『第5話 〜冬〜 「アカデミーの一番長い日(中編)」』

   つづき!
 
 
「ははははは!」
「ははは…。
はぁ〜ぁ。
なんか、もう飽きちゃったなぁ…。」
少女は言いながら薄暗いエレベーターの隅に向かって漫画週刊誌を放り投げた。
エレベーターはかなり前から動く様子がない。

ちなみに彼女は、『タワー』の80階から降りようとエレベーターに乗り込んでいたのだ。
ところがソレが突然の停電で止まって閉じ込められてしまっているのである。
そして停電で電灯も消えて真っ暗なので、掌に炎を出してほんのり明るくしていたのであった。
しかし、どうにも暇なので昼休みに食堂で買った漫画週刊誌を読んで、ギャグ漫画で笑っていたのである。

そんな訳で彼女の今の状況でした。
それでは引き続き本編をどうぞ。m(__)m
 

 
同時刻、ファクトリーエリアの『第4地区西17番倉庫』ではおギンが身を隠しているところだった。
 
『まずいでぇ。
まずすぎやでぇ。
『アカデミーセキュリティーサービスの捜査員として』聞きたいことがあるなんちゅわれたら会う訳にはいかへんやん!
でもココでフーメイはんの相手なんかしたらヤられるのが関の山や。

…よしゃ!
ココはいっちょ逃げたろ!!』
おギンが極めて論理的な結論に達し、実行に移そうと物陰から動いた途端、目の前にひょっこりと顔が現われた。
「やはり、言う事を聞いてはくれませんか?」
「どぅわぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」
不意をつかれビックリしたおギンは反射的に反転し、横に積み上げてあった木箱の山に手にかけソコを基点として、腕力で自分の体を前方に放り出すようにして瞬時にダッシュ逃走に転じた。
その時、狙ったのかどうかは判らないが、手をかけた反動で木箱は反対側、フーメイのいる方に向け一気に崩落し彼女の動きを一時的に封じ込めた。

おギンはその隙に倉庫から飛び出して一気に逃走して行く。
 
「…っ!
この私が、バイパーさんに続けてまたも遅れをとるなんて…!」
フーメイは箱の山をひっくり返しながら脱出し、急いでおギンの後を追った。

数十秒後、フーメイは荒れ野をひた走るおギンの後方20mの位置につけていた。
しかしおギンの駆け足は尋常ではないスピードだ。
『速い…。
1回のストロークで4m弱の移動、ソレを2秒強で10回。
猫科の大型猛禽類ほどの速度ではないとは言え、とうてい人間の出せるスピードではありません。

だいたいあのストロークを生む脚力でいてあのピッチで地面を蹴っては、身体が宙を舞ってしまい走るどころではないはずなのに。
しかもあのバランスの悪そうな巨大な右腕を抱えて、これほどまでに走れるとは、いったい…。』
しかし、その人間離れしている脚力に対し、フーメイも同じく駆け足でついて行っていた。


こうなってしまったからには、おギンと直接的に衝突する事態もありうる。
あの尋常ではない走りっぷりや巨大な腕が気になるところであるので、フーメイはその正体を探るために『センシングフィールド』の出力を上げ、前方を駆けているおギンに向けて収束させた。

『センシングフィールド』とは、それぞれが強力な超音波・電波・熱・金属・赤外線・X線などの複合センサーによる『科学解析空間』である。
コレは理事長の警護中などに効力を発揮するもので、どんな武器や暗器を隠し持った者が接近して来た場合にも瞬時に分析し対応するためのモノなのだ。

ソレによって得られた解析データによれば、おギンは全く普通の生体であるようだ。
サイボーグであるならば考えられない脚力ではないが、解析データでは構造自体は人間とほぼ同じ。
ただ全身に金属質らしきモノが多く含まれているらしい反応があり、質量比重が高く、見た目よりも遥かに体重が重いようだ。
そのためにあの駆け足で地面を蹴っても、身体が宙に舞うという事にはならないのであろう。

そして巨大な右腕はどうやらパワードアームではないようだ。
外側は強化金属で覆われ、少々の機械部分があるようだが。

もしパワードアームであるならば人工筋肉と補助機械が詰まっているはずなのだ。
しかしその中身は、トーキチローが言っていた通りのモノのようである。
 

 
その頃、件のトーキチローは『壁新聞部』の部室で機械作業をしている最中であった。

場所は『壁新聞部の部室』の奥のほう、リララ教授が『トーキチローくんエリア』と呼んでいる、普段は機械整備に使っている一角だ。

鉄骨とスレートで組上げられたそのだだっ広い空間には、大量の作業工具類や材料が無造作に並べられ、高さ20m前後の天井に無数に設けられた明り取り用の半透明の樹脂板から柔らかい光が差し込んできている。
ソレが舞い上がっているホコリなどに反射して、まるで無数のスポットライトが照射されているようになっている中、トーキチローは一人黙々と作業を続けていた。

そんな彼の前には、作業を見守るようにして全高約6mの忍者ロボット『鋼鉄ニンジャ=シップウジンライ・ヤミカゼ』がハンガーに納まった状態で直立している。

そしてその隣のハンガーには、さらに巨大なモノが鎮座している。

ソレは『ヤミカゼ』と共に建造されていた、もう1機の『鋼鉄ニンジャ』である。

トーキチローが今懸命に調整しているのは、そのもう1機なのだ。

彼はおギンが持って行き損ねた超小型高性能のキットをバラし、流用できるチップや回路を、このために設計した別の基盤のサーキット上に移植しているところであった。

それにしても『秋葉原超級科学電脳網』特有の識別ナンバーが刻印されたソレらのパーツは一つずつが並外れた高機能品である。
トーキチローも作業しながら思わずソレらのパーツの次元の高さに驚嘆していた。
 
「さすがは『超級科学電脳網』謹製の品です。
これほどの性能を持つパーツが、アカデミーの外界で製造されたモノの中に組み込まれていたとは信じられません。

こんなモノが作れるとは、アソコはまさに魔窟ですね…。

しかし、これほどのパーツは買うお金がないので本当に助かりました

あぁ、それにしてもたまの休みを満喫するには秋葉原で正体の知れないショップの数々を巡るに限ります。

軒を連ねるマニアックでカルトでコアなショップの数々。
売れ筋の商品はむしろ他エリアよりも高いという素晴らしい商品目利き。
街中を彩るド派手な電飾看板の山と、素人は生きて脱出できないとすら言われる立体迷路のごとき複雑怪奇なマップ。

ソコで売られるB級C級ソフト。
海外版の禁制品。
他の地域では見ることすらできないような旧式マシンが新品で激安。しかも平積み。
あぁ…(ウットリ)。

そしてマズいのに行列のラーメン屋。
まったく、食べ物屋がほとんどないのでアソコに並ぶしかないのですが…。

あ、でも最近は結構食べられる店が出来たとも聞きますね。
暇になったらぜひ帰星したいですねぇ…。」
 
1人で長時間作業をしていると、ある時点から突然ひとり言をしゃべりまくってしまうようになるトーキチローであった。
 

 
「よっしゃぁーーー!
行っけぇぇぇーーーっ!!」
おギンの乗った赤い複葉機がフーメイの目の前を横切るようにして森の中を離陸していく。

おギンはフーメイと充分な距離を取ってから、森の中に擬装し駐機しておいたその飛行機に飛び乗ったのだ。

フーメイは為す術もなく、その飛び立つ複葉機を見送っていた。


そして上空15mくらいで安定した飛行に入った複葉機のコクピットで、おギンは下を見回した。
この辺はファクトリーエリアでもかなり外れの区域なので、緑の生い茂る中に時々小さめの工場や廃屋、廃工場があるぐらいだ。

こんな中ではあのフーメイと言えど上空を飛ぶ飛行機を追っては来られないだろう。
「せやけど、どやろ?
ここまでなんやろか。
もっとヒツコいかと思ぉたんやけど…。」
そう考えていると突然機体がガクンッと揺れ、ガタガタと不安定に振れながら、後から下がりはじめた。
「って、うぅわっ!?
なんやー!?」
おギンは慌てて操縦桿をしっかりと掴み、計器類をチェックした。
しかし高度が下がっていっている以外に異状は見られない。

と、ふと目をやった後方確認用のミラーに、ナニか黒いモノが見えた。

おギンは文字通り目を丸くしながら、後方を直に振り返って見た。

ソコでは、なんとフーメイが機体尾部の下からモゾモゾと這い上がって来ているところだった。
「フ、フーメイはん!?
え!?なにっ?!
あ、さっきのガクンッて!?
えーっ!?
自分、いったいどないして乗り移ってきたんよ!?」
そう言ってる間にも複葉機は不安定に振れながら、尾部から下がって行く。
おギンは正面に向き直り、機体の安定と上昇を試みるが、まるで言うことを聞かない。
「って、落ちるー!
落ちてまうよーっ!!
なんでやん?!
アンタいったい体重いくつあるんやーっ!!」
「…女性に体重なんて聞くものではないです。」
「ウチも女や!気にすな!!
いや、ちゅか、そーゆーレベルなんかとうに突破してるレベルでの問題や!!」
正面を向いて懸命に操縦しようとしているおギンの顔の横で、突然シャコーンという音を立てて鉄色をした先端の丸まった九尻のようなものがひらめいた。

その、人の腕ほどの太さのある武器は、気配を察知して咄嗟に避けたおギンの頬をかすめ、前方のメーターを突き壊した。
砕けたガラスカバーや付根をえぐられたミラーが風圧にさらされ後方に吹き飛ばされて行く。
「ぅ、うぅわっ!
な、なんなんやねん!!」
「…『ハンマーハンド』です。
スピアとフックを融合させた形状のアームで、主に『突き』で用い、衝撃と貫通力により対象を粉砕、破壊します。」
思ったよりも近くでフーメイの声が聞こえた。
機体をつたって近付いて来ていたのだろう。

しかしおギンとしてはそんなことよりもツッコミのほうが先だった。
「なんなんやっちゅーのは、別に名前とか性能を聞いたわけやのうてやな!

