「暮らしの中の仏教語」
日常使う私たちの日本語を学んで見ませんか?
ホーム

虚仮
人を虚仮にする・虚仮も一心・虚仮の行・世間虚仮など、
虚仮も日常良く登場する仏教語ですね。
それぞれの句で使われている虚仮のさすものはバラバラのようですが
仏教での意味がわかれば皆結びつくでしょう。

仏教では<真実のないものでないにもかかわらず、見せ掛けだけがそうなっていて、
中身と外面の違う>ことを虚仮と申します。

「人を虚仮にする」とは、おまえはまだ本物ではないということでしょうし、
「虚仮も一心」とは、本物になれない馬鹿者でも一心にやればなんとかなるということでしょう。
一心にやらないと「虚仮の行」になってしまいます。
また「世間虚仮」とは聖徳太子の遺言として天寿国しゅう帳に記されている
「世間虚仮唯仏是真(せけんこけゆいぶつぜしん)」から来た言葉ですね。
この場合は仮のものと解釈できます。

それにしても世の中には虚仮が多すぎます。
真実とは違う「まやかし」がはびこり、この世を埋め尽くしている感じさえ致しますね。
中身まで真実でありたいという願いとは裏腹に、
誇大広告、過剰包装をはじめとする嘘と虚構に取り囲まれて暮らしているのが私達ではないでしょうか。

虚仮である世間に対して、「真実不虚」(真実にして嘘ならず)の教えが仏教です。
そこを聖徳太子は唯仏是真とおっしゃったのでしょう。
篤く三宝(仏法僧)を敬い、真実を求めつつ暮らしたいものです。

ところで、真実を教え、人々を救済するはずの宗教界にも
虚仮が入り込んでいるので注意が必要です。
人間が作っている社会である以上、宗教界とて虚仮の例外ではないということでしょう。
表面の宗教色、仏教色と違う中身を持つ新興宗教のいかに多いことか。
すがりついた宗教に生活を奪われ、心身ともに
ボロボロにされてしまうことのないよう、くれぐれも虚仮に気をつけましょう。
これは決して虚仮威しではありません。



広大寺 住職へのメール    koudaiji@khaki.plala.or.jp

 
 

Copyright © 2002 koudaiji All rights reserved.
| サイトマップ