秋スペシャル 〜そして平穏な秋と納豆〜
 
秋。
日が当たらないと空気が冷たいが、だからこそ陽射しの暖かさが実感できる季節である。

GSアカデミー、学園部エリア。
日中でもあまり上がらない太陽は、プリズム効果のためオレンジがかった色で高層建築郡の巨大な影ぼうしを作り出し、縦横無尽に中空を走るケーブルやチューブを金色に輝かせている。

カララン、カララン、と鈴の音が響く。
おギンのアイス売りの音だ。
「アイスキャンデーいかがっすかー。
冷たいっすヨー。」
 
人気のない道路の真ん中に座っている三毛猫が「にゃー」と鳴きながらおギンを不思議そうに見つめている。

他には周囲に気配などはない。
 
「う〜、あかん。
アイスキャンディーももうよう売れへんよーになってきてもーた。
もうだいぶん涼しいもんなぁ。

こうなったら焼き芋の屋台でも作ったらにゃあかんかも…。」
おギンはそれでも鈴を鳴らしながら歩いて行く。

ちなみに本日の売り上げ…0円。


 
学園部エリア、中央。
全高240mを誇る超高層建築、1号館ビル。
その最上階。

漆黒の闇の中に、音を立てて一巻きの炎が湧き起こる。
青白き灯火は小さな掌の上でゆらゆらとたなびき、色白の少女の顔をうすぼんやりと照らし出す。
 
「『科学』…。
其は永遠の城。
数知れぬ者達の手により、築かれ、砕かれ、崩れ去る。
そうして残されたほんの一握りの真理の上に再び新たな理論が築かれ行く…。」
 
呟くように語る少女の背後で三条の閃光が走った。
その中に次々と現われた3つ影が少女の言葉の後を次いでいく。
「未知の真理はおずおずと近寄り、現行のパラダイムは飛ぶように移ろい、確立された真理は永遠にソコにある。」
「仮説ハ可能性ヘノ道標。
真理ハ永遠ノ墓標。
揺ルギ無キ真理ハ過去ノ真実ノゴトク動ジズ。
其ガ、ソビエタツ礎(いしずえ)ハ、命知ラズガ探求者達ノ屍ノ山ニ他ナラズ。」
「真理こそが我ら科学の子が望み止まむモノ!
其が誤ったパラダイムであれど志は変わりなし!
過程は結果にあらねば恐るることはない!

偽りのパラダイムを破壊せよ!!」
「全ては輝ける叡智!
完全なる真理のため!
絶対のロジックを築け!!」
 
「我ら、叡智なる『第参科学』のために!!」
 
4人が声を揃えて言い終わると、彼らの背後の闇の中に全幅5mはあろうかという『GSアカデミー』の巨大なエンブレムマークがライトアップされ浮かび上がった。
 
「よし!
今日も『アカデミー心得』がちゃんと言えたな!」
「……。
気のせいか、科学研究学園の生徒会がこんなこと言ってると生徒の心が荒む気がするぞ。」
「ずばり、気のせいだな!」
「そうか…?」
「それはいいから、開けろ開けろ!!」
少女がパンパンと手を叩きながら手近の黒いカーテンを開けると、残りのいかつい外見の3人もそれぞれ手近なところからカーテンを開けていく。

すると窓から眩い朝日が射し込んできた。
このやたらとだだっぴろい部屋のカーテンを開けるのはとても手間なので普段は開けられることはない。
しかし今日は月に一度の掃除の日なので仕方がないのだ。

しばらくすると部屋の全方位のカーテンが開け放たれた。

ざっと見て軽く30m四方はある。
部屋の中央には『円卓』と呼ばれる直径5mくらいのメカニカルなテーブルがあり、それを取り囲むように、背もたれ部が異様に高い4つの椅子が設置されている。

そこに着席してちょっと顔を上げると、天井から生えている逆ピラミッド型に折り重なった無数のディスプレイと処理装置で構成された総合情報管理システムを全て把握出来るように設計されているのだ。

そしてその周囲を取り囲む壁は全面がガラス張りとなっており、アカデミー学園部の全てが見渡せるようになっている。

これが、アカデミー学園部の生徒会室である。


文字通り学園部の中心地点にそびえ立つ1号館ビル、通称『タワー』。
地上240m、80階建てのその最上階に位置するのが、学園部生徒連合の総意を司る最高機関=『生徒会』である。

