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グラフィティ
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大塩格之助


◆2001年 1月
 「転がるひとびと」の代表である大野氏(私)が、今年の公演作執筆に入る。今世紀
初の作品である、思わず力が入る。がしかし、大きな問題がU-571の如く浮上した。
大西君がUSJ参加のため「転がるひとびと」での活動が難しくなったのだ。
唯でさえ少ない人数で運営しているのに、今や劇団員の中枢となっている大西君の不
参加は痛い。他所の劇団と付き合いがないので客演もならず、今年は公演を見送ろう
かという意見が・・・。新世紀早々、存続のピンチ!
 今年は芝居ができないかなぁ、と諦めかけていたところ小澤女史が、某映画のオー
デションの話を見つけてきた。私は早速プロフィールを作成し、応募。数週間後、カ
メラテストと実技テストを受けに来いとの連絡を受ける。応募総数4800人、一次
を通過した者850人。二次審査が行われる、大阪ミナミの某所へ。面接は5人一組
みで行われ、与えられる時間は自己紹介を含め15分ほど。一人当たり3分あるか、
ないかの一発勝負だ。待たされている時間をフルに利用して、渡された台本に細かい
チェックを入れる。軽く身体を動かし、顔のウォーミングアップ、そして「外郎売り」
を2〜3発ブチかます。準備は万端。今から本チャンの舞台があってもオッケーなく
らい。だが何故か、まわりにそんなことをしている役者は一人もいない。なぜだ?君
ら、そんなに出来る人たちなのか!?私の知る限り、大阪にデキル役者なんて一人も生
息していない筈だが・・・。
 30分ほど待たされ、
やっと私たちの番がやって来た。ありきたりの質問を一通り
受けた後、いよいよ実技試験へ。よほどダレた演技を見せられて疲れたのか、監督の
K氏が
「大野さん、ここはニューヨークのアクターズ・スタジオなんですよ!そう思って、
思いっ切りやってください!!テンションあげてぇ〜!!」
と私に発破をかける。大きなお世話だ。そんなこと言われなくても、こちとら小学校
の体育館でも老人ホームの集会室でも、サンケイホールでも思いっ切りハイテンショ
ンで芝居してきたんだ。だいたい私は普段から、どうやったら冷静でいられるのか教
えてほしいほどテンションは高いんだ。更にK監督は
「大野さん、イケますか?少し時間を与えましょうか!?」
・・・・しつこい。余計な時間などいらんのだ!!さっさとやらさんかい!!と心で叫びつつ、
「いえ、いけます。やれますよ」
と笑顔で答える私。
「よ〜い、スタート!!」
と叫ぶK氏より、はるかに大声でセリフを捲し立てる私。実技を終えると、私に質問
が集中した。その質問にひとつずつ丁寧に答えながら、
「この映画、決まったな」
と私は思ったのだった。

◆2001年 3月
 映画のオーデション「二次審査合格」の連絡が入る。しかし、なぜか行われる予定
だった三次審査は中止され、書類選考でキャストを決めることに。なぜだ?最終選考
が今まで提出した書類で決まるオーデションなんて聞いたことがない。すでに水面下
では主な配役は決まっているのだろうか?嫌な予感がするが、的中しないことを祈ろ
う。

◆2001年 4月
 嫌な予感は、決まって的中するものだ。
「残念ながら、あなたに合う役が見つかりませんでした」
そう書かれた不合格通知が届く。
「そんな訳ないやろう!?」
・・?小首を傾げる。何が悪かったのだろう?主役以外での出演は嫌だと言ったことが
原因なのか!?それが無謀な要求だったのか???だって仕方ないじゃん、主役しか演り
たくないんだもん。そんでその映画の主役はやっぱりと言うか、初めから決まってい
たのでは?と思う人物だった。だったら最初から勿体ぶって思わせぶりに、わざわざ
オーデションなんかするなよ、バカ野郎!!
「もう芝居なんか、ヤメじゃい!!」
大野氏(私)は書きかけの脚本を破り棄て、酒浸りの日々に・・・。