それに『武器』は複数形にして使うのが普通やろっ!?
アームやのうてアームズ!!」
「??」
かなり高度も下がって木々の高さスレスレを飛ぶ複葉機をなんとか平らな場所まで誘導しようと懸命なおギンは、後を向く余裕もなくツッコミをいれまくる。
その時、ふと疑問がわいた。
「ちゅか、だいたいそんなデッカい武器どっから出してきたんよーっ!?」
「秘密です。」
なんでやねーんっ!
ちゅーか、
ダメだこりゃーーーっ!!
赤い複葉機はおギンの奮闘むなしく高度を下げ続け、ついに木々の茂みに尾翼を引っ掛けて制御を失った。

複葉機はそのまま前進を続けようとする慣性と木々に引っ掛かって停止しようとする力とが相克し垂直方向への回転を始め、地表でキリモミをするように何度も地面に叩き付けられながらバラバラになって、ついに止まった。
 
「あ〜いたたたた…。」
おギンは投げ出された地面で頭をさすりながら起き上がった。
体質のせいもあるが、とっさに受身をとったおかげでケガなどはないようだ。

見回すと、愛機が墜落したために、森が切られたように一直線に木々が薙ぎ払われている部分が目の前にある。
おギンがその切れ目まで行って左右を見ると、ばらばらになった赤い破片が辺り中一面に散乱していた。

そして左の20mほど向こうには一番重いコクピットとエンジン回りの塊が落ちているのが見えた。
そこにはモゾモゾと起き上がろうとしているフーメイの姿もある。

おギンはその時とんでもないことに気が付いた。
フーメイのすぐ近くにパイプのちぎれた燃料タンクも落ちていて、ソコからチョロチョロと燃料が漏れているのだ。

見るとフーメイは脚でもはさまれているのか、コクピットのパネル類を持ち上げてどかそうとしている。

だが、吹き飛んで外れたりしていなければあの部分には電装系のバッテリーが接続されているはずだ。
下手に動かして通電でもしてスパークとか飛んだら大爆発を起こしてしまう。
「あ!
あかん!フーメイはん!!」
おギンはフーメイの動きを止めようと大声を上げながら駆け出していた。

しかし、声に気付いたらしいフーメイがクルリと振り向くと、パネルがガシャンッと音を立てて倒れ落ちた。

その瞬間、フーメイのいた場所は大爆発を起こし、おギンはスゴい衝撃で地面に叩き伏せられていた。
「っ…!
ああっ!」
フーメイが爆発の中に消えたのを見たおギンは思わず声を上げていた。
飛行用の燃料が爆発したらその温度は一瞬で1000℃を超える高温に達するはず。
これではいくらなんでも助からない…。


おギンは燃え上がる炎に歩み寄っていた。
「フーメイはん…。
ヤるつもりやなかったのに…。

こないな出会い方をしとらんかったら、ウチらええコンビになれたかも知れへんな…。
なむー((-人-)」
しかし、おギンは次の瞬間に、あまりのことに凍り付いていた。

辺りに飛び散った燃料にまで引火しゴウゴウと天を舐める炎の中に、ゆっくりと立ち上がる人影を見て取ったからだ。
「な!?
う、うそやろ!?」

人影はスタスタとおギンのほうに来て、炎の中から歩み出て来た。

まぎれもなくフーメイである。
その姿は、ススを被り黒くなってはいるものの、負傷のひとつもないようだ。
いや、それどころかドレスも髪も焼け焦げている様子すらない。

おギンはその有り得ない事態を目の当たりにし、得体の知れない恐怖に全身が総毛立つのを感じていた。
「な、なんやの?
アンタいったい、どないして…?!」
「やはり、日頃の行ないが良いからではないでしょうか。」
「って、そんなん理由になるか〜〜〜っ!?」
「…。
じゃあ、『仕事ですから』で、どうでしょう?」
「どうでしょうって…。
仕事やからって助かるんなら『引田天功・奇跡の大脱出』の立場ないわ〜〜〜っ!!」
「いえ、天功さんも仕事だから助かるのではないでしょうか?」
「え??
……あぁ、な〜るほどぉ。」
「って、ウチをそんなんで言いくるめてどないすんねん!!
問題なんはなしてあないな爆発くらっといて無事なんやってことやねん!!」
「仕事ですから。」
「もぉアンタとはやっとれへんわぁーーーっ!!」
と言いながら、おギンは猛ダッシュで逃げ出していた。
「ぁ…。

なんということでしょう、この私がまたしても翻弄され逃げられてしまうとは…。
こんな相手は始めてです!」
フーメイもおギンを追い急いで走り出した。


ちなみにフーメイは巧みな話術で相手を脱力させ戦意を奪うという心理戦を得意としている。

しかし、ソコに生来の天然っぷりも加わったフーメイの口調は、関西の魂を受継いだおギンにしてみればただのボケにしか聞こえないのでついツッコミが炸裂してしまうのだ。

つまりおギンはむしろ戦意高揚され元気になってしまうし、普通なら切返してこれないはずの相手のツッコミをもらったフーメイは返答に頭を使うので反応が鈍くなるという、フーメイにしてみればかなり分の悪い相手なのだった。

 

 
同時刻。
『アカデミー本館ビル』内の『GSアカデミーメインコントロールルーム』。

この一室こそが、アカデミー全ての情報を管理し制御する真の中枢部である。

その内部はあたかも宇宙戦艦のメインブリッジのような立体的な3層構造となっており、正面に500インチの巨大モニターと、無数のサブモニターがズラリと並んでいる。
ソコにはアカデミー中のあらゆる情報が集まり、常時20人のオペレーターがその処理に当たっている。

その部屋の一番上の層、理事長用の指令席の背部シャッターが自動的に開き、チェアに腰掛けたビッグG理事長がスライドして入って来た。
「状況は!?」
「超音速にて赤道上に出現した『極次存在』は、そのまま赤道沿いに東に向けて直進し続けています。」
「現在、時速約280kmで移動中。」
「監視衛星『ナイトストーカー03』よりの映像来ました。
メインモニターに回します。」
大スクリーンに海上の鳥瞰映像が映し出された。
ソコには炎と黒煙を引きながら飛ぶ2つの隕石のような物体が捉えられている。
「むぅ、『火』のエレメント…、『クトゥーガー』か。

あの動きは、ナニかを捜しているのか??」
「理事長、『イ・ス生命科学研究院』との通信ライン、回復します。」
「うむ、ライン、こっちの端末に回せ。」
ビッグGは目の前のコンソールパネルの一角に配された黒い受話器を取った。
途端に聞きなれた大声が受話器からガナり上げてきた。
「オレだ!」
「アイン学園長、無事だったか。
いったいナニが起き…。」
「アレがソッチに行った!!
本星全域に警報をかけろ!!」
「待て!いったいなんの話だっ!?」
「話は後だ!
デカい『極次存在』が出現しているだろ!?
それこそどうなるか判らんぞ!!」
ビッグGはコトが緊急を要すると理解すると、すかさずオペレーター達に指示を飛ばす。
「アカデミー全域に警戒警報発令!
全ての人員に避難勧告!!
本部、学園部、また全ての支部に『防御潜行』を指示せよ!!」
「了解!!」
 

 
アカデミー全域で防災委員会からの避難勧告があらゆるメディアと端末を通して流されていく。
テレビ、ラジオ、ネット、ワイヤード、携帯端末、あらゆる情報手段に最優先事項としてキャッチされるように出来ている緊急情報だ。

リララ教授そっくりのロボット達も、その情報をキャッチすると一斉に停止し、生徒達を避難シェルターへと誘導し始めていた。

そしてアカデミー全域のハイテクビルが『防御潜行』を開始した。


『GSアカデミー』内にある主要なハイテクビルのほとんどは、未来都市計画の実績作りの一端として『防御潜行』という機能を備えている。

簡単に言えば、災害や戦争の時に、建物自体が地下に潜っていって地上部は隔壁で覆ってしまうという機能だ。
これにより都市への被害を最小限に抑えるのが目的である。
 

 
数分後。

しかし、避難勧告が聞こえてもまるで動じていない者達もいた。

部室で作業を続けているトーキチローもその1人である。
かたわらのカバンの上に置いてある大学の履修確認端末には、強制受信により『緊急情報・避難勧告発令』という文字が明滅し、最寄り数箇所の避難場所の地図とソコへの行き方が表示されている。
しかしトーキチローは一度チラリと見ただけで作業を続行していた。


そして、ようやくそれまでの作業を終えたトーキチローは、完成した基盤を目の前の200段スロットに順にインサートしていく。

ソレは巨大な『鋼鉄ニンジャ』の、腹部に開口している電脳内蔵殻の中から直結している装置だ。
そしてこのパートは、調整が終り次第すべて内蔵殻内部に格納されることとなる。

しかしその前にまだやっておくことがある。
トーキチローは慎重に各駆動部のスイッチをオンに切り替えていき、駆動音や動作状態をチェックしていく。
全て問題なし、のようだ。

あとはコンピューター内部で進んでいるリフォーマットが済めば、自律制御で独立稼働を始める。

彼は一息つくと、目の前に鎮座する巨大な鋼鉄の戦士の、人間より遥かに高い位置にある顔を振り仰いだ。
 
「聞こえるか、『ゲッコウ』よ。
最終調整がままならぬまま今日まで眠り続けてきたお前だが、ついに起動の時が来た。

さぁ、今こそお前の力を見せてみよ!

