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◆2002年 1月1日
 新年、明けましておめでとうございます。去年は「転がるひとびと」としての活動
はありませんでしたが、昨年12月より今世紀初の新作公演の準備は着々と進んでお
ります。
 まぁ、諸氏諸々の事情がありまして現時点では日程など、詳細は明らかに出来ませ
んが、早ければ3月末に皆さんと再会出来ると思いますので、請う御期待!進行状況
はこの欄に随時掲載していきますので、興味のあるひとびとはチェックしておいてく
ださい。

◆2002年 1月4日
 遂に、というかやっと今世紀初の公演が決定しました。タイトルは
以前にもお知ら
せした通り「よろずやぶるうす。」とし、2002年3月29日(金)〜31日(日)までの
三日間、谷町劇場にて計五公演行います。
 尚、「モナリザの微笑み」から劇団に参加してくれた大西君は今回が最後の出演と
なり、事実上、第一期「転がるひとびと」の公演もこれでお終いですので、皆さんど
うぞお見逃しのないように!

◆2002年 1月6日
 「よろずやぶるうす。」台本完成。いつもは書き上げてから半年ほど寝かせて、更
に書き直して最終稿をあげるのだが、今回は時間がないので、これがいきなり最終稿
です。
 キャストの一人が今だ決まらず、人手不足は相変わらずである。 

◆2002年 1月16日
 チラシ版下が完成。今回は十年来の飲み友達である、福井高良氏の全面協力のもと、
作品同様、今までのものとは一味違ったデザインに仕上がった。舞台セットのプラン
もほぼ決まり、後は19日から始まる稽古を待つばかり。いつもなら公演の10カ月
前頃から準備に入るのだが、今回はすべての作業を3カ月で行わなくてはならない。
もう本当に大変である。
 当初8月の公演を予定していたのだが、男優陣の要とも言える大西君が2月でUSJ
を辞めることになり、3月以降劇団での活動が難しくなってしまった。折角書き上げ
た新作がお蔵入りしてしま
うのは惜しい。それなら3月中に公演しちまえ!というこ
とで強引に決定

 一番心配だったのは、そんな急に劇場を押さえられのるか?ということだ。公演の
3ヶ月前に空いている劇場なんてまず無い。しかも希望日は金・土・日である。普通
は一年前くらいから脚本もないのに劇場だけは押さえるみたいだが、私はそれが嫌で
脚本が完成してからでないと劇場を押さえない。当然、希望通りの日程に劇場が空い
ている可能性は低い。でもねぇ、作品のテーマやイメージに合わない劇場で公演して
も、全然意味がないもん。これまでも作品に合った劇場を選んで公演してきたつもり
なので、劇場と脚本の組み合わせは、やはり大切だ。
 しかし今回は幸運にも劇団大阪さんの稽古場兼劇場である、谷町劇場を利用させて
貰えることになった。感謝感激雨あられでございます。これもあまり一般に貸し出し
を行っていない谷町劇場の成せる技。劇団初のウィークエン
ド公演であるのだが、別
に週末に公演したからって客足が飛躍的に伸びるとも思えんがなぁ・・・。
 
上記のような理由により、いつもと比べて稽古・準備期間が短いが、これまでのど
の作品よりもクオリティの高い舞台を必ずお見せしますので、期待して観に来てくだ
さい。

◆2002年 1月19日
 「よろずやぶるうす。」の本読みが始まる。今回は今までで最長の上演時間(と言っ
ても二時間)しかも全編喋りっぱなしである。何度も書くが、当初8月に公演を予定
していたので、それまでにゆっくりと台詞憶えりゃいいや!っと気楽に考えていたも
のだから、調子にのって膨大な量の台詞を書いてしまった。しかもその大半は私(大野)
の台詞である。
 唯でさえ短い稽古期間に加え、私と小澤は2月1日から二週間のイタリア旅行に!
相変わらず無茶苦茶である。往復の飛行機の中で、必至に台詞を憶えようっと。でも、
まぁ自分で書いた本だから憶えやすいと言えば憶えやすいわな。
 それから今回は、以前同じ劇団で芝居をしていた女優・東城 薫が「転がるひとび
と」に初登場します。簡単に彼女の履歴を紹介しときますと、某劇団で私たちと活動
を共にした後、
歌とダンスの勉強のため二年間ニューヨークに留学。その後しばらく
の間行方不明になっていたのだが最近、西成辺りで生息していることが確認され、急
遽「よろずやぶるうす。」への出演が決定。留学中には米国最大の電話会社、AT&Tの
CMソングを歌っていたそうだ。
 しかし残念ながら今回は劇中に歌も踊りもない。むさ苦しいオッサンが延々と喋り
続けるだけなので、
皆さんも充分に彼女の魅力を堪能することは出来ません。あしか
らず。

◆2002年 1月28日
 チラシとチケットが刷り上がる。また舞台セットの目玉でもあるホームレスの住居
が完成。そのまま住んでも大丈夫そうなものが出来た。

◆2002年 1月29日
 ダイレクト・メールの発送開始。

◆2002年 1月31日
 明日から私と小澤の両名は、13日間のイタリア旅行に出掛けます。帰国したら、
公演に向けて、ノンストップで突っ走るぞ!
 では行ってきますので、劇団員の皆さん、しっかり台詞憶えておいてくださいよ!

