広大な宇宙空間を鉄(くろがね)の塊が征く。

無数の配管やユニットが剥き出しになった、黒塗りの巨大な宇宙船である。

宇宙空間での戦闘や運用の実用性能を最優先に設計され複雑化・巨大化を極めたソレは、遠目にはほぼ円筒形、と言うか立っている煙突にしか見えない輪郭を描き出している。

起工の際、その極めて特徴的な設計図を前に戸惑う技術陣に向かい『これが機能美である』と設計者が一喝したという逸話が伝えられているほどだ。


『蒸気母艦』。


誰が呼んだかその船は、そのように言えば誰にでも話が通じる特殊でいて有名な宇宙戦艦だった。


この艦の中心部分に設けられているメインブリッジで、操舵士が艦長席に向かい叫ぶ。
「『蒸気将軍』閣下!
アカデミー本星到着まで、あと10分程であります!」

それまで眠っているかのように静かだった艦長席の大柄な人物がカッと目を見開いた。

身の丈は軽く2mを越えているだろう。
『GSアカデミー』の略号である『GSA』のロゴを配したオレンジ色のマントで身体をすっぽりと覆い隠している。

彼が操舵士の方を向くと、その首の根元の辺りから蒸気が噴出した。
「我輩を『将軍』と呼ぶな。
過去の地位などに意味はない。

今の我輩は、『経理部長』である!!





第7話
「経理部長、帰還せり。 〜前編〜」





 
ところ変わってGSアカデミー本部エリア。
『セントラルビル』最上階の執務室。

やたらと面積の広い執務机の上に新設計のスクーターの縮尺模型と工具類を広げているビッグGに、机の対角線に立ったフーメイが今日のスケジュールを説明している。

と、突然、ビッグGがフーメイの話に驚いて思わず立ち上がり、後方で勢い余ったイスが派手な音を立ててひっくり返った。
「んなぁっ…!
ぬぁんどわとぉ〜〜〜!?」
「…申し上げた内容が不明瞭でしたでしょうか?

判りやすく申しますと、『経理部長』がここ、アカデミー本部に御帰還されるということで…」
フーメイはカツカツと靴音をたてビッグGに歩み寄ると、倒れたイスを起こしながらいつも通り冷静に少々ズレている返答をする。
「そんなん一度聞けばわかるわ!

問題なのは帰って来るって時間だ!!」
「ですから今頃は本星上空の衛星ステーションに『蒸気母艦』で到着されているはずです。
あと数分でコチラに降りていらっしゃいますでしょう。」
「だからなんでそんなに急なんだ!
事前に連絡があるはずだろうが!?」
「はい。
『理事長は逃がすな』と、事前に『経理部長』から連絡がありました。」
「な…!?」
「このことを先にお話しいたしましたらばどうされましたか。」
「そりゃもちろん逃げるに決まっとるわ!!」
「だからです。
御理解いただけましたでしょうか。」
「〜〜〜!
〜〜〜!!
〜〜〜!!!

……ふっ!」
ビッグGがニヤリと笑ったかと思うと、突然黒いマントの隙間からスゴい勢いでピンク色の煙が大量に噴き出した。
この煙幕によりフーメイの視界は瞬間的に奪われていた。
「!!

逃げても無駄で…っ!?」

ビッグGのいた位置からして、逃走するならば窓を突き破ってであろう。
フーメイはそうアタリをつけ、窓に向けて走り出すと同時にセンサーを起動させ居場所を確認しようとした。

しかし、センサーがビッグGの居場所を捉えると同時にフーメイの動きが止まった。

ビッグGは煙幕にまぎれて逃げると見せかけ、なんとフーメイの背後に回り込みつつ駆け寄って来ていたのだ。

予想外の事にフーメイの反応に躊躇が生まれたその一瞬で、フーメイは気絶させられていた。
 

 
その頃、陸の孤島『壁新聞部』の部室(実は無人の倉庫を不法占拠中)のスレートの波板で出来た屋根の上では、リララ教授とおギンが暖かな日差しの中、マットを敷いて寝っころがっていた。
 
「いいお天気だね〜。」
「せやな〜。」
「こう日差しがぽかぽかして、涼やかな風がそよそよしてると、眠くなってきちゃうね〜。」
「そやね〜。」
「むにゃむにゃ、もう食べれないよぉ…。」
「ってスデに寝言かいなーっ!?」
「そんなことよりも、おギンはこっちを手伝え。」
2人の脇に通りがかったトーキチローがおギンをせっついた。

彼は2420mm×950mmの大波スレート板を3枚同時に肩に載せ、5本の50mm幅アルミ粘着テープの筒の真ん中に腕を通し、手にはシリコンコーキングのチューブを3本持っている。

この倉庫の雨漏り修繕に使う材料だ。
 
「あ〜、なんや、遊びに来てみりゃツレないなぁ。」
「来た理由が『遊びに』ってのがけしからん。
よって手伝え。」
「ちゅかアレや、そういう手伝いはヤミカゼとかにさせたらええんちゃうん?」
「ヤミカゼは身長6mの人型ロボだぞ。
いくら軽量設計のニンジャマシーンとは言え、装甲板と静音装置を外しても4700kgはある。
スレートの屋根なんかに乗ったら一発で踏み抜いてしまうぞ。」
「4700kg!?
5トンないんかアレ!
軽いんやなぁ。
トラック2台分くらいはあるやろ思うとったで。」
「体積の半分は宇宙開発用の剛性超軽量材を使っているからな。
例の『鉄よりも硬く空気よりも軽い』ってヤツだ。

ま、それはともかくヤミカゼよりはおギンのほうが軽いだろう。」
「ん〜…、せやなぁ。
ウチのほうが軽い。

しゃぁないなぁ、ほなボチボチ手伝いまひょか。」
「ん、ちょい待ち。」
おギンは面倒くさそうに立ち上がろうとしかけたが不意にその動きを止め、空を睨んだ。
「…なんや?」
「どうした?」
「あそこらへん。
機影が1つに、チマいのがぎょーさん。

…ああ、チマいのは対空ミサイルか。
迎撃されとるんやな。」
おギンは高い青空を指差した。

白い雲がところどころに浮かぶ清々しいいい天気だ。
湿度が高いようでもやがかかっているが視界そのものはほぼ100%であろう。

だが、おギンが言うような物騒なモノは見えない。

トーキチローはスレート板をかたわらに置くと懐から折りたたみ式のデジタル式双眼鏡を取り出し天に向けた。
「具体的にどこらへんだ?」
「北を12時にして1時50分。
仰角80度弱。
かなり高いとこにおるで。
空の青色の向こう側や。」
「ん〜?
どれどれぇ?」
横になっていたリララ教授は寝たままゴロゴロと転がって来て伸び上がりおギンの背中にぺたーっとくっつくと、見てる方角に視線を合わせて左耳の情報装置を起動させた。

すると、彼女の左目の前に実体のない光学ディスプレイが出現し、瞬時に膨大なデータが表示されていく。
「…ああ。
あの機影は『蒸気将軍』さんの惑星降下シャトルだよ☆
今はアカデミー対空防衛網の迎撃を受けてるね。

あの専用シャトルで降りて来てるってことは、衛星軌道に『蒸気母艦』が来てるハズだなぁ。
どこかに太陽光を反射してる部分とかが見えてないかな?」
「『蒸気将軍』!?