目覚めよ!
『大鋼鉄ニンジャ=ゴウリキムソウ・ゲッコウ』よ!!」
 
主であるトーキチローのその呼掛けに応え、『ゲッコウ』という『鋼鉄ニンジャ』の額に刻まれた三日月型の紋章が白く輝いた。
 

 
同時刻、フーメイに追いかけられていたおギンは、スゴい走りっぷりで一棟の建物に逃げ込んでいた。

ソコはファクトリーエリアのはずれにある5階建ての廃ビルである。


フーメイは、おギンの走って行く雑草の生い茂った河川敷の先のその建屋に気付いた時、逃げ込まれてしまう前におギンを捕まえてしまおうと一気に限界までスピードアップしていた。

なぜなら、逃げようとする相手は一旦建造物などの中に入られてしまうとドコから脱出してしまうのかわからないし、5階建ての建物ともなれば、一人ではソレをフォローしきることなどとうてい不可能である。
また、追って中に入れば構造物の物陰やその辺の物品などを使い攻撃に転じることで逃げるスキを作ろうとしてくるという事態も予想される。

いずれにしても、逃げ込まれてイイことはない。
また、トーキチローの言うにはおギンはその道のスペシャリストでもあるらしいのでなおさらだ。

それに走っている最中に『緊急情報』を受信したし、広域スピーカーからの放送も聞こえたからおギンにも判っているはずなのだが、彼女はまるでお構いなしのようだ。

となると、捕まえて無理にでも避難させるしかない。


しかし、フーメイが姿勢を下げてスピードアップしてもおギンとの距離は全く縮まらなかった。
おギンがフーメイに合わせて速度を上げたということなのであろうか。
人間が物理的に出せる速度や持続力の限界はとうに超えている二人である。
フーメイにしてみれば、自分の能力はまだしも、おギンの能力は信じられないモノであった。

そしてそのままおギンは跳ねるようにして廃ビルの中に入って行ってしまった。


その後を追い、フーメイは慎重に中の様子を伺いながら一歩踏み込んだ。
すると階上で階段を駆け昇って行く音が響いた。

あまりにアカラサマ過ぎる。
フーメイはどんな罠があるかも知れないと、注意深く、しかし迅速にその後を追った。


足音は3階まで登って止まったようだった。
フーメイは階段を昇りながら『センシングフィールド』を最大範囲の半径40mにまで広げた。
しかしここまで広げると通常の半径2m展開の126倍のエネルギーを消費するし、しかも解析の精度は落ちるしイイことないのですぐに出力を下げる。

だがおギンの居場所はわかった。
やはり3階にいる。

それと解析で得られたデータではこの建物自体には目立った罠などは仕掛けられてはなさそうだ。
もっともあちこちにガラクタらしい金属製の道具や機械が無数に放置されており、偽装された爆薬やトラップの可能性は否定できない。

しかし一つずつ吟味する必要はないのでフーメイはそのまま階上へと上がった。
なぜなら別に要人を警護しているわけではない今、フーメイ1人だけなので銃撃や爆発ならば意に介す必要は無いからだ。

問題なのはおギンがどういう手を講じて待ち構えているか、である。

しかし予想に反して、おギンは部屋のド真ん中に堂々と立ってフーメイを出迎えた。
 
「よ。」
「…どうしました。
スタミナ切れで諦める気になりましたか。」
「いんや。
あんさんがちゃんとついて来れるよーにゆっくり走って来たんや。
まだまだイけるで。」
「…なるほど。
道理で疲れている御様子ではありませんね。」
「そういうあんさんこそ、あんだけ走らせてもぜんぜん効いてないみたいやな。
しかもココまで思いっきり無造作に上がって来よるし。
どうしてウチがなんも仕掛けとらんと思うんよ。」
「仕掛けてあったとしても対人系の破壊武器やトラップなら私にはほとんど効果はありません。
そして貴方がソコにいらっしゃるのは判りましたから、大規模な破壊トラップは仕掛けてこられないはずです。

それに用心している間に貴方に逃げられては元も子もないですから。」
「わぉ、ほんまコワいお人やわ〜。
実際、フーメイはんみたいな人とはやりあいとうはないんやけどなぁ。

でもまだ時間がいるんや。
せやけどどう考えても逃げ切れるとは思えへん。
せやから悪いけど、しばらく寝てなあかん程度にやっつけさせてもらうで!」
おギンは両の拳を身体の正面で一回叩き合わせると、両手を軽く開いた状態で肘の力を抜き、胸の高さに構えた。
その、機械に見える巨大な右腕以外に武器を使う様子はない。
「…私に対する攻撃手段として拳法を使うのですか。
ソレが有効だとお思いなのでしょうか?」
「ま、考えがあるんよ。
それにレトロなミッションムービーならショーン・コネリーよりもスティーブン・セガールのほうが好きなんでな。」
「??
よくわかりませんが、今時拳法を使えるとは珍しく古風な方ですね。」
「伝統的でしかも本格的って言ってぇな。
あ、そういやぁウチ、ちゃんと名乗ったことってあらへんかったな。

ウチは最強と言われとる打撃系破壊拳術『出雲破天荒神流(いずもはてんこうじんりゅう)』の免許皆伝を受け、斬捨御免状(マーダーライセンス)を保持する特A級超法規公務役執行員!

人呼んで、『陽炎(かげろう)のおギン』!!」

おギンが名乗りをあげると、少し間を置いてフーメイがぽんっと手をうった。
 
「…ああ。
そう言えばユニオンJは『礼と義の国』と聞いたことがあります。
なるほど、戦う前に流派や肩書きを名乗りあい、親睦を深める訳ですね。」
「あー、いや、親睦を深める訳やないと思うんやけど…。」
「では私も名乗らせていただきます。
私は『大銀河帝立統合科学アカデミー・理事長付秘書』、兼、『同ボディガード』。
そして『同アカデミー内・(株)アカデミーセキュリティーサービス・特権指揮官』。
『同アカデミー・スペシャルアタックサービス・Sクラスコマンダー』。
『同アカデミー・対外交渉局特別顧問』。
『同アカデミー・電子情報部外部監視役情報部員』。
『同アカデミー・機密保持部…』」
「だあああー!
いったい何個肩書きがあるんねんっ!!」
「…機密事項で言えないのを除けば、あと5個ほどです。」
「どれか『これぞ!』ってぇので手短に納めてぇな!
それが『礼』っちゅーもんや!!」
「…なるほど。
では『理事長の秘書』のフーメイです。

拳法は『メイソーゲイ』の亜流のアレンジです。

よろしく。」
「う…。
なんや、『秘書』さんと戦うんか思うと気が抜けそうや…。」
「では『理事長付家政婦』というのも結構気に入っているのでコッチにしときましょう。」
「『秘書』さんにしといて。
お願い。」
「…そうですか?」
無表情なフーメイにしては珍しく、かなり残念そうにしている。
「ま、ソレはおいときまして、『超法規公務役執行員』と言えば、『銀河評議会』が高度に政治的なレベルでの平和維持を目的とするとして設置した特殊工作員のコードですね。

しかし、このGSアカデミー内にいる限り好きにはさせません。」
「ああ、判っとる。
スポンサーの帝室と言えどココには手ぇ出せへん。
GSアカデミーは自治権域だからやろ。

それに元々今回はそっちの仕事やないしな。」
「!?
貴方はリララ教授を狙っているのではないのですか?」
「んー、まぁ、そーゆーことではあるんやけどな。」
おギンはそう言いながら、構えている両手をパッと広げた。
すると手品のように手の中からカラフルなピンポン玉のようなモノが現われ床に向け落下した。

次の瞬間、おギンの足元に着地する間もなくその2つの玉は炸裂し、強烈な閃光とスモークを発した。

目くらましである。
ナニを出したのかと相手が最も注意を向けてしまうタイミングに、そのモノによる急激な高輝度発光で目の機能を阻害し、さらにスモークにより視界を奪う。

普通の人間なら今のタイミングでこの目くらましを受けたら全く状況が掴めなくなる筈である。
しかしフーメイは違っていた。
「無駄です!」
フーメイは視界ゼロの中をおギンに向かって走り出していた。
なぜなら彼女は視界に頼らずとも、『センシングフィールド』のもたらす科学解析による電子の目の情報を直接的に頭脳で受け、周りの状況を正確に知ることが出来るからだ。

現に今も、咄嗟に半径10mまで展開した『センシングフィールド』の効果により、おギンが煙幕の中でナニをしているのかということまでも細かく把握することが出来ていた。

しかし、おギンがナニかのリモコンスイッチのようなモノを懐から取り出したのが察知できた途端、『センシングフィールド』が機能を喪失した。


フーメイは思わず、その場に立ちすくんでしまった。


赤いゴーグル越しに見える世界は白いスモークに外光が乱反射しており視界ゼロ。
しかも熱、電波、赤外線、その他のあらゆる探査・探知機能が沈黙してしまっている。

普段から自分の視覚聴覚以上に頼っていた『センシングフィールド』が機能していない今、彼女はまさに白い闇の只中にいるも同然になってしまったのだ。

彼女は周囲の状況がまるで掴めない事に恐怖すら感じつつ、事態の分析と対策を講じた。

そして相手があのおギンであるということと、今の状況から一つの仮定にいきついた。
「まさか、ココそのものが『アンチセンサーフィールド』なのですか!?」
「せや。
せっかく教えてもろうたこと、無駄にはしてへんよ。」
視界をおおいつくしているスモークの向こう側からおギンの声が聞こえてきた。
フーメイの前方、少し手を伸ばせば届くという位の距離におギンの気配が感じられた。
「前ん時は察知できんようにウチの反応を消そうと思とったから、ウチを中心に『アンチセンサーフィールド』を展開しとったんや。
でも、ソレやと全くセンサーの通らない空間がいきなりバーンッと発生するから、周りと比べて不自然で逆に見付かったってことなんやろ。

せやったら周り全てが不自然になったらどうやろかと思うたんや。」
「考えましたね。
では私はまんまと誘い込まれたというわけですか。

まさかこの建造物全体が強力な『アンチセンサーフィールド』と化すとは。」
「その通りや。

でもこの建物に仕掛けたトラップはコレだけやで。
ウチはどんな仕事ん時でもターゲット以外は傷付けとうない。
せやから破壊系のトラップは元より使わへん。
でもアンタにはどうでもいいことやったようやな。

ま、なんにしてもこのフィールドの効果がある以上は、あんさんがウチをどうするなんて出来っこないな。」
「しかし、貴方は今私の目の前にいます。
ソコから逃さなければいいだけのことです。」
「ところが、そうはいかへんのよ。」
おギンの声が、横に歩いたように移動した。
しかし立っている気配は動いていない。
「!?
まさか!!」
フーメイは目の前の気配に手を伸ばした。

しかし、ソコにはおギンはいなかった。

ちょうどおギンの背丈と同じ高さの丸太が立っていた。
 
「『秘伝イタミ流、ウツセミの術』や。

割とオモロい技やろ?
『ウツセミ』っちゅーのは『空蝉』って書いてな、あのウルサい蝉が実はいないって意味や。

コレは壁や柱の反射から音の交錯する点を作り出し、いない場所に気配があるかのように見せかける技なんやで。」
「なるほど、前面のスピーカーからの音だけで斜めや後方からの音を再現するバーチャルサラウンドシステムと同様の原理ですか。

これだけ音の反響を妨害する要素の多い雑然とした場所で、しかも私の立ち位置が確定しない状況下で、これほど的確にその効果を生み出せるとは、本当に恐れ入ります。

しかし…!」
フーメイは強く床を蹴り、右斜め前方に向かって跳び出していた。
そのまま白い煙幕の中に鋭い手刀を打ち込む。

だが、その手刀は斜め前方から何者かに弾かれて獲物を捕らえることはなかった。
そして同時に目の前から大きく宙に跳ね、逃げ出す者の気配があった。

しかしフーメイはソレには構わず更に進み、目的のモノを掴むと渾身の力で強く引いた。
するとソレに応えて部屋の上方の全周が重い金属音を立てて開放され、部屋の中に立ち込めたスモークがソコからゴウゴウと吸い出されいく。

火災時に使用される強制排煙装置である。

フーメイはソレを作動させるためのワイヤーの、壁に剥き出しなっている部分を引いたのだ。


フーメイはワイヤーをはなすと部屋の中を振り返り見た。

除々に薄くなっていくスモークの中に、部屋の中程に立つおギンの姿がある。
「…視界もセンサーも効かんかったはずや。
まして音も気配も違う場所から感じれるように仕掛けた!
せやのになしてウチの位置がわかったんや!?」
「スモークが張られる前にはこの部屋の中は見えていました。

術の原理が判れば部屋の構造から音の発生源の位置を逆算することは可能です。
ソレがちょうどこのワイヤーの位置と近かったのでラッキーでした。」
「はは、なるほど。
そりゃ理屈としちゃ可能かも知れへんけどな、出来んわ!そんなん!!

