「暮らしの中の仏教語」
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宗・部派・宗派
「このお寺は何宗でしょう」とよく聞かれます。神社や教会もたくさんの分派に分かれているのですが、○○宗という表現は使われていませんね。宗とか宗派は、仏教独特の用語として使われてきたからでしょうか。
 仏教での「宗」は仏教の第一義を指し、「宗は尊なり主なり要なり」と説明されてまいりました。しかし、仏教教団が大きくなると、この第一義に対する考え方のズレが、弟子の間に生じてきたのです。釈尊の入滅や時代の経過で、修正のきかない相違が生じてしまうのは、やむをえないことかもしれません。
釈尊滅後百年の後、アショーカ王の治世の頃、仏教教団は保守的な上座部と進歩的な大衆部に分派したそうです。その後更に、上座部は十一部に分かれ、大衆部は九部に分かれ、いわゆる小乗二十部と称されるものが成立しました。
 小乗仏教が修業による個人の解げ脱だつを説いたのに対して、人間全体の広い救済を説き、仏教の精神を大切にしようという大乗仏教が興おきたことも皆様御存知でありましょう。大乗仏教がその後分派していったことも自然の流れだったかもしれません。
 仏教が南方にあるうちに分派したものを部とか部派と言うのに対して、北方に伝わった大乗仏教の分派は、宗とか宗派と言うようです。北方仏教での仏様は釈尊一人でなく、胎蔵たいぞう界に三部、金剛界に五部あって、それぞれ部主とあおがれる仏さま達がおられるからでしょうか。仏界に於いてすでに部派に分かれているのですから、人間の形成する教団にこの名称は使えません。教団の分派は宗であり宗派と言うようになりました。
 ところで部派というも宗派というも、元の仏教から分かれたものに相違ありません。木に喩えれば枝です。それぞれの枝にはきれいな花が咲いていますが、自分の枝に咲く花だけが本物だと言ったら笑われるでしょう。他宗を誹謗することなく、共に美しい花を競いたいものですね。


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