そういやお嬢チャン、前にもその名前言うとったけど、『蒸気将軍』言うとたしか先の銀河大戦における帝国軍の英雄やんか。
『一人科学技術省』にして『一人一個師団』とか呼ばれとる。
そない御人がなしてこないな所に?

ん?
まさか『銀河評議会』から差し向けられてお嬢チャンを狙いに!?
そうか、それで迎撃されとるんか!!」
「なにを今さら言っている。

『蒸気将軍』の異名を取るバクーニン=ラザソード氏は、今ではこのGSアカデミーの5大幹部の1人で『経理部長』を担当されているんだぞ。」
「な、にゅ〜〜〜っ!?
将軍が『経理部長』ぉ〜〜〜っ!?

え、いや、ほな、なんで対空防衛網に迎撃されとるん?」
「いや〜、いつもの事なんだけどネ…。」


 
「よぉし!
うてうてぇ!!」
「しかし、よろしいんですか理事長…。」
防空担当長官がビッグG理事長に不安そうに訊ねる。

ここは『GSアカデミー防衛指令部・アカデミー本部防衛司令室』である。
現在はビッグG理事長の直接命令により第一級迎撃態勢にて上空のシャトルに対空砲火を浴びせているところだ。

しかし先程から多次元モニターに表示されている識別コードは、今砲撃している相手がアカデミー五大幹部の一人だということを示している。
 
「ええい、細かいコトにいちいちかまうな!
ワシからの最優先指令だ!
いいからうってうってうちまくれぇーっ!!」
「は、了解しました…。」
長官は渋々ながらさらなる攻撃の命令を下す。
「よぉし、いいぞ、その調子だ!

そしてワシはこのスキに逃げるのだーっはっはっはーっ!!」
「ええー!?
ちょっと理事長ーっ!?」
長官がビッグGの言葉に蒼白になって振り向いた時には、自動で閉じていくドアの向こうの廊下を黒いマントがエラい勢いで走り去って行くところであった。

しかも廊下の果てから捨て台詞が響いてくる。
「ちなみにワシは『うて』と言っただけで『攻撃しろ』とは一言も言ってないからなぁ〜〜〜!!」
「なにー!?
小学生ですかアンター!?Σ( ̄□ ̄;)」
「少年の心をなくしてないと言えーーーっ!!」
 

 
「あれ!?」
おギンが声を上げた。
ちょうど今、上空のシャトルの機影が白い煙をボフッと噴き出し四散したところだ。
 
「あーぁ、撃墜されちゃったネ。

でも大丈夫だよ。
『蒸気将軍』さんはあの程度でやられるような人じゃないから。」
「あ、いや、それもそうやけど、そうやのうて。

今、爆発したとっから風下のほうで、仰角65度弱。
よう見てみ。」
「ん?
なにか見える?」
「雲が…、いや、空がツギハギみたいになっとる…?」
「む、たしかに。
どうやら人為的な光屈折の継ぎ合わせのようだ。
巧みに処理されてはいるがおギンの目は誤魔化しきれなかったな。

しかし、かなり巨大なループを形成している。
ナニかよほど高出力のモノが…。」
「え?!」
リララは2人の言葉を聞いて空を注意深く見渡した。

するとたしかに、青空に浮かぶ雲の一部分がまるでコンピューター画像のCG処理で周囲を整えたかのように微妙に不自然ぽく見える部分がある。

リララは耳の機械のボタンを叩き解析モードを変更する。
現在も極遠距離用通常解析モードで稼働中だが、今のモードではあの場所から何のデータも拾えていないからだ。

まず確定空間座標解析にシフトするが情報はない。
さらに高次空間座標解析、そして基準時空間外座標解析にシフトしたところでヒットした。
左目の前に展開している光学ディスプレイに解析データが表示されていく。

ディスプレイには通常の時空間を表す平坦なグリッドが表示され、解析が進むにつれソレがぐるぐると台風のような渦になっていく。
そしてその渦の中心に潜むモノの姿がデータ合成されて映し出された。
「あー…!!」
「いったいなんなのかわかりましたか。」

リララのディスプレイには巨大な建造物の立体データが映し出されていた。

キューブ状の結晶螺旋構造を模した直径約330m、高さ660mの構造物。
その外周には5基の巨大な『反ライトツイスター式空間駆動ドライブ』が設置されている。

極めて異様な構造物だが、それゆえにこそリララはソレの情報を知っていた。
「アレ、図書館…。

『閉鎖図書館』だ…!!」
「え!?
あの図書館が、こんな所に!?」
「『閉鎖図書館』?
なんやソレ??」
「聞いたコトがないか?
全銀河の『稀少本』が集められた秘密のブックモビル(移動図書館)、『閉鎖図書館』の名を。」
「へぇ、初耳やけど、『珍しい本』が集められとるトコなんか。

ってぇと、こう、中がくりぬいてあって銃が入っとったりとか、陶器でできとってカップ麺のフタに出来たりとか、一辺が10mあってページめくるのに力士が10人必要なのとかか?」
「いや…。
まぁ、そんなのが有ったらたしかに珍しいけどな…。」
「ほう、ほう。
へぇ〜、なるほど。

アレが見えないのは偏光擬態とかの類じゃなくて、なんらかの方法で空間を引き伸ばして図書館を中心に巻き込んであるみたい。
まるでマントをはおるようにして姿を隠してるってわけね。
でも重力変動も磁場の乱れもないわ。

さっすが『民明書房編:大宙暦版 実在していた7つの宇宙七不思議大図鑑』のカラートピックスに取り上げられていただけあるわ!
スゴいテクノロジーだわ!!」

3人はそれから少しの間、その図書館があるという場所を見つめていた。
そしてリララ教授は不意に思い立ったように口を開いた。
「ね、行ってみよっか?」
「え?
『閉鎖図書館』に、ですか!?」
「探したい『本』があったんだぁ。
もうドコにもないって思ってたんだけど、もしかすると『閉鎖図書館』にならあるかも。」
「『本』、ですか。」
「うん。」


 
GSアカデミー本部エリアから北東方向へ20kmほどの地点。

高架高速道路、『セントラルHW』。
各地に散らばるGSアカデミーの拠点間を結ぶ長大なハイウェイが、緑深い山々の間をゆるやかな曲線で走っている。

今ここで見渡す限りでは車輌は2〜3台走っているだけだが、全幅12m全長25mクラスの巨大コンテナを牽引する電磁トレーラーなどが普通に走っているこのGSアカデミーでは、これだけの設備を作ってこれだけの使用量でも十分以上の効率を発揮しているのだ。


本部エリア方面からやって来ていたビッグG理事長はこのやたらとだだっ広い道路の真ん中でロケットブースター装備のベスパ型スクーターを停車させると、超電子双眼鏡を懐から取り出し上空を振り仰いだ。
「よーし、よしよし。
今のところ経理部長からの反撃の様子はないな。

