『年忘れスペシャル 〜大晦日〜 「年末ヒッパレ」』


『大宙暦』。
それは現在の大銀河帝国が全銀河の領有権を獲得した時に設けられた『大銀河帝国標準暦』である。

ただいま大宙暦は6年。
その12月31日午後10時。

GSアカデミー本部エリア中央区画。
建ち並ぶハイテクビル群が人工の光により明るく照らし出されている。
しかしこの時期ばかりは里帰りをする者も多く、アカデミーのハイテクな空間にもいつもよりも静けさが漂う。


そんなアカデミー本部エリア中央区画の中の中。
ビルとビルの狭間になぜか一軒だけ木造2階建ての一般住宅とおぼしい家がひっそりと建っているのを知る者は少ない。
 
 
第一幕
幹部会の大晦日、之巻

 
「おーす!
士・大玉斎(し・だいぎょくさい)、ただ今帰還したぞー。」
こちらはその一軒家の中、1階の居間。
襖を景気よく開けて大玉斎(だいぎょくさい)事務長が部屋に入って来た。

両手いっぱいに紙袋を下げた格好で、胸には宇宙港での入星チェックに使うワッペンを貼りつけたままだ。
6畳タタミ敷きの部屋の中にいたビッグG理事長は、こたつの上に置いたディスプレイに視線を向けたまま「おぅ。」と返事だけしている。
「む?
なんじゃ理事長、またぞろエロサイトなんぞ見ておるのか?」
「うむ、さっきなかなかイイとこを見つけてな…。
お、お前も見てみろ。
コレなんか今じゃスタレた6面交差投影式の立体映像装置に対応しているぞ!
えーと確かアッチの奥に、プロジェクターがあったはずだな。」
ビッグG理事長はそう言うと魔王のような漆黒のマントを引きずりながら、部屋の片隅にうずたかく積まれた旧式のコンピューターやAV機器の隙間に入りこんでいってなにやらゴソゴソとしている。
大玉斎事務長は両手いっぱいに下げた紙袋を静かに下ろすと、腰に差した2本の刀をベルトから外して、雑然とした畳敷きの上にアグラを組んだ。
「それにしても、まったく好きじゃなぁ。(◎Mー)=3
しかしワシはそっち系には800年くらい前から興味がないって言っておるじゃろうが。」
「まぁそう言うな。
それで、そっちはどうだった?
『惑星アラーケ・ジャンボサイト』の『ギャラクシーホビーフェスティバル6』と『ユニバーサルコミックマーケット6』だっけか?」
「両方とも年2回開催だから『12』じゃよ。
掘出し物は結構あってな、『ジンクロン合金・ノコギリ怪獣ガイガン』のオリジナル品とか、色々とな。」
「なにぃっ!?
それってたしか宇宙移民が始まる以前の旧帝星で作られたって言う怪獣オモチャだろ!?
そんなもんが現存してるのかっ?!」
「ワシが若い頃にはすでにプレミアトイじゃったからな。
さすがにどれだけ保存を良くしといても箱はほとんど粉になってるし素材は劣化してるしヒドいもんじゃ。
しかも、どうにか値切ったうえでも大帝星の一等地にビルが2〜3軒は建てられるぐらいの値じゃったゾ。」
「そりゃ文化遺産レベルのアイテムだからなぁ。
どれどれ見せてみろ。」
「お前は扱いが荒いからダメじゃ。」
「ケチケチすんなよ!このケチ!!」
「だったら手袋したままポテトチップのノリ塩とか食いやがって、さらにそのままキーボードでも本でもペタペタ触る癖を直さんかぃっ!!」
「事務長、おつかれさまです。
何か召し上がりますか。」
2人が言い争っていると、居間の奥に下げられた玉暖簾(たまのれん)を手の甲で少し持ち上げるようにしてフーメイが顔をのぞかせた。
奥からはぐつぐつと音を立てる鍋などからダシや醤油と思われる良い匂いがただよってくる。
どうやら台所で煮物などを作っているのだろうか。
「むぅ、気を使わせてすまんな、フーメイ。
そう言えば今日は大晦日じゃったな。
ソバとかあるかの?」
「はい。」
「有ったらえび天とかものっけてくれ。」
「ワシにもくれ。
『タヌキ』な。」
「……。
え?『タヌキ』ですか?
ああ、
はい、
了解しました。」
「…い、今の間はなんじゃ!?
一体なんだと思ったんじゃろうか?」
「いや、さあなぁ??」
「ビッグG、『丸焼き』でよろしいですか?」
「待てーー!
なんの『丸焼き』だぁーーーっ!?」
「…『タヌキ』?」
「おいおい!
『タヌキ』なんぞどこにおるんだっ!?」
「一昨日、裏山で発見して飼育しようかと思い捕獲しておきました。
ほら、こちらに。」
『きゅー☆』
「こら待て、よく見ろ!
しっぽがシマシマではないか!!
それは『アライグマ』だ!!」
「…。
では、『アライグマ』の『丸焼き』?」
よし!!
「「よし!!」じゃねぇーーーっ!!」
「ごめんなさいね、実は『アライグマ』だった『ポンポコくん』。
短いお付き合いでしたが、せめて一瞬で…。」
「待たんかフーメイ!!
そのいやに切れ味の良さそうな牛刀をしまえーーーっ!!
だいたい理事長が言った『タヌキ』ってのは、『キツネ』と並ぶソバやウドンの種類のことじゃっ!!」
「え?
そうなんですか?
それの一体なにが『タヌキ』なんですか?」
「ワシは『アライグマ』でもかまわんゾ。」
「貴様!
なんでそう得体の知れないものを食いたがるんじゃぁっっ!!」


