『第4話 〜冬〜 「アカデミーの一番長い日(前編)」』

 
 
その男は人気の無いビルとビルの間を駆けていた。
巨大な建造物郡の狭間、街灯の明りが作り出す闇と闇の合間を縫って、駆け続けていた。

しかし彼の背後、数十メートルの間を置いて『ヤツ』が、黒い『ヤツ』が確実に追い掛けて来ている。
男は本能的な恐怖に駆り立てられ走りつづけていた。
「なんなんだ…?
いったいなんなんだよ、アイツはっ!?」



男の名は、ナイト・バイパー。
もっともこんなケッタイな名前が本名な訳ではない。
大戦中にはスゴ腕のスパイとして鳴らした男の、いわば通り名だ。
相応な金さえ積まれればどんな暗号や軍事機密でも必ず手に入れる。
それが彼の信条だった。

しかし6年前の『第3次銀河聖戦終結』からこっち、大したヤマもなく、ちまちまとした産業スパイみたいな事をして過ごしていた。
そんな時、ある闇企業からの依頼が舞い込んだ。
それは『GSアカデミー』という研究機関から『設計図』と呼ばれる機密を盗んで欲しいというものだった。

『GSアカデミー』と言えば今や子供でも知っているデカい研究機関だ。
なにしろひとつの星系すべてを敷地としているというほどだから、デカすぎて笑えてくる。
しかも銀河皇帝直々にその設立を後押ししたらしく、『GSアカデミー』の正式名には『大銀河帝立』という御大層な冠がつくらしい。

とは言え、学園部や見学コースなんてものまである和やかそうな組織。
しかもデカければデカいなりに相応なスキもあるハズ。
楽勝だとタカをくくって潜入した。

だが、違っていた。

一見無造作に出入りできるように見えたのは、情報漏洩のスキのない機密保護がなされているからであり、まさに先進科学の要塞としか表現しようのない恐るべき機関だったのだ。


バイパーがこの星に潜りこんで2日目。
彼はこの機関の周到さに参っていた。


彼は帝国政府の『裏』に通ずる者に手を回し『先進的科学機関の見学を希望する技術者』として入星したのだ。

しかしまぁ見学と言えば、バスとかに乗って、セキュリティーサービスとかに監視されつつ、決められたコースを決められたように回って終り、だと思っていた。
だが入星チェックが終ったあとは、休憩・宿泊のためのホテルの場所が書かれた紙とガイドブックが渡されただけだった。

つまりこの研究学園惑星を自由に見て回っていいと言うのだ。
もちろん希望すればバスツアーのようなコースもあるらしい。
しかし自由に見て回れるほうがチャンスも多いに決まっている。
彼は1棟ずつの建物の中身までが詳細に記載されているブ厚いガイドブックを片手に『見学』して歩く事にした。

彼は数々の先進的技術のさらに数歩も先を行くであろう驚くべき技術や施設で埋め尽くされた『GSアカデミー』内を、学園部の学生達や研究員、職員に混ざって見て回った。
施設の質はもちろん、技術レベルからなにから全てが一般の常識を遥かに超える、とんでもない施設であった。
それにしてもさすがに星全てが施設であるだけあって本当にデカい。
デカすぎて機密がある場所の見当すらつかなかった。

それに、ほとんど全てを自由に見られるという事は、逆に言えばほとんど全てに相応のセキュリティーが働いているということだ。
警備ロボットや監視装置らしきモノも行く先々で見掛けられた。
これは迂闊に手を出せたものではない。


仕方がないので彼は作戦を変えることにした。
やはり先進のスパイはハッキングであろう。

彼の認識ではそのようなことになっていた。

そしてなんと宿泊のために用意されたホテルの個室にはコンピューター端末までが備えられており、膨大なデータを検索したり閲覧したりすることもできるのだ。

まさにおあつらえむけ!
これで楽々機密をゲットだぜ!

彼の認識ではそのようなことになっていた。

実戦で鍛え上げた百戦錬磨のスパイ、ナイト・バイパー。
そんな彼だがコンピューターというものは実は全く理解できていないというのは秘密だった。


彼はさっそく事前に依頼主から渡されていた、旧式のノート型パソコンに見せかけた『ハッキングキット』を準備した。
実はよく判らないから使わないでおこうと思っていたというのも秘密だ。

しかしソレが軍事用の最新の機械と同等のモノであるということは知っていた。
聞くところによれば、コレはハッキング機能と対アンチハッキング機能の性能がピカイチの極上品と言われているマシンだ。

なんでも、帝国がある技術者に設計させたはいいが、制作費が高くなりすぎるために当の軍が3台しか作れなかったというイワク付きのモノだ。
そしてそのために報酬を少なくされた設計者が腹を立てて『裏』で作って売りさばいたモノらしい。
もっともソイツはもう軍に捕まったと聞いたが。
だからまぁ、性能としては問題ないモノなのだろう。

実際、いじってみてもよくわからないというのも秘密だが。


さて、彼は端末の前に座り、まず普通にアクセスしてみた。
すると膨大な、しかもアカデミーの外でならトップシークレットにされているような情報の数々までがオープンにされていた。
もっとも、見ることができるだけで、様々なガード機構により撮影や複製をしようとするとデータがブレイクしてなんなのかわからなくなる仕掛けなども整備されているらしいのだが、今回はこのへんのデータに用はない。

次に件のキットを接続して起動用のパスワードを入力し『カンタンお任せハッキング』と書かれているボタンを押した。
コレであとは自動的にやってくれるらしい。

便利な世の中になったものだ。

彼の認識はそんなものだった。


しかし30秒くらいすると突然マシンがポンッ!と軽い音を立てて煙をふいた。
アカデミー謹製の『ブラストウォール』と呼ばれる攻性防壁からの攻撃である。

アカデミーの技術力は外界での常識を遥かに上回る。
例え軍事用のハッキング&対アンチハッキング機構と言えど、アカデミーの技術の前では子供ダマし程度の効果しかない。
今のは機密領域にハッキングを試みてきたマシンを回線からピンポイントで逆流させた高電圧にて破壊したのである。

しかし、バイパーは突然の破裂音に驚きはしたが別に慌てはしなかった。

『ふ、やはり、機械なんてのはアテにはならないな。』

彼はタバコに火を付けると、ひとつ、大きく息を吐いた。

『……。
外国だからコンセントの電圧が違ってたのかな?』

彼の認識は(以下略)。



そして『ヤツ』がやって来た。
黒い、まっ黒いチャイナドレスに身を包んだ、あの女が。



『ハッキングキット』がオシャカになってから5分くらいが経ったころ。
バイパーが次の作戦を思案しているとチャイムが鳴った。

ルームサービスであろうか。
彼は面倒臭げに「はいはーい」と言いながらドアの前に行って目の高さにあるボタンを押す。
するとドアの手前の空間にドアの向こう側にいる人物の姿が映し出された。

ソレは真っ黒いチャイナドレスに身を包み、真っ赤なゴーグルをかけた女だった。
 
「…こんばんは。
マッサージのサービスです。」
その女はバイパーの声を聞くとちょっと首をひねりつつ変な間を置いて用件を言った。
まるでバイパーがチャイムの返事に出たのが意外であるかのように。

しかし彼は考えたが、その用件に覚えがないのでそのままを答えた。
「頼んでないけど?」
「ですから、サービスです。
さぁさぁ、御遠慮なく今すぐドアを開けて下さい。」

…なんだかとっても怪しい。
しかしココで下手にモメゴトを起こすのは避けておかねばならない。
なにせ、機密を手に入れたとしても、その後この星から怪しまれずに出られなければ意味がないのだから…。

バイパーが少し考え込んでいると、女は言ってもいないのにIDカードをカメラに向けた。
ソコにはこのホテルの関係者と示す記述とその女の写真が見てとれた。
それにしても、顔の3分の1くらいを覆う真っ赤なゴーグルをかけたままの写真が貼ってあるのだが、それって身元確認の役に立つのだろうか…。

しかしホテルの関係者であるようだし、女だし、別段ヤバいことはないだろう。
バイパーはそう考えてドアを開けた。

黒い中華女はしずしずと入ってきた。
特に荷物などは持っていない。
黒いチャイナ服は肩のところが大きくふくらんでいる変わったデザインだが、全体的には身体にぴったりとしていて、どこかに武器などを隠し持っている様子もない。
警戒する必要はなさそうだ。

それにしてもなんだか全体的に黒いわりには、胸に血のように赤い薔薇の刺繍があったり、かなり強烈なスリットが入っていたりと、けっこう派手なヤツだ。

と、その時、バイパーの脳に稲妻に似た閃きが走った。
ソレはまるで長い推理小説を読み進めていくうちに突然に頭の中の不安にも似たモヤモヤが晴れわたるかのような強烈な閃き。
そう、彼はこの女の正体を見破ったのだ。

見えたっ!
そのチャイナドレス!
そして強烈なスリット!!
さらにマッサージ!!
つまり『韓国式マッサージ嬢』かっ!!