む…?」
上空を走査していた超電子双眼鏡の万能レーダーがひとつの高エネルギー反応を捉えた。
次の瞬間、ビッグGは文字通りのロケットスタートで走り出していた。
「そうでなくてはな!!」


 
一方、上空約1500m点。

徐々に薄れていく爆煙の中、空中に屹立する影が浮き上がる。

宙に立つ大柄なマントのシルエット。
その裾から大地に向けて放射状に突き出した6本のパイプのようなモノが微かに放電しながら白い蒸気を噴出している。
これこそが旧大戦中に『蒸気将軍』と呼ばれ恐れられた鬼神の姿である。
「あの…タワケがぁあああああっ!!」
怒りをあらわにした鬼神の首の周囲から甲高い音を立てて余剰な蒸気が排出される。

『蒸気将軍』、バクーニン=ラザソード。
帝国宇宙軍最高の頭脳を持ち、その技術力で自らの肉体をも機械化体と化した彼の身体は主に蒸気を動力源として稼働している。
また、その技術は彼の体だけではない。
彼の開発した巨大汎用兵器群、コンピューター、宇宙戦艦、そのあらゆる全てが蒸気を動力源としているのだ。

ところで『蒸気を動力に』などと表現すると古式の『蒸気機関』を想像されるかもしれない。
しかしそうではない。

彼が独自に開発した超高効率エネルギーシステム『超圧搾重粒子発電機』、通称『ネオバリオンリアクター』。
それは『蒸気』、つまり空気中に微細に分離した水分子をさらに素粒子レベルで分解しつつ空間ごと超圧搾し粒子間エネルギーを起爆剤として爆発的なエネルギーを取り出す機関で、極めて小型ながらも原子機関レベルのエネルギー供給を可能としたシステムである。
しかも始動後のエネルギー供給に必要なのは水と空気だけという驚異のクリーンエネルギーを実現した世紀の大発明なのだ。

それは『気体化した水』、すなわち『蒸気』を利用するという点を除けば、初期科学で利用されていた『蒸気機関』とは全く異なる次元の超高出力『蒸気』エネルギーなのである。


彼はその聡明な頭脳で現在の状況を考慮し、行動を起こした。
「蒸気母艦、応答せよ!!」
彼の声はさらに上空の、大気圏より上の衛星軌道に位置している帝国宇宙艦隊所属特装艦『蒸気母艦』のメインコンピューターに伝わっていた。


 
その頃、壁新聞部の部室前ではリララ教授が機械作業をしていた。
その周囲にはガレージからひっぱり出されたエアロバイク、1号機『守護天龍号』、2号機『守護天龍号ツヴァイ(※)』、3号機『守護天龍号アゼル』がエンジンがかけられた状態で並べられていて、トーキチローが細かなチェックと出力調整を行なっている。

※(1号機と同じ設計図から組上げた機体の改良タイプとしてこれまで『守護天龍号・改』と呼んでいたモノだったが先日フレーム以外の全てを換装し出力アップを果たして改名)


ちなみにGSアカデミーでは個人用空中機動マシンは、その仕組や動力にかかわらずおおむねエアロバイクと呼称される。
エアロビクスジムやスポーツジムなどにあるその場で漕ぐ自転車のようなマシンもエアロバイクというがアレとは無関係だ。

そもそもGSアカデミーで用いられるこの名称の起源は旧帝星において西暦19世紀と呼ばれた時代あたりのヨーロッパにまで遡ると言う。
なんでも、地面から浮いてレール沿いにプロペラの推力で進む個人用の乗り物で『空気浮上式原動機付自転車』=『エアロバイシクル』という名の乗り物があったのがその名の由来なのだそうだ。

大帝星にある大帝国図書館附属第4資料館地下に保管されている当時の科学雑誌に、詳しい図版付きで掲載されている由緒ある呼称なのだという。

ただ、『写真機』が最先端技術として紹介されているような時代の物なので図版は全て細密なペン画だそうで、くだんのエアロバイクが載っている雑誌には一緒に『ジャングルジムのような枠に無数の鳥をくくりつけ、そのはばたきで空を飛ぶ機械』やら『巨大な外輪船の外輪の中を、回し車の中のハムスターのように蒸気機関車が驀進することで進む船』やらが掲載されている、という話なので内容の確実性はあやしい感じだが…。


それはさておき、リララ教授は現在、真新しいエアロバイク2台を垂直に立ててつないでいるところだ。
いや、正確に言えば、立っているおギンの両脇に立てた2台を、である。

2台は車体前部のハンドル軸を固定され、内側、おギンの顔の高さに突き出ているハンドルをおギンがつかみ、その手首と肘がナイロンベルト荷締機で車体の軸に合わせて固定されている。
そしておギンの肘の高さに合わせて油圧ダンパー入りのユニバーサルジョイントがフレームにボルトで固定され、ソコ同士をおギンの背中側に渡した全長1m半くらいの密閉式空気圧シリンダーで接続する作業の最中なのだ。

こうしておギンがこの2台をトンファーのように取り回せるようにしているところだ。
「いゃぁ、悪いなぁ。」
「製作実験中だった4台目と5台目を合体させて完成する暫定4号機、名付けて『守護天龍号オルタ』よ。
カッコイイでしょ?」
「しかしおギンは本当に重かったんだな。
『守護天龍号』や『ツヴァイ』や『アゼル』を遥かに上回る大出力を誇る試験機が2機がかりでないと充分な空中機動力が確保できないほどだとは…。」
「よし、じゃ、おギンちゃん、持ち上げてみて。」
空気圧式ドライバーで最後のボルトを締めたリララ教授が言うと、おギンは合計で200kg近い合体エアロバイクをヒョイと持ち上げた。

背中のシリンダーは両肩から背中に∞の形にかけたベルトに鋼鉄製のスナップフックでとめられているため、ちょうど上腕を水平に下腕を垂直に立てた姿勢で動けなくなる。
まるでジャイアントロボとかゲッターロボとかの飛行姿勢のようだ。
「おっけー☆
その状態でスロットルを引けばまっすぐ上に飛ぶから。

そんで肘を基点だと考えてもらって、手首を向けた方向に進むからね。
下腕の軸に合わせて肘の真後方向にエアロバイクの推力が向くようにしてあるから。

両手を違う方に向ければ色んな機動が出来るよ。」
「あ、なるほど。
ほな、右手を斜め後、左手を斜め前に向ければ垂直右回りスピンか。

あとはそれぞれの角度の調整と、スロットルで別個に推力の調整をすれば…、どんな飛び方でも出来そうやな。」
「さっすが、体を使うことは飲込みがいいネ。

あ、あと、今付けたシリンダーがサポートになってつぶれたりちぎれたりはしないと思うけど、両手を同時に内側や外側に向けるのはできるだけヤメといたほうがいいヨ。」
「そんなつぶれるとかちぎれるとか言わんといてや…。」
おギンが思わず肩をすくめる。
 
