「暮らしの中の仏教語」
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変成男子
 人権問題に伴う男女差別が、今また取り上げられていますね。男女の差別を無くしようとするあまり、女子の男子化が進むとともに、男女別の分からない名前をつける風も増えてまりました。名前といえば法名・戒名も名前です。それに関して、つい先日こんなことがありました。
 あるおばあちゃんが亡くなられ、遅ればせながら葬式後に弔問に行ってまいりましたが、なんとお位牌に釈○○とあるではありませんか。私は「亡くなられたのは確かにおばあちゃんだが・・・」と思い、御主人に「これはおばあちゃんの御位牌ですよね」と念を押してみました。「そうです」と答えながら、御主人も首をかしげておられました。そこのお家は門徒ですので、女なら釈尼○○とあるはずです。釈○○では男の法名になってしまうでしょう。女の人に男の法名・戒名をつけることで、男女平等にかなったとでも言うのなら、それも一理かもしれません。しかし、女子に男子用の名前をつけることは、かえって女子の人権無視になる場合もありますね。
 仏教は本来、男女平等でありましたが、当時の男尊女卑社会に受け入れられず「女は仏になれない」とするインド思想に染まるしかありませんでした。しかしその後大乗仏教が起きると「男子に変われば解決だ」とばかり、変へん成じょう男なん子しの思想を生み出しました。つまり女が成仏する為には、いったん男に成るというトンネルを経て成仏するというのです。仏教が中国へ入った時も男尊女卑の儒学思想に合わせる為、「男女有別」とされ、変成男子説が広く支持されました。
 男尊女卑の封建社会をずっと仏教が生き残ってくる為には、、このような苦肉の策をとるしかなかったのでしょう。しかし今は違います。女は女のままで成仏できることを大きく宣言しましょう。男の名前になる必要はありません。「歴史が下ると、男だったのか女だったのか分からなくなる」ようなことは、かえって悪平等になることも視野に入れておきたいものです。


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