バイパーの頭の中ではすでに桃色ビジュアルが飛び交っていた。

彼の(以下略)。


しかしその女は入ってくるとつっ立ったままで首をひねってバイパーの顔をジーッと見ている。
「……。」
「どうした?」
「…目を、見ていました。」
「ん?
ああ、オルブライト星系の人間の目が珍しいのか。
今や銀河はブルーアーク星系出の人間が大半だものな。
コレが、『蛇みたいな目』だって言うんだろ?」
バイパーが軽く目の焦点をズラして電灯を見上げて見せた。
その瞳孔は縦に閉じて爬虫類のモノのような形になる。
「いえ、すみません。
そういうつもりではないのです。
すみません。」
「あー、なんだよ、そんなに謝んなって。
慣れてっからよ。
謝られたほうが困らぁ。」
「…すみません。」
「ん?」
バイパーは咄嗟に目を押さえていた。
「どうしました?」
「いや…。
なんか今、お前のゴーグルが眩しく光ったような気がしたんだが…。」
「電灯を反射でもしたのではないでしょうか。」
 
その後、女はひとしきり謝った後、部屋の片隅で焦げているパソコンに目を止めた。
「…あのパソコン、煙噴いてますね。」
「ああ。
どうもコンセントの電圧が違っていたらしい。」
バイパーがメンドクサそうに言うと女はちょっと肩をすくめて微かに笑ったようだ。
「面白い方ですね、バイパーさんは。」
「!!」
バイパーは瞬時に隠しナイフを取り出すと女の喉めがけて一閃した。
この女が今たしかに『バイパー』と呼んだからだ。

その名は『裏社会』でのみ通用する名。
クライアント以外でそれを知っている者はすべて敵である。
とるべき行動は第一に、『処理』。

しかし斬り付けられた女はバイパーのナイフを繰り出す勢いに合わせて腰を引きつつ両腕を広げて円を描くような動きをした。

その直後、バイパーの身体は意思に反し宙に舞っていた。
『!!
この身の捌き!
まさかこんな若い女が…っ!!』
バイパーは戦慄した。
GSアカデミーの下調べをした時に聞いたことがあったからだ。

アカデミーには侵入者達を狩る無敵の拳術士がいる、と。

ソイツは流れるような回転運動を基礎とする動作の中で、あらゆる気の流れを自在に操る古代拳法を使うらしい。
その術をマスターしている者ならばたとえ小柄な老人であってもヒグマを倒す事すら可能だと、少し前に流行ったシネマトロンでも見たことがある。

間違いない。
この女こそが『狩人』だ。

しかし彼も『ナイト・バイパー』と呼ばれた男である。
彼の身体が床に叩きつけられる寸前に受け身をとり、袖口に仕込んでおいた神経毒ニードルを女の胴体めがけて放った。

女は瞬時に反応し半歩退き、ソレは虚しく壁に突き刺さる。

しかしソレで充分だった。
バイパーはその隙に、大きな窓ガラスにタックルをキメてブチ破り、その勢いのまま屋外へと飛び出て行った。


一歩遅れて彼女は窓に駆け寄り身を乗り出した。
眼下に広がる暗い空間から強烈なビル風が吹き上げ、栗色の髪を逆立たせる。

真っ赤なゴーグルはその外見にたがわず赤外線暗視機能も有するが、その視界にバイパーの姿はすでにない。
「…結構、やりますね。
引際をわきまえるというのは難しいことですのに。」
彼女はゴーグルの根元にあるマイクロスイッチを押して通信回線を開く。
「警備本部に連絡。
先頃ハッキングを仕掛けてきた端末の部屋にいた被疑者を取り逃しました。
被疑者は第2ホテルの強化ガラスを破り、6階より飛び降りて逃走。
なんらかの肉体強化を施しているものと思われます。

AS(アカデミーセキュリティーサービス)に連絡。
現場周辺に警戒態勢を敷いてください。

『コマンドマスター』に連絡。
現場周辺のガーディアンユニットを第3種臨戦待機にシフトしてください。

……。
星間警察機構より返信あり。
先程サンプリングした声紋と網膜パターンによる最終照合を完了。
被疑者を星間指名手配中の産業スパイ、『ナイト・バイパー』と確定します。
各管轄機構に通達願います。」
 
彼女は報告を済ませると砕けたガラス片の残る窓枠に登り、頭の左側から垂らした先端に刃物のようなモノがついた6房の髪の毛を広げた。
ソレらはアンテナの役割を果たすのだ。

彼女はこの区域の監視センサー網を統括する管理コンピューター=『エリアマスター』にアクセスし、この周辺の、それだけでも膨大な量になる監視データをチェックしていく。

と、その中に、明るいところやガーディアンユニットの配置場所をたくみに避けつつ結構な速さで逃走して行く怪しい人物を見付け出した。
「なるほど、まさに闇夜の蛇(ナイト・バイパー)ですね…。
他の星では捕まらなかったのも納得です。
しかし…。」
彼女は『エリアマスター』に対して、以後『コマンドマスター』と連携しつつその人物を追跡監視するよう指示した。

そしておもむろに両腕を広げると、流麗なダイビングフォームでビル街の闇に飛び込んで行った。
 
 
 
 
彼は、もう、どれくらい走っただろうか。
人っ子1人いない夜のビル街にバイパーの軽い足音だけが小さく響いていく。
背後から追跡してくる黒い『ヤツ』の気配は少し前から無くなっていた。

昼間見て歩いた時の自動警備ユニットなどの配備場所を避けつつ、大きく迂回しながらここまで来た。
今、尾行されていないのならばしばらくの間は追跡の心配はない。
しかし、もっと遠くへ、少なくともこの『本部エリア』という場所からは出ておかなければ安心はできないだろう。

だが問題なのはその後だ。
この星の宇宙港は厳重な身元確認を電子的に行なっている。
潜入した時のIDはもう使えない。
となると…。
いや、しかし、この星から脱出する手段などは当面の安全を確保してから考えるべきことであろう。

その時、頭上で空を切る音が響き、バイパーの目の前に黒い影がヒラリと舞い降りた。

あの黒い女だ。

バイパーは反射的に後方に大きく飛びすさり、6段くらいの小さな階段の後方下に着地する。

そのまま姿勢を低くし敵の動きを探る猛禽のようにジリジリと動くバイパーに対し、女は無造作に歩み寄って行く。
「甘く見ましたね。
そろそろ捕まってください。
いずれにしてもこの星から脱出する方法はないでしょう?」
 
バイパーは答えない。
そして女が階段の1番上の段に差し掛かり、足元に視線を送った隙に、バイパーはダッシュで狭い路地へと飛び込んだ。

彼は極力足音を殺しつつ猛ダッシュで狭い路地から路地へと手当たり次第に、本人にもどこに向かっているのか判らない動きで移動していく。
その脚力は、全身に施された『パワードオーガンシステム』手術により常人の5倍以上の瞬発力を発揮している。
この速度と、動きならば、あの黒い『ヤツ』がいかに恐るべき『狩人』だとしても追っては来れまい。

そう思っていると、バイパーの前方、路地が切れて通りに面した場所に、あの黒い中華女が歩いてヒョッコリと現われてこちらを向いた。
バイパーは慌てて制動を掛けるが、身体についた勢いと止まろうとする脚の動きが噛み合わず、その女の目の前に倒れるように滑り込んでしまった。
「人の話はちゃんと聞いて下さい。
このアカデミーはあらゆる場所全てが電子の目によって安全管理されているのです。
ソレはあなたのような犯罪者の方にとっては逃れることの出来ない巨大な網とも言えるでしょう。
私はその情報からあなたの行先を割り出しているのです。

それにもし私を振り切れたとしても、あなたはすでに網の中に捕えられているのです。
さあ、早くスッパリと諦めて投降して下さい。」
「……。
そうも、
いかないんでねっ!!」
バイパーは倒れたまま足首の横にテープで巻付けてあった44口径の拳銃を引き剥がすと、女の方に向けるが早いか照準も定めきらずに引金を引いた。

しかし女はさっきバイパーを投げ飛ばしたように腕をぐるりと回転させた。
すると、まったく狙いとはかけ離れた斜め下の方の地面でビシッという音と共に土煙が上がる。
「お!?
おあーっ?!」
「無駄です。」
バイパーは立ち上がって、さらに残りの全弾を発射した。
しかし女が腕を回すとあらぬ方向の地面で次々とキナ臭い煙が立ち上っていくばかりで、女はまるで平然としている。

もはや疑いようもない。
この女はあの動きで弾道を変えているのだ。

しかしいくら拳法の『いなし』や『捌き』が強力だとしても、発射された銃弾なんてモノを捌けるはずがない。
肉体強化をしているとしてもそんな事を可能とする技術は聞いたこともない。
例えば『パワードオーガンシステム』で全身強化のサイボーグになっていたとしても、銃で撃たれれば弾は当たるし、近ければ貫通もする。
昔の漫画のサイボーグがやっていたような、発射された弾丸を掴むということだって出来はしない。
自動車を撃てば穴が開く、というのと同じレベルでの物理的な事実だ。
 