◆2001年 5月
 以前「か▲は●座」で一緒に芝居をしていたMさんから電話をもらう。知り合いの
劇団「劇団大阪」が秋に公演を打つそうで、若い役者を捜しているのだと言う。私は
あまり若くないが(見た目はもっと若くない)それでも良ければこちらから、とお願い
した。そして後日、演出家と会うことになった。演劇人なんて無礼で低劣な恥ずべき
人種だと相場は決まっているが演出家の熊本さんをはじめ、劇団の人は皆いい人だっ
た。
 「劇団大阪」は今年で創立30周年を迎える老舗のアマチュア劇団で、今回30周
年記念行動として27年前に同劇団が公演した「浪華一揆大塩乱始末」を再演される
らしい。これまで50回以上行われた公演は常に黒字で、自分たち専用の稽古場兼劇
場まで持っている。4年で300万円近くの赤字を出している我々からすれば、信じ
られない話だ。
 正式に出演することが決定し、キャスト決めの本読みに参加する。
 「浪華一揆大塩乱始末」は谷町劇場にて10月の11日(木)〜14日(日)、18日(木)
〜21日(日)までの8日間、全部で12公演行われます。

◆2001年 6月
 キャスティングが決まる。私は主人公、大塩平八郎の息子、大塩格之助を演じるこ
とになった。私自身、実に12年ぶりの時代劇である。楽しみである。乞う、ご期待
でござる。

◆2001年 7月
「浪華一揆大塩乱始末」の公演スケジュールが正式に決まる。

◆2001年 9月17日
 転がるひとびとのホームページに掲示板「転がるひとびと集会所」開設。みなさん、
どんどん書き込んでください。
「浪華一揆大塩乱始末」も公演まで一ヶ月を切り、週五回の稽古に少々疲れ気味。も
うひとがんばりしますか・・・。

◆2001年 9月23日
 「浪華一揆大塩乱始末」のカツラと衣装合わせが、▲京衣装にて行われる。この貸
し衣装屋は以前、「雪のしずく」という芝居で利用した際、そのあまりのいい加減さ
に私がキレまっくった衣装屋さんである。今回もその時の二の舞いか?と思いきや、
見違えるほどの親切・丁寧な対応。四年前の私の激が教訓となったのか、それともあ
の時の不親切な対応は我々の劇団が所詮、無名の若輩劇団と侮られての対応だったの
か・・!?
 劇団大阪は創立30周年の老舗である。恐らく▲京衣装との付き合いも長いと思う。
となるとナメらていたんでしょうなぁ、私たちは!
 本番まで本当にあと僅かなのだが、皆さんの台詞が怪しい。いま目の前で起こって
いることのはずなのに、遠い昔を思い出しながら話しているようだ。京都撮影所時代、
台詞憶えの悪い役者は通用しないと言われ鍛えられた私には、なぜ台詞が憶えられな
いのか不思議でならない。たったひと言の台詞も10ページの台詞も、憶え方に大差
はないと思うのだが・・・。う〜ん、そんなに大変なのかなぁ。

◆2001年 10月
 公演を間近に控え、衣装を着けての本格的な通し稽古が始まる。
やはり時代劇は作
法が難しい。特に袴を穿いての動作には気を使う。立ち上がる時に裾を踏まないよう
にしなければスッテンコロリン、カツラがポンッ!てなことになりかねない。
 今回は公演場所が稽古場なので、仕込みもほぼ出来上がっている。照明と音響の入っ
た本番さながらの稽古が出来るのは嬉しい限りである。おまけにいつもなら私ひとり
で作らなければならないセットや小道具も、大人数で作るので負担が少なく芝居に専
念できる。本当に今回は楽をさせてもらっています。

◆2001年 10月10日
 いよいよ明日から二週間に渡る12公演が始まる。とにかく体調には気を付けなく
ては。私は舞台中に四回も着替えがある。洋服なら楽チンなのだが着物はそうはいか
ない。お手伝いに何人か付いていてくださるのだが、滞りなくいきますか、どうか・・。
 芝居の神様、よろしくお頼み申します!

