここはおギンの言うとおりですね。

むしろ、協力していただいているモルスさんを危険な目にあわせる訳にはいきません。
場所さえ教えていただければ我らが事態の収拾を…。」
「まったく、勝手な兄妹だ。
ワシは乗りかかった船は途中で降りたりせんぞ。」
「やっぱアンタええ人やな。」
「よせ。
それよりもどうやって行く?

この『ハリケーン号』、3人程度乗れんことはないが。」
「ウチは早駆けで走ってくわ。
時速100kmまでなら追い付けっから。」
「私は…、エアロバイクになりそうですね。」
「なに!?」
言い方はアレだったが、すっかり2人を後に乗せる気になっていたモルスは意外な返答に驚いた。

ソコに鼻歌まじりのリララが出て来た。
「おまたせ〜♪
取材しゅざ〜い♪」
リララはエアロバイク『守護天龍号』と『守護天龍号・改』の2台をひっぱり出して来ていた。
 

 
午前11時09分。

アカデミー南西のプラントエリアを彼らは移動している。
人間を拒むように繁る広大な林野の中に、無人の自動工場群が点在する地域だ。

赤茶に変色したガードレールに区切られ強靭な草木に侵食されて自然に還りつつある舗装道路を、4つの影が走る。

空には2台のエアロバイク。
地には豪快に風を切るモルスの自動二輪。
そしておギンは言葉通り、ソレらのマシンに併走してみせていた。
「しかし、お前がまた刺されたりしたら収拾がつかんが、そのへんは大丈夫なのか?」
「おう!
フーメイはんにもろた虫除け塗って来た!

それよりモルスはんこそ平気か?」
「蚊がバッタを刺すなんて話、聞いたことがあるか?」
「ん〜、ないな。」
「ははは!

しかし、『ミュータント蚊がいるかもしれない場所があるから、いたらば退治して来る』と言いに行っただけだったのに、まさかこんな大所帯で行くことになるとはな…。」
「言いに来たんが間違いや。」
「はは、違いない。

…む、あの辺りだ。」

モルスはかなり足場の悪くなってきた場所でモーターバイクを停止させた。
おギンはピョンピョンと跳ねるようにしてスピードを落とす。
上からはリララとトーキチローも下りて来ていた。

道路はソコで無くなっており、その先の一帯は熱帯雨林のような木々の生い茂る湿地となっている。
どうやらモーターバイクやエアロバイクに乗りながら調べていくというのは困難そうだ。

彼らはソコでマシンを降り、徒歩で辺りを調査することにした。


 
午前11時42分。

湿地帯。

4人は周囲の空を見回し、葉々の裏を見、藪をかき回して歩く。

しかし、どうということのない虫やトカゲが飛び出て来るばかりだ。
怪しげな蚊は見当たらない。

それでも彼らは慎重に周囲をさぐって行く。
「しっかしモルスはん、どないしてこの辺が怪しいってわかったんや?」
「この星にもそこそこ知能の高い昆虫はいる。
原生生物の情報網というのはかなり緊密で正確だからな、ソイツらにここ数日のうちに変わったコトがなかったかと聞いて回っていたんだ。

そうしたら、この辺の地帯に数日前から『それまで存在していなかった危険な虫』が現れているということがわかってな。」
「へぇ、スゴいんだねぇ。
人間で猿と話せる人なんていないのに…」
不意にモルスが「待て」と皆を制止した。

その視線の先には異様なモノがうつっていた。

目の前には水辺があった。
周囲には背の高い葦のような植物が生え茂っており境界こそ定かではないが、その前方には大きな水面が日の光を反射しキラキラと光っている。

この辺りは急激な凹凸のある地面が水に浸っているようで、ところどころに地面が見えるかと思えば、急に深いらしく静かな水面が黒く見えるところもある。

そしてその水面には、黒ずんだ魚の残骸が何十と浮いていた。
 
「フナにコイ…。
典型的な淡水魚だな。
その腹部がゴッソリとなくなっている。
熊にでも食われたのか…?

しかし、一度にこんな大量に…!?」
険しい雰囲気で水面を見回すモルスの横で、どこかズレてるリララ教授もまた物珍しげに周囲を見回している。
「へぇ、こういう魚って本当はこういう所に住んでるんだ。

いつも貯水槽とかにいるのしか見たことないけど…。」
「ええ。
淡水魚は本来、このような池や湖や川などに住み、水中の虫などを食べて生活しているんです。

貯水槽などに金魚やフナやメダカがいたりするのはその食性のためですね。
あれは蚊などの害虫の発生を抑止するために放たれているのです。
彼らは蚊の幼虫であるボウフラなどを食べ尽くしてしまう天敵ですから。