「な、なんなんだ…?
一体なんなんだよお前は!?」
「知れば後悔すること間違いなしなのでお教えいたしません。」

バイパーは弾倉が空になった銃を女の顔めがけて投げつけた。
女は反射的に顔をかばい右腕を跳ね上げ銃をはじく。

その一瞬にバイパーが左腕をバッと突き出すと、袖の中のレールとスプリングを使った仕掛けが作動し、次の瞬間には左手の中に拳銃が握られた。

これが最後の隠し武器だ。
もしこれで逃れられなければもう後はない。
しかし今その直線上50cm先には中華女の眉間がある。

瞬時にこの場での『勝ち』を確信したバイパーだったが、しかし中華女はまったく毛ほども微塵も動じなかった。
それどころかそれと同時に下の方でガチャッと金属音が響いた。
「もっとも、冥土の土産に是非にと御希望されるのであれば、お教えしないこともありませんけれど、どうします?」
 
バイパーは素早く視線だけを下ろして自分の腹に向けられている物を確めた。

ソレはなんと6連バレルのガトリング砲だった。
全長で1m半くらい。
影になっていてハッキリとは見えないが、なんと言うか、普通の人間が持つヤツじゃなくて、ヘリとかに積まれているヤツだ。
チャイナ女はソレを斜めに構えて、片腕で抱えている。
そしてもう片手、さっきの銃を避けて挙げられた手には剥き出しのコードが数本握られている。
電子制御での発射スイッチがその手の中に納まっていると見たほうが良さそうだ。

しかしいったい、イツ、ドコからこんなモノを持っていたというのか。
さっき遠目に見た時には持っていなかった気がするが…。

なんにしても今撃たれれば確実にヤラれる。
これは下手には動けない。

そう思った時、女は突然気がついたふうに「あ、」と声をあげた。
「しかし貴方のお宅の女給さんへのお土産ではありませんよ。
『メイドの土産』ではありませんので。」
 
……。
一瞬の沈黙のあと、バイパーは焦燥した。
『わ、笑うトコか!?
笑ったほうがいいのかっ?!
いやしかしマジで言っていたとしたら笑ったらヤラれるっ!

うおー!どうすりゃいいんだ!
教えて神様!!』
 
「ところで、もし貴方が私を撃つようでしたら、私もその後でコレを撃ちますのでそのようにお心得を。」
バイパーはさらにその言葉に戦慄させられた。

『その後』?
頭を撃たれた後にオレをヤれるというのか!?
そんなバカなことができるわけがない!

いや、ちゅうか「ところで」!?
たしかにアチラの方が有利ではあるが、「ところで」ですませられるのかこの状況がっ!!

それにしてもこの女、ワケがわからなすぎる。
いくら撃っても当たらないし、それにさっきまで空身だったのにどこからかこんな重火器を出してくるし…。

しかしどんなトリックがあったとしてもこの近距離で撃たれれば無事ですむはずがない。
ガトリングを撃つ間のない隙にオレのほうが撃てれば、ヤれなくとも逃げるくらいの隙は出来るだろう。

「さて、銃を捨てて投降し…」
中華女の投降を促す声を、撃鉄が薬莢に詰まった火薬を爆発させる音が遮った。

喋っている人間は喋っている間は言葉をつむぐことに意識が傾く。
それに普通は投降を促しながら撃ってはこない。
この一瞬にバイパーが引金を引いたのだ。

そして初めて手応えらしきものがあり、そのチャイナ女は大きくのけぞった。

『ヤった!』

そう思った瞬間、しかし、チャイナ女はすかさず重心をとり直して何事もなかったように立ち直した。

たしかに眉間にヒットしていた。
着弾する瞬間まで目を離さなかった。

なのに、今、目の前に立つ女には、かすり傷のひとつもついていない。

男は信じられないものを見たショックと得体の知れない恐怖で、もはや逃げ出すことすら忘れていた。
「まったく、困った毒蛇さんです。
しかしこれで、どんな形であれ私の正統防衛は成立しますね。」
女は極めて物静かに物騒なことを口にする。
すると、光源を背に立つその中華女のシルエットが、光の中で一瞬ゆらめいたように見えた。

その時ふと気付いたのだが、ガトリング砲を出してくる前はあの服は肩の部分が大きかったはずなのに今は身体のラインが出るようなぴったりとした服になっている。

その事に気付いた時、バイパーの脳裏にある知識が鮮明に蘇った。
「そ、そうか!
その能力!その薔薇のエンブレム!
ならばアレは弾道を捌いていたんじゃない!
弾は当たっていたんだ!!

まさか実在していたのか!
旧大戦中に計画されていた、あの、『イモ……』!!」
その言葉を遮るように、光の中の黒い影がバイパーに飛びかかった。

バイパーは生まれて初めて、絹を引き裂くような悲鳴というのを上げていた。


それが、『バイパー』が『GSアカデミー』で見た最後の光景となった。
 
 

 
「だああーっ!
なんでやねん、もぉーっ!?」
おギンは薄暗い無人のコンピュータールームの中で目の前のディスプレイに向かって思わず裏手ツッコミを入れていた。
画面上にはさっきから「access error.」と「no file.」の文字が幾度となく表示されている。
「かーっ、いったいどないなっとんねん!
全銀河、全人類の叡智と情報が集うと言われとるGSアカデミーのデータベースやろが!!
せっかくこないなとこまで潜り込んで来たっちゅうんに、なんだってこの関係の項目にはプロテクトの裏にすらデータがないんねん!」
彼女はコンピューターにツッコミをいれながら、ふと1つの可能性に思い当たった。
「まさか、アカデミーにすら隠せるだけの情報も存在していないんか!?

…ん?
なんやこりゃ?」
いきなりディスプレイ上の処理が止まった。
そしてナニかのデータファイルが別ウィンドウで割り込んできた。
そこには目にも止まらぬ速さで記号の羅列が表示され処理されていく。

おギンは今起きている事を分析しようと、すかさずデータそのものの表示に切替える。
 
「あららー、見たことあるで、このプロトコルパターンは。
たしか『カンタンお任せハッキング』とかいうシステムの5段階ダミーに守られとる最深部、データ保護のための自動緊急回避プログラムや。

あのシステムはネットワーク上のトランジットポートやジャンクションなんかに密かに仮想領域を構築して、メインがヤられた時にはソコからデータを復元し自動でサブに送り込むっちゅー機能があるんやったな、たしか。

ウチがアレと似たような潜入プログラムをつこてるから仲間やとでも思ったんやろか?

んー、でもたしかあのハッキング装置やと、本体の方は『ブラストウォール』でイチコロのはずやったな…。
なむなむ。(-人-)」
 
とりあえず見も知らぬハッカーの冥福を祈るつつましいおギンであった。

しかしそうは言っても彼女も『ハッキングキット』を使い不正アクセスをしている最中なのである。
そうそう他人の事に構ってはいられない。

ちなみに彼女が使っているキットはブルーアーク星から持ち込んだ禁制品だ。
ソレは『模倣から改良・小型化・多機能化を爆発的に発展させるという点での技術力では比類ない』と評される『ユニオンJの電子九龍城』、『秋葉原超級科学電脳網』に依頼し作らせた超小型高性能のキットだ。

その性能は、外界製でありながらアカデミーの技術力を前に一歩もヒケを取っていない事からも、いかに凄まじいモノなのかがうかがえる。
もっとも、このキットを造るためにアガメムノン級宇宙空母2隻分の費用がかかっているというのだから役に立ってもらわなくては困るのだが。

さて、おギンが手を合わせている間にもディスプレイ上ではデータ処理が進み、画面全体に0と1だけで示された膨大な量のデータが表示されていく。
そのデータの先頭には『神の設計図:Rilalah−B』と記されている。
 
「なんや?
『神の設計図』っちうと、DNA、ディオキシリボ核酸、ヒトの遺伝子の塩基配列のこと、かな??
それと…、リララのお嬢チャンの署名?