 
「よいしょっと。
有ったぞ投影機。
どれどれ、動くか?

…あー、ダメだ。
6面のうち2面の発振球が切れとる。
どっかにスペアの球があったはずだがドコだっただろうか?」
「エロなんぞのためにそんなに張り切りおって。
まったく不健全なジジイじゃわい。
(ガサゴソ)
おお!
おおお〜〜〜っ!!
コレなぞは削り出しで作ったと言っておったが素晴らしい精度じゃ!
ここんとこのラインが!ここが!!こう!!!
くぅーーーっ!」
ビッグGが独り言を言いながらジャンク品の棚をガシャガシャとひっくりかえしはじめているのを尻目に、
大玉斎はイベントで買ってきたアマチュアディーラー製の『大銀河帝国宇宙軍シリウス方面艦隊第一師団旗艦シュタールス・マルセス号 1/2000スケールキット』の艦底面パーツを人差指でツツーッとなぞりながら身悶えしている。
「なんか、お前のほうがよっぽど不健全な気がする…。」
「ところで、幹部会の他の連中はどうした?
毎年大晦日にはここに集まることになっておったと思うが。」
「『学園長』は出向先での研究が忙しいらしい。
『蒸気将軍』と『総務課長』は帝室からの要請で年明けのスピーチをしに大帝星に行っとる。」
「…。
ひょっとしてワシらってエラくサビシい奴じゃないか?」
「役職でチヤホヤされるほうがよっぽどサビシいだろ。
それよりもワシらは自由な時間の有効利用だ!!」
「有効なのか、この状況…。」
ごーんん… ごーんん…
「お、除夜の鐘じゃな。」
「お待たせいたしました。」
フーメイが湯気の立っているお椀を並べたお盆を持ってやって来た。
と、その時、除夜の鐘の音に混ざってドーンという破裂音のようなものが遠くから響いた。
「む?聞こえたか、理事長。」
「ニューイヤーセレモニーの花火の音ではないな。
フーメイ!」
「お待ち下さい。」
フーメイは少しうつむいた。
すると影になったゴーグルと顔の隙間がかすかに明滅しているように見える。

