「暮らしの中の仏教語」
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碁・本因坊
 奈良時代の昔から、将棋と並んで人気を保ち続けているゲームに囲碁いごがありますね。今朝けさの新聞紙上にも、囲碁と将棋が同じ紙面上に載っておりました。「囲碁の達人を棋き聖せいと言うのか」と思いながら、目を将棋面の方へ移すと、達人の方にはやはり棋聖という肩書がついているではありませんか。
 「え?同じ!」と思い、調べてわかったことですが、囲碁と将棋は大昔からワンセットで、同じ人々が伝え、同じ歩みを続けてきたということです。右足と左足の如きものだったでしょう。大昔のことはともかく、現在日本の私達が楽しんでいる「碁」の源流は本因坊にあります。京都洛東にある日蓮宗寂光寺(今は顕本法華宗本山)には本因坊という一塔たっ頭ちゅうがあり、ここの二世住職日海にちかい法印(字名は算砂)は囲碁の名手でした。織田信長に厚遇され、本能寺の変の前夜にも御前対局をした人です。碁技抜群により、秀吉・家康からも扶持ふちを与えられ、江戸幕府が碁ご所どころ将しょう棋ぎ所どころの制を定めた時にはその双方を司つかさどって三百石の禄を受けたそうです。
 その後本因坊の名は碁所将棋所の最強の者の称となり、二代目以後に碁所と将棋所が分離したのちもこの名が伝えられてゆくことになります。そんなことを考えると、棋聖の語が双方に使われているのも納得できますね。
 本因坊の名は家元の名として特に囲碁界に相続され、二代目本因坊、三代目本因坊・・・とゆき、明治時代の二十一代目本因坊秀しゅう哉さいは日に本ほん棋き院いんを創立。以後本因坊位は選手権制となったというわけです。
 囲碁が人々に人生を教えてきたことは計り知れませんが、碁打ちの名人本因坊にこんな歌があります。
「碁なりせばこうなりたてて凌しのがんも、死ぬるばかりは手はなかりけれ」。
私達の人生には、碁打ちの名人といえども凌ぐことのできない死が前方に待っております。静かな末期を迎えられるよう、常日頃精進しておきたいものです。


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