…ん?
ちょっと待ってください!」

浮いてる魚を横目で見ていたトーキチローは、突然バシャンと水に入ると死体を1つ掴み戻って来た。

よく見るとそのほとんど無くなった腹部周辺がモゾモゾと動いている。
彼は拾い上げた細長い石でその奥を押し広げて見た。

するとなんと、何匹もの細長い虫が魚の内部からその肉をモリモリと食べているではないか。
「こ、この形体!
コレは、ボウフラです…!?」
「そんな!
ボウフラが魚を食べるなんてアホなことがあるかいな!!」
「いやしかし、ココに浮いている魚達は一様に内側から腹を食い破られたようだ。

与えられた条件から論理的に導き出された答は、一見どんなにバカげて見えてもソレが正解のハズ。
つまり、彼らは食べたハズのボウフラに、逆に腹の中から食われたんだ!

そうだ、『危険な虫』というのは蚊じゃなかったんだ!
このボウフラ共だ!!」
「蚊は卵を作るために血を吸うんやったな。
その血が遺伝子侵食したのは当然卵、そして『超獣』化したんはソコから生まれたボウフラってワケか…!

しかし魚まで喰らうとは、すでに変質、凶暴化が進んでるんや!!
アレはすでにボウフラの姿をした『超獣』!!
くそっ!!」
おギンはそのボウフラ達を退治しようと水に飛び込んだ。

しかしボウフラというのは体長3mm程度で細長い。
自然の水辺で上から覗いて簡単に見付けられるモノではない。
おギンは無闇に水面を叩き始めていた。

それをよそに魚の中のボウフラを睨んでいたトーキチローは「まさか…」と呟くと不意に走り出し水面を見回していく。
そして「いた!」と叫んだ。
「おギン、コッチだ!!」
「なっ、なんやありゃ!?」
おギンはトーキチローの声に応え水の中を移動してみると、すぐに不気味なモノが見えた。

トーキチローが指差した先には、薄白く赤味がかった透明なモノが何個も浮いている。
やがてモルスとリララもトーキチローの後に追い付くと驚きの声を上げた。

だいたい握りこぶしくらいの大きさだろうか。
水面に2本のツノを突き出し、大きな頭を抱えるように胎児のごとく丸まったソレは、手足の見当たらない細い身体を丸めて痙攣するようにビクビクと動いている。
「かなりデカいが、あの姿…。

オニボウフラだな…。」
「オニボウフラ?」
「蚊のサナギです。
ボウフラは卵より孵化してから約1週間の間に4回の脱皮を繰り返しあの姿になります。
背にある一対の呼吸管を水面に出し呼吸しているのですが、ソレがまるで鬼のツノに見えるのでオニボウフラと呼ばれるのです。

そしてそこからさらに2〜3日ほどで羽化し蚊の成虫に…」
「待ってや兄者!
ウチが刺されたんは一昨日のことやで!?
せやったらまだこんな大きゅうなっとるハズが…」
「さっきのボウホラは食べながら脱皮を始めていたんだ。
それも、驚くほどの速度で大きくなりながらだ。

おそらく『超獣』化の影響が細胞レベルでの新陳代謝の時計をくるわせて…」
不意にトーキチローの言葉が途切れた。

不思議に思ったおギンが振り向くと、トーキチローはあらぬ方を見ている。
「そんな…」
トーキチローはそれ以上言葉にならなかった。

おギンがトーキチローに合わせて視線を移して見た先には、葦が生え並び奥まった場所で水流が滞っている場所がある。

ソコではなんと、20cmくらいの大きなオニボウフラが水面をびっしりと埋め尽くしていた。
「バカな…!
いくらなんでも大き過ぎる!
普通のオニボウフラは5mm程度のモノだ!!
さっきのだって充分以上に巨大だと言うのに!!」
「たぶん体構造が小さく単純な分、遺伝子の書き換えによる形質の変化が著しく顕現するんじゃないかな。

それにしてもあの数はスゴいね。」
「普通の蚊でも一度に約100個の卵を生む…。
しかしかえった幼虫の大半は成虫になる前に魚や虫などの天敵に食われてしまい、自然界での数のバランスが取られているんだ。

だが、逆に魚まで食っちまう今のミュータントボウフラには天敵はない!」
「最悪の状況やな…。

とにかく、殲滅や!」
おギンはジャバジャバと水の中を歩き、オニボウフラの群れている所に近付いて行く。

するとその時、ひとつのオニボウフラの背がにわかに膨れ上がり、その表面組織が内部からの圧力におされてプチプチとほつれていく。
「気をつけろ!