いや、ちゃうな、この書き方は。
だいたいBってなんや?
名前は『リララ・エンリル・フォン・ルキフェリウス』て言うとったよなぁ。」
とか考えている間に、大抵のデータなら処理が終るハズなのだが、このデータはまだ処理に時間がかかっている。
さらに10秒待ったが終る気配がない。
「……。
しっかし、0と1しか出て来んクセにムチャクチャ重いデータやなぁ。
こんなんほっといて他あたったろ。」
おギンは他にめぼしい情報がないものかと色々とサーチを試みていく。
しかしそれ以上の情報はナニも得られない。

そのまま2分ほど経過した頃だろうか。
突然背後から声がした。
「あいかわらず、同時に2つ以上のことには集中できないようだな。」
「!!」
おギンは声のした方、廊下への扉の方に瞬時に向き直った。
同時に耳に着けているヴァリアブルセンサーが変形し、下部に折畳まっていた本体が後方に跳ね上がり2倍の長さに展開する。
コレは戦闘時や緊急時などに周囲の情報を収集し解析するためのモードだ。

現在、彼女がいる場所はGSアカデミー情報センター内にあるレベル4リミットの端末室である。
関係者ではないし許可を受けているわけでもないおギンは、このコンピュータールーム周辺が無人になる巡回の隙をついて潜入したのだ。

だから姿を見られる訳にはいかない。
だがもし見られてしまったら……。

しかし、咄嗟に構えた拳の先には見知った姿があった。
「不用心だな。
俺が黙らせなければ、今頃ヤられていたぞ。」
壁新聞所属の自称忍者、イタミ・トーキチローである。

涼しげに言うその背後には変な姿勢で大型のロボットがセンサーを回しながら歩いている。
アカデミーの自動機密警備システム『ガーディアンズ』の巡回ユニットである。
「兄者(あにじゃ)…。」
「…ちゅか、なんや後に居てるんですけど…。」
「心配はいらん。
この『ガーディアンユニット』とこの区域の『エリアマスター』には強制割込みで『ドリームマスタープログラム』を仕掛けた。
今俺達がここにいることはアレには『見えていない』。
そしてここにいたという記録も残らない。
今はプログラムの作り出すニセの平和なデータを『見て』いるからな。

だが騙しておくのも3分が限界だ。
早々に立ち去れ。」

しかし、おギンはトーキチローの言葉には従わず、鋭い視線を送りながらディスプレイ画面を背に隠すように横に移動した。
例え見知った者と言えど『仕事』の内容を知られる訳にはいかないからだ。

だがトーキチローはわずかに見えた表示の断片とおギンの行動から、その目的は察していた。
「…探していたのは、リララ教授絡みのデータか。
俺もココに潜入して以来マークしてはいるが、6年以上前のデータはこのアカデミーどころか、全銀河ネットワーク上のどんなデータベースにも存在していない。
生年や出生の星籍すらもな。」
「え…?
そんな、そんなんデータミスでもありえへんやんか!
学会で知らん者のないほどの人物なんやろ!」
「そうだ。
それほどの人物の個人データが存在しない。
考えうる理由は2つ。
何者かによって意図的に全てのデータが隠滅されたか、もしくは最初から存在していないか。」
「まさか、そないなことが……。
それに、6年前…。」
6年前、それは今の『GSアカデミー』の基盤が出来あがった年だ。
長きに渡った第3次宇宙聖戦の終結。
それにより『大銀河帝国』が全銀河の領有権を穫得。
そして銀河中から天才を集めた超科学統合研究機関『GSアカデミー』が組織され、『全銀河先進科学学会』の論壇に『超天才科学少女』が現われた年でもある。
「判ったならば退け。
いずれにせよ、お前の手に負えるような相手ではない。」
「なめたらアカンで。
ウチはどないな依頼でも果たしてみせる。」
「慢心するな。
自分の力量と任務の内容を秤り直してみよ。
遂行をより確実にするためになら一時撤退をするは任務放棄には当たらぬぞ。」
「……。
『里』の掟か…。」
平静を装っているおギンは、その実、すっかり心を乱されていた。
リララ教授のデータのこともあるが、まさか今さらトーキチローの口から聞くとは思っていなかったセリフを聞いたからだ。
「せやけどそれは依頼の内容にもよるやろ。
今回はクライアントの指定した時間制限があるんや。

それに、『里』を捨てたあんさんには指図されたない…。」
「……。
やはり、『里』の命(めい)にて推参しつかまつったのか。」
「…!!
カマかけたんか!
ズルいぞ兄者!!」
「聞け、おギン。
今の『里』は…。」
「聞きとない!!」
激昂したおギンがコンピューターを拳で叩き付けた。

と、その直後、ディスプレイが全面に赤い色を表示し、部屋全体が赤く照らし出された。
2人はやりとりを忘れ、何が起きたのかとディスプレイに視線を向けた。

その画面には上下にベルト状の表示がされ、その中を“TOP SECRET. LOOK ONLY.”の文字がループして流れて行く。
そしてベルトの間に、ある映像が映し出された。

ソレはどうやら宇宙艦隊が行軍中の映像らしい。
情報艦から記録した映像だろうか。
しかし艦の数が少ないし、損傷の著しい艦もある。
なんだか疲弊しきった艦隊という感じだ。
しかも音声が混乱していて、通信士達はヒステリックにナニかを叫び合っている。

と、突然、映像の奥の戦艦が爆発した。
そしてその横の戦艦も。
艦隊は一気にパニックに陥り、それぞれが滅茶苦茶な艦砲射撃を始めた。
見えない敵に向かって。
その流れ弾の一発が、映像の画面に接近してきてこのデータは終った。

そして次の映像データに切り替わった。

さっきの映像の中で、最初の戦艦が爆発したあと、次の戦艦が爆発する前の、ちょうど間の静止画のようだ。
その映像には、2つの戦艦の間に、その空間を移動しているらしき小さな光点が写っている。
さらに新しく開いたウィンドウに表示されたのはソレを3次元解析したデータであろうか。

ソレは、ナニか細長いモノが一対の翼を広げているように見える。
大きさは人間くらいのモノか。
データでも1〜2mと表示されている。

しかし対象があまりに小さいためにこのデータからでははっきりとした姿まではわからない。
もともと情報艦のこういうデータは数km単位の大きさである敵戦艦の情報を取るためのモノなのであろう。
 
「な、なんやこのデータ!?
まさか今映っとるあんなんが戦艦を沈めたってんか?!」
「……。
アレは、『堕天使的博士』の『終局兵器』…。」
「なっ?!
『ドクトル・ルキフェリウス』の!?
アレが…!!」
おギンは驚愕した。

話には聞いていた。
『堕天使的博士』、すなわち『ドクトル・ルキフェリウス』の手により作り上げられた『終局兵器』。
歴史に封印されたその名は、その事実を知るごくわずかな者達によって恐怖と共に語り継がれてきた。

全銀河を滅亡の危機に追いやった恐るべき存在。

前大戦末期に『堕天使的博士』が完成させた悪魔の発明。

ソレは『その存在自体が全宇宙の終焉を意味する超兵器』だと言われている。


ソレがまさか、あんなモノだとは。

しかしおギンはふと我に返った。
「え?!
うち、今、リララのお嬢チャンのデータをサーチしてたんやで!
なんだってこんなもんが出てくるんや!?」
「まさか、『ルキフェリウス』て…。
じゃあやっぱ、『超天才科学少女』が『堕天使的博士』本人なんか…!?」
おギンはトーキチローに視線を向けた。
だが彼は何も答えなかった。
しかしその視線は鋭さを増している。

おギンはそのただならぬ様子に恐怖すら感じ、気圧されるように一歩退くとすぐに光学擬態を使い姿を消した。
その気配はそのまま遠ざかって行く。
「…この件から退いてくれる様子ではないな。
仕方ない。
ならば、俺は俺の役割を果たす。」
トーキチローもこの場を離れるべく、目の前の端末のおギンが使った痕跡を消すために、非イオン系界面活性剤(簡単に言うと洗剤)を薄く染み込ませてある布巾を隠しポケットから取り出してキーボードの回りを軽く拭き取りながらディスプレイ上に展開されたデータを素早く閉じて行く。

しかし、最後のウィンドウを閉じようとした時、その手が止まった。

最後のデータウィンドウ。
そこには、0と1で表示されたデータが3次元的に処理され、巨大な2重螺旋を形づくっていた。

ソレを見てトーキチローは驚愕した。
そこに表示されているのは『設計図』というコードで呼ばれる第一級機密事項であるファイルだったのだ。

正式コードは『神の設計図』。
彼も幾度かプロテクト突破を試みたものの、一度も呼び出せなかったファイルである。
「こっ、これは!
データネームは…『リララ−B』?!
『B』!!
まさかそんなことがっ!?
では、それでは『リララ教授』は…!!」
 
その時、トーキチローの背後にいるガーディアンユニットのカメラアイが、調整のためにフォーカスリングを細かく前後させた。
『夢』からさめたシステムが現実世界に復帰したのだ。


そのユニットから瞬時に統括システム=『コマンドマスター』に連絡が行なわれる。
その内容はこうだ。

2分6秒前と2秒前に巡回記録データに不自然なノイズが入りシステムチェックを行なうが異常なし。
現在地点、巡回ルート内、『レベル4リミットの第3端末室前』。
周囲に異常なし。
データアクセス記録、異常なし。
館の『エリアマスター』による監視記録と照合、異常なし。
巡回を続けます。


その連絡が終る頃には、トーキチローはすでになにくわぬ顔で一般区域の廊下を歩いていた。
そして研究員や学生に混じって夜の闇に消えていった。

おギンが持って行きそこねたハッキングキットと先程のデータが記録されたデータメモリースティックを手にして。
 

 
『タワー』。
学園部の中心地点にそびえ立つ1号館ビルの通称である。
地上240m、80階建ての、その最上階。

暗い暗い、漆黒の闇の中、ふいに音を立ててひとかたまりの炎が巻き起こる。
青白き灯火は小さな掌の上でゆらゆらとたゆたい、その主である少女の顔をほの白く照らし出す。

その少女は、いつも浮かべているうつろな笑みをさらにうつろにしながら口を開く。
「リララ教授の件だが、そろそろ手を打とうと思う。」
すると、その言葉に応えるように、銀髪の少女の背後に強烈な閃光とともに3つの影が出現した。
「ヤットソノ気ニナッタカ。
デハ、イヨイヨわれらノ出番トイウコトダナ?」
「いいや。
お前達の手を煩わせるようなことではないな。」
「…どういうことだ、長(おさ)よ。」
「私が出向く、ということだ。」
ほぉ。
…それは面白くなりそうだな。
「ふふふ…。」