彼女は常時アカデミー中の情報網に直接リンクしている。
ただの飾りに見える花びらのような髪止めと、大きく広がる6本の髪の房の先端に付いている刃物のようなモノはそのためのアンテナの役割も果たしているらしい。
彼女は情報世界を飛び交う無数の情報の中から関係があると思われるモノをピックアップしつつ、確定していく肝要な事実のみを順次報告し始める。
「ラボエリアにて爆発、火災発生の模様です。
場所はR−1ブロック。
リララ教授のラボです。
ガーディアンズは既に展開中。
AS(アカデミーセキュリティーサービス)も動いています。」
「むぅ、教授の所か。
まぁ、ASが出動したのなら任せておけば大丈夫じゃろう。」
「…異常事態です。
リララ教授のラボの周囲に時空震が確認されました。
不明物体出現。
数、1。
30mクラス。
高エネルギー反応。
種別、赤。
『極次存在』の可能性。
…ラボ内への緊急回線を含む全ての回線、断絶。
接続先のデバイスが存在しません。
建物そのものが倒壊、もしくは消失の可能性。」
フーメイの淡々とした口調による報告を聞いてビッグGと大玉斎は顔を見合わせた。
けっこうトンデモないことになっているようだ。
「あーあ。
じゃあワシはホウライ神社に初詣に行って来るわ。
あとは任したゾ。」
「って、待たんかーいっ!!
「『君子危うきに近寄らず』だ!
さらば!!」
ザガッザガッ シュゴォーーーーッ
「むぅ、今日はブースター付のローラースケートを用意してあったのか!
なんと逃げ足の早い奴じゃ…!!
しかし『総務課長』も留守となると、事後報告のためにもワシが行ってやらにゃならんか。」
「ビッグGに任されましたので私も御一緒させていただきます。
ところで、召し上がって行かれますか。」
フーメイがさっきから持っているお盆を差し出した。
のっかっている『ウドン』のうち1個には肉が入っているのが見える。
「……。
『アライグマ』?」
「ただの『肉ウドン』です…。」
 
第ニ幕
タヌキとキツネ、之巻

 
「リララ教授から本日午後よりの『亜空間転送実験』の届出がされていました。
それが『時空震』と『不明物体の出現』に関連していると思われます。」
「なるほど。
って、うはー、こりゃスゴいわい!」
赤く染まった夜空に黒い煙がもうもうと立ち登っていく。
群がり来ているASやガーディアンズ、そして消防隊の特殊車輌達の向こう側、リララ教授のラボがあるハズの地点がその原因である。
しかしソコにはすでにラボはなく、得体の知れない巨大なピンク色のミジンコのようなモノが、炎を上げる瓦礫の中でうごめいている。
ASや消防隊はソレを遠巻きに囲んでいるが、特に何をしているわけでもないようだ。
手を出し兼ねているというところか。

その様子を見ながら大玉斎とフーメイが早足で歩いていくと、赤いコートのASの1人が駆け寄ってきた。
ビシッと敬礼をするその肩には隊長クラスと示すワッペンが輝いている。
「御苦労様です!∠( ̄∧ ̄)」
「ああ。
さっそくじゃがラボの中は走査したか?」
「はい、非常用レスキューセンサーで内部をサーチしました。
結果は、ID信号なし、ID非常信号なし、レスキューコードなし、ビーコンなし、生体反応なし。」
「ってことは生死を問わずも、あの中には誰もいないってことか。」
「おそらく。」
「まぁ、教授ならどっかに逃げとるじゃろ。
となると問題はあのデカブツだけか。
わかった。
では今より消防隊とレスキュー隊はR−1ブロックの外まで後退するように。
ASも後退し待機せよ。
フーメイ、『コマンドマスター』に今の情報を回して『ガーディアンユニット』も後退じゃ。
しかし学園長はまだ呼び出しに応じんか?」
「はい。
今しばらくお待ちを。」
ラボエリアR−1ブロック。
ココはリララ教授のラボが中心地点に建てられた半径3kmの特別ブロックである。
この区域には、整地もソコソコな原っぱにリララ教授のラボが一軒だけ建てられているのだ。
しかし、だからと言って特別に優遇されているからとかいうわけではなく、今みたいなこういう事態がありうるから辺りに人気のない場所に特設されているのだ。
…隔離されているとも言うかも知れない。