脱皮して出るぞ!!」
「させへんでぇっ!!」
瞬時におギンの鉄拳が唸り、オニボウフラの背を破りまさに飛び立たんとしたミュータント蚊を水面との間で叩き潰した。
そしてその打撃力の反動は強烈な水柱となって2m近く宙に跳ね上がり、余波が残りのオニボウフラを水面でかき混ぜる。

すると、その動きに刺激され勢い付けられたものか、揺れる水面から30cmほどもあるミュータント蚊が一度に3匹羽化し空中に飛び立った。

ソレを見てとったおギンの鉄拳がさらに閃くが、ミュータント蚊達はその場で羽ばたきながらおギンの拳より1テンポ早くヒョイヒョイと上昇したり後方にズレたりして避ける。
蚊達のその動き自体はゆっくりして見えるが、的確で無駄がない。
 
「な、なんや、あの動き!
ウチの攻撃が読まれとるんか!?」
「上がれ、おギン!
水中に立って動きの鈍った状態では、空中機動のヤツらにはかなわない!」

蚊は飛行速度は遅い部類に含まれる。
なぜなら2枚の前羽のみで羽ばたいているからだ。
しかし、退化し平均コンと化している後羽をジャイロとして働かせており、旋回、後退、ホバリングなど、昆虫の中でも最も優れたアクロバット飛行能力を発揮する種であるのだ。

また蚊の全身の毛は風圧センサーとなっており、遠くからでも微妙な空気の流れを感じ取り、周囲で動くモノの挙動を素早く察知することが出来る。

さらに触覚には、生物の体温を感じ取る温度センサー、炭酸ガス(二酸化炭素)を感じ取る化学センサー、皮膚の下の血液の流れる様子すらも正確に感知する超音波センサーをも備えている。
蚊がとまった途端に正確に吸血できるのはこれら能力のためである。

現代における蚊は普段は刺されてもカユくなるだけだから取り沙汰されることも少ないが、その実、数多くの恐るべき能力を持つ生物なのだ。


おギンは先程のトーキチローの言葉に従い急いで地面に上がった。
と、不意におギンがウッと呻いた。
巨大な蚊がおギンの背後の死角から右腕に止まり、すかさず吸血のための針を刺したのだ。


通常の体長5mm程度の蚊の口針は直径約0,05mmと極細のモノで、ソレを麻酔と同時に1,5mm程度刺すだけなので痛みは感じない。
しかしその本体が体長30cmに巨大化したモノであるというのならば、単純な倍数とすれば太さ3mmの管を9cmも刺されたことになる。
瞬時に麻酔の効く深さではない。

それに普通の蚊の口は細長く見えるから『針』と呼ぶが、実はその構造はなかなか物騒で、ノコギリ状の小顎と刀状の大顎とで皮膚を切り開きつつソレらで挟まれた咽頭から麻酔物質を注入、ソレらの器官ごと吸血のための管を皮膚の中に滑り込ませるのだ。


巨大な蚊によるこの行為にはさすがのおギンも思わず声を上げていた。

だがおギンは瞬間的にその蚊を掴み、握り潰していた。

そして反射的に手を当てがった右の上腕は見る間に熱を帯び腫れ上がっていき、逆にその表情からは血の気が引いていく。
「アレルギー反応が、強い!

こりゃすでに蚊のモンやないで!!
ウチやったからまだええものの、普通の人間ならアレルゲンのショック症状で死者が出るレベルや!!」
「しかもあれだけの大きさであの数だ!
吸血量、毒量、半端ではあるまい!

ココのヤツらが全て羽化し、血を求めてアカデミーエリアへと進攻することにでもなれば大変なことになるぞ!!」
「そうですね。
そしてさらに繁殖を始められでもしたら…。」
「それはもぉ、すっごくかゆいってことネ!?」
「いえ、多分そんなのんきなレベルの問題ではないかと…。」
「冗談よ。(=w=)
あのミュータント蚊が刺した相手を次々とショック死させつつ無際限に増殖していくってコトでしょ?」
「つまり、これはいよいよ私の『レンキョーコシンホウユウイデオン』の出番ってことネっ!

さっきおギンちゃんの潰したこのミュータント蚊の死体をさっそくチューニングステージにセット!!」
「うわーっ!!
ソイツさっきウチの血吸った〜〜〜っ!!」
「誰か教授に甘いモノなどを与えて気をそらさせろーっ!!」
「任せろ!
教授、コレを見るがいい!!」
モルスはすかさずポケットからメリーズのチョコレートケーキ(オレンジ味)を取り出した。

小振りだがカスリのようなオレンジ色とチョコレート色のツートンであるビニール個装には金色のラインと少女のシルエットのブランドマークが入り、高級洋菓子という言葉が迷わず連想されるステキさだ。

モルスはソレを後方高くに持ち上げ、反対の手でリララを牽制する。
「ぐ、ぐるるるるる…。」
そして充分に興味を引き付けたうえでリララ教授に手渡した。
「わーい、ありがとー☆

はむはむ…。」
「…あ、あれ?
私ナニかしてた途中だったような…?」
「ははは!
ナニ言ってるんですか!!
これから皆で退却するところですよ!!」
「あ、そっか。
早く逃げよ!」
「グッジョブ、モルス!
貴方の功績はこの星よりも重く、夜空の星々よりも輝いている!!」
「ああ!