と、ムズカシイ解説が生徒手帳に記載されているが、まぁ、なんにしても生徒会は生徒会である。

ちなみに79階は展望食堂になっており、お昼時にはいいにおいがしてたまらないのだが、まあそれはおいといて。
 
「ところで長(おさ)よ。
いくら省エネだからと言って、この部屋の電気を常時消しとくの、やめないか?」
「ふっ、ナニを言うかと思えば…。
貴様、今年の予算のキツさ加減を知らぬな。」
生徒会長である少女、『アーティ7(セブン)』が右腕をスゥと上げると、その周囲に空間投影型の光のキーボードが出現する。
彼女がソレを素早く操ると、円卓の上空に会計データが現われた。
「…どうだ、参ったか!」
「ぐぐぅ、こ、この数字は、たしかに…。」
「かと言って、明るくするためにカーテンを開けておいたりしたら揃って干物になりそうだしな。」
「ソウダナ。

ココハ高イ位置ニアルカラ風ガ強イ。
ソノタメ事故防止ノ意味合イモアリ、2重構造ノ強化がらすヲハメコマレタ窓ハ開カナイ。

ナノニコノ高イ位置デ全面がらす張リトイウ、恐ロシク高効率ナ吸熱構造。
イワバ強烈ナびにーるはうすダ。

ソレデイテ、えあこんノ1ツモ付イテイナイノダカラ、明ラカナ設計みすトシカ言イヨウガナイ。」
「……。
では、この、我らが使っているスポットライトの電池代くらい出ないのか?」
「まぁ、いずれ慣れるであろう。
住めば都と言うものだ。」
「いや、今期で3期目だがどうにも慣れぬのでこうして提言している訳なのだが…。」
「なに、もう3期目か、ワシら。
よほど支持率が高いのだな。」
「ふっ、なんたって省エネだからな。」
「なっ、なるほどっ!」
省エネ万歳!!」
「オマエラ、ダマサレテル…。」
「ところで長よ。
生徒会目安箱に質問が来ていた。」
「聞こう。」
「『どうもココの『生徒会』って悪役っぽいんですけどどーなんですか?』…だ、そうだ。」
「『どーなんですか?』ってナニがどーなんですかなのだっ!!」
「…なるほど、こりゃ悪役にしか見えぬわな。」
「誰が悪役だと言うのだ!誰がっ!!」
「お前。」
「なにぃっ!?」
「メチャクチャすとれーとダナ…。」
「てゆーか、お前笑ってみ。」
「ん?こうか?

あはははははははははっ!
「そしてこの鏡を見よ!」
うわっ!こわいっ!!

うーむ、たしかにコレでは悪役にしか見えんかもしれんっ!!」
「コイツモ納得スルシ…。

シカシ『あーてぃ7』ノタメダケデハアルマイ。
『ごっでる・さたなる』ノ姿モカナリマズイダロウ?」
「む、我の姿がか?」
「言われてみれば『ゴッデル・サタナル』の装束は、ブルーアーク星の『悪魔』というモノの姿にそっくりだな。」
「そう言われても、コレは我が星では最も格調高い正装なのだ。
かく言う『Z・A・G』の姿もかなり怖く見えると聞くぞ。」
「ソレモ仕方ノナイ話ダ。
かーぼん系ノ生命ニハ俺ノヨウナ『がす生命』ガ宇宙服ニ納マッテイル姿ハ奇妙ニ写ルノダロウ。」
「いや、問題なのは顔面や目がたくさんあることだと思うのだが…。」
「そうだな。
どうせ宇宙服なのだから、その奇怪極まりないデザインをどうにかすればいいのではないか?

しかしこのアカデミーにはブルーアーク星を原初とする人間が多いからな。
我らのような別の星系の人間は見慣れられぬ者も多かろう。」
「それに比べてワシはブルーアーク系の人間で男前だからな。
悪役みたいと恐れられることもない。」
「むぅ、そう言えば『モルス』はブルーアーク星系の昆虫を始祖とする人間だったな。
うらやましい限りだ。」
「うむ、まったくだ。」
「オ前ラ、モウ少シ事態ヲ正シク把握シロ…。

トコロデ長ヨ。
今期ノ各生徒会連合ヨリノ連合会費上納ノ件デ話ガアル。」
「なんだ?」
「リララ教授ノ『壁新聞部』ガ未払イダ。」
「またか。
仕方ない、ワイヤードで督促状を出しておくぞ。」
「……。
いや、いい。
私が直接出向こう。」
アーティ7は言いながら3人の前を横切って部屋の隅まで行くと、自動的に床の一角が四角くせり上がってきて正面部分が開いた。
1号館ビルの生徒会室直通エレベーターである。