◆2002年 2月21日
 いよいよ明日から後半の稽古が始まる。今回は経費削減のため、これまでの作品で
使用したセットの使い回しが多いので、それほど作るものはない。しいて言えば、冒
頭で使う樹木くらいのもの。しかし、これが結構大変だ。発砲スチロールで製作中な
のだが、果たして想い描いているようなシロモノに仕上がるかどうか、少々不安であ
る。また劇中に流れる曲「殺し屋ロック」もレコーディングが完了。後はナレショー
ンを被せてCDに焼けばOK。今回はその他、暗転中の音楽もオリジナル曲である。もう
音楽著作権協会には、なんも口出しさせんからな!
 公演まで約1ヶ月。ど根性で乗りきりまっせ!!

◆2002年 3月1日
 立ち稽古始まる。

◆2002年 3月7日
 舞台セットが、ほぼ完成した。発砲スチロールで製作した樹木は、予想を大きく上
回る出来で、調子に乗ってもう一本作ってしまった。稽古も追い込みに入り、良い意
味で日に日に緊張感も増してきている。今回も、これが最後の舞台のつもりでがんば
ろう。

◆2002年 3月8日
 「よろずやぶるうす。」にニュージーランドからこっそり帰ってきていた池田充志
の出演者が急遽決定。当劇団には「雪のしずく」以来、実に5年ぶりの
登場です。
 池田氏は3年前「牧場を経営する」と言い残し日本を後にしたのだが、夢破れ昨年
帰国。現在は老人ホームで介護のアルバイトをしているそうだ。どんな役で登場する
のかは見てのお楽しみということで。

◆2002年 3月16日
 公演まで二週間をきっちゃいました。舞台セットは完成し、本番さながらの通し稽
古が連日続いております。チケットの売れ行きもまずまずのようで、稽古にも熱の入
ること。今から公演が待ち遠しいです。

◆2002年 3月22日
 遂に本番まで一週間となりました。上演時間はこれまでで最長の2時間10分。ス
タッフの強い要望により、途中で10
分間の休憩を鋏むことにした。皆さん、間違っ
て一幕だけ見て帰らないように、気を付けてくださいよ!

◆2002年 3月28日
 午前9時に会場である谷町劇場に全員が集合。今回は仕込みに一日かけれるので、
本当に楽である。いつもは、仕込み→場当たり→ゲネプロ→本番と殺人的スケジュー
ルなのでゆっくり食事をする時間もない。それに比べるとあんた、まさに極楽気分で
すよ。だからと言ってダラダラ作業するはずもなく、いつもと同じペースで仕込みは
完了。まぁウチの場合、大掛かりな舞台装置なんて使いませんからねぇ。どんな劇場
でも2〜3
時間あれば設営は出来ちゃいます。
 今回は今まで出来なかった照明のシューテイングに最大限、時間を費やしたかった
ので、会場を4日間押さえたのである。なにしろ照明が芝居の出来を左右すると私た
ちは考えているので、これに出来るだけ金と時間をかけたい。今までもお金はかけて
きたが、時間をかけることは公演の日数上、不可能だった。普段の倍以上の時間を費
やし、ライティングと場当たりを終える。
 
いよいよ明日、初日を向かえる。腕が鳴る鳴る法隆寺、である。

◆2002年 3月29日
 昨日に引き続き、リハーサルを繰り返す。今回はかなり余裕があると思っていたの
だが、ゲネプロが終了したのが、客入れ20分前。急いでキャスト全員メイクにとり
かかり、舞台袖でオールスタンバイ。
 本番5分前。この瞬間が一番緊張する。今までの作品と180度違う「よろずやぶ
るうす。」を見て、お客さんは笑ってくれるだろうか?なにしろ前4作品は笑える箇
所なんてひとつもない。ロシア演劇が裸足で逃げ出すような重いテーマの芝居だった
から、お客さんも身構えて観劇するんじゃないか、そうなったら笑いは起こらない。
・・・不安だ。
 午後7時30分。14年来の付き合いであるタカさんが吹くブルースハープが会場
に響き渡り、遂に本番の幕が開く。舞台転換は一切なし、ハイペースで2時間喋りま
くるセリフ劇にお客さんがついてこれるだろうか?そんな私たちの不安を吹き飛ばす
かのように、ウケるウケる。客席は次第に笑いの渦に。
えっ、こんなところもウケる
の?というくらいにウケた。役者も乗りに乗り、間の5分間休憩を含め2時間5分で
終演。驚異的なペース。総字数四万語を超える今回の脚本、普通に読んだら裕に2時
間40分以上はかかるであろう芝居をこの時間で演れるとは、我々も成長したものだ。
しかもセリフが聞き取れなかったという意見はなかった。これも日頃の鍛練の賜物で
すな。
 