それはともかく退却だ!!」
親指を立てあった2人の背後では、ミュータント蚊が次々と羽化し水面から飛び立っている。
もはや4人にどうこう出来る状態ではなかった。


彼らはバイクを置いて来た場所へと向かった。

しかし、しばらく行くと彼らの前にミュータント蚊の群が立ちはだかった。
何十匹といるであろうか。
彼らは集団で円を描くようにして上下に飛び交っており、遠くから見るとまるでソコに太い柱があるかのように見える。
 
「どうやら、他の場所からも羽化しているようですね…。」
「全部叩き潰すか!?」
「待て。
あれは『蚊柱』という現象だ。
『蚊柱』に集まるのはオスだけ。

ココは手を出さずに、一刻も早く退避するのが得策だろう。」
彼らは迂回し、細いケモノ道に入り、茂みをかきわけ進んで行く。

すると、斜め前方からミュータント蚊が数匹、明らかに彼らを目指して飛んで来た。
「いかん、アイツらはメスだ!
戻って脇の道に避けるぞ!」
先頭を歩いていたモルスはクルリと転進し、後をついて来ていた3人を方向転換させる。
「しかしモルスさん、蚊の雌雄を瞬時に見分けられるのですか?!」
「頭に生えてる触角が、羽根みたいにフサフサしてるのがオス、あんまりフサフサしていないのがメスだ。
あとメスのほうが腹が丸っこい。

いや、それよりも、メスは吸血しようとする時は好んで人間に近付いて来るからすぐわかるだろう?」
「なるほど。
じゃあ今追って来ているのはメスというわけですね。」
「それは確かな判別法だねー☆」
彼らはケモノ道をひた走る。
しかし道が悪く狭いので小走り程度の速度しか出せず、ミュータント蚊を引き離すことは出来ない。

むしろ周囲のミュータント蚊達は動いている人間の存在を感知し、彼らを追うその数は徐々に増えていっている。
 
「しつこいものだ!
あんなヤツらが相手ならば遠慮はいるまい!!」
モルスは後に向き直り、左手でコートの前重ねをバッと開くと、右手でその懐に納めてあった銃を引き抜き、次の瞬間には空を飛ぶミュータント蚊達に連続して銃弾を浴びせていた。
 
「それは…、ルガーP08!?」
トーキチローがミュータント蚊以上の信じられないモノを見たという顔をした。

モルスが手にした銃は尺取虫型をした遊底が特徴的な古式の拳銃だ。
旧帝星の暦で西暦と呼ばれた時代の1908年に帝政ドイツ陸軍の制式拳銃として採用されたのでP08の名を持つ自動拳銃である。

作られた時代には単列箱型弾倉に装弾される9oパラベラム弾の威力と独特のスタイルが将兵達に愛され300万挺以上が製造されたと言われる名器だが、技術の進歩には抗うべくもなく今では博物館以外で見られる代物ではない。
「さすがに当時の物ではないがな。」
彼は弾を撃ち尽くした銃を懐に戻す。

しかしミュータント蚊はなおも増えていく。
 
「埒があきそうにはないが…。」
モルスはさらにコートの内よりスミス&ウェッソンM19コンバットマグナムという輪胴式弾倉の銃を取り出しまたたく間に6匹を撃ち落とす。
そして懐に戻すと同時に反対の手にはコルトパイソン357マグナムが握られている。
「うわ〜…。」
おギンが感心しているのか呆れているのかよくわからない声を上げた。
 
「いかんな。
あんな数の集団に襲われてはひとたまりもないぞ。
とにかく走れ!」
モルスはミュータント蚊に向け銃を撃ちながら叫んだ。
倒すよりも増えるほうが多く、すでに30匹はいるだろう。
リララ教授を抱えてイタミ兄妹が走り出すのを確認すると、モルスは銃を撃ちながらしんがりに付いた。