「それにしても、そんだけ体重があると普通の星の都市とか行ったらエレベーターとか車とか乗れないでしょ?」
「まぁなぁ。
中には歩いただけで地面に埋まってまう星とかあるしな。

あ、でもフーメイはんの車にはなにげに普通に乗れたんでビックリやったけどな。」
「あ、フーちゃんの車は特別だよ。
アレは開発部門が好き勝手に改造しちゃってってるからネ。

今積んでるエンジンなんかおギンちゃんの想像できるような内燃機関じゃなくて、駆動サーキュラーとストリームドライブの2段連装になってて総機関馬力280万PSを誇る超弩級スーパーカーなんだから。

理屈上は18輪の大型トレーラー10,000台を引っ張りながら走れるマシンなんだよぉ。」
「そ、そんなムチャクチャな!
そんなに馬力あったら単独大気圏突破できるやないか!!」
「うん、数字上は出来るヨ!!Σъ(>▽<)
ま、翼がないから構造的にムリだけど。」
「教授、こちらも終わりました。
今日は『ツヴァイ』と『アゼル』で行きましょう。」
トーキチローが調整の終わったエアロバイクをアイドリング状態にして調子の良い2台を指し示す。
「うん。
そんじゃあレッツゴー☆G(>▽<)」


 
10分後。

現在の高度およそ1000m。
リララとトーキチローとおギンはそれぞれエアロバイクに乗り、この空のただ中で目の前、『閉鎖図書館』の有るはずの場所を見つめていた。

あの後ずっと『閉鎖図書館』の進み方をマークしておいて分析したところ、どうやら宇宙をただまっすぐに進んで来てたまたまこのアカデミー本星の大気圏に入って来てしまっているということのようであった。

そして現在いるこの高さが本星の地面にもっとも近付く距離で、あとはまたこの星から離れてどこかへ去って行くのだろう。

彼女達はまず飛んで行って近付いてみた。
見えないにしてもソコに巨大な建物が有るのだからさわったり入れたりするのではないかという考えだ。

しかし、有るはずの場所に行ってもソコには何もなく、多次元レーダーを見ながら近付いていくとその反応点を通り過ぎてしまうという状態だった。

その反応点の素通りを10回ほど繰り返し、途方に暮れているのが今の状況である。
 
「む〜、こうなったらコレでもくらえ〜!

『ヘンゼル』!『グレーテル』!
ウェイクアップ!!」
リララが言いながら人差し指を天に突き立てると、靴下の両脇に付いている紫色の円盤が自動的に外れてそれぞれが空中で高速回転をしながら飛び回り始めた。
この円盤の右のが『ヘンゼル』、左のが『グレーテル』である。

リララが黒い皮手袋をはめた両手を体の正面に突き出すと、暴れるように飛び回っていた2枚の円盤がそれぞれ彼女の手の前方1mあたりの位置にピタリと静止した。
「見たか電磁の必殺の技!
『超電磁ストーム』!!」
2枚の円盤はリララのボイスコマンドに反応し、それぞれが右回りで自転しつつ彼女の広げた手の幅で互いを追いかけるように右回転の円運動を開始した。

すると2枚の円盤から虹色の放電をともなう渦が前方に流れ出し、その2本の渦は円盤の公転によって1本の大きな竜巻となり空気を切り裂くような轟音をたてながらリララの前方の空間を薙(な)いだ。
超電磁反応によりプラズマ化した空気を電磁誘導で回転させ敵にぶつける大技である。

ちなみにこの時、トーキチローは「技を出す前に『見たか』とか言われても…」とツッコミを入れたがすさまじい轟音にかき消されてしまった。
 
「……。

ちゅか、さ。
リアクションないね…。( ロ ;)」
リララは『超電磁ストーム』のポーズのままつぶやいた。
『ヘンゼル』と『グレーテル』はすでにストームを出し終わってリララの手の前でカラカラと回ってる。
しかし目の前の空間にあるはずのモノからはなんの反応もない。

空中の3人は『どうしたものか』と思案をはじめた。


と、突然横の方、だいたい50mくらい右のほうで『ガシャアアアアンッ』とシャッターが乱暴に開くような音が響いた。

振り向いて見ると青空の広がる空間の一箇所が4m四方くらいに四角く開き、中からその大きさの手を広げたマークのような平らなモノが勢い良く出てきた。

3人が目を丸くしてソレを見てると、ソレは出てきた時と同じくいい勢いで引っ込み『ガシャアアアアンッ』とシャッターのように空間が閉じ、そして少し彼らに近い空間が開きまた手が出てきた。
しかも今度は横並びに2個。

彼らは身の危険を感じ咄嗟にソレの反対方向に全速で飛び出していた。

すると後方から彼らを追うように『ガシャアアアアンッ』『ガシャアアアアンッ』とシャッターが開く音が何重にも聞こえてきた。
どうやらアレはアレで彼らを狙った攻撃かナニかであるようだ。


と、その音が一旦止まったと思うと、今度は全速で進む彼らの前方の空間に『ガシャアアアアンッ』と無数のシャッターが開き、そして3人を狙って次々と手が出てきた。
「ふわぁ、こうキたかぁ!
さすが『ブックモビルフォートレス』の二つ名をもつだけあるわ!!」
「『本の機動要塞』ですか!?
洒落ていますが、いただけませんね!!」
彼らは『守護天龍号』の機動性を生かし次々と襲いくる手を避けていくが、これではまさにきりがない。
「ああ、わかった!
だったらこっから左方向!
図書館から離れりゃええんよ、きっと!!」
おギンの言葉で3人は一斉に機体を倒して左下方に風を切って高速スライドしていく。

すると右のほう、図書館のあるはずのほうで『ガシャアアアアンッ』とシャッターの音が大音響で何重にも響いた。

見れば数百メートル四方に渡って無数のシャッターが開き手が出てきた。
そしていっぺん引っ込んでシャッターが閉まり、今度は特定の場所だけ開いて手が出てきて全体で『人差し指を立てた手の形』を示すと、轟音を立てて全てのシャッターが閉じた。

そして空は静かな青空に戻った。
 
「な…、なに、今の??」
「え〜と、“keep out”と、“be quiet”…かな?」
おギンはさっき出てきてた手のマーク、手を広げた形と人差し指を立てた形を手で作りつぶやく。
「ああ、納得〜。
おギンちゃん、頭いい〜!」
「え?
そ、そう?
照れるわ〜。」
「しっかしこんなに守りが頑丈やとは思わんかったわ。

そんな大事な『本』があるトコなんか、この図書館て。」
「大事と言うか…。
『閉鎖図書館』に集められた『本』は奇書、怪書、人外の書などなんだそうだ。
読むと必ず気が狂う、とかな。

データライブラリーに入らないモノ、…いや、入れられないと言ったほうが正確か。
その手の曰く付きのモノばかりが集められた場所。
その目的は保管と封印だと言われている。
ゆえに閉鎖されているのだとも。