ソコに集結していた特殊車輌や大型防衛ロボット群が大玉斎事務長の指令で整然と引き上げていく。
その場に残っているのは事務長とフーメイだけだ。
「事務長、学園長とのラインがつながりました。
あ、いえ、切れました。」
「な、なにぃっ!?」
「伝言です。
『ソコに出現しているのは専門外のザコだ。生体でもないしサンプルもいらんから適当にやってくれ。』
以上です。」
「そうか。
『極次存在』でもBクラス以下だと言うのなら楽でいい。
サンプルを採らせろとか言われると面倒でかなわん。」
『極次存在』、ソレはこの宇宙に稀に存在する謎の超高次存在である。
高エネルギーで構成されたソレは個体ごとに様々な形質を持つ。
しかし共通している性質がひとつだけある。
それは、「他の『存在』に対して極めて非友好的である」ということだ。
一口で言うと「とても危険」。

大玉斎は腰に差した2本の刀をスラリと抜き放つ。
『霊刀・緋雨大蛇(れいとう・ひさめおろち)』と『冥刀・織雨蛟(めいとう・しぐれみずち)』。
彼がその刀を手にした時、この世に切れぬ物なしと謳われた名刀達である。

その圧倒的な霊力を察知したのか、目の前に横たわる30mはあるピンク色の巨大なミジンコのようなモノが動き出した。
体に比していやに長い無数の脚で大地を掴み立ちあがると、その体側が20mくらいに渡ってガパッと開き、そこに現われた巨大な瞳が大玉斎をギロリと睨みつける。
「遅い!
『奥義・如来活殺(にょらいかっさつ)』!!」
大玉斎が剣の腕前とサイボーグボディの特性を生かしたスゴいアクションで巨大ミジンコに斬りかかる。

一見、その大きさの差があまりに違うために滑稽に映る光景だが、大玉斎の奥義は実体のない刀気で相手を斬る『気』と『気』の相克であり、対象の大きさは問題にはならないのだ。

旧大戦中の記録によると、宇宙空間を走るように移動し刀で宇宙戦艦を両断にする『剣聖』を見たという兵士達の聞き書きが残されている。
公的な記録ではないしその実在を信じる者はほとんどいないが、彼こそが噂の『剣聖』その人なのである。

果たして大玉斎が放った宇宙戦艦をも両断にする一閃は、しかし、ミジンコの体に触れることはなくその軌道が捻じ曲がった。
「むぅ!?バリアーか!
多少は歯応えがありそうじゃな!!」
「帯状相転移空間による空間障壁の展開を検知しました。
事務長、サポートいたしますか?」
「無用じゃ!
お主も退がっておれ!!」
ミジンコはその巨大な目で大玉斎を見下しながら次は自分の番とばかりに無数の脚で次々と突きを繰り出してきた。
2人は走りながらその巨大な脚の間をすり抜けて行く。
「助かります。
ちょっと別の用事ができましたので一旦失礼させていただきます。」
フーメイは大玉斎だけに聞こえるよう言い残すと、ミジンコの攻撃を避けているように見せかけて木々の茂みに飛び込んだ。
ミジンコはそのまま走り続ける大玉斎を追いかけて行く。


フーメイはその様子を確認すると、ある地点から死角になるように木々の間を移動して行った。
そして目的の地点、1本の大木の根元まで来ると頭上を見上げる。
さっき移動している時に気付いたのだが、そこにフーメイの展開しているセンサー網で一切解析できない空間があった。

フーメイはビッグG理事長のボディガードもしているため、非常時に備え自分の周囲に強力な『センシングフィールド(科学解析空間)』を張り巡らせている。
どんな武器や暗器を隠し持った人物、またはサイボーグやロボットが接近して来ても、瞬時に分析し対応する事が出来るように。