◆2001年 10月16日
 12公演の半分、6公演が終わり、明後日から後半戦が始まる。ここまでの感想だ
が、役者の皆さんのトチリがチト多すぎる。初日こそプロンプが入らなかったが、後
はどこかで必ず誰かが台詞を忘れる。あと言い間違いも多い。中には勝手に台詞を作
り出す人もいて、本番中にもかかわらず噴きだしてしまいそうになった。随所に、
「大丈夫なのか?」
「忘れていないか?」
と気になる場面があり、なかなか芝居に集中できない。「転がるひとびと」の劇団員
はみんな台詞憶えが良いので舞台中にこんな経験はしたことがなかった。
 今回の「浪華一揆大塩乱始末」は、これまで私の芝居を観たことがある人にはたい
へん不評である。
「なぜ、あんな役作りにしたのか?」
「大野さんの持ち味、良さが役に反映されていない」
「もっと違う役の方が合っているのでは?」
 等々・・。私はこれまで好き勝手に芝居をし過ぎたので一度、演出家の指示や希望
を100%守って芝居を演ってみようじゃないか、出過ぎた真似はせずに・・と思っ
てこの芝居に取り組んできた。どうも皆さん、それが歯痒いらしい。小澤女史などは
「演出家の言うことなんか無視して、いつも通りの芝居を演れば良いのよ!」
と怒りまくっていた。・・・う〜ん、どうしたものか。しかし私は幸せな役者ですな。
周りがチヤホヤして甘やかすことなく、厳しい批判の嵐の中に放り込んでくれるので
すから。明日、前日の通し稽古がある。なんとか修正して、納得のいく芝居にかえな
ければ。残り6回、全力で演りますのでヨロシク!

◆2001年 10月22日
 二週間に渡る計12回の公演が終了した。総入場者数は800人を超え、興行的に
はまずまずだったようだ。しかし芝居の出来としては全員が一回もトチらずに出来た
公演が一度もなく、成功と呼ぶにはあまりにも寂しすぎる内容だった。信じられない
ようなミスが多く、驚かされることもあったが、ほとんどは防げるようなミスだった
ように思う。台詞忘れや簡単な言い間違い等は、普段から鍛練していれば起こりえな
いミスで、やはり皆さん日頃の基礎訓練を怠っているなと思わざるを得ない。役者と
名乗るのであれば、やはり毎日の基礎訓練は欠かさないでもらいたいものだ。
 私個人としては、当然ながら今回も一度のトチリもなかった。自慢じゃないが(自
慢だが)、私はこれまで出演した50回以上の舞台で、ほとんど台詞を噛んだことが
ない。今回の「大塩」でも、最後に噛んだのは確かお盆前の稽古のとき一箇所噛んで
以来、一度も噛んでいない。それくらい噛まない。私だけでなく、転がるひとびとの
団員はみんな台詞を噛まない。でもそれは唯、日頃の鍛練がモノを言っているだけな
のだ。成せばなる、成さねばならぬ何事も、デンガラガッタデンガラガッタである。
 演技に関しては、二週目に再び観に来た小澤女史に一応の及第点を頂いた。少し不
満も残るがこれが現在の私の実力なのであろう。これからも日々、精進せねば。

◆2001 12月
 2002年の公演に向けての脚本執筆が始まる。今回はホームレスとリストラされ
たサラリーマンが主人公で、劇団初の人情喜劇になりそうな作品。しかし根底に流れ
ているテーマはこれまでの作品同様、「生と死」である。今まではどちらかというと
「死」が主題であったが今回は「生きる」ことに主題を置いてみようと思う。
 大野隆麿脚本、小澤奈津子演出による「よろずやぶるうす」は来年公演予定です。
乞うご期待!

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