だから『閉鎖図書館』は結界の中に潜みつつ常に銀河中を不規則に移動していて、その所在は誰にも判らないんだ。
目の前に現われでもしない限り、な。」
「へぇ〜、そりゃまたケッタイな図書館があったもんやなぁ。
誰がそんなん作ったんや?」
「わからん。

太古に滅びた文明が作り上げた『知識の集積装置』だとか、『逆モノリス』だとか色々言われているが、その正体の解明はされていない。」
「ふぅ〜ん。

ほいで、お嬢チャンはそないなトコにあるかもっていうどないな本が見たいんや?」
「え〜と、アレはたしか…。
そう、『ミレニアムナイトメア』っていう昔の出来事が書かれた本なの。」


 
「こんな場所で何が騒いでいるのかと思えば、教授ではないか。
久方振りであるな。」
リララ教授達の上空から不意に大きな影が白い蒸気をまといながら降下して来た。

トーキチローとおギンはビックリして飛び退(すさ)ったが、リララ教授は案外肝が据わっているのか、それとも単純に鈍いのか、相手の顔を見るとにっこり笑顔で話しかける。
「あ、『蒸気しょ…』」
「ん〜?」
「けふっ!こふっ!
こほんっ。

『経理部長』!
おひさしぶりであります!!」
「うむ。」
「てゆーか経理部長こそナニやってんですか、こんなトコで。」
「今、衛星軌道上にある『蒸気母艦』のセンサーと連動し理事長のいる座標をサーチしているところである。

ヤツめ、周囲に人気のない所へ行った時が最期である。
我輩自らこの高度からのボディドロップをくらわせてくれるわ!」
「あ、なるほど。
いつもの歓迎会にあったんで、その返礼をしようとしてるとこなんですね。
御健闘をお祈りします☆」
「あの…、ところで『蒸気母艦』で来たと言いますと、あのぉ…。」
「うむ。
今回は我輩の『蒸気母艦』で『オメガ』を専用格納庫ごと運搬して来てある。
最終調整はココでのほうが良いであろうからな。」
突然オドオドしはじめた遠回しなリララ教授の言葉で、経理部長は彼女が聞きたがっている本当の内容を理解し答えた。
この質問は今までに何回もされていて、『まだだ』と答えるたびにリララ教授はその質問を口にしづらくなっていったようなのだった。
だが今回はいつもと違う答えを聞き、リララの表情がぱぁっと明るくなる。
「わぁ、やっぱり!

『オメガ』を積んだうえで慣性統御超光速駆動を行なおうなんていう特装艦は、帝国宇宙艦隊の中でも勇猛で鳴らせた経理部長の『蒸気母艦』くらいのものですもんネ!」
「うむ。

しかし、随分と待たせてしまったな。
貴様が『オメガ』の基本設計を書き上げてからすでに5年…。
人類最高峰の科学技術力を持つ我らGSアカデミーも、教授の超科学理論の前では右も左もわからぬ赤子同然であるな。

これからも、よろしく頼むぞ。」
「はいっ☆

あ、それで、『オメガ』はいつ降ろすんですか?」
「とりあえずは理事長のタワケを止めてからである。
今の状況では安心して格納庫を搬出することも出来ぬ。」
「あ〜、なるほど。
がんばってください。」
「うむ。

しかし、教授は斯様(かよう)な場所で何をしているのであるか。」
「いやぁ、今ちょっと『閉鎖図書館』を攻略しようとしているんですけど、なかなか手強くてですネ。」
リララはそう言って後方の頭上を振り仰いだ。
何も見えないが、ソコには『閉鎖図書館』があるはずだ。
 
「…なるほど。

ひとつ聞く。
図書館には何をしに行くのであるか。」
「見たい『本』があるんです。」
「うむ。
図書館というモノは、それが保管庫を指す場合でないのならば、基本的には閲覧者のためにある。
死蔵など無意味であるからな。

その図書館が、閲覧者を招き入れない理由があるとすればなんだ?」
「え〜と…??」
「貴様は一度目的が決まると突き進みすぎる傾向がある。
もう少し余裕を持つが良い。」
「あ…、はい。」
「む!
今である!!」
経理部長は突然下を向き声を上げると、挨拶もせず急加速で落下していった。
 
「うわ〜、あのオッチャン、あんな勢いで落ちてっちゃって大丈夫なんかいな。」
「まぁ、五大幹部の方々は週刊少年誌巻頭のバトル漫画ばりの方ばかりだから…。」
「ついさっきシャトルの爆発に巻き込まれてたはずなのにピンピンしてたしねぇ。

でもすべては科学技術の勝利なのよ。
科学バンザイだわ!」
飛び退っていた2人の近くにリララ教授が飛んで来るのをおギンが手を挙げて迎える。
「おぅ。
ところでなんの話しとったん?
『オメガ』がどうとかって…。」
「『オメガ』はガーディアンユニットの名前だよ。」
「ガーディアンユニット?
って言うと、アカデミー内のビルとかアチコチに配置されとるあの自動警備ロボ達のことか?」
「そ。

そんで『オメガ』ってのは開発上のコードネームでね、『一番最後』って名前を持つ一番強いガーディアンユニットなんだよ☆」
「へぇ、ソレをリララちゃんが設計してあのオッチャンがどっか別の星で作ってたってことか。
そりゃ実物見れるのが楽しみやな。」
「うん。」

リララとおギンが話していると、なにやらオルゴールのような優しい音色のメロディがどこからともなく聞こえてきた。
そして合成音声とおぼしい声も聞こえてくる。
 
「ようこそ、『閉鎖図書館』へ。
大変ながらくお待たせいたしました。
間もなく開館時間となります。」

そのアナウンスと共に3人の目の前の空間にぽっかりと穴が開き、その穴の向こう側に見える空には浮遊する巨大な建造物の姿がある。
彼らは口を開けたまま顔を見合わせた。
 
「か、開館時間…、だって…。」
「ということは、今まで単に閉まっていたということなのでしょうか…。( ̄_ ̄;)」
 

 
アカデミー本部エリアから60kmほど南東にある海に面した人工の平野に、広大な廃墟がある。

この星にGSアカデミーが設置される以前に、この星の住民が国際空港として使用していた施設だ。
中で怪獣が戦えそうなほどに広いターミナルセンターと、全長5kmの滑走路が5本ある大規模なものだ。

だが現在のアカデミーが運用している技術とは併用できる部分が少なく95%の設備が使用不可能なうえ、施設が乗っている人工地盤が沈下し続けており危険と判断され、改造も解体もされることなくそのまま放置されている。

またアカデミーエリアからはずれているこの廃墟はガーディアンズによる管理もされておらず、今やまったくの無人となり荒れ果てていた。


その滑走路だった場所、経年劣化により無数の巨大なヒビ割れが走り、そこかしこから雑草が伸び放題の人工の地面に奇妙な火花が散った。
いや、ソレは火花と言うよりむしろ小さな落雷であった。
細い放電が空中から地面に向けて流れていっているのだ。