そのための、それぞれが強力な超音波・電波・熱・金属・赤外線・X線などの複合センサーによる『センシングフィールド』は、大抵のジャミングやアンチセンサー処理ならば、少なくとも1つか2つの機能が突破しその正体を知る事ができる。
しかし頭上の空間にはそれらの機能がまったく通じない。
まったくもって怪しすぎる空間である。
おそらくかなり高度な『アンチセンサーフィールド』を展開しているのだろう。

彼女は暗闇に目を凝らした。
すると遥か上方の枝に植物の一部とは思えない半透明な影が2つあることに気付いた。

光の屈折がイタズラに映し出す、『光学擬態』の死角。
この効果を得るために、ちょうど月を透かすような角度に入り込んだのだ。
人影であろうか。
あの位置からならばリララ教授のラボがよく見通せるであろう。

ラボの方に目をやると、今は事務長とミジンコがドカーン!バギュゥゥゥン!どどぉぉぉぉん!と戦っていて結構うるさい上に振動や風もひどい。
チャンスである。

影のいる高さは大体12m。
幹の下の方3m位にはまるで枝が生えていない直径1.5mくらいのズン胴な木のため、普通の人間なら何の用意もなしには登る事すら出来そうにない。
しかしフーメイは深く膝を曲げると、次の瞬間大きくジャンプし、一気に5m位のところにある枝に両手をかけていた。
そして逆上がりの要領で上の枝の位置にまで足を跳ね上げ、左足の甲と足首の間で上の枝を捕えると反対側の足のつま先で枝の下側を押さえ込み、踵の方へと足を丸め込むようにしつつ膝を曲げて上半身に勢いをつけることで振り子運動で枝の上側へと上がり込む。
そして両手を上の枝にかけ…。

このプロセスを数回繰り返す事により、フーメイは難なく2人のいる高さまで上がって行った。
しかし彼らに動く気配はない。
下の様子に見入っていてフーメイには気付いていないようだ。


しかしかなりの近距離まで近付いた事で、かすかにだがその2人のIDコードが検知できた。
「…こんばんは。
トーキチローさん。おギンさん。」
「わぁ!ビックリしたー!!」
フーメイが状況にそぐわないほどに普通な挨拶で声をかけると、枝の上にいた2人は思わず声をあげた。
おそらく見付かったうえに、ここまで登って来られる者はいないはずと油断していたのだろう。
名前まで見透かされた相手はスグに『光学擬態』を解いて姿を現した。

普段はなぜか大抵リララ教授と一緒にいるトーキチローと、夏に海で出会ったおギンだ。
「こんばんは、フーメイさん。」
「や、やあ!フーメイはんやないか!!
ひっさしっぶりっ!!
なんや、こないなところでどないしはったん?!」
「それはどちらかと言うと私のセリフです。」
「いっ、いや!
ウチらはリララはんのラボが大変なこっちゃーと聞いて様子を見に!
なぁ兄者(あにじゃ)!!」
「こんな人目につかないうえ危険な場所で、それもかなり高度な『アンチセンサーフィールド』まで展開して、ですか?」
「すみません、少々訳ありでして。
しかし決してフーメイさんに御迷惑をおかけするようなことはしておりません。」
「…。
そうですか、信じましょう。」
「ありがとうございます。」
「うわっ、なんやウチが言うた時にはつっかかってきたくせに!
ヒイキやヒイキ!」
「…。
そうですか?」
3人はそのまま無言になってしまい、しばし下の様子を見ていた。
リララ教授のラボの跡を大玉斎事務長と巨大ピンクミジンコが蹂躙し、さらに瓦礫の山へと変えていく。
そんな中、ふいにフーメイが2人のほうに向き直った。
「ところで、お名前からしてトーキチローさん達はユニオンJの方ですよね。
教えていただきたいことがあるんです。
ソバやウドンの種類の『タヌキ』とか『キツネ』とかってなんですか?」
「え?
ああ、今や銀河5大ヌードルに数えられるソバやウドンはユニオンJが発祥の地ですものね。
いいですよ、知っている限りお教えいたしましょう。
しかし、なぜ突然そのようなことを?」
「ビッグGが食べたがっておられたようなんですが、学術データベースには資料がなかったもので。」
「はぁ、それはなさそうですね。」
「ではまず『キツネ』から。
『キツネウドン』というのはですね、ユニオンJの大阪は南船場に『明治26年創業・本舗松葉屋』というお店がありまして、そこで作られたと聞いてます。