だがやはり、ミュータント蚊は手近な獲物であるモルス達を追って来る。

もっとも、ミュータント蚊は普通の蚊をそのまま拡大コピーしたような姿なので大きく重くなっているのか、直線飛行速度がさらにのろくなっているのが救いだ。

とは言え群はかなりの数でモルス達を追って来ていた。
いくら撃っても減っていく気がしない、という危機的状況である。

さらには先行したトーキチローの言葉が状況の最悪さをハッキリさせた。
「いけません!
ここから先は杉の密生地のようです!
ケモノ道もありません!!」
「密生した杉…。
ウチの力でなぎ倒しながら進めんこともないけど、杉は折ろうとしても1本ずつが変にシナる!
密生しとるところを一気に倒そうとしたら、ウチとてはね返されてまうから結構時間がかかるで!!」
振り向けばブゥゥゥゥゥゥゥンと無数の羽音を立てるミュータント蚊の一団がゆっくりと近付いて来ている。
進むことも戻ることも出来そうにない。
 
「しょうがない!
コレでも喰らいなベイビー達!!」
モルスはたった今弾を撃ち尽くした南部14年式とIMIデザートイーグルをポケットにしまい、やおら向き直った。
赤黒いコートの裾が遠心力によりまくれ広がる。

その内側には大小さまざまな銃器、ライフルやバズーカなどがまだまだ大量にぶら下げられていた。

モルスはその中から長さ652mmの両手持ちらしき銃を取り出した。
ウージーというマシンガンである。
「あ、アレ知ってる!
ウジ虫がどうとかいう機関銃でしょ!?」
「ウージーです!Σ( ̄ ̄;)

正確にはIMI(イスラエルミリタリーインダストリーズ)ウージーSMG(サブマシンガン)。
名称は開発の指揮をとったイスラエル軍のウジール・ガル少佐の名から取られています。

ちなみに発射速度は毎分600発。」
「うぅわ!
モルスはんがそんなん撃ったら…!!」
おギンはそれこそ暴風雨のごとき撃ちっぷりと轟音を予想し耳をふさいだ。

が、モルスは蚊一匹に対し一発ずつペチ、ペチ、という感じで撃ち込んでいく。
「あ、あれ?
なぁモルスはん、なしてそないチマチマ撃ってんの?」
「ん?
ああ、生徒会予算がキツいんだ。」
「は?」
「だから…、生徒会予算がキツくて備品などはワシらが自腹で買っているんだ。
それで懐具合に余裕がない。

弾丸は後で拾うとして、弾薬というのも安いようでいて案外バカにならん。
だからフルオートにして撃ったらアモがもったいないだろう?」
「あー…、いや、ちゅか、マシンガンってもっと雨アラレのようにバーッと弾が出るモノかと…。」
「そうか、さっきトーキチローが毎分600発と言ったのを聞いてたな。

弾倉の形式によって異なるんだが装弾数、つまり入ってて撃てる弾の数ってのが決まっている。
今のコイツは9パラ(9oパラベラム弾)が25発で満タンだ。
撃ちっぱなしにすれば3秒たらずで全弾を撃ち尽くすぞ。」
「あ、そうなんや。
ホンマ勉強になるなぁ。」

モルスはウージーも撃ち尽くすとコートを広げ収納し、残りの武器を確認する。
「ライアットガン、グレネードランチャー、…このへんのモノでは意味がないか。
今度からは火炎放射器も持ち歩くとしよう…。

今はやはり、ハンドガンで落としていくのが確実!」
モルスはトカレフTT33を取り出し、迫るミュータント蚊の一匹を撃ち落とした。

と、その瞬間、ガキッという妙な音が響いた。
「ぎゃーっ!
ジャムったーーっ!!」
モルスはそう叫ぶと突然銃の上部をガチャガチャとひっぱり、そして弾倉を外して地面に向けて振り回し始めた。
「え!?
なに!?」
「ジャムるってのは自動排莢機構のある自動拳銃で時々起こる不具合だ。
弾を撃ったあとの殻の部分が出口で詰まってソレのせいで次の弾が装填出来なくなって、つまり撃てなくなるんだ。」
「つまり便秘か!」
「じゃ、今度から便秘の人のことジャムラーって呼ぼう!」
「それにしてもトカレフTT33はジャムりやすいって点がいやに有名で、映画や小説に出てくるとほぼ必ずと言っていいほどジャムるんですよねぇ。
それも肝心の場面で。

いやぁ、本当にそういうモノだとは思わなかった…。」
独り言をつぶやくトーキチロー達の目前にミュータント蚊が迫る。
「さて、モルスさんは虫系だから大丈夫でしょう。
しかし、体の小さいリララ教授だけはなんとしても守り抜かねばなりません。

おギン!良いか!!」
トーキチローが拝むような形で右の手刀を胸元に構える。
『イタミ秘伝流』の構えである。

おギンもまた両の拳を打ち合わせ構えをとった。
「応っ!

徒手空拳にて敵を討つ、我が鋼の拳に曇りなし!
群らがり来たる蚊トンボ共に、神鳴る力、見せてくれん!!」

彼らの身に付けているイタミの流派、その全ての核となり真髄でもある奥義、『イタミ秘伝流』とは、その戦闘術において一切の武器を使用しない。
自身の身を守る盾となり、敵を討つ矛となるのは唯一ただその拳のみ。
ソレは身体能力を最大限に活用した、宇宙最強を誇る破壊拳術なのである!