アーティ7が乗り込むとソレは静かに下がっていき、数秒後には何の変哲もない床に戻っていた。
 
「アヤツ、果たして大丈夫であろうか。」
「ソウダナ。
前回ノ『壁新聞部』廃部処分ノ急遽取リ止メナド、最近ノ長ニハ不審ナ行動ガ見エル。」
「まぁ、とりあえず、とっとと掃除をすませて下の展望食堂で優雅に食事でも取ろう。」
「異論ない。
今日は頼んでみたいモノがあるので早く行くとしよう。

今朝上がってくる時に1階に置いてあるサンプルで見たのだが、今日の『Cランチ』は凄いぞ。
麦飯に山イモをすった『麦トロ』と、丼飯に麻婆豆腐をかけた『麻婆丼』と、『納豆』の3品でワントレーだ。
もちろんコレに『ライス』がつく。」
「ドレが主食なんだソレ…。
いや、と言うか、ドレがおかずだ?」
「俺ハ『Bらんち』ニシテオクゾ。
『とまとすーぷノぱすた』ト『がーりっくとーすと』ニ『らいす』ノせっとダ。」
「わけわからんな…。」


 
その頃、場末の倉庫を不法占拠している『壁新聞部』の部室では。
「与作ぅが木ぃを切るぅ〜♪」
と懐メロを歌いながら、トーキチローが1人で豆をゆでていた。
 
「うわっ、なにやってんのトーキチローくん!?」
そこへやって来たリララ教授はビックリギョーテンしていた。
部室の表に見た事もない素材の数々が広げられていたからだ。

大きなザルに積まれた生の豆の山に、乾燥した草の山、茶色く固い繊維質が無造作に飛び出ているようなロープ?、濃い茶色のビンに入った白い粉、などなど。

そして部室入口である大シャッターの真正面では、トーキチローが石組みして作った竈(かまど)にて真鍮製の100リットル級の鍋をモノ凄くデカいシャモジでかき混ぜているのだ。
彼はリララ教授に気付くと手を止め、首からかけているタオルで汗を拭った。
「おや、こんにちは教授。
今日はオフだから1日中ラボのほうで研究しまくるって言っていませんでしたっけ。」
「う、うん。
ちょっと一息ついたんで部室に置いといた産業機器総合資料でも眺めよーかと思って来たんだけど…。」
そこまでしゃべってリララ教授はハッとした。
『そ、そーいえばトーキチローくんってばニンジャァだったんだわ!
そして今、私が今日は来ないと思っていたという感じの事を言って驚いていたということは、私がココには来ないと思ったんでココでこんな事をしていたという事だわ!!

てことは私ってば見てはイケナいモノを見てしまったということ!?
ニンジャァってのは秘密を守るためなら仲間も自分も平気で殺せるってタテカワ文庫には書いてあったわ!!

てことはケされる?!
私ってばケされちゃうのぉ〜〜!!Σ(◎□◎;)゛゛゛゛』
「…。
ナニか失礼なことを考えていませんか?」
「いえっいえっナァンニも!!
おーーーっほほほほほーっ!!」
「やっぱりなにかオカシイですよ教授。」
「オカシイとはなによ!
失礼しちゃうわねっ!!」
「逆ギレしないでください。( ̄  ̄;」
「ところでナニしてんの?」
「これですか。
カタログ通販で旧帝星の大豆を取り寄せたので『納豆』を作っているんですよ。」
「ナットォ?

『北大西洋条約機構』なんかは作れないわよね?

……、ああ!
以前データベースで見たことがあるわ!
豆を糸ひくまで腐らせたモノでしょっ!!」
「……。
まぁ、そうですね。
ですが『腐らせる』というよりは『発酵させる』と言っていただきたいところです。
食べ物ですので。
発酵によって旨み成分が増えるのです。
もちろん発酵しすぎては細菌や毒分が増えて、いわゆる腐った状態になるんですけどね。

ちなみに『納豆』というのは、かつて『イスとテーブル以外はなんでも食べる』と言われたチャイニーズすらもが食すのをためらうと言われている、“ユニオンJ”きっての珍味なんですよ。

たしか大陸系の食べ物とは7000年位前に分岐したものだとかで、似たような発酵食品で大陸には『豆鼓(とうし)』ってのが伝わっているんですが、『納豆』みたいに糸をひくように発酵させるのは“J”のものだけなんです。
大陸ではタイ族という民族が似た物を食べていますが彼らのは煮た小黄豆をビワの葉にくるんで発酵させたモノで、粘り気もずっと弱いですね。」
「ふ〜ん、相変わらず物知りだねぇ〜。」
「お褒めにあずかり光栄です。」
「でもそういう知識ってなんの役に立つの?」
「さあ?」
リララはしゃべりながらも珍しそうに材料を眺め、近くの台に乗せてあるロープを手に取ってみて、ビクッとして取り落とした。
「痛っ!
なにこれ!?」
「麻縄(あさなわ)ですよ。
麻という一年草の茎の皮を湯がき、取り出した固い繊維質だけをたばね糾(あざな)ったモノです。
尖った繊維がたくさん飛び出ていますから、肌の弱い教授は触らない方がいいですよ。