はじめは小さかったその雷は徐々に強くなり、周囲の空気が帯電しバリバリと音を立てはじめる。
放電の源が地面に近付いて来ているのだ。

そのまま放電が一段と強くなると、不意に止まった。
そして高い所から飛び降りて来たかのように、1人の少年が焦げた地面の中心に着地した。
「いぇい!
ただいま参上!…ってな。」
少年は笑いながら独り言を言うと、両手に1本ずつ握っている十手のような形状をした金属棒を人差し指の中程で器用にクルクルと回し、背中にしょった箱状の機械の両側面にスチャッと収めた。
 
「ゴキゲンだな…。」
突然、少年の真横で声がした。

つい先程までたしかに誰もいなかったこの広い滑走路の中程に、忍者を思わせる装束の少女が立っている。
普通の人間ならココで仰天するはずだが、少年は突如現れた少女に対しごく当然のように挨拶をする。
「おう、マヤはん。
なんや息災なようでなによりや!」
「……。」
「悪いな。
まさかお出迎えがあるとは思わんかったでバリバリ全開で降りて来てもうたわ。
どっか焦げへんかったか?」

少年の問いに対し、マヤは無表情のまま返事もしない。
だがソレはいつもの彼女の態度で『問題ない』という意味だ。
少年もソレを承知しているので気にする様子もない。
 
「…なぜだ。」
「お?
かなんなぁ。
寡黙なんはかめへんけど、せめて主語と述語はちゃんと言うてくれへんと、ナニを聞かれとんのかもよぉわからんで?」
「……。」
「はいはい、じゃ、ワイの頭で予想できる疑問にお答えしましょ。

ワイだけ先にこうしてやって来たんはこのGSアカデミーの技術を借用するためや。

実はこのアカデミーはある誘導合金の開発に成功しとるんや。
理論だけは何十年も前からあんのに、外界ではその精錬に成功した者はおらん。
ソレがこのアカデミーでは作れるんや!

せやけどアカデミーの情報はどんな情報だろうと外に持ち出すのは至難の技。
せやったら、このアカデミーの中で見してもろぉたらええってな。」
「そううまくいくのか。」
「ワイのテクを舐めたらあかんで。

そしてソレを使こて、今まで完成させられへんかった『デンジン』を完成させる!!」
「あの武器を…!?」
『デンジン』という言葉を聞いた途端に無表情なマヤの顔色が変わった。

ゲンナイはその反応に満足そうにうなずく。
「ま、あとは仕上げをごろうじろってな。
すでに必要な関連データは無断で見してもろて来た。

ココのデータは複製も持出しも出来へんけど、この超天才ゲンナイ様にかかれば100テラバイト程度のデータならディスプレイがスクロール可能な最短速度で記憶してみせるで。」
ゲンナイは右手の人差し指をコメカミに当てフィルムを巻き取るようにクルクルと回すジェスチャーをする。

彼は、たとえ一瞬であっても見たモノの全てをフィルムに写し撮るように記憶してその全ての情報を自在に利用することが出来るという能力を持っているのだ。
 
「それで…いつ、動く?」
「もうすぐや。
ワイがこっちに向かった時にはほとんどの準備は終わらしといたからな、あとはアンがウマくやっといてくれとるハズや。

今頃はこの星に向かっとるで。
ワイらの万能戦闘艦『グラヂエーター』が。」



その頃、ベール星団付近を光速の550%の速度で航行する特殊艤装戦闘艇があった。

艦名、グラヂエーター号。
船籍、所属、ともに不詳。

なだらかな円盤状の単純極まる形状とはうらはらに、恐るべき戦闘能力を持つと恐れられている無法(アウトロー)の船である。

その目指す先は、GSアカデミー本星。


 
「うわー、スゴいねー☆」
「ええ。」
「気に入っていただける『本』があるといいんですけどね。」
『閉鎖図書館』に入ったリララ達を細身の青年が出迎えていた。

その青年は、民族学を学ぶトーキチローですら見たこともない形式の民族衣装をまとい、ベルトにレンズのついた片眼鏡らしきモノを帽子の上から斜めにかけている。

爽やかな笑顔の好青年という印象だ。
彼はオペラ歌手のように大仰なお辞儀をすると、3人を建物の奥へと招き入れた。


白く半透明な石材を磨き込んで造られたとおぼしいその建築物は勇壮にして荘厳なモノだった。
それは神殿のような建物であるが、あるいはコレこそが神殿のモチーフとなった神の世界の建物の姿なのかも知れない。

リララ達が一歩踏み入れると、中は悠久の時を経た本の素材、紙や皮の放つ甘いような粉っぽいような匂いが充満していた。
広い廊下は所々に設置された密閉型ランプの内側で揺らめく炎により橙色に照らし出されている。
そして外とは温度と湿度がかなり違い、サラリとした地下洞窟のような空気だ。
おそらく本を保存するために最適な環境に制御されているのだろう。

青年はリララ達を開けた場所へ通した。
どれくらい開けているかと言うと、一瞬天井が無いのかと錯覚してしまうほどだった。
見上げると、ソコは吹き抜けの最下層であるようだ。
かなり上にぼんやりと天井らしき平面がかろうじて見えている。
大きなアーチと三角構造で組まれた数十階層吹き抜けの各階層内部にはぎっしりと本の詰まった高さ10mはありそうな本棚が視界の届く範囲すべてを整然と埋め尽くしている。

この全てが蔵書なのだとすれば、おそらく大帝国図書館以上の保有数にのぼるだろう。


普段きわめて冷静かつ無表情が売りのトーキチローは、背伸びしたり腰を曲げて通路の奥を見やったりとせわしく周囲を見回していた。
彼は歴史民俗学と建築学も修めており、今や嗜好品としても数少ない『紙で装丁してある本』の愛好家でもあるのだ。
この図書館の全てが興味深くてたまらないに違いない。

リララとおギンは『田舎からはじめて出て来たおじいちゃんを都会の町に連れ出したらはしゃがれちゃって恥ずかしい孫娘』のように苦笑いしつつ見て見ぬフリをきめこんだ。
 
「ようこそ、当『閉鎖図書館』の誇る開架閲覧室へ。
お待ちしておりました。
どうぞごゆっくり御覧ください。」
「え、『お待ちしておりました』って…?」
「御挨拶が遅れました。
はじめまして。
私は…、そうですね、あなた方の言葉で言えば、この『閉鎖図書館』の『司書』であるモノです。

利用者の方がいらしたのは実に久し振りでした。」
司書さんがリララに微笑みかけている脇で、おギンがトーキチローに耳打ちする。
「…なぁ、兄者。
あのアンチャン、なんやさっきから微妙に会話が成立してへん気がするんやけど…。」
「そうだな…。
どうやら我々には未知の文化圏の方のようだから翻訳装置を介して話されているのだろう。
その言語マトリクスが不十分なのかもしれん…。」
そんなイタミ兄妹の会話を尻目にリララは司書さんに本題を切り出す。
「あの、探したい『本』があるんですけど…。」
「『ミレニアムナイトメア』の記録、ですね?」
「あ、あるんですか!?」
「ええ。
どうぞこちらに。」
司書さんは彼らをカウンターらしき場所に案内すると、その奥の本棚から一冊の本を取り出してリララに手渡した。