大体あん時、一度見ただけでこの部屋の間取りやらを完全に覚えたっちゅうんか?
音の反響する空間構造からそんなモンの位置まで!
半端やなさすぎやで、ホンマ!」
「まぁ、世の中いろんな人がいるものです。」
「あ゛ー…、あかん、おもろなってきたわ。

よしゃ、フーメイはん、ウチを逃げる気も失せるくらいにヤッツケてみ!
できたらナンでも言うこと聞いたるで!!」
「……。
私は事情聴取に協力してほしいと言っているのですが、ちゃんと聞いてくれていますか?

…まぁ、条件付で快諾されたと受け取っておきましょう。」
「よっしゃぁっ!
ほならいっちょ、小細工も手加減もなしでいったるわ!!」
 
おギンは手にした『アンチセンサーフィールド』のリモコンのスイッチをオフに切り替えると、そのまま床に投げ捨て、踏み潰した。
 

 
その頃、ファクトリーエリアのはずれにある5階建ての廃ビルの屋上、その階下では今まさにおギンとフーメイの死闘(?)が繰り広げられているのだが、ソコにリララ教授を抱きかかえた大玉斎がいた。

彼は下の階からの出口から見えやすい場所を選ぶと、片手を床に向けた。
すると、指の先からオレンジ色の合成樹脂の塊が射出され床にベタンッと落ちた。
ソレは内蔵された圧縮ガスの効果で見る間に膨れ上がり、2mくらいの楕円形のビニールボートへと変化する。

非常用の救命ボートである。

彼はその上に、気絶しているリララ教授を静かに横たえた。
「ココにおれば必ずフーメイが見付けてくれる。
ベッドとしては寝心地は悪いだろうが少しの間辛抱していてくれ。」
彼は優しくつぶやきながら、どこからか出してきた羽毛布団を掛ける。
「ワシはあと一つ確めねばならんことがある。」
 

 
大玉斎が去り、一人で横たわるリララの耳には遠くで争う物音が聞こえていた。
階下でおギンとフーメイが競合っている音だ。
…やめて…。
ケンカはダメ…、争いは…ダメ…。
うなされるように呟く彼女の喉元に、バイナリーレベルのある何本もの黒い線が浮き上がってきた。
ソレはまるで、製造管理などのプロダクトに使用される自動認識記号(バーコード)のような形をしている。
 

 
おギンは受けた衝撃の強さで後方に吹き飛ばされた。
フーメイの繰り出した回し蹴りを左腕で防御したのだが、その打撃力が尋常でなく重かったのだ。

おギンはソレでもなんとか踏ん張って、壁際で姿勢を持ち直すと、フーメイが前方から弾丸のような勢いでおギンに迫っていた。

おギンはフーメイの動きから、横や下に避けても避けきれないことが読めたので、咄嗟に大きくジャンプしていた。

一瞬の後、フーメイは肩口からスゴい勢いでコンクリートで出来た壁に体当たりしていた。

壁に与えられた衝撃は硬質な破壊音に変わり、宙に舞っていたおギンにもその衝撃が空気を伝って感じられた。

おギンは上空で壁を蹴り、フーメイの後方へと着地し振り向くと、砕かれた壁にフーメイが肩からもたれるようにして立ち直そうとしていた。

ソコにおギンの巨大な右拳がフーメイの頭めがけて放たれる。

しかしフーメイは背の方に跳ねるように避けると、砕かれていた壁がさらにおギンの拳で粉砕された。

勢い付いたおギンは次々と拳を繰り出し、フーメイは下がりながらその打撃を捌いていく。
「いい戦闘能力です!
しかしこのアカデミーに、この私に挑むには少々力不足ですよ!
そうまでして一体ナニを求めるのですか!?」
「科学研究機関が政治組織直下にデカい顔して存在しとるなんてぇのは戦争の道具を造る時ぐらいのもんや!
せやけど今ぁ人と人とは争そっとらん!
ほならいったいなんのための備えや!?

そして何故にココに『堕天使的博士』と同じ名を持つあのお嬢チャンがおる!?
ウチはソレが知りたいんや!!」
「好奇心は猫を殺すというやつですね。
しかし、その好奇心は猫ではなく、貴方を生きて帰れなくしますよ!」
フーメイは言いながら、おギンの繰り出した拳を紙一重でかわすと、その突き出された腕の動きに合わせて自分の肘を重ね、おギンの拳の勢いを増させるように後方に流して上半身をひねった。

おギンは予想していなかった方向に身体を引っ張られて、簡単にバランスを崩され地面に投げ出されていた。

その喉元にフーメイの手が伸びるが、おギンは素早く転がって避け、その勢いで立ち上がる。
「…本当にタフですね。」
「あ〜、頭打ったらなんや思い出したで。

どっかで見たと思とったんや、その胸の赤い薔薇!

その意匠、その色!
『ブラッディ・デス・ローズ』やないか!!

でも…、あの部隊はたしか…!?」
「おや、あなたのようなお若い方がコレを御存知とは意外です。

そう、この薔薇は『血染めの赤き死の女神』。
私がかつて所属していた特殊部隊、『イモータルフォース』の部隊章です。」
「『イモータルフォース』!
伝説でしかないと思とったんやけど実在しとったんか!!」
「御存知でいらっしゃるのなら遠慮はいりませんね。
どちらにせよ貴方を放置するわけにはいかないようです。

腕ずくで、いきます!」
フーメイはバッバッと両拳を交互に突き出し拳法の構えを取った。
そして流れるような動きで腰を低く構え直し、左手を照準を付けるように前へ、右腕を弓を引き絞るように後方へと下げると、その下腕の先端が一瞬鋼鉄のような輝きを放ち、鋭利なスピアーのような形状へと変化する。
「!!

自在に変化する肉体!
なるほど、アームズ(武器)やのうてアーム(腕)か!!

ホンマモンや!
伝説の『イモータルフォース』や!!」

『イモータルフォース』。
ソレは『不死兵団』とでも訳せば適当であろうか。


戦時下にある時、当事者であるどのような国家・集団でも欲するであろうモノはナニか。
答えはおそらく『後遺症が一切ない大規模破壊兵器』と『死なない兵隊』であろう。

旧大戦中の銀河帝国においてはいずれもが研究されていたが、実用化されたと言われているのは後者のみである。
しかも「言われている」にとどまり公式にはその存在は否定されている。

ソレが『イモータルフォース』。
全身を機械化し様々な特殊機能を内蔵したサイボーグ兵団であるという。

そして彼らの行く先には殲滅しか有り得ず、いくつもの戦場が血の海に沈んだと言われている。


しかしソレはひとつの伝説でもあった。
なぜならその姿を見た者はなく、『裏』の世界でもその兵団の話が真実なのか虚偽なのかすら断言できる者がなかったからだ。

そして多くの腕利きの情報屋達がその謎に挑んだが、真実を知ってなお生きて帰って来れる者はなかった。

だがたった1人、生きて帰ってきた者があった。
その情報屋は深手を負っていてすぐに息を引き取ったが、最後に1枚の写真を残した。

ソコにはある部隊旗が写されていた。
血のように赤い薔薇の配された旗が。

 「『ブラッディ・デス・ローズ』。
 この美しい部隊章は『死の女神』だ。
 決して手出しをしてはならない。」

ソレが彼の最後の言葉だったと言う。

だがその後も謎に挑む者達はいたが、遂になんの情報も明らかにはならなかった。
そうこうしているうちに時は過ぎ、そのプロジェクトに関わったとされる軍人や技術者達も皆死んでしまい、ことの真相は闇の中に消えてしまった。


こうして謎の機械化兵団『イモータルフォース』は伝説となったのだ。

 
「っちゅーことは。」
おギンはスカートの背中に仕込んでおいた小型の麻酔銃を取り出しフーメイに向けると、おもむろに引金を引いた。

発射された弾丸はフーメイの肩口にヒットした。
フーメイはそのタイミングに合わせてグルリと腕を回し、指先を斜め後方に向ける。
するとその指の先端から、フーメイに当たった注射器のような形の麻酔弾が、随分と速度を削がれて出てきて地面に突き刺さった。
「銃や大砲はやめてください。
弾がどこに飛んでいってどんな事故や損害に繋がるかわかりませんから。」
「聞いてた通りや!

『あらゆる攻撃はその液体のような体を貫通し、あらゆる防御はその鋼鉄のような打撃の前に打ち砕かれる!
そしてその頭脳はあらゆる情報を掌握し、その肉体はあらゆる状況に適応し変化する!!