だがしかし、つまるところは手を使っての攻撃であり相手に触れることが出来る位置で立ち会わねばならない。

目の前の敵は蚊であり複数。

もともと格闘術や戦闘術に、こんな蚊を相手にするなんてことは想定外である。
なんとも分が悪いのは否めなかった。
しかし彼らに迷いは無い。

そして今まさにイタミ兄妹の必殺の気合が前方から飛来するミュータント蚊達に向けられたその時、突如彼らの後方で杉木立を裂く音がし黒い影が彼らの頭上に舞った。

トーキチロー達は全くの意表を突かれ戦慄し、上方を振り仰いだ。


 
午後12時32分。

戦慄したトーキチロー達の耳にドップラー効果のかかった声が響いた。
 
「そこまでです!」
その場に飛び込んで来たのはフーメイだった。

彼女の声と同時に、トーキチロー達の足元の地面がドスドスドスッと無数の鈍い音を立てて衝撃に震えた。
そしてフーメイの来た方角から音も無く何台もの高脚型多脚戦車が茂みの上にヌッと現れた。

ソレは局地対応として踏破性能を高めるために最大長3mの可変脚を採用した多脚構造を持ち、多数のウェポンスロットとマルチパーパスファイヤーコントロールを搭載した全領域対応型多機能兵装戦車、『アシュラオウAMWCT/06』だ。
警備本部の誇る制圧兵器である。


地面の衝撃から瞬間的にソレに銃弾を撃ち込まれたのかと思ったトーキチローの視線が周囲に走る。

しかし、ソレは銃弾ではなく、ワイヤーの生えたアンカーだった。
良く見ればトーキチロー達の足元と池の方角とを区切るように打ち込まれている。

ソレらが突然、フェンスのような形になって立ち上がった。


フーメイが現れてから時間にして2秒弱、リララはようやく現れたのがフーメイだと気付いてきょとんとしている。
「あ、あれ?
フーちゃん??」
「あとは私達に任せて、あなた方は安全な所まで退避してください!

コマンダーより各員へ、危険区域内の一般人を確保しました。
防衛ライン、敷設完了。
各班、予定通りアルファフォーメーションにて展開して下さい。

作戦開始!」
通信機に向けたフーメイの号令で多脚戦車の集団は散開しながら偏光擬態の効果で姿を消した。

そしてバランッという音を立てフェンスの向こう側に黒いマネキン人形のようなモノが何体も無造作に降りて来た。
するとソコに向けてミュータント蚊が次々と群がり来て、そして、まるで掻き消すように次々とその姿が消えていく。
 
「あの人形は哺乳類と同じ体温と湿度を持ち二酸化炭素を放つダミーです。

あの異様な蚊がアレにつられて近寄ってきたところを、多脚戦車が捕獲または退治しています。

そして周囲はガーディアンユニットが包囲しています。」
フーメイの淡々とした解説と周りの状況から、警備本部が蚊の退治に来たということをトーキチロー達は理解した。
「しかし、いくら巨大なモノとは言え相手は虫!

厳重な包囲網を例えて『猫の子一匹逃さぬ包囲』と言いますが、蚊の一匹くらいは見逃してしまうはずです!」
「せや!

フーメイはん、この一帯になんでもええから超強力な殺虫剤を散布してくれ!!
このアカデミーにおる人間すべての危機なんや!!
早く!!」
「その必要はありません。」
「え!?」
「どういうことですか?」
「逃がすつもりはありませんが、もし逃がしたとしてもあの蚊はじきに全滅します。」
「なんでそんなコトが…?」
「一昨日訪ねていらした時、警備本部がいやにあわただしかったのを覚えていますか?
アレはある施設が事故を起こしたからだったんです。

…いえ、正確には事故を起こしていたことが判明したから、ですね。

その施設の名称は『BPI』。
虫に関する実験研究をしているバイオプラントです。」


 
午後12時35分。

深い木立の影の中に、ミュータント蚊を退治していく集団を見詰める目があった。

人の形をしたソレは影の中にあってなお影よりも暗く、正に闇そのものとでも形容すべきモノであった。
 
「思わぬ事態に発展したが…。
しかし、彼らの行動データまでもが得られた。
願ってもない…。」
影の中の闇は満足げに頷いた。
と、咄嗟にスゥ…と退いた。

するとソコにはすでに闇はなく、ただ、木々の黒い影があるばかりであった。


 
同時刻。

かすかにだが、総毛立つような異様な気配を感じ取ったおギンは反射的にその気配の方向に身構え、事態を伝えるべくトーキチローの名を叫んでいる。
彼女の場合、考えるよりも早く体が動いているのだ。
「兄者!!」
「お前は、いつも挙動がストレート過ぎる…。( -_-:)」
見れば、あらぬ方向を向いたまま知覚の全てを同じ方向に注いでいたらしきトーキチローが、思いっきり気配の方向を振り向いたおギンを見て頭を抱えている。
「あぁ!?
す、すまん、兄者!!Σ( ̄▽ ̄;)゛゛゛」
「……。
闇、か…。」
向き直ったトーキチローの視線が深い木立を貫いた。
しかしその鋭敏な感覚が捉えたのは、ただ木々の梢の落とす影だけであった。