 
「あのねー、そろそろ今期の『特別枠』始めようと思うんだぁ☆」
翌日。
青空も冴え渡る心地良い日の午後。
リララ教授の突然の言葉に講義室内にいる全員がどよめいていた。
驚きの声、歓喜の声、不安、興奮、色々な声が混ざっている。

ココは学園部エリアの2号館ビル2階の2号室、収容人数500人を誇る222号教室。
通常の講義としてリララ教授が開いているカリキュラムの教室である。

ちなみに講座名は『宇宙理論]〜その他色々幕の内〜』。

まぁ最新理論やら考証中のモノやら他のどこにも属さない理論やら実験やらをやりまくるという内容だ。
こう説明するとなにやらテキトーなものに思えるが、コレはコレで結構人気があって倍率9倍の抽選で受講者が決められたりしている。
またリララ教授は、その頭脳とルックスの相乗効果で、講師としてはかなりの人気者でもあるのだ。
 
「そぉねぇ〜、開始はこの時限の終了のチャイムから。
期間は24時間きっかりで!
それじゃぁみんな、楽しみにしてるヨ☆」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪
「はーい、はじめぇー☆G(>▽<) 」
リララ教授の合図と同時に数百人の受講者が一斉に動いた。
我先にと講義室の出入り口に殺到する者達や手持ちの通信手段を使ってどこかに連絡を入れる者など行動はさまざまだが、皆一様に急いている。

そんな中、リララ教授の講義を真剣に聞いていたトーキチローは荷物をまとめると、いやに色めき立っている他の学生とは対照的に落着いた足取りで講義の片付けをしているリララ教授の脇に歩み寄った。
「ん?
あれれ?
トーキチローくんは今回参加しないの??」
「ええ、今回は。
ちょっと別の用事…」
トーキチローは言葉を不自然なところで切ると同時に右腕をリララ教授めがけて一閃した。

直後、小さな衝撃音のようなものが響き、それにより講義室内に残っていた者全員の視線が講壇のリララ教授とトーキチローに集中する。

リララ教授の目の前50cmくらい。
機動部隊の使う『スタンナックル』らしきモノを装着したトーキチローの右の拳は、ソコで見えない壁に阻まれたかのように押しとどめられていた。
火花を発しながら小刻みに震えるその拳から、トーキチローが渾身の力を込めているにも関わらずその先には進めないという状況が見て取れる。
リララ教授の開発した『強磁力転化式反作用空間』の干渉による効果だ。

だがトーキチローはふいに力を緩めると、『スタンナックル』を排除して大きく身を翻した。
宙に残されたその電極付のグローブは、次の瞬間、無理な負荷による電線の短絡により小さな爆発を起こして床に落ちた。

講義室内の全員が呆気にとられたように事の成行きを見守る中、しかし2人はそのままナニもなかったようにさっきの話を続ける。
「…が、ありますので。
それに今回は良いアイデアもないですからして。」
「おっけー☆
とりあえず今のは『不意打ち狙い』で『参加賞』にしとくネ♪
ところでコレ、なかなかでしょ?」
「こないだまで部室でバリバリと作っていたヤツですね。
なるほど、強力な磁界をバリアーとする装置でしたか。
前回のバリアーは高圧電流で侵食できたから放電できるグローブを使ってみたんですが、相変わらず裏をかいてきますね。」
「うん☆
しかも今回はトーキチローくんに設計してもらった車を使ってアッと驚く仕掛けを用意してあるんだぁ☆
Σъ(>▽<)」
「手堅いですね。

時間内に教授の用意した防御機構を突破し、教授に少しでも触れる事が出来たら無条件に『優』の評価をいただける『実技』単位、『特別枠』。
しかしその様子だと今期も該当者なしかもしれませんね。
参加希望者は相変わらず多そうですが…。」
 
トーキチローが教室の中に視線を巡らすと、まだ室内に残っている学生達がランランと目を輝かせてリララ教授の挙動に目を凝らしている。

ちなみに『GSアカデミーのリララ教授』と言えば、これでも銀河5大頭脳に数えられる超天才である。
部活では『壁新聞部』などと言うあまりにマイナーなことをしているためそっちの人気はないが、科学を志す者として彼女を尊敬する者は多い。

その彼女が考案し用意した防御機構に挑めるとなれば、事の成否はともかくも挑戦を希望する有志はそれこそ山のようにいるのだ。
「でぇも、まぁ、初めての子も多いしね。
トーキチローくんのおかげでいいデモンストレーションになったヨ☆」
「ありがとうございます。
では、私はこれで失礼します。」
 

 
数分後。
教室を後にしたトーキチローが2号館ビルから外に踏み出すと、ちょうどあちこちに立てられている広域スピーカーからサイレンが鳴り響いた。
アカデミー防災委員会による防災放送だ。

「アカデミー全関係者に緊急連絡。アカデミー全関係者に緊急連絡。
ただいまアカデミー全域に『リララ教授注意報』が発令されました。
くりかえします。
ただいまアカデミー全域に『リララ教授注意報』が発令されました。
アカデミー内のみなさんは今後の情報に御注意ください。」
 

 
「あ〜?
『リララ教授注意報』??
なんやソリャ〜…?」
ここはファクトリーエリアのはずれにある5階建ての廃ビルである。
その屋上で昼寝をしていたおギンは突然の防災放送に叩き起こされていた。
「あー、まだ眠いんやけど、まぁそろそろ仕事せんとなぁ。」
おギンはビルの屋上から壁伝いに、下の草原へと降り立った。
目の前には愛機の赤い複葉機が駐機してある。

彼女はふと思い出したように懐からリモコンスイッチを取り出すと、一通りのチェックをすまし、電源のオンオフを試してみる。
「よしゃ、ちゃんと動くな。
これで『アンチセンサーフィールド』の準備もよし、と。
前(『年忘れスペシャル』時)のは性能が完璧すぎて逆に不自然で見付かってたってことやろ。
ほなら性能自体には全く問題はないってことや。
なら問題は使い方や。
今回はうまく利用して、コレで決着つけたるで!!」
その手の中には、彼女の『HBC』を完璧にする制御剤だという2本のアンプルが握られていた。
 

 
数十分後、トーキチローは学園部エリアから南西に5kmくらいはなれたファクトリーエリアの中を歩いていた。
この辺りにはまるで人気はなく雑草なども目一杯生い茂っている。
ファクトリーの関係者でも滅多に立寄らないような場所である。

そんな中をすたすたと歩いていたトーキチローは、一棟の廃工場の中に足を踏み入れ、ふいに立ち止まった。
「…この辺りなら問題ないでしょう。
どうせなら、ちゃんとお話をさせていただけませんか。
フーメイさん。」
少しの間をおいて、トーキチローの背後に黒い影がひらりと舞い降りた。
黒いチャイナドレスに身を包んだフーメイである。
「…まさか、こうもたやすく看破されるとは…。」
「未熟ですね。
もっと御自分のスキルに自信を持たれてもよろしいかと思いますよ。」
「…は?」
「すみませんが、カマをかけさせてもらいました。
『ドリームマスタープログラム』の件で、私に用があるのでしょう?
昨夜『GSアカデミー情報センター』の『ガーディアンズ』に『改良型』を仕掛けましたから。」
『ドリームマスタープログラム』。
それは高度に発達した警備コンピューターなどに対して威力を発揮する一種の撹乱プログラムである。

そしてソレを開発したのはイタミ・トーキチロー。
3ヶ月前にこのプログラムの一部とシステム概要を発表した時には安全保障事務省からクレームが来たほどであった。

プログラムの基本構造としては、メモリ領域に侵入し『現在のデータ』を『それ以前の内部記録から複製改変したデータ』と差し替えて現在の状況を把握できなくしてしまうというものだ。

しかしこのプログラムにはひとつ大きな欠陥があり、膨大な記憶容量になっている内部データにフラグメンテーションを起こさせてしまうのである。
さらに改変するためのプログラムを使用したという記録がユニットOS内のプログラム管理装置に残ってしまうため、プログラムチェックをする時に確実に露呈してしまう。

さらにこのプログラムが発表されてから2日で、警備コンピューターを扱う大手各社やアカデミー警備本部では『防御プログラム』が開発され事実上無効になったはずのモノなのである。
ゆえにこのプログラムそのものは公表されておらず、その仕組みを知っているのはイタミ・トーキチローだけなのだ。

そしてその後、彼が数ある『防御プログラム』にさらに対抗しうるように組み直したモノが『改良型』なのである。
だが、プログラムチェックをする時にバレるという点は改良出来ていない。
「だから、事が発覚すれば、すぐにも私の所に『私に対抗しうるエージェント』の方が、それもスペシャルコマンダーの方が送り込まれてくるものと踏んでおりました。
そして私の知る限り、あらゆる面で私に対抗しうるスペシャルコマンダーは貴方だけです。」
「…。
なるほど、私のための御招待でしたか。

