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グラフィティ
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◆1998年 1月
 何気に正月の深夜番組を見ていた私(大野)は、突然芝居のアイディアが思いつき、
おもむろにワープロに向かい、二日で脚本を書き上げた。悪魔が主人公のその芝居は、
タイトルもそのものズバリ「メフィスト」。これを秋にでも上演しようと小澤に持ち
掛けるが、何やら乗り気でない。小澤女史にもアイディアがあるそうで、そちらを先
に演りたいという。で、結局「メフィスト」は来年の公演に持ち越しとなった。来年
の話をすると鬼が笑う、と私の母がよく言っていたが、公演の一週間前になっても脚
本が出来上がらない三流の演劇人のほうがよっぽどお笑い草である。井上ひさしじゃ
あるまいし、凡人にそんなワザが出来るわけないわ。

◆1998年 3月
 前作「雪のしずく」に出演した、藤原望・田中真一に重松慧、それに新しく知りあ
った大西貴之の四人を加え、劇集団「転がるひとびと」を劇団として本格的にスター
ト。奇をてらった演出や小手先の芝居、ドタバタを一切認めない、本格的なセリフ劇
で押し通す劇団を目指し、週二回の猛稽古を開始。目標の「外郎売り」を三分で演る、
というのを全員あっさりクリア。(ちなみに私の最短記録は2分25秒です)

◆1998年 5月
 小澤奈津子による、劇団の新作の脚本が完成。出生前診断をテーマにした、前作同
様、命を問う重い内容に仕上がった。タイトルは二転三転したあげく、「モナリザの
微笑み」に決定。早速レオナルド・ダ・
ヴィンチの絵をモチーフにした、チラシ作り
を開始する。

◆1998年 6月
 主役の佐々木優子に藤里まあち、母親の徳子に岡昌美、そして優子の友人役にクォ
ン・ジョンファの三人を加え、総勢九人の大所帯での公演が決定する。

◆1998年 7月
 読み合わせが始まる。

◆1998年 8月
 本格的な稽古に突入。

◆1998年 9月
 朝日新聞の取材を受ける。

◆1998年 10月10日
 朝日新聞に劇団の取材記事が、写真入りで大きく掲載された。以下に全文を掲載。

 【胎児の異常を推測する検査「出生前診断」をテーマにした舞台劇が二十、二十一
の両日、此花区西九条六丁目のクレオ大阪西である。「モナリザの微笑み」と題し、
劇団「転がるひとびと」(大野隆麿代表)が上演する。障害児である可能性が高いと
診断されたとき、夫婦は命を選ぶのか。医療技術の進歩によって向き合わなければな
らなくなった重い現実を問いかけたいという。
 同劇団は昨夏、旗揚げした。正団員は六人。台本は大野代表の妻で、ともに劇団を
主宰する小澤奈津子さんが書いた。昨年十二月、朝日新聞家庭面に連載された「出生
前診断 命を選びますか」を読み、紹介された親子の苦しみが心に残ったからだ。自
分が小学生のころ、先天性股関節脱臼の手術を受け、松葉づえで生活したこと、テレ
ビ番組で見たダウン症児の母親の言葉なども思い出されたという。
 すぐにストーリーが浮かび、二日間で書き上げたが、読み返してためらった。「こ
んなデリケートな問題を当事者でない私が上演してもいいのだろうか」。障害者団体
の知人に台本をよんでもらい、ダウン症児の親たちと話をし、理解を深めた。難しい
問題だからこそ、無関心な人たちに知ってもらいたい、と自信がついた。
 物語の主人公は三十代の夫婦。二度の流産の後、妻が妊娠する。胎児の成長は順
調、マイホームの計画もたて、幸せいっぱいの二人が、ある日、胎児に障害があるか
もしれないと告げられる。
 「もし、障害児だったら・・・・・・」。妻の母親、友だち、ダウン症児の母親、検査に
対してそれぞれ違う意見を持つ三人の医師も登場し、舞台は進んでいく。
 タイトルはモナリザを巡る諸説から付けた。「妊娠している女性で、無表情のつも
りだが、つい、ほほえみがもれている」「子どもを亡くした女性で、悲しみを忘れる
ために道化師を見て、やっとほほえんでいる」。小澤さんは「劇の最後で夫婦が見せ
る微笑みが、幸せな微笑みか不幸せな微笑みかは見る人の気持ち次第です」と話す。
 九人の出演が決まり、八月末から、週二回のけいこが続いている。
 大野代表は「人間の生死を考えるきっかけにしてほしい」、小澤さんは「自分には
関係ないと思っている人にこそ見てほしい」と話している。】

◆1998年 10月20日
 転がるひとびと第三回公演「モナリザの微笑み」をクレオ大阪西において上演。新
聞に掲載された影響力はすごいもので二日間の計三公演で観客動員数は300人を突
破。スズメの涙ほどではあるが、今回はナント黒字が出た。それを元手に念願の劇団
専用の倉庫を借りた。公演の依頼も舞い込み、こいつは秋から縁起がいいや。

◆1998年 12月28日
 近鉄八戸ノ里駅そばのYMCAサンホームという老人ホームで、初の巡回公演を行う。
何もない集会室に、平台を持ち込んで舞台を設営。音響・照明は施設の設備をそのま
ま使用させてもらった。水戸黄門や遠山の金さんならいざ知らず、「モナリザの微笑
み」のような深刻な芝居はお年寄りにはチト退屈だったようで、居眠りをしている人
が多数いた。まぁウチの場合、芝居を見て何かを感じ今後の人生に役立てて欲しいと
思ってやってるから、もう先の短い(失礼)ワシらに何を考えぇ言うネン?と言われ
れば、ハイそれまでな訳です。しかし何人かの人は真剣に見てくれたので、それは良
かった。
 帰り際に「皆さんでどうぞ」と頂いた缶ジュースが、とてもおいしかった一日でし
た。

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