彼女はその本を前にして一瞬表情を曇らせたように見えたが、すぐに満面の笑みで受け取り「他の本も見せてね☆」と言って鼻歌まじりで手近の書棚を見回し始めた。
 
「なぁ、ところで司書さん。
なしてリララちゃんがその『本』を探しとるってわかったんや。」
「ああ、それはですね…。」
彼はそう言ってしばらくの間考え込んだ。

その間、およそ一分。

そして不意にハッとしておギンを見て照れ笑いを浮かべる。
「…あ、いや、すみません。
ここしばらく話すということをしていなかったもので、言いたいコトを表現するための言葉がなかなか出てこないんですよ。」
「あ、それはツラいですね。
私も前、虫歯抜いたら歯ぐきがはれちゃって3週間くらいしゃべれないことがあったんですけど、それくらいでもしゃべらないでいると頭では言葉はわかってるのに口から言葉が出てこなくなっちゃうんですよネ。」
「お、そんなんならウチにもわかるでぇ!
ウチが前ぇに半年くらいかけて1人で山篭りした時、里に帰ったら言葉が話せなくなっててビックリしたもんや!」
「いや、お前のアレは完全に人語を忘れていたぞ。」
「そうそう、兄者達が宇宙語話す宇宙人に見えてビックリやったんやで、ンマに!」
「は、はげしいネ…。」
「その後、社会復帰させるのに1年かかりました。」
「ソレって野生化って言うんじゃ…。」

と、リララ達がいつもの脱線ルートに突入していると、司書さんは不意に人差し指を立てて話し始めた。
 
「『本』というモノは本来『過去』を記したモノ…。
『知識』を、『事実』を、『情報』を。

ソレを記したモノ達が、自らが消え去った後もその内容を永遠に残そうと記したモノです。

しかし、この『閉鎖図書館』には『未来』までもが収められている。
ココが『閉鎖』されているのはそのためでもあるのです。」
「うわ!?
またなにやら聞いてもないこと説明してくれとる!?」


 
ビッグG理事長は本部エリアから50kmほど離れた『計画都市メモリアルパーク』に到着していた。

元々はGSアカデミー計画が始まった初期に開発され万博なども催された華々しい場所だったのだが、現在の学園部エリアが竣工してからは実用的な機能は果たしていない。

だがここには万博当時『外惑星でも生活できる閉鎖循環環境都市計画』や『大地の環境を守り人は空に住む超高層都市計画』などの小型実用モデルが建造され、今でも使用可能な状態で保存されているのだ。
他にも、実用性よりも科学の未来に夢をふくらませてもらうための派手で大掛かりなさまざまなパビリオンが保存されている。

そんな中をビッグGのスクーターは走って行く。
「ふふふ、この短時間でココまで来ればいかに経理部長と言えどトレースしきれまい!
ここからさらに本部エリアへと転進して撹乱してやろうか…ん?」
ビッグGは空を見上げた。
先ほどから気のせいかと思っていたのだが、かすかに聞こえる『何かの音』がだんだん大きくなってきているのだ。
これはもはや気のせいではない。

ソレはミサイルが空を切るような音だった。
しかし周囲を見回しても特に何も見えない。
だが音はしている。

と、不意に太陽が暗くなった気がしてビッグGが真上を振り仰ぐと、そこに文字通り黒い影が迫り来ていた。
 
「遅いっ!!」
「あ゛!?
あ゛あああああああああーーー!!」
ソレは直上の太陽を背にし、ビッグGめがけて襲いかかって来た。

ビッグGは咄嗟にフルスロットルで急発進しわずかの間に十数m進んだその直後、背後から空が裂け煉瓦敷きの大地が砕ける衝撃波と煉瓦の無数の破片がビッグGを襲った。

バクーニン経理部長の1000mボディプレスが大地を直撃したのだ。
だがビッグGは振り返らずに背を縮め脱兎のごとく遁走する。

するとその背後、パビリオンが余波で崩れもうもうと土煙の立ちのぼる中からマントを羽織った経理部長がまったくの無傷のまま飛び出て来た。

彼のマントの下からは孔雀の羽根のように連なった8本のパイプが突き出し、そして背中からは神像の後光のごとく広げられた12本のパイプが展開している。
いずれからも精密に制御された高圧蒸気が噴射されており、経理部長の体は今、ビッグG理事長のロケットスクーター以上の速度で高速ホバリングしているのだ。


経理部長は理事長を捕まえるために大きく加速しビッグG理事長の前方へと躍り出る。
だがその瞬間、理事長はブレーキをかけると同時にハンドルに体重をかけ一気にひねり、その場で車体をスピンさせ反転した。

経理部長は理事長の正面位置を取ろうと瞬時に転進し回り込もうとする。
しかし経理部長の体は戦車並に重く、ソレを高速移動させている状態からのカーブ性能はあまり良くない。

それでもコンマ数秒で理事長を中心とした半径約5mのカーブ軌道に移行したその瞬間、ビッグG理事長はスクーターの前輪を浮かせ、側面に開口した姿勢制御ブースターを噴射した。
「かかったな!!
カーブを切るために制動の鈍ったお前には、コレはかわせんっ!!」
経理部長へと向かって身をひるがえすビッグGの眼帯が光り、その輝きが爆発的に増す。
そして―
「リジチョー・ビィーーーム!!」
「重蒸気障壁!!」
ビッグGの雄叫びとともに右目の眼帯から破壊光線がほとばしった。
回転運動の途中で放たれたソレは、水平方向に扇子を広げるような範囲を破壊の渦に巻き込む。
色とりどりのパビリオンが、街灯が、横一文字の空間をうがたれ倒壊していく。
そして理事長の狙い通り、経理部長はその直撃コースに捉えられていた。

だが、その光線が到達するよりも早くバクーニン経理部長のマントの周囲に絡むようにたたまれていた何本もの白いアームが一斉に展開。
その全周に開口したスリットから身体の正面に白く濃度のある気体が瞬時に何重にも噴射され、ビームを無効化した。


『ビーム砲』とは直訳すると『粒子砲』である。
『リジチョー・ビーム』が何を触媒とするビームなのかは詳らかではないが、ビームという兵器を極限に簡単に説明すると、なんらかの微細な粒子をものすごく加速させて対象に連続してブチ当てる破壊兵器の総称である。

原理としては、細かな刃が次々と当たることで対象を切断するノコギリに例えるとわかりやすいだろうか。

この粒子の種類によっては『荷電』していたり、対象との間の空中を走るさいに空気との摩擦で高温になったり発光したりして破壊性能に二次効果が加わる。

しかしその実体はあくまで『加速された粒子』であり、光っている光線が破壊力を持っている訳ではなく、破壊力を持った微細な粒子の連続した束が副次的に光って光線に見えているのだ。

つまりはビームというのは粒子が実体なのだから、その粒子を減速させたり遮断したりすることができれば無効化できるのである。

今、経理部長は身体の正面に幾重にも交差する濃密かつ高速で流動する蒸気の壁を作り出すことでビームの粒子を減速させ吹き飛ばしたのだ。


そしてそれと同時に彼の鋼の巨体がビッグGに襲い掛かった。

ビッグGはさらに反転して逃げようとするが、背を向けた途端にリーチでまさる経理部長にいともあっさりと襟首を掴まれてしまい、エンジンのかかったスクーターだけが数メートル走って横転した。
「あ〜れ〜〜!
助けてママ〜ン!
犯されちゃうよ〜〜〜!!」
「貴様!
この期に及んで言うことがソレか!
本気でシメるぞ!!」
言いながら経理部長の腕が組み直され、チョークホールドへ移行する。
だがキマる瞬間に理事長は顎を下げ喉をガードするために手を滑り込ませ難を逃れる。
「良いか理事長!
我輩のシャトルとこのメモリアルパークの修繕費用等は特別損失に計上し貴様の口座から引き落としておく!!」
「はっはっはっ!
そうはいかんゾ!!

