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偶像・仏像・仏壇 今(平成十三年)アフガニスタンを実効支配している政治勢力・タリバン(ムラ・モハメッド・オマール最高指導者)が、偶像崇拝を許さないイスラム教の教理に基づき、バーミヤンの石仏を含む仏教遺跡を破壊し始めました。(ダイナマイトであっという間に完了)アフガンの仏教遺跡は世界共通の遺産なのに、本当に悲しいことです。イスラム教によれば偶像崇拝はいけないことだそうですが、仏像は偶像なのか?そして仏教は本当に偶像崇拝なのか?仏像の起源をさぐりながら、考えてみたいと思います。 お釈迦様が在世の頃、亡き母はは御ごの為に●とう利り天てんへ昇って説法なされた時がありました。どのくらい娑婆を留守になさったかもしれませんが、お釈迦様のいない娑婆の人はとっても寂しがりました。その中、優う填でん王のう(インドの王様の一人)は郡臣に勅して、栴檀せんだん木で五尺の仏像を作らせ、これを拝んでいたとのことです。これが仏像の起源ですね。これを模刻したものが、平安時代に入宋した●ちょう然ねんの手によって日本へ伝えられ、現に京都嵯峨の釈迦堂(清しょう涼りょう寺じ)に三国伝来釈迦像として祀られております。 ところで、日本へ伝えられた初めての仏像はこれを遡さかのぼること四百年、欽明きんめい天皇七年(一説に十三年)に百く済だらの聖明王によっておくられたインド伝来仏です。また、日本で初めて仏像が作られたのは、その七年後、欽明天皇十四年のことでした。茅ち渟ぬの海うみ(大阪湾の古名)に漂っていた樟くすの木きをもって二躯の仏像を作らせたのが始まりだそうです。 このようにして伝えられたり、作られたりした仏像を祀るには、もちろん仏壇が必要だったのでしょう。日本全国に仏像や仏壇が広まったのはそれから百三十年後の天武天皇の詔みことのりによると言えます。「諸国の家ごとに仏舎を作り、仏像および経文を置き、以て礼拝供養せよ」とのことでした。こうしてみると仏像はお釈迦様の代りであり、単なる偶像でないことは明らかですね。今日、仏像とともに並んで礼拝されている御位牌も、血の通かよってた人々の代りです。仏様先祖様は皆、元人間です。単なる偶像ではありません。大切に拝んでゆきたいと思う次第です。
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