「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか?
ホーム

堕胎・堕落
 「堕胎とは母体に宿ることで、堕落とは死ぬことです」などと言うと怪け訝げんな顔をなさる方が多いと思います。なにしろ今では全く違うことを表現する語となっているのですから、無理もありません。
 堕という字は、土がくずれ落ちる意で、古来「高い所から低い所へ落ちること」に使われてまいりましたね。仏教ではどこか高い所、たとえば天の国からこの娑婆というステージの低い所に住む生き物の母胎に入って生まれることを、堕胎と言ってまいりました。人間だった者が次の生で犬の腹に受胎すれば、これも堕胎でしょう。それがどうして「胎児を人工流産させること」になったのか。どこか意味を取り違えて使われたことが、そのまま今日に伝えられたとしか説明のしようがありません。そんな目に合った語は、無む学がくや言ごん語ご道どう断だんなどたくさんあります。
 次に堕落ですが、これも本来「死んで、より低い存在のものに生まれつく意」でした。 たとえば死んで、次の生はカラスにでもなれば、これが堕落ですが、生きているうちから身をもちくずし、畜生のような生き方をしていれば堕落・・したと言って差しつかえないでしょう。そんなことから身をもちくずすこと自体を堕落と表現するようになったと考えられます。餓鬼や畜生の世界、地獄の世界に堕落するのは、何も死んでからだけでなく、生きているこの世にもちゃんとあるのです。
 私達は生きているうちから堕落することの無いよう心がけなければいけませんね。せっかく人間に生まれついているのですから、人間としての道を歩むことはもちろん、更に仏道を歩むよう精進したいものです。
 経典には私達が生死する世界を六つあげ(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)、人間より下の世界に生まれることを堕だ悪あく道どうとし、堕落することのないようにせよと修行をうながしております。



広大寺 住職へのメール    koudaiji@khaki.plala.or.jp

 
 

Copyright © 2002 koudaiji All rights reserved.
| サイトマップ