其は不死にして不可侵!
すなわち無敵!!』

せやったんなら全て納得がいく!
伝説の『イモータルフォース』の力やったんなら!!」
「まぁ、そういうわけですので、そろそろ諦めてもらえませんか?」
「う〜ん、説得力のある一言やなぁ。

でも、ウチにもまだ切札があるんや!」
おギンは左手にナニかを取り出していた。
フーメイは咄嗟に身構え、ソレを叩き落そうと飛び掛かる。

果たして、スピアに変形したフーメイの腕は、身を翻し避けるおギンを追いその左手を叩き付けた。
その勢いで左手に握られていたモノは勢いよく地面に落ち、砕け散った。

ソレは液体の入った透明なアンプルだった。

おギンは、しかし、身を翻した勢いのまま地面に手を付き、半ヒネリを加えながら全身をバネのように縮めて、前進するベクトルに加えて全身を伸ばす勢いで宙高く舞った。
そして彼女は、天井から吊り下げられた地上4mぐらいのところにある照明装置の基部である井桁に手をかけて、その上にヒョイと乗り移った。

フーメイもその後を追い、走って壁の出っ張りに足をかけたところで、その動きがピタリととまった。
彼女の運動能力と今の条件では、ジャンプしてもおギンの乗った場所まで届かずに、少し下の壁に当たって落ちると予想できてしまったからだった。

この時になってようやくおギンは床に落としてしまったモノに目をやった。
「ああ!
ウチのアンプルが!!
ソレ作んのにゃ結構銭かかるんやでぇ〜!」
「すみません。

でも、切札とやらはなくなりましたね。
そろそろすっぱりと諦めて…」
「いや、実はもう1本あるんよ。」
おギンは言いながら同じ形の別のアンプルを取り出して見せた。
フーメイは間が悪そうに沈黙する。
「……。

どうも、貴方とはウマが合いそうにないです。」
「そっかぁ?
もし組めたら結構ええコンビになれるとおもうで。
あんさんのボケ、なかなか好きやし。」
おギンはそんなことを言いながら、そのアンプルを巨大な右手の装甲の肘の辺りに差し込んだ。
するとプシュッという無針注射器のような音がして、空になったアンプルがポンッと飛び出し床に転がり落ちる。
「ほな、見せたるで。

…ウチの、『変身』!
おギンの露出している肌が目に見えてワサワサと黒っぽくなっていく。
体毛が濃くなっていっているようだ。
 
「その変化は…。
獣化能力、『BAS(ビー・エー・エス)』ですか。
調整されたその能力を見るのは初めてです。」

『BAS』=『ビーストオールターシンプタム』とは、もともとは『獣化症状』を指す医学用語である。

旧大戦中に開発されたゲノム科学の産物、『D兵器』……アトミック(A)、バイオ(B)、ケミカル(C)に続く4番目の開発使用禁止兵器系に指定されることとなる無差別広範囲攻撃型兵器である『遺伝子兵器』……その後遺症の1つとして稀に報告される、遺伝子変異の末の変身症状である。

そしてその症状の中には、ごく稀に通常人以上の脅威的な身体能力を持つに至るケースもあるという。
さらにその内の数名はさらなる医科学的調整と訓練を受け、特殊な任務につくエージェントとして存在するともいわれているのだ。
 
「はっ!
『BAS』ちゃうでぇ!!
ウチのは半端な『BAS』なんかとはちゃうんや!!
科学の力で、生物としての極限の力を引出すことを可能とした『超獣変化(ちょうじゅうへんげ)の術』!

『HBC(エイチ・ビー・シー)』!
『ハイパービーストコンバージョン』やぁっ!!」
「ハイパービースト!?」
「うおおおおー!!」
吠えるおギンの全身からはスゴい勢いで水蒸気が噴き出していく。
ソレは急激な代謝によりもたらされる発熱と循環による現象だ。

そしてものの数秒でおギンの身体は変身を遂げた。

全身は、まるで金属のような光沢を放つ体毛に覆われ、肘や肩などの一部には皮膚が硬質化し装甲と化したモノとおぼしい部分がのぞいている。

さらに背丈だけでも元の姿から3回りほど大きくなっている。
しかも、恐らく生物学的には他に類のない力を発揮するのであろう、その隆々とした全身の筋肉のためにさらに巨大になっているような印象すらある。

そして、元の姿の時に巨大で妙な形状だった4本指の右腕。
ソレがこの姿になった途端まるで違和感がなく、同じく巨大化した左腕とほぼ対称となる形状になっていた。
 
『トーキチローさんが教えて下さったおギンさんの『能力』、『獣人化能力』とは本当のことだったのですね。

そして、『あの巨大な右腕は獣人の時の大きさのまま変えられないので、普通のサイボーグの『パワードアーム』であるかのように見せかけるためにハリボテの装甲を着けている』ということも。

ならば、その能力が皇帝直属のSPにも匹敵するという話も信じるべきでしょう。』
「ぐおらぁーーー!」
おギン、いや、ハイパービーストは、雄叫びを上げながらフーメイの前に飛び降りてきた。
見た目の割には軽そうな動きをする。

いや、体積は増えているが重さは変わっていないから相対的にそう見えるだけなのだ。
むしろ急激に代謝を起こしたことで重さは減っているくらいなのだから。


ハイパービーストは着地と同時に片足を擦るように浮かし、着地の勢いを回転運動に換え、丸太のような腕でフーメイに殴りかかった。

フーメイのとんでもない能力を見てきた今、ソレこそ手加減はなしである。

流れるような動きに不意をつかれたフーメイは顔面に迫る巨大な拳に対し咄嗟に腕を盾にしたが、しかし、受け流すことも防御することも不可能なほどの凄まじい衝撃を受け枯葉のように吹き飛ばされていた。
 
『…!

体格が変化することにより発揮できる力の構造が変わるということは予想していましたが、想像以上のパワーです!
やはり、『EX−Tキット』を装備して来たのは正解だったようですね!』
フーメイは背中から地面に着地してしまっていたが、地面に投げ出される勢いを逆に利用して、脚と手を身体の前面に向けて突っ張ることで見せかけ上もっとも安定性のある面を作り出し、瞬時に地面を掴み立ち上がった。
「どっせぃやーーー!!」
「…!!」
するとその顔面に、吹っ飛んだフーメイを追い掛けて来ていたおギンの、渾身の力を込めた掌打が迫っていた。

だがフーメイはまだ姿勢が安定していないのを利用して瞬時に背中から地面に倒れ込み避ける。

目標を失った掌打はむなしく空を切り、おギンはバランスを崩してその場で踊るように一回転してしまっていた。


しかしソレはおギンには幸運だった。地面に仰向けに横たわったフーメイの右手が、おギンに向けて突き出されたのを見ることが出来たからだ。


おギンに向けて突き出されたフーメイの右の掌に、次の瞬間ナニかが起きて、手の部分が赤く光った。

おギンは、とにかくゾッとするような危険を感じて、すかさず真横に飛び退いていた。


おギンはその一瞬にナニが起きたのか、頭の中で常識がジャマして認識することができなかった。

だが、見た記憶を反芻すると、どうもフーメイの肘から先がギュルギュルと回転しつつパズルかなにかみたいに展開し4倍近い太さになり、突き出した掌の中に赤い穴が開いて、しかもソコからビームかなにかが出たらしかった。

物影に逃げ込んだおギンが視線を後に向けると、さっきまでその辺りには鉄柱かなにかがあったという覚えのある場所にはナニもなく、ただ陽炎のようなモノが立ち昇っている。

おギンは見えない位置にいるフーメイに向かって声を上げた。
「あ!危ないがなー!!
当たってもーたら死体も残らんよソレぇ!!」
 
フーメイは立ち上がって体に付いたホコリを払っているところだった。

ビーム砲と化している右腕の上腕部分はパカパカと細かくフィンのように開き、強制放熱でブォーッと唸りを上げている。
そして、腕が異様な形状に体積を増しているのに伴って、黒いドレスの出っ張っていた両肩は逆にピッタリとラインが出るような形状に変化していた。


フーメイはキョロキョロと辺りを見回す。
おギンはまたも気配を殺しつつ声の位置が判らないように仕掛けてきていたからだ。
『『アンチセンサーフィールド』はさっき自分で解除していたのですから『センシングフィールド』を使われればスグに居場所がバレるというのにいったいナニをしているのでしょうか…。』
フーメイはそう考えながらも、なぜか『センシングフィールド』を展開する気になれずに、居場所の判らないおギンに対して返事をしていた。
「当然です。
半端なモノでは貴方に対して失礼になると思いましたので『EX−Tキット』を発動いたしました。
私を本気にさせたこと、地獄で後悔していただきましょう。」
「え?
『エーベックス、ティーセット』??
ダンサブルでポップな紅茶のセット??」
「惜しいですが違います。」

別に惜しくはない。

『EX−Tキット』とは、『イモータルフォース』のメンバーである『イモータルソルジャー』が特殊機能を変更する際に換装するオプションパーツのようなモノのことである。
正式には『エクスキューショナーモード起動用機能転換基礎部品群』であり、目的に応じて数種類が存在する。


『イモータルソルジャー』の身体は『液体金属』と呼ばれる物質で構成されている。

ソレは超高重力惑星で進化した海藻の一種から採取された物質である。
高密度・高硬度で鉱物の特徴を備えながらも、特定の条件下で硬度や形状が自在に変化するという性質を持った有機物なのだ。

ソレをロボティック技術でナノマシーン化し、さまざまな機能を持たせた『パート』ずつを群体のように統括させ、人の姿にしたモノが『イモータルソルジャー』なのである。

そのボディは、ゆえに、筋肉のように働く『パート』や、目や耳のように感覚器の機能を持つ『パート』、骨や爪、髪や服になる『パート』、ジェネレイターやアンテナの働きをする『パート』など無数の部分がブロックのように組み合わせられているのだ。

そしてソレら自体も多様な機能を有している。
ソレらはまるで、組合せの仕方によってラジオや計算機などの違う機能を持たせられる『電子ブロック』のように、配列や形状を組替えることで様々な機能を発揮するのだ。

レーダーや発信機などの機能はもとより、形状を鋭利にし硬質化することで打撃武器や剣のようにすることはもちろん様々な兵器に変えることすらも可能なのである。

しかし、無数の弾丸として体積を射出してしまう銃や、高エネルギーと特殊な媒体を必要とするビームやレーザーなどの機能を発揮するにはソレ専用の特殊な『パート』が必要となる。

