「暮らしの中の仏教語」
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しょうわる・修善

「あいつはしょうわるなので・・・」等と言う時の
しょうわるを漢字にすると性悪となり、
性質が悪くて殺しや盗み、浮気などを犯してしまう輩を指しますね。
実は、私たち皆が性悪なのです。
性悪は仏教語としては「ショウアク」と読み、修悪(しゅあく)の対語となっております。
つまり、悪い性質を持っているということと、悪いことをするということが
対になっているということですね。

史上一般に性善説と性悪説が唱えられてまいりましたが、
天台宗では
「真如それ自体に悪が具わっている」といい、
凡夫はそれを知らず、無意識に悪を修してしまうとします。

おさとりを得た仏様なら、先天的に性善ですが、菩薩界以下の九界は
まださとっていませんから、人間である私たちはもちろん先天的に性悪であり、
放っておくといつのまにか悪い事をしてしまうといいます。
私達はこの「性悪修悪」から、なんとしても脱しなければなりません。

その方法は以外に簡単でした。
善をどんどん行えば良いのです。これを「修善」と言いますが、
さて本当に実行できるかどうか?
修善によっていつか性質が変えられ、「性善修善」の仏となれるのです。
仏に成ってしまえば、もう無意識に悪い事をするようなことはありません。
それどころか、無意識に良い事をするようになっているのです。
修善と修悪は後天的要素です。
悪を止め、修善を修感づけることによって、性悪の凡夫が
性善の仏となると解されます。

ところで伊豆の修善時という町がありますね。
町名の由来であるお寺の名前が【修「禅」寺】というのも面白いと思いませんか?
この町の人は禅を修する事によって修悪をかえて修善に導き、
性悪の自分を性善の仏にするのだと考えると楽しくなります。



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