ちなみにそれを使って、あっちに積んである、葉を取り茎だけを乾燥させた稲、藁(わら)を縛るんです。
中にはこの半日かけてゆでたアツアツの豆に、あそこの茶色いビンに入っている乾燥納豆菌をお湯で溶いて混ぜ包むのです。
その後は40度くらいを保ちつつ数日間寝かせれば『納豆』の出来あがりですよ。」
トーキチローは今している作業の説明まで付け加えるが、リララには目の前の原始的なロープが興味深いらしく、その荒々しい表面を指でつついている。
「へぇ〜、データベースでしか見た事なかったけど、コレがそーなんだぁ。
今でもあるんだねぇ。

…でも、こんなモノで縛られたら痛いよねぇ。」
「…!!」
一瞬、変な想像をしてしまったトーキチローであった。

多分、『こんな縄で縛られちゃ藁がカワイソウ』とかいうメルヘンティックな例えなのであろう。
頭を左右に振って邪念を払拭するトーキチローである。
 
「コレってこう使うんでしょ?
こう、グイグイって?」
リララ教授が縄をまたいで腰くらいの高さでグイグイと引っ張るジェスチャーをして見せる。

案外ウブなトーキチローは思わず鼻血を噴きそうになった。
だが、常人の1000倍にまで高めてあるチャクラパワーを全開にすることでホトバシる熱い血潮を抑えこむことに成功していた。
「…ふぅ。
危ないところでした。

そういうことはやめてください教授。
私がインドの虹男さんの元で辛い修行を修めていなかったならば、今ごろ教授は血まみれになっているところでしたよ。
(私の鼻血で。)」
ふっ、とニヒルな笑みを浮かべるトーキチローである。

しかしリララ教授は『今頃血まみれ』というところを誤解した。
 
『ががーん!
私のジェスチャーってばウカツにもナニかニンジャァの秘密に触れてしまったのネっ!?

てことはやっぱケされる!?
それともむしろ滅殺っ!?
ちゅか北斗神拳っ!?
ほぁたぁっ!?
ひでぶーーーっ!?』

ちなみに先のリララ教授の発言とジェスチャーは、データベースで見かけたことのある『綱引き』というスポーツを表現していたのである。
綱引きの綱としては、太い麻縄を何本もよって綱にしたものなどを使用するので間違いではない。
やり方は少々間違っていたが。
 
「…とっ、トーキチローくん、…まさか私をヤる気!?」

『『DDヴァリアント』を生身で停止させるような本物のニンジャァだもの、コレわマヂで殺(ヤ)られちゃう!?』
「ええっ!?ヤっ、ヤるだなんてそんな…!!」

『あ、荒縄プレイですか?!
と言いますか「ヤる」って「かしましい」とも読めるあの漢字のですか!?
そう言えば小学生のころ変換キーで確かめてみちゃいましたとも。
あの頃、ボクは若かった。
フッ。』
『わっ、笑ってる!
こあいよ〜!!』
『うっ!
何故だか潤んだ瞳で私を見つめているっ!?
これわどーゆー展開なのですかっ!?』
『逃げようとしても絶対逃げ切れないわ!
となれば意表を突く正面突破が一番有効ね!
ノーガード戦法みたいな原理でスキを作りだすのよ!!』
『はっ!?
何故だかモノすごく怯えたような顔をしながらも何かを決意したような感じでオズオズと歩み寄ってくるのですか!?
こっこれはっ!?』
「トッ、トーキチローくん、…ヤるなら痛くしないでね。」
「ぶっはぁーーーーっ!!Σ( ̄ ̄)」
「きゃぁっ!!」

今度はチャクラパワーが負けたらしい。
トーキチローは鼻腔から大量出血を起こし、そのまま脳貧血に至り卒倒してしまった。
 
「う…、ひょっとして、血まみれってこのこと〜?」
バケツをひっくり返したような大量の血を頭上から浴びながらも、さすがに察しのいい教授であった。
「…。
ナマあったかい…。」
 