監視データには証拠が残らないものの、ソレが使われたという事実によって足がつくようなプログラム。
でももし貴方ならばもっとうまく使いこなせるはずとは思いましたが…。

あくまで個人的な意見ですが、貴方のような方はできれば敵にはしたくないものです。」
「私もですよ。
正直に申しますと、今もまさか監視装置とかではなく御本人に直接マークされているとは思いませんでしたから。
そこで御相談なのですが、よろしければ私に協力していただけないでしょうか。」
「それは出来かねます。」
「ならば、せめてこの件が片付くまでは手を出さないでいただきたい。」
「そうもいきません。
『ドリームマスタープログラム』の件もあり貴方を再調査したところ不審な点がありました。
本部の判断で要監視ということだったのですが、こうなった以上貴方の身柄は確保させていただきます。」
「……。
私に不審な点、ですか?」
トーキチローのポーカーフェイスが一瞬だが揺らいだ。
しかしフーメイはかまわずに続ける。
「そうです。
トーキチローさんはこのGSアカデミーには大帝星よりの推薦でいらしたのでしたね。」
「ええ。
ユニオンJのJ工科大学にスキップ(とび級)で入り、その時期に2つの論文で賞をいただいております。
それが選考委員の方の目にとまったらしく…。」
「履歴は存じております。
このアカデミーにいらしてからの貴方の研究成果や壁新聞部の活動からも、貴方の頭脳や肉体能力が並外れたモノだということは疑いようもありません。

しかし、過去の履歴が事実ではなく、情報操作の結果である可能性があるのです。」
「では私の履歴がニセのモノだとおっしゃられますか。
私の級友や大学の恩師達には確められましたか。」
「ええ。
過去にも一度、情報部のほうで調査しています。
情報の出所は確実なモノですし、全てが虚偽のモノであるなどありえないと思わせるに充分な情報が得られています。
だから貴方はノーマークだったのです。

しかしひとつだけ、再調査の結果を私がチェックさせていただいた時に、あるミスに気付きました。」
フーメイの淡々とした言葉に反応し、トーキチローは思わず鋭い視線を彼女に向けていた。
普段の彼からは想像できない、殺気すら感じさせるものだ。

しかし彼女はその心理を推し測りつつ冷静に、トーキチローが予想したのとは異なるであろう言葉を続ける。
「それにしても『彼ら』がこのようなミスをするとは珍しいのですが…。
話が少しズレますが、しばらく前、私はコチラでこの仕事に就く以前には『銀河評議会』直下の情報部で特殊工作員を務めていた時期があるのです。」
トーキチローはその時点でフーメイが言おうとしていることの察しがついたのか、軽く溜息をついて目を閉じた。
「不思議な事に、今回調査した『貴方が大学時代にお世話になっていたという先生』の中にその時の同僚の姿があるのです。
アカデミーの情報部に調査させたところ、彼の名は今も特殊工作員として名簿にあるとの結果が得られました。

貴方なら、この情報を元にどのような推論を立てるのが妥当だと思われますか。」
「ふ、してやられましたよ。
『ミス』という言葉で私を誘いましたね。

しかし『銀河評議会』もとんだドジを踏んだものです。
貴方のような恐ろしい方がビッグG理事長の懐刀としていらっしゃるということすら調べきれなかったとは……。

でも、そこまで察しがついていらっしゃるのならば話は早いです。
お話いたしましょう。
私の本当の目的を…。」
「潔いのですね。
私の言った内容が貴方の履歴改竄に対する決め手とはなりえないことはお分かりでしょうに。」
「前に言ったはずですよ。
『貴方に御迷惑はおかけするつもりはない』と。
しかし時間がかかりすぎてしまったようですね。
全てはコチラで秘密裏に処理するつもりだったのです…。

それに私は既に『彼ら』にとっては反逆者なのですよ。
だから、おギンが送り込まれてきたのでしょう。」
「なるほど、おおむねの関係は推測できました。
しかし、貴方の発言からいずれにせよ工作員であったと確定した今、私が貴方の言葉を信じるとでもお思いなのですか。」
「さあ?
そのへんはお任せいたします。」
「…いいでしょう。
ただし、貴方のおっしゃる通り、聞いた後で信じるかどうかは保証いたしませんので。」
「ありがとうございます。
そもそも私をGSアカデミーに送り込んだのは、お察しの通り『銀河評議会』です。
そしてその目的は『リララ教授の抹殺』でした。」
 
『銀河評議会』。
それは銀河皇帝を中心とする『帝室』とは別の意味で大銀河帝国の権力の中枢とも言える機関である。

組織図上は『帝室』を補佐する、いわば超然機関に過ぎないはずの組織。
しかし『帝室』を表舞台に立つ『光』とすれば、その政治的・経済的な『影』の部分を担うのが『銀河評議会』である。
旧銀河帝国元老院のメンバー12人を議員とする組織であり、もしその気になれば現在の大銀河帝国をひっくり返す事くらい造作もないと言われるほどの力を持つ集団である。
もっとも、そんな彼らがなぜ『リララ教授の抹殺』を依頼してきたのかは詳らかではない。

そして今から6年前、彼らからの依頼を受けた『里』はトーキチローを執行役として選び、トーキチローはこのGSアカデミーへとやって来たのだと言う。

「しかし…」と、トーキチローは言葉を続けた。
 

 
数分後。
フーメイは白と黒のツートンに塗りわけられた緊急用車輌を駆り、本部エリアの『GSアカデミー本館ビル』を目指していた。
サイレンを鳴らしながら120km/hオーバーにて幹線道路をトバす車内で、緊急回線を通じた通信機の向こうにいるビッグGに肝要な内容の報告をすます。
『なるほどな、『評議会』の差金か。
ヤツらめ、愚かな事を…。
『アレ』の存在は確かに他の全存在に仇なすモノ。
しかし、それゆえにこそ我々にとって最も必要でもあるということが何故に解せぬのか!?』
「彼らは頑迷ですから…。
それよりも今は出来る事に尽力すべきでしょう。」
『その通りだな。
『EX−Tキット』はお前の望むようにアジャストしているところだ。
だがお前が到着する頃にようやく解凍が終る予定だから、封印を解いてすぐ稼動させることになる。
こっちでプログラム調整までしてやることは出来んが扱いきれるか?』
「それだけしていただければ充分以上です。
最低条件以下での扱いのほうが慣れてるほどですし。
先の大戦の折りには、ろくに『EX−Tキット』の換装すら許されずに前線に駆り立てられていましたから。」
『そうだったな。
あと、予備も必要になるかもしれんから2セット分解凍しているぞ。』
「了解。
感謝いたします。
ところでトーキチローさんの身柄ですが、のちほど警備本部新本館ビルのほうへ到着するかと思います。」
「ん?
なんだ、その車に乗せているのではないのか?」
「その予定だったのですが、たまたま近くにいらしていたと言う大玉斎事務長が現われまして、代わりに警備本部ビルに連れて行って下さるとおっしゃいまして…。
『リララ教授のほうが気になるから一刻も早くアカデミー本館に行って『EX−Tキット』を装備しておけ』との事でした。」
「……。
ヤツめ…。」
「マズかったでしょうか?」
「いや、いい。
とにかく早く戻って来い。」
「はい。」
フーメイは通信機のスイッチを切るとアクセルを踏み込んだ。
このまま150km/hで行けばあと5分たらずで到着できるだろう。

彼女はステアリングを握りながら、トーキチローが言っていた言葉を思い出していた。


「しかし、私はリララ教授と直接渡り合って知りました。
『彼女がココにいる』ということの凄絶なまでの決意を。
だから私は『里』の『任務』を放棄し、リララ教授をお守りするためにこのGSアカデミーにとどまっているのです。
工作員としてではなく、私個人としての意思で。」
 
 
「…なんなのでしょう、この不安感に似た気分は…。
……。

そうか。
教授、私は貴方に嫉妬しているのかも知れません…。」
 
彼女は助手席に積み上げてある書類の、1番上に出してある写真に向かいそう呟いた。
夏にリララ教授とおギンと3人で一緒に撮ったスチルだ。

彼女は、しかしおギンの姿を無言でしばし見詰めた後、さらに強くアクセルを踏み込んでいた。
 

 
一方、大玉斎とトーキチローは、その自動車が走り去ったあとを小高い丘の上から見届けていた。
「……。
すまぬな、フーメイ、理事長。」
「しかしこれでよろしかったのでしょうか。
今はおギンがリララ教授を狙っているらしいということ、そしておギンの『能力』のことについてまで教えてしまいましたが…。」
「その方がこちらには都合が良い。
これで理事長とフーメイはリララ教授を守るために動くじゃろう。
あっちは任せるとしよう。

