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◆1999年 1月21日
 高槻市立五領中学校、平岩先生の熱心な後押しにより、同中学校体育館にて「モナ
リザの微笑み」の公演が実現。劇団を旗揚げしたときからの念願だった学校でのボラ
ンティア公演に、大野・小澤の両氏は感無量。思えば「雪のしずく」を上演したとき、
学校回りをしたいと、そのテの主催者に見てもらったところ、
 「今の子供たちは、こんな深刻なお芝居なんて、見てくれないよ。もっと歌ありダ
ンスあり笑いありでないとダメ。僕たちも色々行くけど、どこもここも騒がしくて、
誰も真剣には見ない。学校で演劇をするのは、君たちが思ってるほど甘くはないんだ
よ!」
 と切り捨てられた。しかしこの日、「モナリザの微笑み」上演中、体育館の中は水
を打ったような静けさ。だれ一人、お喋りなどしていないではないか。あちこちで、
すすり泣く声さえ聞こえる。その後頂いた感想文も、非常に鋭いものばかりでした。
今も昔も、子供には分かるんだよね、誰が嘘をついていて、誰が本当のことを言って
いるか。頭から子供だからと小馬鹿にした演劇と、若い君たちにこそ見て考えてもら
いたいと思ってやっている演劇と、どちらが優れているのか?子供に子供だましは通
用しない。公演を通じて、私たちは改めて、子供の怖さを思い知らされたのでした。

◆1999年 5月
 毎年恒例になりつつある秋の新作公演の演目が、「メフィスト」に決まる。会場に
森之宮プラネットホールを選ぶ。脚本に一部手直しを加え、早速チラシの製作に取り
掛かる。キャストは全員で七人を予定。劇団員が六人なので、秘書役の女優を探さな
くてはならない。
 また6月の早川福祉会館での公演に向け、「モナリザの微笑み」の稽古が始まる。
稽古中、稽古場として利用させて頂いている住吉人権センターから、2000年1月
に行われる「人権の集い」において「モナリザの微笑み」の公演依頼を受ける。実に
評判のよい演目ですな。

◆1999年 6月26日
 兼ねてからお誘いのあったピア・フレンズ主催による「モナリザの微笑み」観劇会
が、早川福祉会館にて行われる。11時と2時30分からの二回公演で、両公演とも
定員の100人を越える盛況ぶりだった。
 ピア・フレンズは自立生活支援センター・ピア大阪の卒業生たちのグループで、これ
までにも様々な取り組みをされていて、今回もその一環として、自分たちで演劇の観
劇会を主催し運営してみようということになったらしい。ことの始まりは、そのメン
バーの一人、自立生活センター〜MY・DO〜の山浦さんがクレオ大阪西で上演した「モ
ナリザの微笑み」を見て感動し、もっと多くの人にこの芝居を広めたいと思ってくだ
さったからである。当初、企画段階では区民会館での公演を予定されていたのだが、
それでは少なからずお金が掛かってしまう。無料公演を目指す私たちとしては、少し
でも主催者側の負担を減らしたい。ならば四階の講堂で演りましょう、ということで
話しが落ち着いた。しかし、何もない講堂で果たして芝居など上演出来るのか?唯で
さえ初めての試みなのに、ピア・フレンズの皆さんは、さぞ不安だったに違いありま
せん。劇団としても、山浦さんの熱心な働きかけにより実現した公演を、何としても
成功させなければならない。様々なプレッシャーのなか、昨年末の老人ホームでの公
演の経験を生かし、再び何もないフロアに平台を持ち込み、舞台を設営。上手と下手
に黒いパネルを立てて、舞台袖をこしらえた。キャンプ用のライトを加工して照明機
材をつくり、少しでも劇場の臨場感が伝わるように工夫した。すべてが手作りの舞台
は、演じる側の我々にも大きな感動と自信を与えてくれ、運営側も客席も、健常者と
障害者(この言い回しが正しいのかどうかは知らない)が入り交じり、バリヤフリー
ってこのことを言うのかな?と思った。そして、何や、簡単なことやん!とも思った
のだ。最後に皆さんから頂いた花束は、とても美しかったです。
 また稽古中から本番までお付き合いしてくださった、手話サークル若葉の会の皆さ
ん。写真をたくさん撮ってくれた久木さんに、一番大変だったであろう山浦さん。こ
の場を借りて改めてお礼を言わせてもらいます。
 ほんとうに、どうもありがとうございました。

◆1999年 8月
 転がるひとびと第七回公演「メフィスト」の稽古が始まる。今回の芝居で一番大変
なのは、舞台セットである。悪魔が主人公という唯でさえ嘘臭いストーリーなのに、
セットもちゃちいとなると、説得力のなくなることは阪神タイガースの最下位を見る
より明らか。扉は自分たちで作るとしても、その他のものはどうするか?理想を言え
ばきりがないが、猫足の西洋アンティーク風のソファーに、しっかりとした机、それ
に椅子も欲しい。買うとなると恐らくン百万は掛かるだろう。そうなると大野家の台
所は再び傾き転覆することは必死。アポロ13も裸足で逃げ出すほどの、大ピンチに
見舞われる。諦めかけていたところ、撮影用に家具などのレンタルを行っている会社
を見つけた。で、実際に見学に行ってみると、あるわあるわ。クラッシックカーから
噴水、はたまた自由の女神まで無いものは無い!てな感じの品ぞろえ。ありとあらゆ
るものを貸してくれる。しかもお値段も手ごろ。早速レンタルの手続きを済ませる。
業者の話では、劇団でレンタルにきたのはウチで二件目だそうだ。驚きました、こん
な便利なお店を利用しないなんて。ひょっとして、知らないのだろうか?知られると
嫌だから、我々も黙っておこう。探していた秘書役は結局決まらず、藤原望に女装さ
せヘアピースを付けさせた。死体の役だし、一幕の一場のみの出番だから、なんとか
ごまかせるだろう。

◆1999年 11月15日
 「メフィスト」森之宮プラネットホールにて上演。会場の規模もあり、入場者数は
三回公演で160人と前回を大きく下回ったが、評判はこれまでの中で一番良かった。
 しかし、それにしてもウチの劇団は慢性的な人手不足で、今回は舞台監督を出演者
がリレー式でこなすことに。舞台袖に引っ込んだ役者がインカム(ヘッドフォンにマ
イクの付いたやつ)片手に、暗転ごとに照明さんに合図を送る。てんやわんやの大忙
し。どこの劇団も同じなのだろうか?よその劇団は結構たくさん劇団員っているのに
なぁ・・・。

◆1999年 12月上旬
来年1月の住吉人権センターでの公演に向け、「モナリザの微笑み」の稽古を開始す
る。

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