トーキチローはオシオキとしてそのまま放置された。
めでたしめでたし。


 
数十分後。
「たかぁさぁご〜やぁ〜♪

押忍!トーキチロー!
本部に寄ったついでに遊びに来てやったぞ、って…、むむっ?!」
結婚式でもないのにイキナリ『高砂(たかさご)』を歌いながらやって来たこの人物、アカデミー5大幹部の1人、士・大玉斎(し・だいぎょくさい)事務長である。

ちなみに『高砂』というのは婚礼の席でよくうたわれた祝言能(しゅうげんのう)の曲名で、高砂・住吉(すみよし)両神社の境内にある名松の由来を老夫婦が語る謡曲であり、かなり古い時代から伝承されてきた歌謡である。
別にどうでもいいが。
 
「むぅ……。
コレは、『殺し』か!?」
唸る大玉斎の足元では、大量出血しているトーキチローが倒れている。

大玉斎はひとしきり考えた後、とりあえずトーキチローが倒れている形にチョークで地面に線を引いて、菊の花束を供え、手を合わせた。
「むぅ、完璧じゃ!!」
「いや…、普通その前にする事があるでしょう…?」
意識はあるものの貧血で動けないトーキチローがへろへろと言う。
「む!
そう言えばワシとしたことがウッカリしておったわい!!

現場検証をして犯人の残した手掛かりとか遺留品とかを探さねば!!」
「そうじゃなくて…、倒れている人を助けたりとかは…?(lll∇ー)_」
「ふぅむ、トーキチローはココで『納豆』の仕込みをしていたようじゃな。
ソコを何者かに襲われた訳か。」
大玉斎はトーキチローの近くに落ちている『血の付いた麻縄』に目を止めた。
彼はそのロープを拾い上げ、右目の『マルチ千里眼スコープ』で詳細な分析を行なう。
付着している血液は間違いなくトーキチローのモノだという結果が得られた。
だがもちろんどこから出血したのかまではわからない。

以上の状況証拠を得て大玉斎の灰色の脳細胞がフル回転し、ひとつの結論を導き出す。
「なるほど!
死因はこのロープで心臓を一突きか!!」
「なんですかソリャーーーっ!?」
「やや!こっちには果物ナイフが落ちておる!
さてはこのナイフで首を絞められたのかっ!?」
「無理です!
スッゴく無理!!」
「あはは、相変わらず仲いいね☆」
部室の奥からバスタオルを首に引っ掛けたリララ教授が出て来た。
数日前に新設したばかりの簡易シャワー室がさっそく役に立ち、すべすべ卵肌になっている。
また、血をかけられた服やリボンはドイツ生まれのイオンクリーナーの威力でもってすっかり綺麗だ。

その姿を見た大玉斎は急に姿勢を良くする。
「お、なんじゃ、教授もおったのか。
では悪ふざけはこのへんにしておくかのぉ。」
「わ、悪ふざけって…。」


 
数十分後。
大玉斎は部室の外に設置された和風の黒いテーブルに着いていた。
ソコにトーキチローが小さめの椀と炊き立てのご飯を丁寧に並べる。
「さ、事務長先生、どうぞ。」
「うわ、くっさーい!
何、ソレ!?」
「コレが出来あがった『納豆』ですよ。
今回は薬味には『長葱』を使っているのでさらに匂うかも知れませんね。