なににせよ今回の作戦が一つの節目となる。
今まで幹部会でも不明とされてきた『極次存在』の謎の一つ、しかと見極めてくれようぞ。

そしてトーキチロー。
お主の杞憂している件に関しても現状を打破するだけの動きとなるに違いない。」
「どのような形になるにせよ、ですね…。」
「鬼が出るか、邪が出るか…。
まぁ、後はワシに任せてお主はどこか安全な場所に身を隠しておけ。」
「それでは、お言葉に甘えて……。」
そう言うとトーキチローの姿は空中に溶けるようにして消え失せた。
その瞳には何か強い決意がにじんでいるようだった。
「では、ワシも行くとしよう……。」
 

 
『アカデミー本館ビル』。
アカデミー本部エリア内にあるアカデミー全体の機能を統括制御する心臓部の名である。

この内部にはビッグG理事長専用の『理事長室』がある。

しかし『理事長室』などと言うと、一種偏見的に高いビルのてっぺんにあって広くて綺麗で窓が大きくて高価そうな机があっていやにクッションのいい椅子があって美人秘書がいて時々窓辺に歩み寄って「愚民どもが…」とかやれるような場所というイメージがあるが、ココはまったく違う。

室内はお世辞にも広くも綺麗でもなく、理事長みずからが用意した最新のコンピューターや通信機器、その他かなり正体不明な先進科学機械でギッシリと埋め尽くされた、窓のひとつもない薄暗い部屋なのである。

ビッグGはその中央に設置された機械仕掛けのチェアに深く腰掛けていた。
さきほどのフーメイからの通信以来、眉間に皺を寄せて考え込んでしまっている。

と、突然に黒い電話機のアナクロなベルが鳴り響いた。
緊急通信用の回線だ。
「ん?
なんだ、またウナ電か。」
横の表示盤には発信元は『イ・ス生命科学研究院』と表示されている。
ビッグGが受話器を取ると、目の前のディスプレイに砂嵐が表示されて相手の声が聞こえてきた。
「オレだ。」
「アイン学園長か。
なんだよ、まだカメラ直してないのかよ?」
「機械のことは専門外だ。
それよりも夏に持ってきた『子蛸』のこと(※第3話のこと)で判った事がある。
あのあと色々と検証してみたんだが…。」
「待て、回線を変える。」
理事長は学園長の話を一時さえぎって、秋の図書館爆撃事件(←??。第3,5話)の後に新設した理事長室直通の機密回線に切り換える。

コレは一切のバイパスなどを経由せず、2点間のみで同調して暗号化コードが変調していく専用のホストコンピューターを使用した通信ラインであり、機密性が非常に高いのだ。
「で?」
「うむ、夏に理事長達が出会ったという巨大個体タイプ、『クスルー』と名付けたと言っていたか。
アレは『Aクラス』のモノだったな。
なんらかの『目的』を遂行するためのハッキリとした『意思』を有している。

そして新年早々事務長が戦ったという『ダゴン』は『Bクラス』だ。
おそらく『本能的反射』はあるのだろうが『意思』はない。
大きさと戦闘能力はジャイアントサイズだったらしいがそれとクラスの高低は比例しないからな。

そして『Cクラス』以下になるとそれこそ有象無象ウジウジャいるわけだが…。」
「おいおい、今更ワシ相手に講釈もないだろう?
『子蛸』のことでわかったってことを早く教えろ。」
「まぁ聞け。
その『子蛸』の『クラス』のことなんだが、どうやら今まで記録できたモノや、先人達の記録に残っているどのようなタイプとも違うようなのだ。」
「なに!?」
「構成部分が極端に少ないのだが、その割に構成因子そのものは異常に多く、波長の幅も異様にデカい。
機器の性能が追い付かないのではっきりとした数値は出せないが、おそらく『Aクラス』の300万倍か、それ以上だ。
サイズこそ小さいが『Aクラス』を超えるクラスと認定するべきだろう。」
「『Sクラス』ということか。
しかしなぜ今になってそんな新種が出現したのか…。
いや、しかし、それであんなミニサイズでは身体のない脳ミソだけみたいなモノではないのか?!
いったいどのような能力や目的を持つ存在だというのだ!?」
「ふむ、『脳ミソだけ』という表現は割と的を得ているかもな。
実際にそういう状況になってみないとわからないが、実験では他の『極次存在』の……」
「おい!?
学園長!どうした!?」
通信が突然のノイズに掻き消されてしまった。
そして通信機のみならず周り中の機械すべての電源が落ちた。
「停電…?」
だがすぐに全ての電源が戻った。
なにしろアカデミー本部エリアは3つの電力供給源からのラインと予備発電施設を持っているのだ。
ちょっとやそっとの異常事態ではビクともしないというのがウリである。

しかしビッグGは妙な胸騒ぎがして『イ・ス生命科学研究院』に連絡を取り直そうとしたのだが、出来なかった。
「この停電…。
イヤな予感がする…。」
 

 
「あっちゃー!Σ( ̄□ ̄;)
ちょっとぉ!
今、誰かの流れ弾が『南2番送電所』を直撃したわヨ!
誤射したコはあとで自己申告するよーに!」
拡声器ごしのリララ教授の声に、彼女の後を追い駆けている生徒達の間から「はーい、すみませーん」という返事が返ってくる。

この頃リララ教授は、『Ninja伊勢津田』という黒い小型自動車を駆り、次々と襲い来る生徒達の挑戦を凌いでいる真っ最中であった。
場所は現在、学園部エリア内を南南西に向けファクトリーエリア方面に時速60kmで南下中である。


ちなみに『南2番送電所』というのは、本部エリアと学園部エリアへの電力を中継しているアカデミーの大動脈である。
そして今回の件で約13000軒が停電したと、夕方のニュースで伝えられることとなる。

しかしこの停電に関しては、ビッグGの悪い予感はそれほど当たってはいなかったようだ。
リララ教授がらみの事故でもコレはただの停電で済んだのだし、規模を度外視すれば軽いモノである。
もっともこの後、アカデミー史上最悪と言われることとなる、ある事件が起きるのではあるが。


それはさておき今現在のリララ教授であるが、彼女はこの一団の先頭を黒い小型自動車にてカットバしている。
そしてその後を数百人の生徒が追跡しているのであるが、バイクやジェットホバーに乗っている者達もいるし、2本の脚で走っている肉体派やサイボーグなんかもいて様々である。

しかし問題はそこではなく彼らの行動にあった。
その全員がリララ教授の防御機構を突破しようと様々なデバイスを飛び交わせ、爆発物が火を噴き、電磁波が舞い、果ては迫撃砲やビーム砲、引力光線砲などの飛び道具なんかを乱射しまくっているのだ。

しかも「もし立ち止まったらみんな1箇所に滞っちゃて身動き取れなくなるから」とリララ教授は絶えず移動しているため、今の彼女が通ったあとはあたかも破壊という名の嵐が吹き抜けたかのような焼け野原と化してしまうのであった。
 
「ぁぁ……、なぁるほどぉ。
アレじゃあ『注意報』も出る訳やわぁ……。」
いっぽうコチラはその様子を遠くからひそかにうかがっていたおギンであるが、思わず腰がひけていた。
「う〜ん、しっかしどないしてリララ教授に近付いたらええんやろなぁ。
あの様子じゃあ力押しはまったくの無駄やな。
それに下手な小細工はかえって通用せんやろから、やっぱシンプルに親しい人間の声でも使って誘い出すか…。
せやな、兄者の声やったら喋り方まで細かく真似できるし都合ええな。」
 

 
そして十数分後。
リララ教授はファクトリーエリアの『第4地区西17番倉庫』の中を1人でてくてくと歩いていた。
 
「えへへ〜☆
みんなまんまと私のこと見失ったなァ。
そもそも私を見つけ出せないような子には『特別枠』の単位はあげられないもんネ☆」
 
その頃、彼女の生徒達は『黒い自動車達』を追っている真最中だった。


コレはいったいどういう事なのかと言うと、数分前、リララ教授は自動車で移動中に、この日のために用意しておいたプレハブへと突入したのだ。

そしてその中ではなんと、作り貯めしておいた30台の『Ninja伊勢津田』に『リララ教授そっくりなロボット』がそれぞれ搭乗しており、教授が突入すると同時にソレらはコンピューター制御にて一斉に起動。
競うようにしてプレハブから飛び出し四方八方に走り去って行ったのだった。

その様子を見た生徒達は予想外の出来事にしばし唖然としていたが、数名が我にかえると、それぞれが本人に違いないと思われる『Ninja伊勢津田』を追跡し走り出していた。
その様子を見た他の生徒達も負けじとめいめいがあたりをつけて、同じように走り去って行ったのだ。

やがて去って行く彼らのエンジン音や足音が遠ざかると、嵐が過ぎたような建物の中には彼らを笑顔で見送るリララ教授の姿だけが残っていた。


ちなみにリララ教授は突入した直後に車から下りて『ライティングカムフラージュ』で姿を見えなくしていたのだ。
そしてそれまで乗っていた『Ninja伊勢津田』も他の車同様コンピューター制御で走り去らせ、彼女はそのままプレハブのド真ん中で、ただニコニコしてつっ立っていたのである。