お寿司に『稲荷(いなり)寿司』というのがありますよね。甘く煮た『油揚げ』にご飯を詰めたものです。
『松葉屋』のご主人は元々は寿司とうどんを出すお店に奉公していたそうでして。
そして、うどん屋として独立するおりに新しいメニューとして『稲荷寿司』から発想を得た『油揚げを添えたうどん』を考案したんだそうです。」
「…。
それがどうして『キツネ』なんて名前なんですか?」
「それはですね…」
「まず『稲荷寿司』っちゅうんが『油揚げ』やろ。
せやから『油揚げ』言うたら『稲荷』や。
で『稲荷』言うたら『キツネ』さんや!
関西エリアにはな『伏見稲荷』っちゅー商売繁盛の総本山があるんよ。
商人(あきんど)達の神様やぁ☆
『キツネ』さんちゅーのはその稲荷さんのお使いなんや。
せやから社に行くと『キツネ』さんが、こう、両脇に2匹いてるやろ?」
「さすがだおギンよ。
初期はそれにちなんで『油揚げ』は2枚だったらしい。
さらに『魚の擂り身の天ぷら』と一緒に『かけうどん』に添えて出されていたという。
ところで別に『伏見稲荷』限定ではないからな。」
「なんでやー。
『稲荷』さん言うたら『伏見稲荷』やで、ふつー。」
「その『ふつー』ってのが普遍的常識ではないのだ。」
「なるほど、よくわかりました。
それで、『タヌキ』というのは?」
「あ、『タヌキ』言うたらアレやろ?
『ソバ』に『油揚げ』のっけたやつ。」
「そういうモノだったんですか。」
「待て、おギン。
理事長は果たして関西人か?
もし違うとすれば『天カス』を『ウドン』か『ソバ』にかけたものという可能性もある。」
「……は?」
「『タヌキ』というメニューは関東エリアでは『カケウドン』か『カケソバ』に『天カス』をのせたものなんです。」
「待てや、兄者(あにじゃ)。
それは『ハイカラうどん』とか『ハイカラそば』とか言うもんやで。」
「…は??」
「いや、関東エリアにはそもそも、その『ハイカラなんとか』というメニューは存在しないんだ。」
「ほんまかいな?
『ハイカラ』もんがないとは遅れとるな〜!」
「そういう問題ではない。
そもそも『キツネ』は関西発祥だが、『タヌキ』は関東発祥のものだ。
詳しい事は『キツネ』ほどはっきりとはしていないが。」
「そうなんですか。」
「ええ。
一説によれば江戸時代、『衣を大きく広げたイカの天ぷら』を乗せていたものらしいです。
それが見た目の割に中身が少なくてダマされることから『タヌキ』と…」
「ダマすんやったら『キツネ』もダマすやんか?」
「関東の『ソバ』と『ツユ』は、関西人が初めて見たら『墨汁入りかと思う』と言われるほどのものだぞ。
そして更に江戸風天麩羅は香りと揚げ上がりを重視するため『ゴマ油』を使うから濃い褐色になる。

関西の白いダシと麺によるものが『タヌキ』みたいなイメージがないのと同様に、関東の黒いものには原初的に『キツネ』のイメージはない。」
「なるほど。
『稲荷』さんのお使いは『白ギツネ』さんやしなぁ。」
「まぁダマすと言えば聞こえは悪いが、豪勢に天ぷらも食べられないような人達のために安い値段で出したものらしい。
『タヌキ』というのは人をダマしはするが太っててドジで実は人がいいというイメージもある。
そう言えば『年越しソバ』というものは元々はソバ屋の旦那が仕事納めに振舞ったものだと聞くし、なにやら庶民のにおいがする食べ物だな。」
「結局、『タヌキ』というのは『貧乏くさい天ぷらソバ』ということですか??」
「いや、まぁ、一説ですから。
他には、『天ぷら』から中身、すなわち『種』を抜いたものだから『種抜き』と呼ばれていたという説もあります。
これが江戸なまりで『タヌキ』に変化したというものです。