教授も召し上がりますか。」
「いらないいらない!!」
「うむ、お前の作る『納豆』は相変わらず絶品だな。

む、そう言えば、こういう食い方を知っているか?
こう、『納豆』に赤ワインをザブザブとかけるとな、なんと『ワイン納豆』の出来上がりじゃ!」
「違います、ソレ。」
\_-)/←ツッコミ
「ん〜、まだこの方がマシかなぁ…。」
「って、かけて食べちゃってますし〜!!」
ちなみに『ワイン納豆』というのは、豆を砂糖で煮固めたお菓子=『甘納豆』の亜種のひとつである。
間違っても普通の『納豆』にワインをかけたものではない。
「良い子の一口メモ。
『甘納豆』とは文久年間に榮太樓初代細田徳兵衛が作りし銘菓、『甘名納糖(あまななっとう)』から転じたものなんじゃ。」
「へ〜、って、うわっ!
なんか口の奥から臭いよ〜。」
「ふ〜む、まぁいわゆる『発酵食品』の類は食い慣れないと食べられないモノが多いからのぉ。
いわゆる『大人の味』ってヤツか?」
「だったら子供でイイですぅ〜。☆(>△<、)」
「でも栄養成分でも特筆点が多いんですよ。
『ナットウキナーゼ』や『ビタミンK2』といった、『納豆』にしか含まれていない栄養素もありますし、血栓を溶かし、骨粗しょう症にも効きます。
また、匂いの中には『ピラジン化合物』という成分があり、これなんかは匂いを嗅ぐだけで血栓症の予防に役立つんです。」
「でも、よくみんなこんな変なモノ食べるわねー」
「あー、リララ教授、そういう発言は控えておけ。」
「あ、ごめんなさい。
文化批判になっちゃいますよね。」
「いや、とりあえずワシが言ったのはそういうことじゃなくて…。」
「この『クサミ』というのは一つのウマさだぞ。
むぅ、くさうま!
たまらんわーっ!!」
「うわっ!
理事長いつの間にーっ!?」
「まぁ、中にはそういうモンばっか食いたがるヤツもおるしの。」
「こんにちは皆さん。
本日も御迷惑おかけいたします。」
「ああ、気にするな。
まぁその辺で適当にくつろいでおけ。」
「いや、ココ、ウチの部室なんですけど…。」
「おい、フーメイ!
この倉庫の『使用許可』とかはどうなって…」
「ささ!理事長!!
コチラの一番ステキでエクセレントでゴージャスなチェアーを御遠慮なくお使いくだぁさい☆
ほら、トーキチローくん、お茶やお茶うけをお出しして差し上げて。」
「はい。
拙作の『納豆』ですが理事長先生もどうぞ。

具は『みょうが』、味付けは『たまり醤油』と『七味唐辛子』でよろしいでしょうか。
他にも『山芋』や『青じそ』、『しらす干し』なども御用意できますが。」
「ふっふっふっ、ソレらはたしかに豪華で『納豆』との相性も良く、食感・栄養面でも申し分ない組合せだ。

しかし!
オーソドックスという名の飽食的マンネリは円熟の技とも言えるが膠着した時代の映し鏡にすぎないかも、という訳で貴様の『味』はまだまだ若いぞ!!」
「なっ…!
で、では、コレ以外にどんな食べ方が!
いえ、コレ以上のどんな『味』があるとおっしゃるのですかっ!?」
「Wow!
まるでグルメ漫画ってヤツみたいだワ!」
「ふっ、ここはひとつワシが実践している食い方を教えてやろう!
シンプルイズベストを地で行く『醤油』と『きざみ葱』と『和辛子』だけのコンビネーション!
されど秘伝は薬味にあらず、その混ぜ方にある!!
なんと、かの美食家、『北大路魯山人(きたおうじろさんじん)』先生が編み出した『納豆』そのものの旨みを引出す方法だぞ!!」
「お、お前が人を『先生』なんて呼ぶの初めて聞いたぞ。
いつも『アインシュタイン』や『ホーキング』も呼び捨てにしてるくせに。」
「あー、そんなヤツらはどうでもいいわ。
それよりもやはり『魯山人』先生と『道場六三郎』先生は外せないな!!」
「お前本当に科学者か…。」
「ね、ね、フーちゃん。
『キタオージお産寺院』、って、なに??」
「『北大路魯山人』、人名です。
A.D1883〜1959。
“J”の陶芸家であり美食家としても名を知られています。

氏の著書、『魯山人味道』の中では、納豆をまず何も入れずに305回かき回す、醤油を入れてからさらに119回かきまわす、と書かれているようですね。

こうすることにより、現象としては空気に触れさせることでアミノ酸という旨み成分と甘味成分が増加するようです。
また粘質物を構成しているアミノ酸であるグルタミン酸のポリペプチドとフラクタンの混合物が分解し臭みも弱まります。
そして糸や豆の中に封じ込められていたグルタミン酸が表に出てきて旨みが増すわけです。
ちなみにグルタミン酸は昆布などの旨み成分と同じモノです。

しかしコレだと味は良くなるのですが糸の引きが弱くなるので、『納豆』の糸引く食感が好きな方には敬遠する方も多いようですね。」
「へー…。
(どーでもいいや。)」
「では、実践してみましょう。」
フーメイは言うなり箸を右手に構えると左手で持った『納豆』入りの椀に挿し入れ、次の瞬間、それこそ目にも止まらぬ早さでダカカカカッ!と反復運動を始めた。
「…まっ!ちょっと待てぇ!
早過ぎる!!」
「…は?」
瞬時にフーメイの動きが止まったが、すでに椀の中は薄茶色いホイップになってしまっている。
「あ〜、スゴい混ぜ方をするから『納豆』の豆が潰れてペースト状になってしまったではないか。」
「まるでピーナッツバターのようになりましたね。
これが『魯山人納豆』ですか。」
「違う…。」
「ああ、そういやアメリカ人は『納豆』にピーナッツバターを混ぜたりするらしいな。」
「え〜〜〜?」
「な!
そ、それは、また…。」
「ほら、理事長先生までショック受けてるJAN!
気持ち悪い食べ方を言わないでくださいヨ。」
「う〜む、カルチャーシッョクだ。
さっそく試してみよう。」
「えーーーっ!?」
「かちゃかちゃかちゃ。ずびずび。