「見た目にダマされたり人に流されたりしないで強く生きていこう。」
リララ教授からの教訓でした。


そんなこんなで1人になって人気のない倉庫の中を悠々と歩いているリララは、フィールドジェネレイターを『レベル0以下無効』に設定し再起動させチェックしている。
つまり『水平高さ0より下は防御効果なし』、普通に歩く分にはナニとも干渉しないという設定である。

余談だが『レベル0以下有効』に設定すると、地面にまで反応して、逆にリララ教授のほうが地面から弾かれてしまい立っている事すら出来なくなってしまうのだ。
ちなみにソレは無重力空間での使用を想定した設定なので普段は使いようもないのだが。
 
「はぁ〜ぁ…。
でも、そんなに私の作り出せる防御手段って突破できないモノなのかなぁ…。
私に触るだけでも皆こんなにてこずるんだもの。

私くらいなら簡単に捕捉して撃破できるくらいの技術をアカデミーには蓄積しておいてもらわないとなぁ。
残された時間なんて、もう長くはないんだから…。」
誰にとなく彼女が不満そうに呟いていると、突然、この建物の中に破壊音が響いた。

残響も長かったし、けっこう遠くでであろうか。
さっきまでの先進兵器などによる派手で重そうな音とは違う、ナニか板を割ったような地味な音だ。
おまけに人の声が聞こえたようでもあった。
「!!
……なに?」
リララ教授は思わず身を固くした。
彼女は爆音や銃声には慣れているが、オバケとか怪奇現象とか『科学的に論証できない不確かなモノ』がなによりもコワいのだという。

しかし、様子をうかがっていると「痛たた…」という聞き覚えのある低い声が響いてきた。
「!
トーキチローくんなの!?」
「おや、この声はリララ教授ですか?
この建物の中においでだったんですね。

すみません、急いでお伝えしたいことがあって探しに来たのですが、どうにも脆くなっていたらしい床を踏み抜いてハマッてしまいました。
んー、なんだか抜け出せないんですけど、すみませんが手を貸してくれませんか。」
「うん、わかった!
え〜と、それでどこにいるの?
あ、ちょっと待ってて!」
リララはエプロンに取り付けたフィールドジェネレイターのスイッチを切った。
さもないとリララのほうからはナニにも近付くことすら出来ないからだ。

しかし、彼女はその途端に胃の下あたりに急激なショックを受け、次の瞬間には気を失っていた。
 

 
その頃、ビッグG理事長は理事長室でイスに深くもたれかかっていた。
ついさっき『EX−Tキット』の解凍を済ませフーメイを送り出したばかりだ。

誰もいない理事長室で一仕事終えた疲れを癒していると、しかし、またしても黒電話が鳴り響いた。
「だああ!
まったくなんなんだ今日は!
『非常コールフェスティバル』とかナニかなのか!?」
見ると送信元は『中央管制局』と表示されている。
空や宇宙の交通網を統括管理している部署だ。
ここからの緊急通信は文字通り一刻を争うモノが多い。

ビッグGは急いで受話器を取った。
「お休みのところ申し訳ありません!
こちら『中央管制局』です!
今から約1分前に、アカデミー本星上空に、外宇宙方向よりの大規模な空間励起の兆候を確認しました。
高エネルギー反応も確認。
どのように対処いたしましょうか!?」
「そうか…。
ふむ、まずは監視を続けておけ。
なにかの時のためデータは全てとっておけよ。
それから新しいことが判ったらすぐにワシに連絡を…」
「こっ、これはっ!?」
「どうした!?」
「分析結果から予想空間湾曲図が出ました!
この励起パターンはワープアウトです!
今から数十秒後、何者かが大気圏内にワープアウトして来る模様です!!」
「バカなっ!
重力圏内、しかも気圏にだと!?
いったいナニが出てくるのかは知らんが、そんな事をしたら空気との激突による衝撃波の直撃を自分で受けて、ワープアウトした瞬間に砕け散るぞ!!」
「予測出現ポイント算出。
赤道直下、東経15度から60度の海上にて音速の約50倍で移動しつつ実体化と予測。
…そ、そんな!?
対象の波長属性、赤!
出現する物体は、『極次存在』です!!」
「なにっ!?
なんだってまたこんな時にっ!!」
 

 
同時刻。
GSアカデミー本星軌道上、直径500kmの衛星。
すなわち月である。

このような極限の地にすら研究施設は存在している。
その名は『イ・ス生命科学研究院』。
極地に建てられたこの研究院は『生命』の根源を探るために活動している。

そしてココはGSアカデミー5大幹部の1人であるアイン学園長が出向という形で実質上管理する研究所なのである。

今から数十分前よりこの研究所の通信装置類は一切の機能を喪失していた。
いずこよりか発せられ始めた強力なエネルギー波による影響である。

そしてこの研究棟のレベル5リミットの検体保管庫には、絶対零度にて凍結されている『ちょっと変わってる小さい蛸』があった。(※第3話参照)

しかし、原子レベルで活動停止しているハズのソレが、突然カタカタと動き出した。
まるでナニかと共鳴するように。


その直後、検体保管庫の一部が爆発を起こし、一筋の光がアカデミー本星に向けて飛び去って行った。
 

 
一方、『第4地区西17番倉庫』ではおギンが物陰を移動しつつ内部を探っているところだった。

しかしさっきからコマメにサグリを入れているのだが、まったくなんの気配もない。
そのまま中を一周してしまったが結果は同じだった。
「あ?
あっれぇー!?
リララのお嬢チャン、どこ行ってもうたんやぁ??」
おギンが思わず途方に暮れてしまっていると、倉庫の外で自動車の近付いてくる音がした。
例の黒い自動車達のとは駆動音が違う。
おギンはすかさず窓辺に走り寄り、姿を見られないように外の様子をうかがった。

見ると白黒の緊急用車輌が停車し、中から黒いチャイナドレスの女性が姿を現すところだった。
おギンは内部にとって返し、積み上げられた資材の影に身を隠し気配を殺した。


いっぽう、フーメイは倉庫の周囲を見回し異常のないことを確認すると中へと入っていく。
そして入口を一歩くぐり立ち止まった。

大量の資材が無造作に積み上げられている薄暗い内部の床には、うっすらと積もったホコリの上に真新しい小さい靴の足跡が残っている。
形からしてリララ教授のモノだ。
ソレは奥へと続いていっている。

だが中には人の気配はまるでない。
しかし、フーメイは見えない存在に向けて語り掛けはじめた。
「…こんにちは、おギンさん。
ココにいますね?
今日は『アカデミーセキュリティーサービス』の捜査員としてお聞きしたいことがあって参りました。
私はカクレンボはあまり好きではないのですが、良かったら出て来て頂けませんか。」
 
フーメイはおギンのいる場所とはまるで違うほうを向いたまま喋っている。
しかし、その振舞いは明らかにおギンの居場所が判っているようだ。

おギンはフーメイのその得体の知れない余裕に戦慄し、身を隠したまま動く事も出来なくなっていた。
『ま、まずいで!
なんだって今ココにフーメイはんが!?
しかもウチを名指しで御指名とはっ?!

ちゅーか指名って時点で名指しのことやんけー。
ま、そないなことはおいといてやなぁ。

と、とにかくココじゃあフーメイはんの相手は出来へん!!
…ひとまず、飛行機んとこまで行かんと!』
 

 
同時刻。
GSアカデミー本星、赤道下に広がる大海洋の上空に2筋の光が走った。
外宇宙からのワープアウトである。

ワープアウトして来たソレは、高速で移動しつつ段々と実体を現し、それにつれ空気との摩擦による発熱で赤熱し、直径30mはあろうかと言う灼熱の大火球と化した。
ソレらは空中に炎と黒煙の軌跡をひきながら、燃焼によるものらしき轟音をたて衝撃波を撒き散らしつつ突き進んで行く。

しかしソレらの本体は燃え尽きも砕け散りもしないようだ。
常識では考えられない物体である。

その高速で飛行する2つの大火球を、遠くから電子の目で見つめる人影があった。
 
「やはり、『この条件』で出現するということか。
見切ったぞ。
『極次存在』出現の法則性を。

しかし、なんと禍々しきその姿よ…!
『火』のエレメントの根源たる『極次存在(きょくじそんざい)』の1体!
『火の神』、『クトゥーガー』よ!!」
 
彼は天駆ける大火球に向かい、そう叫び掛けていた。
口を開けず、息もせずに。
彼の声、電子的に合成され発されるその音声は、人間の声とは根本的に違うモノであるからだ。
また、その機能はどのような音声でも合成し発することができるというモノでもある。

そして彼の腕には、気を失っている金髪の超天才科学少女が抱きかかえられていた。
 

 
同時刻。
学園部中央にそびえ立つ『タワー』の内部。
薄暗い闇の中で1人の少女がたたずんでいた。

その金色の瞳は手にした本の展開をせわしく追い、白い手は次々とページを繰っていく。
「…ふ、
ふふふふふ…。」
「ふはははは!
ははははははははは!!
 
愉快げに発せられるその声は、まるで漆黒の闇の中へ吸い込まれていくように響くのであった。



愛と友情の次回、
『第5話 〜冬〜 「アカデミーの一番長い日(中編)」』につづく!
 

Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers. Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"