 
午後3時03分。

警備本部新本館ビル1階、応接室。
作戦行動を別のコマンダーに引き継いだフーメイはリララ教授達を連れて本部に戻っていた。

彼女はモルスのホルダーケースに入った2枚のカードを電子的にチェックし、丁寧に返した。

『GSA銃砲類携行許可証』と『大型/特殊/高速/自動二輪・星間A級ライセンス』の2枚だ。
それぞれモルスの証明写真と、“Mors”という本人の書いたサインが入っている。
 
「確かに確認いたしました。

モーズさん、でしょうか?」
「いえ、モルスです。」
「失礼いたしました、モルスさん。

この度の御協力に対しGSA警備本部を代表し感謝いたします。
ありがとうございました。」
「いえ、とんでもありません。」
慣れた様子で深々とお辞儀をするフーメイの前で、モルスもまた慣れた様子でお辞儀をする。

リララとおギンは『ああいう社交辞令みたいのはイヤだなぁ』なんて思いながら見ていたが、言うと怒られそうなので黙っていた。

そしてフーメイが「ちょっと失礼します」と部屋を出た後で、モルスがリララ教授に耳打ちをした。
「教授、あの方はたしか理事長先生の秘書さんでは?」
「そだよ。」
「そう言えば御挨拶がまだでしたね。

わたくし、ビッグG理事長の秘書をしておりますフーメイです。
GSA警備本部、アカデミーセキュリティーサービスの特権指揮官でもあります。」
フーメイがお盆に人数分のお茶をのせて戻って来た。
いやに素早い。

彼女は周囲に気を使わせたくないからとこういうことは自分でするのだが、最上級指揮権を持つ特権指揮官である彼女のその行動が周囲の隊員にかえって気を使わせているということには気付いていない。
 
「ところでさぁ、なんでいきなり警備本部の機甲部隊がミュータント蚊退治に出て来たんや?」
「いきなりという訳ではありません。

一昨日、おギンさんの腫れから採取した蚊の唾液のサンプルと、次の日『BPI』から回って来たアレルゲン物質のサンプルが合致したのです。
そのすぐ後で局地生命研からアカデミー本部のほうに『怪しげなボウフラが発生している』との報告が来まして、状況が掴めました。

以前おギンさんに聞いた話もありましたから、生身の部隊では不向きと判断し、装備を整えてから機甲部隊を出したのです。」
「あぁ、せやったんか〜。
ところでさっきからずっと言っとる、その、『BPI』がどうとかってのはなんのこっちゃ?」
「おギンさんの血を吸った蚊は『BPI』の事故の際に外に出てしまった蚊だったのです。

アソコは閉鎖的な体質で、なにかあってもなかなか報告が来なくていつも困ってしまうのですが…。

いえ、それはさておき、『BPI』は昆虫に関する様々な実験研究をしている施設です。
今回はなんでも7億年前の地層から出土した瑪瑙(めのう)に封じ込められていた古代形質の蚊の再生実験をしていて、その実験中に事故が起きたんだそうです。」
「それはスゴい内容の実験研究ですな。」
「しかし、『BPI』からの資料によれば、再生した蚊はオリジナルとなったサンプルの不完全さのために遺伝子の生殖領域に形質異常を持っており2代以上の生殖は形質破壊を引き起こしてしまうので不可能。

さらには成長因子を制御する時計が速くなっており、テロメアの復元も出来なかったそうで、成虫はおよそ1日で死にます。」
「なるほど、そういうことでしたか。

しかし、興味深い実験なのに残念なことです。」
「え〜と、どういうこっちゃ?」
「つまり、あの蚊は成長が早くなっている分、それと同歩合の計算で寿命も短かい。
しかもクローンの元が年寄りだったからさらに短くなっている。

『超獣』化していても元の遺伝子異常を補正することはありえないからアレ以上は増えることは出来ず、アレで打ち止め。

…ということでしょう?」
「ええ。
さすが御理解が早い。

そしてオリジナルとなった蚊は、学問的には『ムカシオオマダラカ』と言うこの星特有の種なのですが、現在のような大きさではなく成虫は大きい個体なら30cmほどのモノだったそうです。

幼虫は現在のサイズとほぼ同じ1mm程度から経時的に大きく成長していきますが、なんでもヤゴやタガメ以上に獰猛な肉食虫だったハズだとか。」
「な、なにゅ〜〜〜!?