う〜む、なんと深い味わいだ!
このピーナッツのなめらかさと、品のない砂糖の甘味が、『納豆』の匂いと一期一会のハーモニーをかもしつつゆらゆらと天に立ち昇って行くようだ…。」
「おい、お前、今“J”のピーナッツバター入れたじゃろ。
アメリカのピーナッツバターには砂糖は入っとらんぞ。」
「そういうことは先に言わんかっ!!」
「かき混ぜる前になんかおかしいと気付けよっ!!」
「いや、別にマズくはないからおかしかないんだよ。
俺はアメリカンスタイルで食いたいだけだし。」
「おかしくないのかよっ!!」
「『砂糖を加えると泡立ちがよくなるので入れる地方もある』、と『美食アカデミー』から取り寄せた『納豆文化全集』にありますが。」
お、おかしくないのかっ!!

…そ、そう聞くと興味あるな。
ちょっと試してみようかのぅ…。」
大玉斎は素の『納豆』に砂糖をかけ混ぜてみる。
たしかに普通よりも白く細かい泡が立ち、全体のカサが増えたと感じる程である。
ソレを箸でつまみ、一口食べてみる。
「む、むむぅ…。」
「あ、ちなみに醤油と一緒に入れるというデータがあるのでして、砂糖だけ加えて食べるという話ではありません。」
「ぶふーっ!Σ( ̄。 ̄)))
こ、こら!
フーメイ!!」
「はい?」
「あ、フーメイさんもいかがですか、『納豆』。」
「ありがたいですが御遠慮いたします。
私の故郷では『納豆』みたいな腐った豆は食べませんので。」
「いえ、腐っているわけではなく発酵しているんです。
それに『臭豆腐』に比べれば特に奇妙なモノでもないでしょう。」
「ちょ?
『ちょぉとぉふ』?
って、ナニ?」
「『豆腐』にカビを生やし塩漬けにしたモノを麹や紹興酒で仕込み数ヶ月間熟成させたものです。
私の故郷では皆ソレを熱いご飯にかけて食べます。」
「ああ!アレもウマいよなー!!」
「でもソレが臭気レベルでは『納豆』の約6倍という凄まじいモノなんです。
以前中華街に行った時にナニかの腐敗臭のようなモノが漂っているので不思議がっていたら、ソレを油で揚げているんですよ。
するともう町中その匂いで充満するんです。
あんなのこそ腐った豆じゃないですか。」
「腐っているわけではありません。
知らない方が見たら食べられないと思うレベルまで発酵が進んでいるだけです。
第一、『臭豆腐』は『納豆』みたいな不気味にヌルヌルとした糸を引いたりはしません。」
「まぁまぁ。
『青カビの生えた発酵乳』を食べる種族よりはマシなんじゃない?」
「『ブルーチーズ』ですか。
それは確かに。」 ←日本人。
「私も異論ありません。」 ←チャイニーズ。
「うむ、まぁな。」 ←日本人。
「ん〜、とりあえずノーコメント。」 ←日本人。
「あ…。」 ←金髪碧眼の白人さん。
「それって私がこの中で一番悪食だってことっ!?
みんなそう言いたいわけ!?
ねぇっ!?」
「おいおい、今のネタをふったのはお前だろう!?」
 

 
いっぽう、『壁新聞部』の部室前にはアーティ7が到着していた。
「ふふ、トーキチロー様…。
私が突然訪問したら驚くかな…?

おや?
なにやらテーブルを出してみんなで囲んでいるな。
お茶の時間なのかな?」
とその時、ちょうど風向きが変わりアーティ7の元にも芳しき香りが届いた。
「って、くっさーっ!!
なっ、なんの臭いなのだコレわっ!!?」
「あ、会長さんだ!

ねぇねぇ、これって『納豆』って食べ物のニオイなんだけど臭いよね!?
たまんないよね!?」
「うむ、まったくだ!!
コレが食べ物のニオイだなんて信じられんわ!!
いったいドコの誰がこんなヒドいニオイの物を食っているのか見てみたいわ!!」
「ソレは聞き捨てならんな!
このニオイがあるからウマいんだぞ!!」
「こら理事長、からむな。
食い慣れておらん者にはただの腐臭としか感じられんはずじゃぞ。」
「おや、理事長先生、事務長先生。
御機嫌よう。

と言いますか、このニオイの元は理事長先生ですか。
他所(よそ)の食文化をとやかく言うつもりはありませんが、コレは少々臭過ぎです。」
「なにを小癪なっ!
こんなウマい物を『臭過ぎ』とは許せん!!
だいたいニオイだけで判断するな!!
料理は見た目も肝心!
フレンチなどは『目で食す』と言うくらいだ!