その特殊な『パート』こそが、あまりの破壊能力と制御の不安定さに伴う高負荷のために、通常は凍結封印されている『EX−Tキット』と呼ばれるモノなのだ。
 
『しかし、本当にいったいナニをしているんでしょうか。
私こそ…。』
フーメイは自分がナゼおギンのやり方に付き合っているのかがわからなかった。

仕事はもっと効率的に、合理的に済ますべきなのに。
しかしソレではおギンに対して失礼だと思っているからであった。
だがソレは、普通の人間とは違う自分と、ドコかで共感できるかも知れないという漠然とした期待があるからかも知れない。

そう気付いた時、突然上からおギンが飛びかかって来た。

フーメイはその攻撃をガッチリ防御するが、おギンはそのまま続けざまに何発もの拳や足技を繰り出してくる。
だがフーメイは、その全てを事もなく腕で防御しきっていく。
『EX−Tキット』発動の影響により、一時的にだがエネルギー出力が上がって全体的なパワーアップを起こしているのだ。
「無駄です!
貴方がおっしゃったでしょう、私の能力は『不死にして不可侵』だと!!」
「いんや!
伝説ではああ言われとったけど、この世界に存在している以上、物理的な破壊から免れられる物質なんてあらへん!
スプーン1本あれば脱出できへん牢獄なんてないようにな!!」
「いいことに気付きましたね。
確かに私の身体は液体金属による群体。
物理的に破壊できない物質なわけではありません。

しかし、その攻撃では、拳銃で戦艦を沈めようとするようなモノですよ!」
「ハッタリやな!
体育会系の精神論は馬鹿げとるが、たしかに暗示によって人の力は強うも弱うもなる!
せやけどあんさんの暗示にはかからへん!
ウチの拳はスプーンよりも遥かに強いんやぁ!!」
「あ、いや、ちょっと待って下さい。
その前にスプーン1本で脱出できる牢獄なんてあるんですか!?」
「ある!
むしろ全てがそうだとすら言えるほどや!!」
「そうなんですか…。
いや、そうだとしても私の身体はスプーンよりも強いぐらいじゃ壊せませんよ。」
「ハッタリはキかへんでぇーっ!!」
「ハッタリじゃないです!」
「しかしなんや、よっぽどその機械の身体に自信があるんやな!」
「事実、この身体は等身大の人型兵器としては史上最強のモノです。」
「ハッ!
ようは機械仕掛けのお人形さんやろが!?
いつもそないな薔薇模様の黒い服ばっかで着替えもないようじゃ、ジェニーはんにも笑われるで!!」
「!!」
その言いようを聞いた途端、フーメイの顔色が変わった。

連続して繰り出されていたおギンの拳にムリヤリ自分の腕を叩き付けて連打を止めると、頭突きでもっておギンを吹き飛ばした。
そしてその隙に腕のビーム砲の照準を合わせ、ヨロメきながら立ち上がってくるおギンに向けてビームを放つ。
「うっ、うわぁあーーーっ!?」
走って避けるおギンに向けて3回撃つと、ビームの上腕が展開し強制排熱モードに入った。
物理的な限界によるモノだ。
こうなると少しの間、肩から先はまったく動かない。

だがおギンにはそんなコトはわかる由もないので、壁の残骸の影に転がり込んで様子を見ていた。
ソコに冷静さを失ったフーメイが走り寄った。
「この赤い薔薇は死んで行った仲間達への手向け!
この黒い服は喪の色!
あの大戦の犠牲になった魂達への贖罪の証です!!」
フーメイがおギンの隠れている壁の残骸を後から蹴り飛ばした。
おギンはその煽りをまともに食って前方の壁に倒れ込む。

しかしフーメイは間髪入れずに飛びかかり、倒れているおギンの顔のすぐ横に、体重を乗せて片足を叩き付ける。
するとコンクリートの塊であるソレが破片を飛び散らせて壁全面にヒビが走る。
「ひぇぇ〜〜〜!」
「私などのことはどう言っていただいても結構です!
人形だろうがダッチワイフだろうが御自由にどうぞ!」
「い、いや!
ナニもそこまで言うとれへんてっ!?」
「ですが!
…この薔薇を侮辱することだけは許しません。」
フーメイは努めて静かに言いながら、おギンの顔にビーム砲を3cmの超至近距離で突き付けた。
その尋常でない剣幕にすっかり萎縮してしまったおギンは、両手を上に挙げて全面降伏の状態になっている。
「…なぜ帝国は『イモータルフォース』のことをひた隠しにしたと思いますか。
兵器は、その威力を示したあとにはソレを有しているということを誇示するだけで敵に対する武器となり得るというのに。」
「そういや、なんでなんやろ…。」
「なぜなら5回目の出撃の後、部隊は壊滅したからです。」
「壊滅!?
無敵の兵団を、いったい誰が倒したってゆうんや!?」
「正確には自滅です。
構成員達は全身を機械化されたことや過酷な環境のために精神の崩壊をきたしたのです。
人間であった時の記憶を持ったまま、生命としての全てを奪われたことがいかほどのことか、想像できますか。」
「い、いや…。」
「実戦ではなく実験のすえに、仲間達は全員死にました。
しかし私一人だけが、ビッグGによって施設が破壊された時に助け出されて…。

そして誓いました。
あの部隊のために死んでいった者達のために、私は、全ての魂を飲み込んだこの赤い薔薇と共に生きていくと。」
フーメイが言葉を切ると、冷却の終わったビーム砲と化している右腕の上腕がバシャバシャと展開し、砲口の奥が赤く明滅しだんだんと高音になっていくパルス音がしはじめた。
「貴方も、この薔薇の御魂達の元に連れて行ってさしあげます。」
「や、まっ、待ってぇな!
怒らしたのは謝る!
そういうもんやとは知らんかって挑発してもうたんや!!
今の事だけは謝らせてぇな!!」
「あと10秒待ちましょう。」
「あっ、なっ、なむあみだぶつー!
やのうて、なんまいだー!やない!
えーと、あのくたらさんみゃくさんぼだい…!?」
「あと5秒です。」
「どうか皆が心安らかにいられますようにー!」
「あと3秒です。」
「やのうてやな!

すまん!!」
「…ゼロ。」
フーメイの右腕の粒子砲が発射され、おギンの寄りかかっていた壁の残骸が文字通り消し飛んだ。

そしておギンは涙目でフーメイの足元に倒れ込んでいる。
「は、ははは…。
ハァーイ…(T▽T)」
「……。
命乞いのようなコトはしないのですか。」
「は、バ、バカにしたらあかんよぉ。
ウチは謝らせてって言うたやろぉ?(T▽T)」
フーメイはビーム砲の発射口を上に向けた。
ソレは、ビーム砲になった時と逆方向へと回転し、腕に戻った。
「……。
本当に、ナニをやっているんだか。」
「は?(T▽T)」
「私はもう『殺し』はしませんが、そのコトは御存知でしたか。」
おギンが見上げると、フーメイの無表情な口元が柔らかくほころんだように見えた。
そして倒れているおギンに手を差し伸べてきた。
「フーメイ、はん…?」
「貴方はどちらかと言うとエージェントには向いていません。

しかし、どんな時にでも媚びたり恐れたりしないのが本当に強い者だと思います。
貴方は、強い方ですね。」
「フーメイはん…。(ぽっ)」
先程までとうって変わったフーメイの優しげな態度に、おギンはウカされたようにその手を握り返していた。


すると、フーメイの手首の部分がリング状に変形し、おギンの手首を捕えてグッと締め上げた。
「イタミ・ギンさん。
当機関に対するスパイ容疑で逮捕します。」
「え゛っ!?
な、なに!?
今のって、握手とか、起こしてくれるとか、そーゆー意味やのうて!?」
「ソレも含めてです。
それとも、まだヤりたいのですか?」
「あはは!
オッケー!ウチの負けや!!

しっかしフーメイはんほど強うて、しかもボケまくっとる人って初めて会うたわ。」
「…私は別に痴呆ではありません。」
「あはは!
ソレや!
普通この状況で切り返してくれへんて!」
 

 
リララは悪夢にうなされていた。

争い、破壊の音、そして血の匂い。

リララが記憶の淵に追いやっていた黒いモノがフラッシュバックしていた。
「ソレを思い出したくない」ということすらをも思い出せないほどまでに嫌悪し封じ込めた、ある記憶が…。


もう6年も前になった、ある時の記憶。

明滅する緊急灯が見える物すべてを赤く染める宇宙基地内。
非常事態を知らせるためにけたたましく鳴り続けるサイレン。
激しい爆発の音。
炎。
無数の悲鳴。
赤い池に壊れた人形のように横たわる人間達。

しかしリララは機械や物が壊れていくことや連続して起きる大きな音が楽しくてハシャぎまわっていた。

そして赤い液体の中にぐったりと倒れ込んでいる黒いマントの初老の男。
右目から赤いモノがしたたっている。
彼が手にした拳銃。
ソレから放たれた弾丸がリララの胸を貫通し、背後の壁に音を立ててめり込む。

その時はじめて知った。
喉から逆流するモノのドロリとした熱さと錆のような匂い。
はじかれたような衝撃と、妙な間を置いてから襲ってくる感覚。
それまで知らずにいた、痛みというもの。

そして自分が倒れ込んでようやく判った、赤い水たまりの意味。
まるで頭や手足の先から冷たいものが流しこまれてくるような、体温を失っていく感覚。
床に広がっていく赤い鏡に映りこんだ自分。
その表情のない顔と背中の光る翼。

翼…。

光の翼…。

 
 

 
「あ、あかん!」
フーメイはおギンを連れて建物の外に出ていた。
すると突然おギンが叫びながらしゃがんで、服の内側から2本のアンプルを取り出した。

フーメイは咄嗟にその手を叩き付けていた。
アンプルはおギンの手の中で潰れた。
「ソレは、アンプル…。
まだ抵抗するおつもりですか?」
「ち、違うんや!
あかん、コレがのうなったらウチにはウチを制御しきれへん!!」
「!?
どういうコトなのです?
今のアンプルは『変身するための薬』ではないのですか?!」
「違うんや…!
ウチの変身能力そのものは、ウチ自身には完全には制御しきれへんのや!

せやから、普段は薬で抑え込んどるん。
アレは『変身を抑えておくための』、『人間に戻っておくための薬』なんや!