じゃあアレって『超獣』化のせいやなかったの!?」
「さあ。
でももしあのような状態の蚊がそのまま自然の中に出たとしら、産卵することもできずに死んでいた確率が高いと思います。

いずれにせよあの蚊は人や生態系に重大な害を及ぼしかねませんでした。
当初は回収、凍結を目的としていたのですが、ああなられては退治もやむを得ません。」
「ところでひとつ質問が。

なぜ警備本部なんです?」
「ソレは機密です、ということで御勘弁ください。

しかし、さすがですね。」
「こう見えて私は頭脳派ですから。
妹のおギンは肉体派ですが。」
「コレでギャラが一緒やったらええんやけどなぁ。」
「あはは、アカデミーって頭良くないと奨励金出ないもんネ☆」
「おギン。
最近バイトしていないようだからそれなりの給付を受けているんだと思っていたんだが、違うのか?」
「う〜ん…。」
「具体的な金額は知りませんが、GSアカデミー厚生福利部より『最低限 文化的な生活に支障ない額』が給付されるよう手配したはずですが?」
「その表現で給付される額ってのがなぁ…。」
「そうか、苦労しているのだな…。」
口ごもるおギンを見ながらしみじみとつぶやくモルスだった。

この事件以降、彼はなにかというとイタミ兄妹びいきになってしまいS四天王から怪しまれるのであるが、しかしそれはまた別の物語である。


 
午後4時03分。

警備本部新本館ビル1階、ロッカールーム。
就業時間中であるので人気のないこの一室に、フーメイに呼び込まれたおギンがいた。
「んで?
なんや、話って。」
「『BPI』の事故の件です。
ここだけの話ですが、どうやら偶発的な事故ではなかったようなのです。」
「つまり、まっとうな『事故』やないっちゅーことか?」
「組織上特殊な立場にある私のような特権指揮官は、普通、事故処理の指揮をとったりはしません。
警備本部も、蚊の退治なんかはしませんね。

あの事故は仕組まれた事故であった可能性がある、ということなのです。」
「じゃ、産業スパイかなにかか?」
「いいえ、私の把握している限りその線はありません。
内ゲバの可能性も洗いましたがシロでした。
その他も色々調べたのですが手掛かりはなしです。

となれば私達に把握できない線、つまりあなた方に関係することである可能性が高いのです。
ナニか心当たりはありませんか?」
「あ、そういえば…。

なぁ、さっきの池のあたりで変な気配があったのん気付いとった?
兄者も気配には気付いとったようやけど、結局なんなのかはわからんかったんやけど。」
「私がいた時にですか?」
いつも冷静なフーメイが少なからずショックを受けたようだ。
どうやら気付いていなかったらしい。
「私が出し抜かれるような相手なのだとしたら、今のセキュリティーの力では…。
敵であるのならば厄介なことになりそうですね…。

用心に越したコトはありません。
ソチラも気をつけて下さい。」
「了解。」


 
 ・エピローグ

n月m日。

午後3時21分。

壁新聞部の部室。

数日が過ぎ秋の気配が濃厚になると蚊も出なくなってきた。

なんやかんやあったが蚊騒動も落着したのでおギンはのんびりと暇を持て余し、そしてトーキチローは騒動の後で買った『絶滅昆虫大図鑑』という本を読んでいた。
 
「あ〜…、かいかい。」
「ん、ちょっと待ておギン。
ソレは…。」
肌を掻く音に視線を上げたトーキチローはおギンの脚を指差した。
ソコには、腫れは小さいものの真っ赤に充血した虫の刺し跡とおぼしいモノが5cmくらいの間隔を空けて3つついている。
「ぎょっ!?
コ、コレわっ!?」

そこにリララが『謎の巨大蚊現る』という見出しの壁新聞の原版を持ってやって来た。
彼女はなにやら深刻な顔をしているイタミ兄妹を見て首をかしげた。
「あれー?
2人ともどうしたのー?」
「リララちゃん!
この星って『ダニ』もおるんかー!?」
「え?
あ、うん、いるヨ?

いつもは生息数があんま多くないんだけど、今年は例年にない大発生だってニュースになってたジャン?」
「な、にゅ〜〜〜っ!?」
驚いたおギンがスットンキョウな声を上げると同時に、部室の外から地鳴りのような音が響いてきた。



外では身長50cmくらいのミュータントダニの一群が走り回っていた。


 


Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers & N-FORCE Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"