作務・作務衣
「それあたたかそうですね」「さむいですよ」「さむいんですか」「あたたかいさむいです」なんていう会話があります。
今、若い者にも人気の作務衣(さむい)の話を致しましょう。仏教がインドから中国に入ってくると、坊さんの生活形式や服装が変わってきました。気候風土からそうなったわけですね。
中国禅宗四祖の大医道信とうい方は、今までの僧院形式を廃し、禅院に自給自足を取り入れました。つまり、僧侶が一箇所に定住して参禅学道するという修行形態をとったので、禅院生活の自己管理が必要になったということでしょう。道信さまには当時最大の五百にものぼる門下生が居たことを見れば、改革の必要性もうなづけると思います。
建造物の維持から庭掃除、採薪や食物の調達まで、禅院に必要な一切の労役を、師僧と衆僧が行うようになり、これを作務と名づけました。
作務は一般の労務のように上下関係によって仕事の内容を異にすることはなく、上下等しく力を合わせて働くことを旨と致しました。上役といえども「かならず先赴(せんぷ)す」(先頭に立つ)ことが求められております。管理職と使用人・監督と労働者などと分けることはないということです。
ところでこの作務をするには、今までのような法衣(ころも)ではうまくありません。そこで考え出されたのが、修行者としての品をそなえた作業衣=作務衣です。禅門ではこの作務を修行の一つと位置づけ、作務衣もまた、修行用の一つの僧衣と認めております。もっとも作務衣はインド伝来の安陀(あんだ)衣の改良されたものと見なせるんですね。
作務衣はやがて、禅宗のみならず全宗派に用いられ、広く一般の老若男女にまで着られるようになりましたが、この作務衣を着る時は、是非修行者の心になってほしいと思います。元来禅僧の修行衣だったのですから…。
インド仏教の三衣
一・安 陀 衣
ニ・鬱 多 羅 層
三・僧 伽 梨
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