せやけど、それでも完全やのうて、せやから普段からこの右腕だけは、人の形にならへんのや!」
「そ、そんなコトが…。」
おギンがガクガクと震える巨大な右腕を左手で懸命に押さえ込もうとしている。
しかしどうにもならないようだ。
「ウチの血が暴走する…。
『超獣』が目覚めてまう…!」
「目覚める…?
どういうことです。」
「ウチの意識とは別の、破壊と殺戮のためにこの身体に備わっている本性や。
前にもいっぺん、暴走してもうたことがあるん。
ウチの口からも言えへんような、酷いヤツや…。」
「人間よりも獣に近い身体への『変身』は、旧皮質に刻まれた闘争本能を活性化させ、新皮質の意識と理性が逆に抑えこまれてしまうということですか。

しかし、その『変身を抑える薬』と同じモノを注射すればいいのではないのですか。」
「駄目や…。
他のは全部飛行機に乗せとったんや。
予備はもうあらへん。

それに、あの薬はウチらの『里』で使われた『D兵器』の対抗薬から発展させた、ウチの症状に合わせた特製品なんや。
ウチにしか作られへん。
あの特殊な製法、ウチの意識がある間に説明できるもんやない。

…フーメイはん、ウチ、あんたのこと好きやで。
せやから、ウチのこと、止めてぇな。」
「止める…。
わかりました。
なるべく貴方を傷付けずに…。」
「ナメたらあかん!
さっきはあんさんを殺す気やなかったからあの程度やったんや。
今の変身段階のこの身体でもスデに刃物も銃弾も弾き返す!
それにさっきウチにパンチやヘッドバッドいれてわかっとるやろ!?
どんな打撃も決定打にはならへん!!

せやけど、フーメイはんの、あのビームやったら…。」
「止めるってそういう意味ですか。
お断りします。
それにビームは5回使うと触媒が終わってしまうので、実はもう打ち止めなんです。」
「……。」
「でも、どうにかしてみます。」
「せやけどウチの変身が暴走して目覚めるホンマモンの『超獣』は、生化学によりもたらされた生物を超越した力を繰り、破壊と殺戮の本能で動く!
その『超獣』たるゆえん、思い知ってからでは遅いんやで!!」
「善処します。」
「ほんま、オモロい人や…。
あ、も、ダメや…。
ほなな〜…。」

突然おギン、いや、ハイパービーストが今までにない雄叫びを上げた。
野性的で獰猛このうえない吠え声は、すでにソレがおギンではないということを主張しているかのようだ。

ハイパービーストは自由に動かせる左腕を振り上げた。
その手は水蒸気を噴き上げ、先程よりも戦闘的な長く太く尖った形状に変化している。
まるで1本ずつが木刀のような爪が連なって、その切っ先がフーメイの身体を裂いた。

フーメイは手首のリングを解いて後方に飛び退いたが、腹部に5本の傷が刻まれていた。
しかもその傷は白い煙を噴き、元の状態に戻らない。

フーメイは自身の電子の目を疑った。
「ボディの構成素材の3%が機能喪失!?
素手の相手にこんなコトがありうるのですか!?
私の物理限界点を突破する破壊力なんて?!」

ハイパービーストの圧倒的な筋力と体格、そして極めて合理的な構えから放たれるその打撃は、瞬間最大112トンの破壊力を発揮する。

その打撃を受けた箇所は瞬間的に超高圧状態になりボディを構成する液体金属の結合肢が引き伸ばされ、その表面に構成されているタイル状の全環境型物理シールドに隙間が生じる。
そしてそこに、爪から分泌される強酸が浸透し、構成素材が侵食、破壊されるのだ。
 
「言われた通り、もう『遅い』のですか!?」
フーメイはハイパービーストと充分に距離を開けられるまで走って、両腕をハンマーハンドに変形させると振り向いた。
しかし、目の前にハイパービーストの姿はなかった。
ハッとして振り仰ぐと、その巨体が大きく宙を舞い、迫り来ていた。

フーメイはすかさず横に飛び退いたが、ハイパービーストはその動きに合わせて、長大なリーチを生かし、爪をフーメイに伸ばしていた。

次の瞬間、フーメイの片腕がチギられ宙に舞っていた。

フーメイは背中から転がるように着地すると、チギられた腕を拾い上げ、走り出した。
腕の断面は酸に侵食され煙を上げている。

だが急いでその部分を取り除いて肩にくっつけると、何事なかったように普通に腕として動き始める。
ナノマシンの群体であり各部機能の組替えが可能なボディだからこその技である。


それにしてもハイパービーストは戦闘能力の全てが先程までよりも格段に上がっている。
フーメイの能力も一個中隊に匹敵すると言われたほどのモノだが、今のハイパービーストはおそらくソレ以上。
並の人間では相手のしようもない動きと防御力を持っているから、歩兵だけならばどれだけ相手をしても倒れるコトはありえないだろう。

ハイパービーストの気配はもうフーメイの真後ろまで迫っている。
フーメイは走りながら右足を前に突き出し、そこを軸として急制動しながら振り向いた。
その右腕は、こんどは幅広で薄く鋭く長いブレードと化している。
直径2mのオバケカボチャをも両断できる性能のブレードだ。

反転の勢いに乗せて、ソレを大きく弧を描くように振ると、ちょうどその軸線上にハイパービーストの胴体を捉えていた。

鈍い衝撃音が響いた。
2人は、それぞれの人並みを大きく外れたウェイトの激突によって、お互いが吹っ飛ばされていた。


しかし、2人は素早くほぼ同時に立ち上がる。
果たしてフーメイのブレードは、ハイパービーストの体毛の表面に傷痕を付けたに過ぎなかった。


表面を濃い脂質に守られ金属質を多く含む剛毛。
そして硬質化した皮膚と強靭な筋肉。
コレだけの鎧をまとったその肉体には、通常の方法ではまるでダメージは与えられない。

さらには恐るべき運動能力と攻撃能力。
しかもいくら倒れても立ち上がってくるタフさ。
コレが破壊と殺戮の本能で動く。
まさに生体兵器。
『超獣』と言うほかない。


しかしこれでは、アカデミーを守るという使命のためには本当におギンを殺すしかない。

そう思った時、フーメイは心が苦しくなるような気持ちに襲われていた。
その時、彼女がおギンに対して期待していたナニかがハッキリとわかった。
フーメイとは性質こそ違うが、普通ではない『戦うための身体』を持たされ、それでも異様なまでに陽気だったおギン。
「貴方とならば、友人になれるかも知れないと思ったのに…。」
フーメイのその言葉は、しかし唸りを上げるハイパービーストには届かなかったであろう。


フーメイは相手の急所を一撃にする構えに入った。
ハイパービーストが雄叫びを上げながらフーメイに襲いかかって来ていたからだ。

フーメイは、相手の攻撃をかわしつつ急所への一撃を浴びせるために、相手に向かい走り出していた。

しかし、フーメイの計算が違っていた。
ハイパービーストの瞬発力は予想よりも遥かに速く、ほとんど一瞬でフーメイの方が間合いに入り込まれてしまっていた。
振り上げられたその巨大な腕がフーメイに迫る。

もはや避けきれるモノではない。
この瞬間から予想できるその攻撃は、フーメイの頭部から胴体を直撃し粉砕するはずだ。

『防御変形』によるショック吸収を計算に入れても、ボディそのものの機能の70%は確実に失われる。
今から防御のみに転じたとしても、機能損失の予想率は25%。
この数字では、その後でハイパービーストを倒せる確率は低い。

しかしこのまま突進すれば、機能喪失に陥るのは確実である。

どちらにせよフーメイが任務遂行不可能になれば、すぐにも別のコマンダーが対処に当たるはずだ。
だが、スデに消耗しているハズの状態でこの戦闘能力。
僅かの間とは言え、このハイパービーストを放置して、回復やさらなる変化を遂げられて危険すぎる。

それに、相手はあのおギンであったのだ。
『ならば!
もろともに…!!』
フーメイは迫り来る敵の拳に正面から突進しつつ、左腕に全エネルギーを集中させ長く鋭利なピックへと変形させ突き出した。

このままでいけば、確実にフーメイは倒されるが、高エネルギーを帯び、フーメイとハイパービーストの運動の力が一点に激突し集中する形となるピックは、必ずやあの固い装甲を突破し急所を一撃にするはずだ。

二人はお互いを物理的に破壊するべく持てる力を振り絞った。
次の瞬間、二人の腕に強烈な衝撃が走った。


しかし、その腕は相手を捉えたのではなく、割って入った第三者の手によってガッシリと握り止められていたのだ。


いつの間に現われていたのか、ソコにはトーキチローの姿があった。
「ここまでです、二人共。
貴方達が戦う必要はない。」
「!!
そんな!
私や彼女の攻撃を横から、それも素手で受け止めただなんてっ!?」
「ぐぅおあーーーーっ!!」
ハイパービーストは大きく吠えるとトーキチローの手を振り払った。
今やその姿はトーキチローよりもはるかに圧倒的で野蛮な力強さを感じさせている。
長身ではあるが痩身のトーキチローでは到底相手になりそうもない。

しかし彼の自信に溢れた態度は揺るがなかった。
「困ったやつだ。

フーメイさん、下がっていてください。」
「しかし、今の彼女は…!」
「大丈夫ですよ。」
トーキチローの優しげな言葉に、フーメイは一瞬惑ったが、彼の邪魔にならないようにと退いた。

その隙にハイパービーストは大きく跳び上がっていた。
かるく3〜4mはイっている。
そして巨大な爪の生えた手を大きく引絞り、新しい標的であるトーキチロー目掛けて迫る。

あの巨体から繰り出される攻撃では、今の落下の勢いをも加えればダンプカーでも原型はとどめていられまい。


しかし、その攻撃の迫る様子をじっと見詰めていたトーキチローは、ヒットするという寸前で素早く、そして大きく横に飛び退いた。
巨大な爪による攻撃は、まるで爆発のような衝撃で地面をえぐった。

だが、ハイパービーストはひるまず、避けたトーキチローに向けて脚払いを仕掛ける。
しかしトーキチローは上半身の位置を変えずに、屈伸をするようにして下半身だけ空中に跳ね上げソレをかわす。

ハイパービーストはそれでも次々と攻撃を繰り出し、トーキチローは体操選手のような柔軟で無駄のない動きで全てをかわしていく。
「相変わらず破壊力は抜群だか全てが大振りだ。
特にさっきの大きなジャンプは良くない。
空中での制動が効かない以上、走ってでも逃げられるような滞空時間があっては、当てられないどころか、敵が飛道具でも持っていれば格好の的だぞ。