自称役者諸君、臆面もなく人前で役者と名乗るのなら鍛練しなさい。味のある役者
と、下手な役者を一緒にするな。酒飲んで演劇論を語る暇があるのなら、もっとしっ
かり稽古せぇ。

◆2002年 3月30日
 公演2日目。午後2時の部は昨晩にも増して大ウケだった。もう何をやっても笑い
が起こる。音響・照明スタッフも大ウケで、キャストまでつられて笑いだす始末。そ
うか、そんなに面白いのか。次回も書いてみるか、コメディを。
 夜の部は、ほぼ満席近くお客さんが入った。が、しかし・・・!ウケない。いや、
皆真剣に見入っているのは確かだ。しかし、笑いがポツ・・ポツ・・・。としか起こ
らない。5分間の休憩中に袖幕で大西君と二人で細かい打ちあわせと確認をする。間
が悪いのか?それともテンポがずれているのだろうか?不安を残したまま後半の舞台
へ。やっぱりそれほどウケない。逆に泣いている人がいるではないか。う〜ん、真剣
に観て貰えるのありがたいが、チト真剣すぎるのでは・・・。
 アンケートの結果は一番良かった。皆さん、非常に考えさせられたそうだ。考えて
みれば、これが正しい反応なのかも。確かに1回目と2回目はウケすぎ。私たちはや
すし・きよしを超えたと天狗になっていたようだ。初心に戻り、明日もがんばろう。

◆2002年 3月31日
 今日の1回目は午前11時からの公演とあって、一番お客さんが少なかった。しか
し結構ウケた。よっしゃ〜!と思ったところに思わぬハプニング。ブレーカーが飛ん
で、照明が消え舞台が真っ暗に・・・。その程度でうろたえるような私ではないが、
小澤がセリフを途中で止め、電源が復旧するのを待とうとしたのには焦った。小声で、
「止めるな、続けろ」と小澤に怒鳴る。小澤がセリフを出し、暗やみの中で芝居は続
いていく。すぐに復旧したので3分間くらいの停電だったと思うが、それでも少し芝
居のペースが狂ったのでなんかギクシャクした公演になってしまった。
 なにしろセリフが多いので、私と大西君はハッキリ言ってセリフを憶えていません。
あれだけの量になると、無意識のうちに口から出るようにしておかないと考えて喋っ
ていたら訳が分からなくなる。もちろんセリフはちゃんと憶えていますが、頭の中は
まっ白です。勝手に口が動く。そんな感じです。だから途中で流れを止められると、
自分たちが何処にいるの
か、もう分かりません。目隠しされて梅田の地下街に放り出
されるようなもんです。
 午後4時の部は、満席に近かった。泣いても笑ってもこれが最後。再び舞台に立て
る保証なんかあるはずもなく本当に最後かも、と思いながら舞台へ。最終の公演が一
番ウケた。笑いあり、涙ありで感動したという意見も多かった。
 大西君が東京に移り住むというので、送別の意味を込め大急ぎで取り組んだ公演。
まる3ヶ月という我々としては信じられないくらいの短い準備期間だったが、100%
満足のいく芝居になった。「よろずや」に来店してくださった255人のお客さんに
心から感謝。観なかった人、心よりお悔やみ申し上げます。人生の八割、損した!と
言っても過言ではありません。今回で第一期「
転がるひとびと」の活動は、ひとまず
終了です。また場所を改めて、新しいメンバーで皆さんと再会出来る日が来ることを
楽しみにしています。
 でも
案外、早く再会出来たりしちゃったりなんかして。

◆2002年 9月17日
 転がるひとびとの次回公演用の台本書き始めました。公演時期及び会場、キャスト
等々まったくの未定で、現在決まっているのはタイトルだけです。しかし備えあれば
憂い無し。書けるときに書いておくにこしたことはない。
 その名も「続・よろずやぶるうす。〜青年よ大志を抱け!篇〜」勘の良いひとびと
はお気付きでしょう。そうです、好評だった前作「よろずやぶるうす。」の続編です。
現在、全体の1/8ほどしか書き上がっていませんが、着々と執筆は続いております。
あと2,3本は「よろずやシリーズ」でひっぱれるかな?

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