父母・夫・夫人
私達が報謝すべき四恩の一つに父母恩がありますね。私達が今こうして一人前の顔をして生きていられるのは、父母に育てられたからこそに他なりません。だから父母が老いた時手厚く孝養し、父母が死しては懇ねんごろに供養するのが、子供としての当然の行いと申せましょう。
父母はフボと読まれる語ですが、仏教読みでは普通ブモと読んできました。また父母と訳されたサンスクリットの原文はマーターピトルで、母の方が先に出ております。英語でもマザーアンドファーザーと母を先に言いますし、世界的に母が先の方が多いようですね。原文に従って訳するなら母父ですが、あえて反対に据すえて父母と訳したのは、当時の中国思想と何か関係があったのでしょうか。
とにかく母には、母国、母校、母船などと使われることからわかるように、「もと・・」という意味があります。両親のうちどちらが大切かといえば、母と言わざるをえないでしょう。父には男親という意味はありますが、子供にとっては母のひと枠外わくそとにある存在にしかなりえません。父は、子供への存在価値はうすいですが、母とはまた別の「父祖」という存在価値がありますね。父祖は一族の大本おおもとです。
ところで夫婦という時の夫・はおとこであり、大に一を加えておとなの人という意味です。大おと人なであれば妻子のみならず、世の為、人の為に生きる存在でもなければいけません。また夫人の本来の使い方は「世の為に生きる大人」の妻ということでありました。
王妃とか、貴人の妻ということですね。勝鬘経で有名な勝鬘夫人は王妃でした。この夫人も仏教読みはブニン、一般ではフジンと読まれ、使い方も、周代は諸候の妻、漢代は列候の妻、唐以後は高官・貴人の妻と一般化され、今では単なる婦人の尊称へと変わってきている語です。・・・そんなことはともかく、父母・夫・夫人は本来尊称です。そう呼ばれるにふさわしい中身も具そなえたいものですね。
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