それから『タヌキ』と言うと『ウドン』もあるわけですが、『ウドン』と言えば他にも餅の入った『チカラウドン』や卵の入った『月見ウドン』などがあるのです。
そのへんの豪華な具を一切入れないストイックなものとして『他抜き』だとする説もありますね。」
「なるほど、大変興味深いお話です。
…。
個人データの検索ができました。
データによると、ビッグGの出身地は関西と呼ばれるエリアに属しています。」
「ほらぁ、ウチの言うたとーりやん!」
「ああ、では『ソバ』に『油揚げ』のほうですね。
すみません、関東エリアのほうの話までしてしまって。」
「いえ、大変勉強になりました。
本当にトーキチローさんはなんでも良く御存知ですね。」
「なぁ、無視せんでぇなぁ。」
「ところで、『アライグマ』はないですよね。」
「え…?」
「いえ、なんでもありません。」
 
ずざざざざざーっ
「集え!森羅万象(しんらばんしょう)の力!!
うおおおおおおーっ!!
『秘技・世音黎舞(ぜのんれいぶ)』!!」
しゅぴぃぃぃんっ
どっぐぉがっしゃあああああああああ! !
轟音と衝撃波が辺りを揺るがす。
下の方では事務長が『なんだかよくわからないけどスゴい必殺技』を繰り出してミジンコを倒したようだ。
 
「終ったようです。
では私は事後処理がありますので失礼します。」
「御苦労様です。
では我々も退きますので。」
「あ、フーメイはん、ひとつ教えてぇな。
なんでウチらがココにいるってわかったん?」
「…あなた方がいるとわかったキッカケは『アンチセンサーフィールド』です。」
「え?
ウチが作ったんやけどバレバレやった?」
「いえ、かなり高度な完成度かと思います。
私の『センシングフィールド』を全く無効化していますから、おそらくASなどを相手にした時には発見されることはまずありえないでしょう。
なぜなら通常は効率の問題から『反応点』の方を探し出そうとするからです。
しかし『ガーディアンズ』が相手だったとしたらそうはいきませんね。
では。」
「あ!待ってぇな!」
フーメイはプールにでもダイブするように枝の上からジャンプすると、膝を抱えてクルクルと落下していった。
「あー、行ってもうた。
やっぱタダモンちゃうな〜。
しっかし、どーゆーこっちゃねん??」
「やりすぎという事だ。
だから俺にも見付かっただろう。
いいから退け。」
「やりすぎって、わからへんな〜。」
「ほんまアカデミー言うんは恐ろしいとこやなー。」
そうおギンの声がした時にはすでにそこにおギンの姿はなかった。
トーキチローはひとつため息をつくと木の幹によりかかった。
「妹と教授…。
守らねばならぬのがどちらなのか、判ってはいるが…。」
夜空にちょっと風変わりなサイレンの音が響き始めていた。
フーメイの手配で化学処理隊の特殊車輌がこちらに向かっているのだろう。
彼はそのまましばらく、リララ教授のラボの跡で行なわれる事後処理を、見るでもなしに眺め続けていた。