ワシの口座のある銀行はこないだ丸ごと買収しといた!
今までのように帝国の権威では動かせぬわっ!!」
「ならば我輩の万能電脳で貴様の銀行のシステムを支配下に置いてくれる!
蒸気母艦、応答せよ!!」
「ははは!
ムダだムダムダ!!
さっきのワシの一撃でお前のリンクシステムはダウンしている!

自分の左肩をよく見てみろ!」
「むぅ、これは…!!」
見れば経理部長の左肩のカバー部にダーツの矢のようなモノが深々と突き刺さっている。
そしてその超合金製ニードルの先端は、左肩内部に搭載された通信システムのサーキットの1本を直撃し破断させていた。
「ようやく気付いたか。
そうとも、さきほど放った『リジチョービーム』はソレ自体がオトリだったのだ!

お前の『重蒸気障壁』の防御力はたしかに高い。
だがその威力により、一瞬ではあるがお前自身の視界もが完全にホワイトアウトしてしまう瞬間があるのをワシは知っているぞ!

文字通り、そのスキを突かせてもらった!!」
「むむぅ…!

だがこのまま引き下がる我輩ではない!
我輩と蒸気母艦とのリンクが切れた場合、母艦からは子機が射出され我輩の衛星となり、全てのリンクシステムが我輩と直結する緊急拡張プログラムが作動する!!

万能電脳そのものと化した我輩が貴様の口座の全てを接収してくれる!!」
「それはどうかな?
ワシの銀行のコアコンピューターはワシが作った擬似エデンズテクノジーのシステムに換装させてあるのだ!

もしお前の蒸気母艦に搭載した帝国太陽艦隊の統御オペレーションすら出来る超々戦術タンクからハッキングさせたとしても電脳の由来が違う!
いかに万能を謳ったお前のシステムとて、ワシ秘蔵の擬似エデンズテクノジーのシステムとは基礎プロトコルからして異質のモノなのだ!!
お前のシステムからは侵入を試みることすらできんのだよ!!」
「おのれぇ!
小癪な真似をーっ!!」
経理部長の怒りが頂点に達したその時、突然、付近のパビリオンの塀が爆発したかのように砕け散った。

もうもうと立ちのぼるコンクリートの粉塵の中に赤い光がきらめき、そして足音と共に黒いシルエットが浮かび上がってくる。

フーメイだった。
フーメイが拳を握り締めて2人のもとにズンズンと大股で歩み寄って来ていた。

普段は内向的で静かな振る舞いの彼女だけに、不機嫌な時の挙動はただそれだけで戦慄するほどに恐しい。
そしてその怒りの矢印は明らかにビッグGに向けられていた。
「うわあっ!フーメイさん!?

ま、待て!落ち着け!
いや、落ち着いてくれフーメイ様!!
ここはひとつクレバーに、そしてフランクに話し合おうではないか!!
なっ!?
なっ!!」
ビッグG理事長は経理部長と対峙していた時とはうってかわって逃げ腰になり、わずかにでも距離を取ろうとジタバタともがくが、経理部長の鋼の腕はビクともしない。
そのうちにフーメイはビッグGの真正面にたどりついた。
「めっ。」
「ぜぶらっ!!」
フーメイの抜く手も見せぬ見事な平手打ちが、身動きできないビッグGの頬にキマった。
「もう、勝手に私を停止させないでください。
次にまたこのようなことをしたらビッグGと言えど許しませんのでそのおつもりで。

…それから、話の最中に寝たフリとはそんなに私のことがお嫌いなのですか?」
フーメイの語りかけている理事長は、経理部長の腕の中で白目をむいていた。
しかも鼻と耳から流血している。
「うむ…。
理事長を弁護するつもりはサラサラないのであるが、どうやら貴様の見事な平手打ちで気絶しているようである。」
「ぇ…。
た、大変です!
ただちに救護班を呼びます!」
「どうやら我輩が押さえ込んでいたために、加えられた力の逃げ場が無かったのが事態の悪化を招いたようである。

ちなみに我輩の計測によると先程の貴様の平手打ちの破壊力は加衝撃面約15平方センチメートルにしておよそ2トン。
『歩くシュツルムファウスト』のふたつ名はいまだ健在であるようだな。」
「……。」
それでも手加減したつもりだった、という事は言わないでおくことにして救急車を手配するフーメイだった。
 

 
同時刻。
GSアカデミー本部により『封鎖地帯』に指定されている南大陸の広大な砂漠地帯。

100km四方に渡って広がるあらゆる動植物の営みを拒む灼熱の大地を、なにか導かれるようにして毅然と歩く1人の少女の姿があった。


長大な十字架のようなモノを手にし、背にコウモリのような翼を広げた少女。


この砂漠のただなかに似つかわぬ黄色いドレスをまとい汗ひとつかかずに歩むその姿を誰かが見たとしたら、砂漠の悪魔か熱砂の死神だと思うに違いない。

もっとも、この地帯は封鎖される以前から動物どころかサボテン1つの生息すらをも拒む苛烈な環境であるのでそのような例えは成り立たないのではあるが。

黙々と歩き続けていた少女は不意に歩みを止め、周囲を見渡した。
「私は…、なぜこんな所に来てしまったんだ?」
周囲を見渡せば、薄黄色い砂の大地と、果てなき青空と、その2色の境界で熱い空気の揺らめく様子ばかりが見える。

他にはまったく何もない。
時折、風に押し積まれ熱を帯びた砂が対流現象でも起こすのか、大地が波を打ち、より平衡に、平らになろうとさざめき立つ。


それからしばらくの間、少女は肌を刺すような強烈な熱を伴う太陽光のまぶしさにただ意識を奪われていた。


…と、突然少女の足元が沈んだ。
彼女は反射的に足元を見ようとしたが、下に落ちる勢いの方が首の筋力を上回り、上を向いたまま足から地面に吸い込まれた。

その少女のいた場所はすり鉢状にへこみ、少しの間周囲の砂が流れ込んでいたが、数秒後には砂の大地はただ平坦になり、少女がいたと示す跡形は何もなくなっていた。

後編につづく。


Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers & N-FORCE Presents
"Professor Rilalah @General Science Academy"