それだけの威力を持った攻撃の数々、確実に敵を捉えられるようにすれば申し分ないものを…。」
「『HBC』の制御を離れ、戦闘本能だけで動くその運動能力と破壊力は圧倒的だが、知恵を働かせられない今のお前では俺の相手にはならん。」
トーキチローはそう言いながら、ほとんど無造作に見えるような動きで斜め上に向けて右拳を突き上げた。

その直線上には、まるで吸い寄せられるようにハイパービーストの右アゴの付根が来ていた。
トーキチローの拳は、そのアゴと首の角度のある箇所に当たり、テコの原理でもってハイパービーストの頭は上空を振り仰ぐ方向に軽く弾かれた。
「硬質な体毛と装甲に守られた体でも、首が自由に動く以上、首関節が弱点となる。
力のかかるポイントさえ的確に押さえれば、わずかな衝撃でも脳震盪を誘発させられるからだ。」
トーキチローが言い終えると、ハイパービーストの身体が大きくグラリと傾いた。
そしてそのまま音を立てて地面に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
 
「トーキチローさん…。
そういうことでしたか。
あなたのその人並みはずれた圧倒的な身体能力、妹さんのおギンさんと同様…。」
「ええ、私のこの体力と運動能力も『BAS』の影響です。
ただ私の症状には外見の変化がほとんどなく、また精神力で押さえ込んでおくことが可能なのですが…。」
「すみません…。」
トーキチローが『BAS』と言ったのを聞いてから、フーメイは自分が触れるべきではない事柄に触れてしまったと気付き、うつむいた。

その時、機械合成された低い声がドコからか響いてきた。
『NI−N−JAH!』
「来たか、ヤミカゼ。」
振り向いたトーキチローの目の前で黒い爆発が起き、その爆煙の中に腕組みをした黒いロボットが出現していた。
『鋼鉄ニンジャ=シップウジンライ・ヤミカゼ』である。

ヤミカゼがトーキチローにかしづくようにしゃがむと、その筒状の腕の先端が展開した。
中は低温であったようで、白く重そうな水蒸気が地面に向けてゆったりと下りていく。

トーキチローはソコに近付くと水蒸気が這い出て来る腕の内部ケースから透明なアンプルを取り出した。
「こんなこともあろうかと数日前に調合しておいた、おギンの体質に合う『抗変身剤』です。」
無言で様子を見ているフーメイに説明をしながらトーキチローは倒れているハイパービーストの横にしゃがみこんだ。
そして右腕に装着されているヒシャげてしまっている機械部分をチェックしていく。
「……。
装甲は自らの腕力のせいで大破してますけれど、アンプルの注射装置などは生きてますね。
ならばコレで…。」
言いながら彼は肘の内側にあるスロットにアンプルを差し込んだ。
するとプシュッという音がして、1テンポ遅れて空になったアンプルが転がり出てくる。

トーキチローがおギンの手を持ち上げて見ていると、その表面から水蒸気が噴き出してきて黒光りする体毛が皮膚の中へと吸い込まれるように薄くなっていく。
「良かった…。

ところでトーキチローさん。
貴方は事務長と『警備本部新本館ビル』へ行ったのではなかったのですか?
まさか、事務長も…!?」
「すみません。
あと数時間だけお時間を下さい。
必ず全てをお話しいたしますから。」
フーメイとトーキチローが見詰め合っていると、人間の姿に戻ったおギンが気が付いたのか「う〜ん」と唸った。
2人はナゼか同時にバッと違う方向に向き直っていた。
「ん…?
ウチ、いったい…。
アレ?戻っとる??
なんでやん??」
「トーキチローさんが、新しいアンプルを持って来て下さったんですよ。」
「兄者が…?!」
おギンが見上げると、トーキチローはなぜかあらぬ方を向いて立っていた。
だがまぎれもなく小さい頃から憧れていた、エージェントとして優秀で頭も腕も一流の兄の姿だ。

そう、以前『里』で体質の調整中に『超獣』が暴走した時に助けてくれたのも兄だった。
何事にも動じず本当に強い、その兄はおギンの誇りでもあった。


しかしその兄は、6年前、ある依頼を受け『GSアカデミー』へと向かい、そのまま帰って来なかった。
後になって、彼は依頼の遂行に失敗し『里』を捨て反逆者となったと聞かされた。

おギンはそれ以来修行に没頭し、『里』でも5本の指に入る戦士となっていった。
反逆者、つまり敵となったというのに、憧れだった兄のコトが忘れられなかったからだ。
その兄以上の戦士となり、その憧れを乗り越えられなければ、きっと本当に強くはなれない。
そう思っていた。

そして半年前、『GSアカデミー』の内部から名指しで依頼が来ていると聞いた時には飛び付いた。
あの兄が任務に失敗するような科学の要塞、ソコで依頼を果たせれば兄のコトを吹っ切れるかも知れないと思ったからだ。

しかしアカデミーに入り込んでスグにその兄と再会するコトになろうとは思っていなかった。

以来、彼はコトあるごとにおギンの前に現われてはさまざまな助言や助力をしていた。

おギンにしてはアカデミーの内部を知る有力な情報源だったから甘受していたが、その助言や助力の全てが他意なくおギンのためだったとしたら…。

現に今もこうして暴走した『超獣』を止めてくれ、何年も前に製法を忘れていても不思議ではないおギン専用のアンプルを持ってきてくれたのだという。


おギンは考えながら頭をクシャクシャにしてヘタりこんだ。
「あ〜…。
あー!あかん!
もぉウチのボロ負けやん…。
兄者の言うた通りどころか、リララのお嬢チャンに手ぇ出しに行く間もあらへんかったよ。」
「…失敗を気にするな。
最初からなんでも出来る者なんていないからな。
それに、場所と相手が悪すぎたさ。」
「兄者…。
やっぱり優しいやん!
やっぱり、あの頃のままの兄者やん!!

せやったらなしてや!?
なして『里』を、ウチらを捨てたんや!!」
「すまん、おギン。
俺はココで俺にしか出来ないコトを見付けたんだ。

それに、俺が『里』を捨てたわけではない。
コレはお前が知るべきコトではないと察してくれ。」
「兄者…。」
長い間すれ違ってきた兄妹が、心を開き向かい会った瞬間だった。

と、突然ヤミカゼがナニかを言いはじめた。
『NI−NN−JAH!
NI−N−NI−N−JAH!!』
「なに!?
わかった、すぐに対応を!」
「…あのぉ、迂闊なコトを聞きますけれど、今のヤリトリでいったいナニがわかったんですか?」
「ええ。
先頃アカデミー上空に出現した『極次存在』に動きがあったそうです。
出現以降赤道沿いに東回りで移動していたそうですが、突然北上を開始し加速を始めたそうです。
現在北緯36度東経15度を音速の88%で移動中だそうで。
ドコに向かっているのかこそわかりませんが、おそらくその行く先にリララ教授がいるハズとのコトです。」
「…あのヤリトリでソコまでわかるとは素晴らしいです。」
「しかも意味ない部分がいやに細かいしなぁ…。」
「…!」
フーメイは反射的に横方向に向き直っていた。
その瞬間、ソコに今まで感じたことのない異様な気配を感じたからだった。

だが、ソコにはナニもなかった。

目には見えていない、レーダーや科学的探知にも一切反応していない。

しかし、ナニか、よくはわからないがナニか巨大な物体が確かにソコにいた。
完全な熱光学擬態を施されたナニかが。
 
「トーキチローさん、アレも、鋼鉄ニンジャなのですか?」
「…流石ですね、アレの存在に気付かれるとは。
その通りです。」
「アカデミーセキュリティーサービスの警備担当官として警告します。
貴方のしていることは安全保障規約に対する重大な違反行為です。
ただちにビークルを可視状態にし武装解除してアカデミーセキュリティーサービスの定める…」
「すみません、フーメイさん。
申し訳ありませんが私は今からアレを使い、リララ教授を助けに行かなくてはならないのです。」
「…でしょうね。
わかりました。」
「フーメイさん?」
「仕事だから言ったまでです。
今のは気になさらないでください。

私も仕事ではなく私自身として貴方を信じましょう。

貴方ほどの実力をお持ちの方ならばどうにでもできましょうものを…。
なのに懸命に理解を求め話し掛けてくださる貴方の言葉、これ以上は疑えません。」
「ありがとうございます。
…またのちほど、必ず。」
「ええ、御無事にお戻りください。」
 
トーキチローは「とぉっ!」とかけ声をあげてヤミカゼに飛び乗った。
するとヤミカゼは大きくジャンプし宙に舞い、その途中で『ライティングカムフラージュ』の効果で姿を消して去って行った。
 
「…あ!?
トーキチローさん!!」
フーメイが急にナニかに気付いたように声を上げたが、トーキチローはすでにドコにいるのかすらもわからなくなっていた。
「行ってもうたな…。
なんや、フーメイはん、言いたいことあったんか?」
「ええ。
リララ教授ならば、どうやら目の前のあの建物の屋上にいるみたいなのですが…。」
なにゅー!?
兄者、いったいドコに向かってったんや!?

ちゅか、フーメイはんももっと早よ教えたげなよ!」
「すみません。
おギンさんの『アンチセンサーフィールド』に捕えられた時に、どうせ役に立たないならとエネルギー節約のためにセンサーを全て停止させて、ついさっきまでそのままだったんです。」
「って、ウチが原因なんか…。
なんもよう言われへんな。」

気が付くと、遠くから天を揺るがすような轟音が響き、段々とその音の発生源が近付いて来ていた。
たしかに『極次存在』はリララのいる場所に向かっていたのだ。
 
「そうでした。
大型の『極次存在』が2体も出現して、どうも今回のは様子がおかしいからとアカデミー本星全域に避難勧告が出ているんでした。

おギンさん、避難場所に行かれますか?
なんとなく手遅れな気がしないでもないですが。」
「えっ!?
兄者の言うてた通りならソレってココに来るんやろ!?

いや、マジ、手遅れっぽいやぁん!!」
おギンの上げた大声は轟音に掻き消されていた。

彼女達の頭上に、黒煙と劫火をまとう2つの大火球が飛来していたからだ。
 

 
 
愛と友情の渦巻く次回、
『第6話 〜冬〜 「アカデミーの一番長い日(後編)」』につづく!
 

Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers. Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"