 
「ビッグG、『タヌキ』というのを作ってみました。」
「え?なに?」
午前3時10分。
ビッグGが初詣を終えて木造2階建ての家に帰ってくると、フーメイがいきなり玄関でお盆を持って待ち構えていた。
「色々教えていただいたりしてビッグGの故郷で言うところの『タヌキ』を作ってみました。」
フーメイがさっき言った内容をさらに言い換えながら繰り返して、ようやくビッグGは事の内容を理解した。
「ああ!おう!
いや、でも、もう年越しちまったし御屠蘇(おとそ)も飲んで来たんだが…。
まぁいいか。
せっかくお前が作ってくれたんだ。
いただくとしよう!」
ビッグGがお盆からお椀を受け取った。
中身は『油揚げ』をのせた『ソバ』。
完璧である。
しかし。
「ああ、惜しいな。
ワシの故郷のって言っていたようだがコレは違うぞ。」
「え?
関西の『タヌキ』を作ったんですけど。
ビッグGは関西というエリアの出身だとデータにもありましたし…。」
「ああ、確かに関西だが、ワシは京都なんだ。
京都では『タヌキ』って言うと『ウドンかソバ』に『油揚げ』を乗っけて、その上からダシにトロミをつけた『あんかけ』をかけるんだ。
そうするとあんまり湯気が立たないだろ?
だから熱いものには見えないのに食べるとむしろアツアツでダマされるから『タヌキ』だ。
ダマすんなら『キツネ』も、とか思うかも知れんが、あっちじゃ『稲荷』という神の使徒として神聖な…。
ん?
どうした、フーメイ?」
「…。
いえ、ちょっと頭痛が…。」
食文化の奥深さと、口伝(くでん)伝承の多様性に知恵熱を出してしまうフーメイであった。
 
第三幕
闇の影、之巻

 
同時刻。
学園部の中心地点にそびえ立つ1号館ビル、通称『タワー』。
地上240m、80階建ての、その最上階。
暗い暗い、漆黒の闇の中、ふいに音を立ててひとかたまりの炎が巻き起こる。
青白き灯火は小さな掌の上でゆらゆらとたゆたい、その主の顔をほの白く照らし出す。

少女。

その顔には少々うんざりとした色が浮かんでいる。
「ふぅ…、またしてもリララか。」
つぶやく彼女の背後に強烈な閃光とともに3つの影が出現した。

妙に細く長い腕に鋭い刃物のような気を漂わす影が口を開く。
「『あーてぃ7(アーティセブン)』ヨ、
モハヤ猶予ハナラヌト見ルガ、イカニ。」
 
続いて、大柄で防寒着のようなものをまといギチギチと小さな音をたて続けている影。
「お前が呼び寄せた『陽炎のおギン』、かなりの使い手と聞いていたが、さすがに相手がリララ教授では分が悪いようだな。」
 
そしてひときわ大きく、左右に広がる頭部が戯曲に登場する悪魔を思わせる黒い影。
「リララ教授の件、やはり我らが直接手を下すべきではないのか?」
 
『アーティ7』と呼ばれた少女が手を斜めに掲げ彼らを制する。
「一斉に喋るな。
第一、我ら『S四天王』が直接動くのなら、もっと確実な決め手を手にしてからだ。
おギンはソレも含め良くやっている。
それに…。」
アーティ7はソコで言葉を切った。
彼女が独断で『陽炎のおギン』を呼び寄せたのは、もっと別の理由があったからなのだ。
だがその理由はここでは口にしなかった。
「…さて、
新年早々だが私は近所の24時間営業の甘味処に『クリーミーお汁粉』でも食べに行って来るとしよう。」
「オオ、サスガあーてぃ7。
太っ腹ダナ。」
「なんともありがたいことだ。」
「御馳走様。」
「な、なにっ?!
お前達もついて来るのかっ!?
てゆーか私のオゴリなのかっ!?
ちょっと待て!押すなコラー!」


 
ちなみにこの頃、『亜空間転送実験』の失敗でラボにガーディアンズやASが押しかけて来て居心地が悪くなったリララ教授は、ひそかに甘味処に避難しており、3杯目の『ジャンボあんみつ』に手を伸ばしているところだった。

このあと甘味処で巻き起こる騒動は、また別の物語である。


なにはともあれ、新年明けましておめでとうございます。 
終劇

つづく!



Sijimiya Konoha & Yukaina Brothers. Presents

"Professor Rilalah @General Science Academy"