「暮らしの中の仏教語」
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邪教・破邪顕正
 皆様は破邪顕正という言葉を聞いたことがおありですね。現代では邪教のイメージが強い宗教ほど、この言葉が好きなようです。
 邪とはもちろん「正しくない」ということですから、邪教とは「悪い教え」ということで、そんな教えは破られ正しい教えが顕あらわされなくてはなりません。これが破邪顕正です。
 それではどんな教えが邪教で、何が正しいのでしょうか。お互い自分が正しく、他の教えが邪教であると言いあってる間は、何も見えてこないでしょう。
 破邪顕正という言葉は、六世紀から七世紀にかけて活躍なされた中国の嘉祥大師吉蔵の造語です。嘉祥大師は破邪の後のちに顕正があるのではなく破邪がそのまま顕正であると主張なされました。
 仏教的見方からすれば、邪教とは八正道を否定する教えであり、破邪顕正とは八正道(正見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定)を歩み、実践することです。
 私達は人生において誤った道を歩んでしまうことも少なくありません。そんな人に誤りを指摘し、批評する者はたくさんおります。一方、その指摘や批評を聞いて修正する人はあまりありません。つまり、他人のことはとやかく言うが、自分のことになると直そうとしないんですね。
 当人が自分の誤りに気づき、自分の破邪を成し遂げた時に、顕正が果たされたと言えましょう。
 破邪顕正の意味が歪ゆがめられ、教線拡大、信者獲得のキャッチフレーズにされてはかないません。破邪顕正の為に精出したはずが邪教拡大に力を尽くしただけだったなんてことにならぬ様、正しいものをシッカリ見極めたいものです。私は「邪教とは自分を正とし、他を邪として、勢力拡大を図る宗教」と定義づけたいと思います。正教なら他を攻めなくても、信者の方から寄ってきてくれるでしょうから・・・。



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