ほら!
この発酵した大豆の深い茶色に絡む、素晴らしい粘り気と泡立ちの白!
そしてソコに散りばめられた長葱の青の絶妙なハーモニーを見よ!!」

 
ぬとぬとぉ〜ん…~〜
 
うっ…!!
糸引いてる上に泡立ってるじゃないですかっ!!
そんなモノを口に入れるなんて正気ですか!!」
「そーよね?そーよね!?
もっと言ってあげちゃって!!」
「ちなみに大豆に含まれるダイズたんぱく質は納豆菌により分解され、その約60%が水溶性に、約10%がアミノ酸に分解されます。
そしてさらに分解が進行するとアンモニアが生成し、この特徴的な臭いの一部となります。」
「あ、あんもにあ臭なのか、コレ!?
くっはー!
食いモンじゃねぇーーーっ!!」
「こら!フーメイ!
どっちの味方だっ!?」
「別に。」
「まぁまぁ理事長先生、ココはリララ教授のおっしゃるとおりでしょう。
『納豆』は会長さんにはキツいですよ。」
「なに!?
せっかくお前が作った、このウマい『納豆』がバカにされてるんだぞ!?」
「ぇ…?
コレってトーキチロー様が作ったのか!?」
「ええ、まぁ。」
そう聞いた途端、彼女は手近の椀をスゴい勢いでたいらげた。
「うむ!
ウマいぞ、トーキチロー様。
見事なお手前だ。」
「か、顔色が悪くなってますよ。
大丈夫ですか。」
「大丈夫だ、心配ない。

あぁ、トーキチロー様の手料理を食べたうえにトーキチロー様にこの身を案じてもらえるとは、幸せだ〜…。
~(;@▽@lll)。・:゜’★,。・: ゜’☆」
「ううっ!
まるで手の平を返したような見事な変わりッぷり!!
こいつぁかなわねーー!!」
 

 
夕刻。
生徒会室。
「長(おさ)よ。
ひとつ聞いて良いか?」
「なんだ?」
「このエラいにおいが漂う山積みの藁束はなんなのだ?」
「……。
『壁新聞部』からせしめた連合会費。
「……。
何?」
『い、言えぬ…!
臭くて食えたものではないのに思わず調子に乗ってトーキチロー様から出来たての納豆を大量にもらって来てしまっただなんて、とてもではないが言えぬ!!』
「てゆーかモルス!
貴様たしか『納豆』好きだったよなっ!?

食え!!
てゆーうか食ってください!!」
「なっ、なんなんだ一体!?」
 

 
同時刻。
『壁新聞部』の部室。

今日はバイトを終えたおギンが立寄っていた。
 
「あ〜、も、くっさいわぁ。
こっち来んな兄者。」
「ん?
そんな臭うか?」
「ウチに向かって喋んなって!
くさいんやから!
まったく、ようあんなもん食うで、ほんま。」
「あれ?
おギンちゃんってトーキチローくんと同じ国の人でしょ?
なのに『納豆』きらいなの?」
「や、同じ“J”の人間でもな、関西人には『納豆』食うっていう遺伝子がないんや。
あんなヌタヌタベトベトのモン、食おうってヤツの気が知れへんわ、んまに。

あ?
な、なんや、お嬢チャン!?」
「な…、仲間…。」
「って、くっさ〜い!
何、この肥料みたいなにおい!?」
「ん?
ああ、ギンナンや。
本部第一公園にいっぱい落ちとったから拾うて来たんよ。
ほら、このビニール袋いっぱいに。」
 ぷ〜ん…。
「コレを数日間水ん中に漬けといてな、周りのくさいトコがボロボロに崩れたら真ん中の実を取り出して炒めて食うんや。
コレが結構イケるんやで。」
「……。
みんな敵だ…。」
「えーっ?!
な、なんやの?
お嬢チャンどないしたん??」
 
秋は食欲の秋。
天高く馬肥ゆりますれども、異文化の食べ物にはなかなか理解が及ばないモノでありまする。
 


今度こそ第7話に

つづく

…ってまたこのパターンっすか!?Σ( ̄□ ̄;)



Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers. Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"